スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ますます深刻化する賃貸住宅不足の問題 (その3)

2014-07-30 00:02:35 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き。

前回2回にわたってスウェーデンの賃貸住宅の事情について詳しく書いてきたが、大学に進学したり、新しい仕事を始めたりするために別の町に引っ越して、すぐにでも住宅が必要な人はどうやってやりくりしているのだろうか?


【 学生向け住宅 】

大学のある街には、学生であることが入居の条件になっている賃貸住宅がある。そのため、通常の賃貸住宅よりは入居しやすい。しかし、学生向け住宅も供給不足のために、待ち時間がどんどん長くなっているのが現状だ。そのため、一般の賃貸と同じように待ち時間の長さによって空き物件が配分されている。入居するのに1年以上も待たなければならないケースも稀ではない。

詳しく話し始めると長くなるが、学生向け住宅と言っても様々だ。部屋は個室(トイレ・シャワー付)だがキッチンやリビングルームは他の学生と共同というコリドー・タイプのものもあれば、一般の賃貸住宅と変わらないアパート・タイプのものもある。コリドー・タイプの学生住宅は人気はあまり高くなく比較的入りやすいと言われるが、それでも今では1年ほど待たないと入れないこともある。

私がスウェーデンで最初に生活を始めた時は交換留学生だったので、住宅に関しては大学が面倒を見てくれ、コリドー・タイプの学生住宅に住むことができた。


個室で最低限必要なものは揃っている。





キッチンとリビングルームは共同なので楽しかった。


一方、ヨーテボリで博士課程に在籍している間はアパート・タイプの学生住宅に住んでいた。ただ、学生しか住んでいない集合住宅群ではなく、ヨーテボリ市の住宅公社が持つ一般の賃貸住宅団地の一部を学生住宅管理会社が借りて、学生に貸している所だったため、隣人は学生以外の一般人が多く、非常に静かで良い環境だった。何よりも、4階建ての最上階にある私のアパートから見渡せるヨーテボリの景色が最高だった。だから、人気も高いところで、1年半の待ち時間を貯めて、やっと入居権を獲得できた。ただし、この物件が空いたのが春学期が始まってしばらく経った頃だったので需要が比較的低かったことも幸いした。学期始めにそのアパートを手に入れようと思ったら、3年以上の待ち時間が必要だっただろう。




景色が綺麗なアパートだった


立地条件の良い学生住宅はこのように競争が激しいため、手に入れるためには4年以上の待ち時間が必要なこともあるという。ただ、そうなってくると、卒業が間近に迫っている学生も多いため、せっかく入居しても間もなくして出なければならないなんて、まるで笑い話の世界である。


【 分譲住宅を買う 】

学生向け住宅とはいえ、入居するのに最低でも1年以上待たなければならないとなると、その間はどうするのか? それから、学生以外の若者はどうやって住む場所を見つけるのか?

賃貸住宅が見つかりそうにもない場合、分譲住宅を買うという手がある。ただし、分譲住宅の購入には住宅ローンを組む必要があるし、購入物件の価格の少なくとも20-25%ほどの貯金も必要となる(物件価格の75%以上を借りた場合、75%を超えた部分のローンには割高の利子率が適用される)。もちろん住宅ローンを組むためには銀行の審査があるから、定職を持たない人や収入の少ない学生は難しい。スウェーデンでは高校を卒業すれば、実家を出て一人暮らしをし、経済的にも親から独立するのが基本だが、住宅難のために親の経済的支援を受けながら、仕方なく分譲住宅を買うケースも近年増えている。

ちなみに、分譲住宅と言っても「買って終わり」ではなく、その集合住宅に組織される居住人組合の会員となり、月々の手数料を払わなければならない。それプラス、住宅ローンに対する月々の利払いや元本の返済があるので、月々のコストは同等の賃貸住宅の少なくとも2倍になる。もちろん、立地、物件価格、ローンの大きさによって異なる。(であるから、賃貸住宅も家賃規制を撤廃して市場価格に移行すれば、賃貸家賃は今の水準の1.5-2倍くらいにはなるだろうと想像できる)


【 賃貸住宅の又貸し 】

経済的に余裕のない若者にとって、より現実的な解決策は、一般のアパートの又貸しを見つけることである。これには、賃貸住宅の又貸し分譲住宅の又貸しの2通りがある。まずは、賃貸住宅の又貸しから。

