como siempre 遊人庵的日常

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「独眼竜政宗」を見る!(23)

2009-06-26 21:51:30 | 往年の名作を見る夕べ
馬上少年過ぐ/世は平らかにして白髪多し/残躯天の許すところ/楽しまずんば之如何
…という、政宗の有名な漢詩を、渡辺謙さんがアバンタイトルで朗読します。この声の美しさ、格調といい、しみじみとした味わいといい…ホントに何度も言いますけど、渡辺さんはこのときまだ28歳なんですよ! 28歳の若い俳優さんが、老境に入った政宗の貫禄や凄みを、なんの無理も感じさせずに演じきり、ほの哀しい余韻も残す。ほんとうに、この人は俳優としては何十年にひとりの方ですよ。
 と、いまや押しも押されぬ渡辺謙の逸材ぶりにあらためて驚かさせる、初老以降の演技なのです。この回では、長年政宗を支えてきた片倉小十郎景綱の死にたっぷり泣かされ、若き日の政宗を思わせる松平忠輝との確執に、時の流れというものを感じたり、ドラマも終盤にいたってまだ動きはやまないものの、しみじみと越し方を振り返るような、とても味のあるものになっています。
 今回は、第45・46話を見ます。 

第45話「ふたりの父」

大坂夏の陣が、秀頼と淀殿の自害という後味の悪い結末におわり、政宗(渡辺謙)は家康(津川雅彦)を難詰するために押しかけます。が、家康は戦勝気分などまったくなく、どっぷりと心の底から落ち込んでいるわけです。家康の理想は、道義立国で戦乱を収め、天下泰平の道をつくることだったのに、豊臣家を滅ぼすことで汚点をつけてしまった、というわけですね。
 この、天下泰平の道を開くという高邁な理想に政宗は感動してしまいます。「わしが死んだら天下は麻のごとく乱れ、明智光秀のような者は出てくるであろう」と暗に政宗を指差す家康に、政宗は、ご安心ください、左様な不埒者はいま打ち取られました、と手を握って熱く言います。「それがしが、伊達政宗を討ち取ったのでござる!」…政宗、家康に完全降伏の瞬間ですね。
 そして、身内を全て失った高台院(八千草薫)と、女たちを泣かせないためにも戦をやめ、天下泰平に協力することについてしみじみと語り合った政宗は、完全に、家康の天下統一に身を捧げるつもりになっています。が、それでは収まらないのが、松平忠輝(真田広之)なんですね。
 大坂の陣で手柄を立てられなかった忠輝は、出陣を制した岳父の政宗にいたく立腹しており、「こうなったら兵を挙げて江戸を乗っ取り、三代将軍の座を奪取しようではないか、どうじゃ」と無謀なことを吹きまくります。が、そんなことは現実に何の意味もないと悟った政宗は、とにかく頭を低くして、大御所や将軍のいうことに従っていなさいと言うわけですね。このへん、何度も反抗と暴発を繰り返した政宗だけに説得力がありますが、忠輝には単なる弱気にしか見えません。
 政宗といっしょに家康の御前にあがり、大坂の陣後に城に一番乗りして金蔵を押さえたこととか、秀忠差し回しの家来を無礼うちしたことなどをいちいち咎められた忠輝は、アッサリとキレてしまい、「父上は私がお嫌いなのです。兄上とちがって生母が卑しい町人の出だから」とか見当違いなことをいい、席を蹴立てて飛び出します。
 あれは見込みはないわ…とあたまを抱える家康に、名馬はことごとく疳馬から生まれるといいます、優れた人物はかならず悟るものです等などとフォローする政宗。「あの激しいご気性は、馬上に過ぎし政宗の若き日をみるようで、つい可笑しみや哀れみがこみ上げてまいります…」と。
 こうして、政宗は家康の覚えも目出度く、名実ともに徳川幕府で地位を築こうとしていますが、「それでいいのか、伊達の少将」と、冗談ぽく突っ込むのが成実(三浦友和)です。家康に牙を抜かれ、天下獲りの野望も捨てたのか?と絡まれた政宗は、「おれの天下獲りは自分の野望を満たすためだったが、家康は天下泰平の道を開こうとしている。太刀打ちできない」とサバサバと言います。家康は国家百年の計をつくってしまったので、叛乱を起こして天下をとっても、逆賊として末代に汚名を残すだけだと、政宗の顔は憑き物が落ちたようにさっぱりし、でも寂しそうでもあり、なんともいえない味があるんですよ。
 が、やっぱり忠輝は納まらないんですね。なんと、家康と御所に出仕するという大イベントをすっぽかして親の顔を潰す挙に出ます。怒り心頭の家康は忠輝を勘当。とりなしを願って駆けつけた政宗には柳生宗矩(石橋蓮司)が通せんぼし、そなたを斬ってでもまかり通る!と抜刀した政宗を、柳生秘伝の真剣白羽取り(!)で押さえつけてしまいます。
 家康の思いも父心、政宗の思いも父心。二人の父に説得された忠輝は、とりあえず反省のために蟄居閉門はいり、愛妻の五郎八(沢口靖子)ともあえなくなります。なんとかおとりなしを…と頼ってきた五郎八に、政宗は、「婿殿を救う方法がひとつだけある。それは五郎八が彼と別れることだ」と…。
 幕府は伊達家と忠輝が結託して謀叛を起こすのを恐れているので、五郎八を離縁させて関係を絶てば処分も軟化する、というわけなのですが、「離縁はデウス様がお許しになりませぬ。わたしたちは殺されても天国で夫婦になります」と言い張る娘に、どうしたものか、あたまを抱える政宗なのでした。…

