薫 風 ~KUNPOO~

初夏に薫る爽やかな風に思いをよせ、YukirinとKaorinが日々の出来事などを綴るページです。

BC級戦犯裁判

2005-10-12 | 本  棚
■ 林博史『BC級戦犯裁判』岩波新書。アジア太平洋戦争における残虐行為の命令者から実行者まで、およそ5700人が裁かれたBC級戦犯裁判。その法廷では何が明らかにされ、どんな戦争犯罪が問われたのか・・・。

■ 東京裁判の場合には、速記録や証拠書類がまとまって残されているため研究も進んでいるけれど、BC級戦犯裁判の場合、八か国(米・英・豪・蘭・仏・中・比・ソ)がそれぞれ裁判を行ったので、国によっては裁判記録が整理されていなかったり、非公開の場合もあって、日本側だけでなく裁いた側や被害者の資料まで収集・分析を加えた研究はこれまであまり進んでこなかった、といいます。また言語上の制約もありますしね。

■ そもそもBC級戦争犯罪とは何でしょうか。靖国問題でもよく話題となるA級戦争犯罪とは「平和に対する罪」のことであり、政府や軍の指導者が裁かれました。これに対して、B級戦争犯罪とは「通例の戦争犯罪(非人道的兵器の使用や捕虜虐待などの国際法違反)」、C級戦争犯罪とは「人道に対する罪(一般自民に対する迫害など)」のことであり、命令者から実行者まで個々の残虐行為に関わった者が裁かれています。東京裁判の被告が28人であったのに対し、BC級裁判では約5700人が裁かれ、死刑となった人数も、前者が7人であるのに対して後者では934人にのぼっている、といいます。

■ BC級戦犯裁判の問題点としては、①被告の選定が恣意的であったこと、②人違いにより罰せられた者も少なくなかったこと、③通訳が不適切であったこと、④検察側の証言が一方的に採用されたこと、⑤上官の命令に従っただけの下級兵までが裁かれたこと、などがあげられます。しかし著者は、日本での議論は感情的に戦犯裁判を非難するものが多く、一つ一つのケースごとに問題を明らかにする作業なしに一概には言えないとして、日本での批判には疑問を投げかけています。

■ そして戦争裁判の本質として忘れてならないことは、当時日本人であった者が裁かれたということ。すなわち、日本によって侵略された地域の人々が日本の戦争に動員され、そこでの行為が戦争犯罪として裁かれたケースも少なくなかった、ということです。戦後の日本社会は、そうした人々が戦犯に問われたことも無視し放置してきたのだと著者は訴えます。

■ また、戦勝国である米国による原爆投下や都市への無差別爆撃は放置されたことも、大きな問題点の一つでしょう。

■ 戦後60年経っても周辺諸国とのわだかまりがなかなか解けないのは、そのような事情も絡んでいるのですね。

<photo:涸沢ヒュッテ直下>