スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

『総選挙は、社会民主党の勝利であった』

2006-11-07 19:37:00 | 2006年9月総選挙
いや、もちろん社会民主党は総選挙で負けたが、ある政治学者いわく、これは一種の「社会民主党の掲げてきた社会民主主義の勝利」と見ることができる、ということ。

以前のブログで保守党の大幅な路線転換について書いたけれど、保守党は本当に選挙で勝って政権を獲得したいのなら、これまでの新自由主義的イデオロギーを放棄して、社会民主党の築いてきた福祉国家モデルを受け入れざるを得ないと認識したのだった。つまり、スウェーデンの保守党は左傾化せざるを得なかったのだ。

以下の記事は、ヨーテボリ大学政治学部の教授であり学部長であるBo Rothsteinが、選挙の2日後に、スウェーデンの日刊紙に寄稿した論説。スウェーデンの社会民主主義は今後も健在だ、というのが彼の主張。あれから1ヵ月半が経ち、新政権の政策が次々と発表される中で、そうとは必ずしもいえない部分もあるが、それでも、スウェーデンの政治史上で、かなり面白い結果になった今回の総選挙を分析する上で、重要なポイントだと思う。保守党の左傾化に関しては、それと似たようなことがイギリスで起こったとしているが、あちらでは左派の労働党が、右派の保守党路線に右傾化してしまった、という点が面白い。

Bo Rothstein

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『総選挙は、社会民主党の勝利であった』
Bo Rothstein (訳:佐藤よしひろ)

スウェーデンの政策モデルに対する関心は、国際的に見ても国の大きさに比例しないくらい非常に大きい。特に、社会科学の研究者は、以前からスウェーデンの政策モデルに驚異の目を注いできた。とりわけ、他国と比較してもかなり広範囲にわたる福祉部門や、高い税金、それに、国の財政にとっては比較的費用のかかる家族政策や平等政策が、どのようにしたらこんなに高い経済成長と両立でき得るのか、という点に、海外の私の研究者仲間は関心を持ってきた。他の北欧諸国と共にスウェーデンは、のちに「ワシントンの共通認識」と呼ばれるようになった認識 - つまり、グローバル化経済に立ち向かうには、税金の大幅な引き下げや、福祉政策や再分配政策の切り下げをするしかない - から大きく乖離する社会・経済発展モデルを提示しているのだ。

今年春、私は研究のためにアメリカに長期滞在したが、その際に、なぜそもそもスウェーデン型の政策モデルは可能なのか、という質問だけでなく、当時迫っていた今回の総選挙の争点は何なのか? という質問も投げかけられた。これらの問いに答えるのは、そんなに容易ではない気がしてきた。そのときの問答を再現すれば、だいたいこんな風になるだろう。

Q: 新政権はスウェーデンの超高税率を引き下げるのか?
-A: 非常に極わずかだろう。我々は多くの分野において、今と同じくらいの税金を納め続けることになるだろう。
Q: 右派ブロックは、補助金や福利厚生の大規模な切り下げを要求してくるだろうか?
-A: むしろ、その逆だろう。彼らは、より多くの公的サービスや補助金を約束するようになるだろう。
Q: 右派ブロックが政権に就けば、労働組合の強力な立場を崩そうとし、労働者の権利にも手を加えるだろうか?
-A: まず無理だろう。彼らはスウェーデン型労働市場モデルと強力な集団賃金交渉システムは維持すると約束しているのだ。
Q: 人工中絶の禁止や学校での礼拝の義務付け導入などを主張している政党はあるのか?(いかにもアメリカっぽい質問:-)[訳者注])
-A: いや、いや、いや。そのような論点は政策マニフェストでは全く扱われていない。
Q: すべての子供が公的な保育所に預けられるという社会主義的な家族政策や、費用のかかる育児休暇制度などは、右派ブロックが政権をとれば、崩してしまうのではないか?
-A: そんなことは絶対にない。むしろ逆で、右派ブロックの政党は、男女平等政策を支持しているし、その中の保守党は、より多くの父親が育児休暇を取るように更なる公的補助金制度を導入しようとしている。
Q: とはいっても、外交政策に関しては、社会民主党以外の政党が政権をとれば、スウェーデンをNATOに加盟させてしまうんじゃないの?
-A: そんなことは絶対にありえない。というのも、スウェーデンではこのような問題に関しては政党間で幅広いコンセンサスを得てから改革を行うのが伝統的だが、社会民主党はNoと言っているから、それは無理だ。