第46話「離縁状」

政宗(渡辺謙)と成実(三浦友和)は、夏の陣のあと仙台に帰国する途中、片倉景綱(西郷輝彦)の居城に病気見舞いに立ち寄ります。病の重い景綱が、むすこの小十郎(高島政宏)を怒って城から締め出しているときき、そのとりなしもあったのですが、景綱は、雑兵と組討するような小十郎の激闘が伊達家の重臣に相応しくない、思い上がるなと、すごく厳しいことをいってるわけですね。
 ひさしぶりに政宗と会った景綱は、「御目もじ叶うた喜びを笛に託したい」と、政宗の太鼓とのセッションを所望します。が、笛の名手の景綱の息はもう弱って、思うようにいかないわけです。体力を使い果たした景綱は、今生お会いするのはこれが最後だと思うので…と、政宗にいくつかの遺言をのこします。
 それは、まず山形にいったままの保春院を仙台に迎えること、ヨーロッパに言っている支倉常長が帰国のときには、イスパニア艦隊にからくりしたことがバレないよう遺漏なき手当てを、そして、お騒がせ婿の松平忠輝(真田広之)を「思い切って見放してください」という、この三点でした。
「思うに忠輝様のご気性は乱世に向いており、泰平の世には合いません。もはやすべての戦はおわりました…」とキッパリ断言する景綱に、万感胸にせまり言葉もない政宗と成実でした。そして景綱は、小十郎を「ようやった、片倉家の誉れだ」とはじめて手放しに褒めてやります。いやー…思ったとおり、この場面は涙腺大決壊ですごいことになりました。長年政宗の片腕として、忠義一筋にあゆんだ小十郎こと景綱。漢の鑑!であります。
 政宗が仙台に着いたのを追うように、景綱の訃報がとどきます。やはりガックリ脱力する政宗は、残った成実を省みて、「あとはお前に跡取りがいないのが気がかりだ」と言い出します。自分の末子の渇食丸(ってすごい名前!)を養子にもらってくれ、小十郎と渇食丸が両脇を支えれば忠宗の行く末になんの心配もない。いわゆる武将の器量とは、つまるところその家臣の質にあるのだ!と。これが政宗齢50にしての悟りでした。
 さて、問題の忠輝と離婚を迫られている五郎八姫(沢口靖子)ですが、別れれば忠輝のいのちは助かる、ということを考え抜き、やっと決心します。実はデウス様が夢枕にたち、人の世の取り決めは神の御心の前には無力であり、互いに愛し合い思い会う二人なりせば、分かれても永遠に夫婦とおっしゃった。忠輝様の命にはかえられません離縁いたします…と。
 五郎八の決心をうけて柳生宗矩(石橋蓮司)が忠輝のもとにおもむきます。目の上のたんこぶの伊達家と縁を切れば殿にも浮上の目がでてきます、五郎八姫からさっさと離婚を言ってきましたと、微妙にストーリーを変えて説得された忠輝は、五郎八への未練を断ち切ってしまうのでした。
 仙台の政宗のもとに珍客がやってきます。なんと、戦場から逐電してフェードアウトかと思われた国分盛重(イッセー尾形)が! 秋田に国替えになった佐竹に寄寓していたのですが、秋田は寒くてかなわない、先祖墳墓の地の仙台が恋しく、墓参りをゆるして欲しいとかいいながら、実は仙台の政宗に割拠のうごきがないか、スパイしにきたんですね。年老いてもあいかわらずの挙動不審に「牢に閉じ込めろ」と政宗は命じ、盛重ゴキブリのようにサササーッとすごい速さで部屋中を逃げ回る、その体技に大笑い(笑)。
 こんなことでバタバタしているときに、江戸から至急の手紙が届きます。なんと、「家康危篤」! いつかは死ぬとわかっていながら、イザとなるとやはり動揺し、政宗は駿府に飛びます。