これまで書いてきたように賃貸住宅の家賃には規制が掛けられ、市場価格よりも相当安く抑えられている。そして、賃貸住宅を求めている人は多く、待ち時間も長い。もし、賃貸住宅の又貸しを全く自由に認めてしまうとどうなるだろうか? 賃貸住宅に住みたがっている人は山ほどいるから、又貸しする際の家賃を高く設定しても、借り手はいるだろう。そして、その差額を自分の懐に入れて、収入にすることができるならば、自分が住むよりも又貸しを続けたほうが得になる。そうすると、賃貸住宅の持ち主はその賃貸契約をずっと保持し続け、手放そうとはしなくなる。その結果、賃貸住宅の回転が遅くなり、住宅不足がさらに深刻となる。その上、そうやって又貸しの家賃が市場価格になってしまえば、家賃の変動から賃貸居住人を守るためにそもそも導入された家賃規制の意味が全く無くなってしまう。又貸しで住んでいる賃貸居住人は又貸し家賃の変動に晒されることになるからだ。

だから、賃貸住宅の又貸しには様々な規制が掛けられている。又貸しは正当な理由があり、住宅管理会社が認めた場合か、住宅会社が認めなくても賃貸紛争裁判所が認めた場合にしかできない。正当な理由とは例えば、別の町や国で働いたり勉強したりするために、賃貸アパートをしばらくの間、空けるといった場合や、ボーイフレンドやガールフレンドができて同棲を始めようと思うけれど、うまくやっていけるのか分からないので、もしも別れて、住む場所が必要になる時のことを考えて賃貸アパートをしばらくの間、保持しておきたいといった場合だ。上記のような理由がなく賃貸アパートを離れる場合は、賃貸契約は解約しなければならないのである。

また、又貸しの家賃にも規制がある。自分が住宅会社に払っている家賃よりも高い家賃を、又貸しで借りて住む人から徴収することは基本的にできない。自分の家具をアパートに残したままで又貸しする場合には、その家具のレンタル料ということで又貸し家賃に上乗せが可能だが、それでも、元の家賃の10~15%ほどの上乗せが限度だ。このような規制があるのは無理もない。もし、そもそもの家賃規制がなければ住宅会社は市場価格に基づく家賃収入を得ることができたのだが、家賃規制のおかげでそれができない。しかし、その利益が何の経済的リスクも背負っていない又貸し人に流れてしまうとしたら本末転倒であろう。

又貸しのルールは以上である。しかし、賃貸住宅の不足が深刻であるため、違法な又貸しも横行している。例えば、賃貸契約の保持者が住宅会社や裁判所の許可なく又貸しするケースである。もし、違法な又貸しが住宅会社にバレた場合はルール違反としてすぐに賃貸契約の取り消しとなるから、又貸しをしている人も又貸しで住んでいる人もヒヤヒヤであろう。住宅会社が連絡を取ってきた時に、又貸しで住んでいることがバレないように、その賃貸アパートの本来の契約人であることを取り繕うとして冷や汗をかいた、などという話は私も複数の友人から耳にしたことがある。

それから、家賃に不当な上乗せをして又貸しをするケースもある。又貸しで借りている人がそのことに気づいた場合、賃貸紛争裁判所に訴えて判断を仰ぎ、返済を求めることができる。


【 分譲住宅の又貸し 】

分譲住宅はその持ち主の個人所有物なので、その又貸しに対して賃貸住宅の又貸しほど厳しい規制はない。しかし、又貸しで住む側にとっては、その物件が分譲住宅であろうが賃貸住宅であろうが、「賃貸」であることに変わりない。家賃の変動から賃貸居住人を守るべきという考え方は、分譲住宅の又貸しにおいても適用されてきたため、分譲住宅の又貸しであっても、又貸し家賃はその住宅と同等の賃貸住宅の家賃に準ずることという規定があった。分譲住宅の又貸しと賃貸住宅の又貸しとの間で家賃の二重価格が生じることも防げた。

しかし、2013年から規定が変わり、分譲住宅の又貸しでは、その住宅の月々の資本コスト(現在の市場取引価格に利子率を掛けた値)に見合った又貸し家賃を取ることができるようになった。この規定変更の目的は理解できなくもない。というのも、既に書いたように分譲住宅は個人の資産であるから市場金利に見合った収益を上げても良いという考えがあるだろうし、それに、分譲住宅の所有者の多くは住宅ローンを抱えているのでその利子コストを補いたいだろう。また、資産の価格変動というリスクも背負っている。(これに対し、賃貸住宅の契約者はそのような経済リスクは何一つ背負っていない)

だから、2013年の規定変更以来、分譲住宅の又貸し家賃は大きく上昇している。また、以前に比べて又貸しすることの経済的メリットが大きくなったので、又貸し市場における供給も大幅に増えているようだ。

ちなみに、分譲住宅に高い家賃を設定して又貸しするケースは、規定変更以前もあっただろうと思われる。住宅不足が長らく深刻であったし、又貸し家賃にも規制があることを知らない人は、大家(分譲住宅の持ち主)が提示する又貸し家賃を甘受、あるいは仕方なしに受け入れてきたのであろう。分譲住宅の又貸しであっても、その条件が法律の規定に反する場合は賃貸紛争裁判所の判断を仰ぐことができる。