このような点を考慮すれば、アメリカやヨーロッパからの研究者仲間たちに今回の総選挙が結局のところ何を扱っているのかを説明するのが、非常に難しい気がしてきたのだ。われわれが選挙キャンペーンの中で見てきたものといえば、競合する政党間の現実政治の違いが非常に小さく、また、右派ブロックが社会民主党の社会モデルを相当程度、受け入れしまった、ということだ。とりわけ注目に値するのは、もちろん保守党の路線変更だ。長い年月といくつもの選挙敗退を経てきたが、ついに保守党の執行部は、ある単純な事実に気がついた。つまり、自分の党の支持層の多くが頼りにしている政策モデルを根本的に変えてしまおう、と主張したのでは選挙に勝つことはできないということ。それが分かったから、じゃあ、その政策モデルと一緒に歩もう、と考え始めたのだ。長年、多額の税金を納め、その見返りとして、自身には満足のいく年金、子供には質の高い教育、そして、うまく機能する医療を享受してきた中流階級には、これらのサービスが民営化されたとしても、民間市場で買ってやりくりする余裕など手元に残っていないのだ。さらに言えることは、これは個人と社会の間で結ばれた一つの契約として理解することができる、ということ。そして、将来の減税、といった“バラ色”の(人気取り的)公約では、この契約は決して解くことはできないのだ。自分が高い税金を通して既に“貸し”を作ったのだから、自分には公共部門から福祉国家の恩恵を享受する権利があるのは当然だ、と人々は考えるのだ。

右派ブロックの政策マニフェストにあるような小さな制度改革、例えば、雇用(失業)保険や住宅税における改革、が、その後の大々的なシステム変革につながり、現在の寛大な福祉国家政策が大きな脅威にさらされることになる可能性は、もちろんあるかもしれない。しかし、右派ブロックの実際の主張と、以前の右派政権の実績を見てみれば、そのような急変革を示すようなものはほとんどない。それに、政治学研究者Elin Naurinが示すように、スウェーデンの政治家は政党マニフェストの中の公約を一般に守っている。保守党の中にも、一人や二人の新自由主義論客が存在するかもしれないが、彼らがごく部分的なものを越えたインパクトを持つとは、私には考えられない。

(中略…)

テレビのインタビューや新聞の社説面では、今回の総選挙の結果は社会民主党にとっては歴史的な大敗だったとの見方が相次いでいる。政権交代の原因については、ヨーラン・パーションが選挙キャンペーンを個人的に牛耳ってしまったことや選挙キャンペーン戦略の失敗などが憶測されている。しかし、歴史的、国際的な視野に立って比較してみれば、2006年9月17日の総選挙はスウェーデンの社会民主党にとっては実に大きな勝利だったとも受け取れる。その理由は、社会民主党の掲げる社会モデルが、政敵にそれを取り込ませる形で、イデオロギー的にも現実政治の面でも勝利したからなのだ。
(中略…)
だから、今回の総選挙は、社会民主党的な政策モデルを両者が主張しあう争いだったと言ってよい。象徴的なのは、保守党の党首が選挙キャンペーンのスタッフに「医療・学校・福祉について社会民主党が何を提案してこようが、我々はより多くのことを提案していこう」と奨励した、ということだ。社会民主党は寛大な福祉国家モデルの伝統的理想をうまく実行できないでいる、と有権者の目に映った一方で、保守党にはそれができる、とくに、失業問題に関して的確な認識がある、と思われたのだ。

それぞれ個別の政策分野で実際に起きたのは、スウェーデンの社会民主主義がイデオロギーという面でも、現実政策という面でも、新自由主義的なイデオロギーを打破した、ということだ。1990年代前半に一群の経済学者らが「スウェーデンの経済問題は、徹底的な減税とそれと同規模の公的福祉システム削減によってしか、解決し得ないのだ」と言ったが、彼らは自らの学術的信頼性を揺るがす結果となった。今では、そのような声は全く聞かれず、沈黙だけが響き渡る。私は彼らの多くに「われわれスウェーデンが、例外的に高い経済成長と高税率を両立しえているのはなぜか」と問いかけてみたが、彼らは答えることができなかった。スウェーデンよりも明らかに税金が低い国々(例えば、ドイツ・フランス・イタリア)では、経済の現状はガタガタのようだ。

(中略…)

イギリスのトニー・ブレアは自身の労働党をマーガレット・サッチャーの保守党の路線に変更せざるを得なかった。それと同じように、スウェーデンでも保守党のフレデリック・ラインフェルトは、政敵である社会民主党の政策に固執せざるを得なかったのだ。社会民主党は自分たちの考え方を保守党に取り入れさせたのだ。


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2 コメント

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参考になりました (おかの)
2006-11-09 23:25:05
その後も、時々読ませていただいています。
今回もとても参考になりました。感謝しています。
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おかの様 (Yoshi)
2006-11-11 08:04:28
私も「伝えたい いのちの意味」のホームページを拝見させていただきました。日本のニュースを見ていると、最近はなぜか暗い話題ばかりが目に付きます。こんなときこそ、希望を与えてくれるメッセージを人々は求めているのではないかと思います。

スウェーデンの新政権は、嵐の中の船出となりましたが、いよいよ本格的な政策議論が始まってきています。今後に注目をしたいです。
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