国家権力 2006-08-05 10:21:27 | つれづれなるままに 国家に権力なんてあってはいけないのに、 どうして "国家権力" という言葉は死語にならないのだろう。 « 映画 『ゲド戦記』 | トップ | 映画 『モディリアーニ 真実... »
3 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 それは (ケン) 2006-08-05 11:09:48 国家権力=武力だと思うんですよ。なぜ武力が必要か?それは他国の侵略があるからです。それと治安の維持のために。他国の侵略については話しませんが治安の維持のためには武力が必要です。ただこの武力を操作できるのが一部の人です。その一部が暴走や私利私欲に走ると・・・大変なことになります。共産主義者でも社会主義者でもありませんが・・・理論上でいけば共産主義も悪くないのではないかと・・・しかし! 人間には欲があります。欲のせいで共産主義などは理想とは かけ離れた現実になってます。理論上では貧困は出ないハズですからね。それと同じで国家はその国に暮らす人々を守るために存在するハズが国を守るために存在するようになりました。一部の権力者を守るために武力を持つ集団が動く。武力を持つ集団は暴走しないよう徹底的な教育を受けます。そのため仕えてる者が悪政に走ろうとその者のために力を使う。国民を守るハズの力が国民を苦しめるために使われる。権力ってようは欲ですよ。欲があるかぎり戦争が続きその戦争で憎しみが生まれやがて欲ではなく憎しみで戦争を続ける。歴史は繰り返されるですね・・・。歴史の勉強はそんな負の連鎖を止めるためにみんな習ってると思うのですが・・・。 返信する 人が人である限り...... (たお) 2006-08-05 16:11:38 こんにちは。重たいテーマですが少し考えてみました。「権力」を平たく言い換えると「他者を圧倒したり、支配することのできる力」と言えるのではないでしょうか?他者よりも優位に在りたい人は、さまざまな「力」を欲します。例えば、有名大学を出て高収入を得たいと思う気持ちも、個人レベルではありますが他者を圧倒するだけの確固たる「力」を得たい人間の業からくるものだと思います。業を捨て去ることができない人間は、決して「力」の象徴から逃れることはできない。実際、私利私欲や執着があったから人は進歩してきたともいえるわけで、「力」を完全否定するわけにもいかないし。「力」を放棄することは、人が人である限り決して成し得ない幻ではないでしょうか? 返信する 哀しいかな。 (zooquie) 2006-08-05 21:49:39 >ケンさんへ確かに、良く考えてみれば、人が集まり、仲間を作り、協力し、お互いの利益を守るため、自治を始め、大きくなり、国家となっていったのだから、元々が欲から始まってるんですよね。最初はメンバーひとりひとりの利益を守るはずだったのが、リーダーが統率を理由に我慢を強い、それが上手くいくと、自分の欲のみに走り始めてしまう。権力⇒欲権力を持ちながらも欲に走らないでいられる人間なんているのだろうか。あっ、一人いた。フィデル・カストロ。彼の容態が気になります。って、話逸れましたな(笑)>たおさんへ「支配」って背筋がゾッとする言葉ですね。人より優位に立ちたいという気持ちはエゴと共にぜったいに人間から拭えない感情なんでしょう。私利私欲故に発展してきたと言ってしまえば、確かにその通りですから、欲を完全に否定するのは難しいです。ただ、できることなら、力を使う前に熟考して欲しい。大きな力を持つ人こそ、時間をかけて周りを見て欲しい。それが、自分の欲なのか、大勢の人を救うべき力なのか、考えることに、もっとエネルギーを使って欲しい。 返信する 規約違反等の連絡
なぜ武力が必要か?
それは他国の侵略があるからです。
それと治安の維持のために。
他国の侵略については話しませんが
治安の維持のためには武力が必要です。
ただこの武力を操作できるのが一部の人です。
その一部が暴走や私利私欲に走ると・・・
大変なことになります。
共産主義者でも社会主義者でもありませんが・・・
理論上でいけば共産主義も悪くないのではないかと・・・
しかし! 人間には欲があります。
欲のせいで共産主義などは理想とは かけ離れた現実になってます。
理論上では貧困は出ないハズですからね。
それと同じで国家はその国に暮らす人々を守るために存在するハズが
国を守るために存在するようになりました。
一部の権力者を守るために武力を持つ集団が動く。
武力を持つ集団は暴走しないよう徹底的な教育を受けます。
そのため仕えてる者が悪政に走ろうとその者のために力を使う。
国民を守るハズの力が国民を苦しめるために使われる。
権力ってようは欲ですよ。
欲があるかぎり戦争が続きその戦争で憎しみが生まれ
やがて欲ではなく憎しみで戦争を続ける。
歴史は繰り返されるですね・・・。
歴史の勉強はそんな負の連鎖を止めるために
みんな習ってると思うのですが・・・。
重たいテーマですが少し考えてみました。
「権力」を平たく言い換えると
「他者を圧倒したり、支配することのできる力」
と言えるのではないでしょうか?
他者よりも優位に在りたい人は、さまざまな「力」を欲します。
例えば、有名大学を出て高収入を得たいと思う気持ちも、個人レベルではありますが
他者を圧倒するだけの確固たる「力」を得たい人間の業からくるものだと思います。
業を捨て去ることができない人間は、決して「力」の象徴から逃れることはできない。
実際、私利私欲や執着があったから人は進歩してきたともいえるわけで、
「力」を完全否定するわけにもいかないし。
「力」を放棄することは、人が人である限り決して成し得ない幻ではないでしょうか?
確かに、良く考えてみれば、
人が集まり、仲間を作り、協力し、
お互いの利益を守るため、自治を始め、
大きくなり、国家となっていったのだから、
元々が欲から始まってるんですよね。
最初はメンバーひとりひとりの利益を守るはずだったのが、
リーダーが統率を理由に我慢を強い、
それが上手くいくと、自分の欲のみに走り始めてしまう。
権力⇒欲
権力を持ちながらも欲に走らないでいられる人間なんているのだろうか。
あっ、一人いた。フィデル・カストロ。
彼の容態が気になります。
って、話逸れましたな(笑)
>たおさんへ
「支配」って背筋がゾッとする言葉ですね。
人より優位に立ちたいという気持ちは
エゴと共にぜったいに人間から拭えない感情なんでしょう。
私利私欲故に発展してきたと言ってしまえば、
確かにその通りですから、
欲を完全に否定するのは難しいです。
ただ、できることなら、力を使う前に熟考して欲しい。
大きな力を持つ人こそ、時間をかけて周りを見て欲しい。
それが、自分の欲なのか、大勢の人を救うべき力なのか、
考えることに、もっとエネルギーを使って欲しい。