【 間借り 】

賃貸住宅や分譲住宅の物件全体を又貸ししてもらう、という方法の他に、そのうちの一部屋だけを間借りさせてもらう、という手もある。もちろん、トイレ、シャワー、キッチンは自由に使えないので、短期的なその場しのぎの手として使うのが一般的だ。


【 賃貸契約の違法購入 】

賃貸住宅や分譲住宅の又貸しでは違法行為も横行していることに触れたが、もっとあからさまな違法行為がある。賃貸契約の売買だ。つまり、賃貸アパートに住む権利を買った上で、月々の賃貸家賃を支払って暮らすということである。賃貸家賃の売買は法律で禁止されている(売った側が最長2年の懲役)。契約権の売買を認めてしまえば、家賃を規制する意味が薄れてしまうからだ。

しかし、賃貸住宅に対する需要超過の状態が続けば、人々は頭を使って、何とかして自らの欲求を満たそうと考える。それが市場の力とも言える。待ち日数なしで今すぐにでも賃貸住宅に住みたい人がいるのに目をつけて、空いた賃貸物件を闇で売る賃貸住宅会社がいるのである。

このシリーズの第一回目で書いたように、かつては賃貸物件に空きができると自治体が管理する賃貸斡旋サービスに通知し、そのサービスを通じて新しい居住人を探さなければならなかったが、それは1993年に撤廃された。だから、住宅会社が空いた物件の新しい住人を自分たちで見つけることも可能だし、賃貸契約そのものに値段を付けなければ全くの合法だ。しかし、お金を払ってでも賃貸住宅に今すぐ住みたい人がいる今、その権利を高値で販売しようとする住宅会社や仲介業者が出てきても不思議なことではない。

闇市場での賃貸契約の取引価格はいくらか? 例えば、二部屋(キッチン付き)で30万クローナ(450万円)という数字を耳にしたことがある。分譲住宅を買うこととは比べ物にならないほど安いが、分譲住宅とは違って、退出時に販売するなどしてお金が戻ってこないことに注意しなければならない。だから、例えば20年住んだ場合、単純計算で1250クローナ + 賃貸家賃が月々のコストになるし、もし、5年だけ住んで引っ越すならば5000クローナ + 賃貸家賃が月々のコストになる。


【 早い者勝ち賃貸物件 】

自治体が管理する賃貸斡旋サービスは、物件獲得に必要な待ち年数が非常に長いことは既に書いたとおりだが、時おり「早い者勝ち物件」が登場する。通常の斡旋プロセスでは、空き物件が出てくるとホームページなどを通じてまず登録者に通知して、関心のある人を募り、その中で最も待ち年数の長い人を数人選んで下見をしてもらい、契約を結ぶという流れなので時間がかかる。住宅会社によっては、ある特定の賃貸物件の新入居者を手っ取り早く見つけてしまいたいこともあるらしく、そのような物件が「早い者勝ち物件」として、自治体の賃貸斡旋サービスのホームページに登場するのである。

この場合、待ち年数には全く関係なく、一番初めに申し込んだ人が物件を獲得できる。ただし、そのような物件がいつ登場するのは不明なので、そのような物件を手に入れたいと思ったら、常に斡旋サービスのホームページにアクセスして、ブラウザの「更新」ボタンを一日中、押し続けなければならない(笑)。

世の中には、意外な所にビジネスチャンスを見出す人がいるが、「早い者勝ち物件」の検索も例外ではない。自治体の賃貸斡旋サービスのサイトに登場する「早い物勝ち物件」をいち早く見つけて、その情報を携帯メッセージ(SMS)を使って即時に知らせてくれる有料サービスが存在するのである。このサービスは、複数の自治体の賃貸斡旋サービスのサイトを自動的に監視するコンピュータ・プログラムを作って運用しているようだが、そんなサービスを提供している業者が今や複数存在する。

※ ※ ※ ※ ※

スウェーデンの若者に話を聞けば、それぞれの苦労話を聞かせてくれるだろう。又貸しや間借りを繰り返しながら数ケ月ごとに引っ越しを繰り返している若者も稀ではない。大学の秋学期は8月の終わりから始まるが、移り住んだ街で住む場所が見つからないために部屋の間借りで急場をしのぐ学生もいるし、間借りならまだ良いほうで、友人のアパートのリビングルームのソファーだけを借りてそこで寝泊まりしたり、あるいは、大学の学生自治会が緊急措置としてスウェーデン陸軍から軍用テントを借りて大学の敷地に張り、新入生に寝床を提供したり・・・。住宅探しにおいては、友達同士のネットワークが非常に有効に機能する。

過去の記事:2009-08-29 大学新入生が急増。ホームレス学生も


私もヨーテボリの学生アパートに入居するまでは、遠距離を電車で通学したり、友人のつてで島の一軒家の離れに住んで、連絡船で通っていたこともあった。



(続く)

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