(つづきます)


12 コメント

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こんにちは (パール)
2009-06-27 13:50:54
大坂の陣中であの忠輝をもドン引きさせる政宗、家康の目の前で自分自身を討ち取る政宗。
どちらも大好きなシーンです。晩年の政宗と家康の関係がなんか、いいなぁと思います。
「頼むは伊達政宗じゃ」と家康に言われるのも、これまでの積み重ねがあるので説得力がありますし、
「これはしたり」という台詞も、誰かさんと違って十分な重みがあります(笑)

女性陣はそれほどでもないですが、男性陣の老けメイクがかなり凄いですね。
滝田栄さんの「徳川家康」も晩年の老けメイクと演技は凄かったですが、独眼竜も秀吉、
家康、小十郎の最晩年は、特殊メイクに近い、肌そのものの質感を変えるところまでやってますからね。
今はハイビジョンという事もあってあまり大胆な事は出来ないのかもしれませんが・・・
とにかく、最終回の謙さんの老けっぷりはメイクと演技力の相乗効果で涙モノです。演出がまたいいんだ。

庵主様のレビューももう少しで完走ですね。お疲れ様でした。
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馬上少年過ぐ (佳々)
2009-06-27 14:50:41
この漢詩が大好きです。
少し遅く生まれついたがために天下取りの夢かなわず、歳老けて…、無常観が漂います。大げさですが、いかに伊達政宗という人が偉大な人物だったかということもわかるような気がします。
同題名の司馬遼太郎さんの短編も名作だと思います。

渡辺謙さん28歳!、風格がありましたよね。確か妻夫木くんも現在同い年くらいのはず…、どうしてこうも違う?!う~ん、改めて謙さんの偉大さを知る!という感じですね。(このころ謙さんのアルバムを買って持っていました。タイトルは「終わりのない輪舞」だったような…。この頃から成長していませんわ、私(笑)、今は吉川さんのCD買いまくりましたし)

「黄金の日日」「峠の群像」「独眼竜政宗」池辺晋一郎さんが音楽を担当された時が好きです。オープニングの映像も…。今のようにCGで凝ったものより、ただただルソンの沈みゆく夕日、とかずっと良かったのに。現代の映像感性にについていけませんわ(涙)。
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これはしたり!&老けメイク (庵主)
2009-06-27 21:56:20
パールさん

>「これはしたり」という台詞も、誰かさんと違って十分な重みがあります

そうそう、「これはしたり」、政宗も成実もしょっちゅう言うんですが、その間というか、呼吸というか、そのたびにニュアンスがあって、その時々の感情を「これはしたり!」だけでピッと表現できるみたいで、聞くたびにグッとくるんですよね。
まあ、兼たんのほうは…「これはしたり」を使いこなすには、いかんせん修行が足りなかったのう(笑)。

そうそう、老けメイクはすごいですよね。あのかさかさした肌の質感とか! 薄くなった頭髪とか!
すごいのは、口元の、微妙に歯の噛み合わせが緩いというか、口角がゆるんだような感じまでちゃんと表現してるの!
それも、老境にいたるまでの人生の積み重ねをドラマの中できっちりやってこそなんですけどね。

最終回、こころして見たいと思います。
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比べるのも気の毒ながら… (庵主)
2009-06-27 22:07:16
佳々さん

そうそう、司馬さんの「馬上少年過ぐ」では、最後の句を「楽しまざるを之如何にせん」と読み下しているんですよね。
「楽しまずんば之如何」とは解釈が間逆になりますが、案外、両方の感情があったのではないか…と納得できるところが、人生の奥深さを感じていいですよねえ。

>確か妻夫木くんも現在同い年くらいのはず…

それを言っちゃあお終えよ(笑)。
ま、27歳の真田君(と当時呼ばれてた)とくらべても、今の妻夫木君の演技術は、気の毒すぎて目も当てられないものがあります。でも、これはもう、草野球のエースを東京ドームのマウンドに立たせるようなもんでね(笑)。
…そう思いつつも、「馬上少年過ぐ…」の朗読を聴いたときには、もう全然違う、役者としての器が!とか思ってしまいました。

謙さんのアルバムって!何ですかそれは!? そんなんあったんですか!!
お宝すぎます(笑)。
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仙台真田家 (伊左大夫)
2009-06-27 23:09:15
ドラマの本筋からは外れますが、二代目小十郎こと片倉重綱が真田信繁の娘・阿梅を”戦利品”として頂戴するシーンがさりげなく挿入されていましたね。片倉家に引き取られた信繁の遺児は阿梅のほか、次男大八、六女阿菖蒲たちがいたそうです。阿梅はのちに重綱改め重長の後妻となり、阿菖蒲は片倉喜多の名跡を再興させました。大八は石投げ遊びで死んだことにされて、その後は片倉守信として生きたそうです。伊達家は家系図を捏造してまで真田の血を守ったんですね。守信の孫の代になって真田姓が許されたのだといいます。そう、真田幸村の末裔は仙台真田として存続していくことになるのですね。いや~、ロマンですね。

さてドラマに戻ります。

>渡辺さんはこのときまだ28歳なんですよ!

こんなに「酔余口号」馬上少年過ぐ…に深みや哀愁が出せるなんて。渡辺政宗の貫禄振りには益々舌を巻くばかりですね。きっと実際の政宗公もこんな感じだったのかな、とまで思わせてくれるに十分な程の存在感を与えてくれる渡辺政宗です。ここまで演じていると政宗公が憑依したんじゃないかと思ってしまいます。

>抜刀した政宗を、柳生秘伝の真剣白羽取り(!)で押さえつけてしまいます。

スローモーションとはこういうときに使うから効果的なんですよね。それにしても、渡辺さんの剣捌きにも中年らしい立ち振る舞いが感じられるのは何故でしょう。

>景綱は、雑兵と組討するような小十郎の激闘が伊達家の重臣に相応しくない、思い上がるなと、すごく厳しいことをいってるわけですね。

どこかのご家老様も叱ってやったほうがいいと思いますね(苦笑)。

>長年政宗の片腕として、忠義一筋にあゆんだ小十郎こと景綱。漢の鑑!であります。

庵主さまのレビューを読んでいるだけでも目頭が熱くなるシーンですね。何度観ても、最後の「でがしたぞぉ~」で涙がツーっとこぼれてしまいます。


残りあと4話となってしまいましたが、次回も楽しみにしております。
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仙台真田家! (庵主)
2009-06-28 22:54:03
伊佐太夫さん

そうそう、真田の娘を貰い受ける話、出てきましたよね。
このエピソード、たしか司馬遼太郎さんの「街道をゆく」だったかで読んだことがあって、初代小十郎が幸村の娘を嫁にするとばかり思い込んでたんですよ、わたし(笑)。二代目でしたね。
でも、仙台で真田本家の血筋が続いたというのはすごく良い話ですね。娘だけでなく、息子も…というのは知りませんでした。

>スローモーションとはこういうときに使うから効果的

わたしもそう思っちゃった(笑)。
さらに、スローモーションをかければ殺陣がうまく見えるってもんではなく、上手い人はよりうまく、下手なひとはさらに酷く(笑)、みえるんだということも、「天地人」と見比べてよくわかりました。
ようは、CG技術がいくら発達しても生身の俳優さんの実力は誤魔化せないということですね。
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石橋・柳生但馬 (雪斎)
2009-06-29 16:40:21
 柳生但馬は、色々な俳優が演じていますが、石橋蓮司さんのは、一番、「それらしい」柳生但馬だったような気がします。
 石橋さんといえば、『真田太平記』での偏執狂的な怪演が忘れられないのですが、この「権力者の懐刀」の演技も、真に迫るものでした。
 こういう細部の配役に至る気配りが、『独眼竜政宗』の傑作たる所以でしょう。
 石橋さんは、日活ロマンポルノの傑作『赫い髪の女』に出演していますが、凄い演技でした。
 そういえば、竹下景子さんにせよ秋吉久美子さんにせよ樋口可南子さんにせよ、以前の美人女優というのは、皆、「脱いでいる」のですな。そういうところの気合からして、今の若手女優とは違うと思います。「綺麗だから女優になれる」わけではないのでしょうに…。
 長澤まさみさんですか…。一回位は、「汚い演技」をやってくれないと、女優としては頭打ちでしょう。
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柳生! (庵主)
2009-06-29 22:34:06
石橋さん!
「真田太平記」と一緒に見てると、まったく別な役で出てるのでクラクラしちゃうんですけど(笑)。柳生但馬守はあまり出番は多くないんですが、ピシッと締まった存在感で、いるだけで場の空気が締まる。秀逸な存在でしたよね。
ちなみにわたしは「武蔵」の柳生宗矩・中井貴一さんもなかなかカッコよかったと思ってるのですが、あれは、もうドラマ自体が…。あんまり真面目に見てなかったからなあ(笑)。

>一回位は、「汚い演技」をやってくれないと、女優としては頭打ちでしょう

もしかして、あの忍者っ娘を一世一代のヨゴレ役と思ってるのと違いますかね(笑)。
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汚い演技 (雪斎)
2009-06-30 00:14:38
 「汚い演技」といえば、「武蔵」のときの米倉涼子・お通も、それが出来ていたと思います。床に落ちた握り飯を馬食いするシーンでした。
 もっとも、あの時の鎌田敏夫脚本も「阿呆の極み」でしたが…。
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お通ー! (庵主)
2009-07-01 20:55:28
雪斎さん

「武蔵」の米倉涼子は、わたしも好感を持って見ていました。いろいろ散々叩かれましたけど、すくなくとも、あの捨て身の汚な作りは半端な気持ちでできることではないと思います。
しかしあの脚本も、豪華キャストの無駄遣いもいいところでしたよね(笑)。あれほどの珍作はよもや出てくるまいと思ってましたのに、ほんの5年かそこらで、あのアホの極北を上書きする迷作が誕生しようとは……。
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