原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

血脈。

2014年03月18日 09時09分23秒 | 社会・文化

 

マイケル・ジョンソンという名をご記憶の人も多いだろう。アトランタとシドニーのオリンピックで200m(アトランタのみ)と400mで金メダルを取った名アスリートである。200mの記録はウサイン・ボルト(ジャマイカ)が破るまでの世界記録であり、400mの世界記録は未だ誰にも破られていない。その名アスリートをコメンテータにアメリカはあるドキュメンタリー番組を制作した。その翻訳版が日本で再放送された。実に興味深い番組であった。アメリカならではの番組であり、アメリカにしか作れないものであったと思う。同時に歴史のアイロニーを感じざるを得なかった。

 

マイケル・ジョンソンは番組の冒頭で疑問を口にする。陸上競技におけるアフリカ系黒人の肉体的有利性を説く人が多い。だが黒人だからという単純な理論はあまり正しくない。足の遅い黒人だってたくさんいる。我々の競技に対する努力を忘れないでほしい。そこが原点なのだからと。彼の疑問を出発にルーツを含めた、これまでの名アスリートたちの分析が始まる。1936年のベルリンオリンピックで活躍したジェシー・オーエンスを皮切りに、カール・ルイスや今をときめくウサイン・ボルトまで。その分析の中で、アメリカ大陸の歴史(暗黒の歴史と言うべきか)の根幹にある「奴隷制度」に焦点が当たる。名アスリートの共通項として、これが大きく取り上げられた。

奴隷制度は大航海時代を皮切りに15世紀から19世紀にかけて活発化し、特に16世紀から19世紀にかけてヨーロッパからアメリカ大陸に向かった奴隷貿易は奴隷商人に莫大な利益をもたらした。3世紀に渡ってアフリカ大陸から移送させられた奴隷は1千万人以上と言われている。しかし、これはアメリカ大陸に到達できた人の数。少なくても実数はこの倍以上であったと思われる。劣悪な貿易船の船底に押し込められた彼らが無事アメリカ大陸に着いたのはその半数でしかない。ひどい場合は20%程度であった。アメリカ大陸で現在生活する人たちはその子孫ということになる。つまり、決定的に生命力の強い人たちがルーツとなっていた。

さらに、混合というもう一つの力が加わる。奴隷を持った家は奴隷同士の結婚を奨励。その子供もまた奴隷となるわけで財産の拡大になるからだ。つまり家畜を殖やすがごとく奴隷を増やした。このことも名アスリートの誕生に深く関わる事を知る。アフリカ系黒人という一つのくくりで語られるが、彼らはアフリカ各地から集められた人たち。姿形は似ているが民族的な違いも大きくあった。それがアメリカ大陸では一つにされたのである。いわゆる混血(混合)である。それが無作為に行われた。実際、マイケル・ジョンソンも8つの地域(アフリカ大陸)のDNAが検出されていた。

生命力の強い肉体に様々な要素を持つ血が混じり合っていたのである。その混血が特殊な能力を生みだす大きな要素となった。昔からよく言われていることでもある。混血によって突出した能力が備わる場合があることを。様々な能力が混合によりシンプル化したり尖鋭化するということらしい。もちろん負の遺伝もある。彼らに共通して糖尿病の発生率が高い。そうしたことを含めて、名アスリートのルーツがあるということが証明されていた。アメリカの暗黒の歴史とも言うべき奴隷制度があったればこそ、彼らを誕生させたことになる。アメリカ大陸に住む人にとって、過去の奴隷制度は極めてデリケートな歴史である。消そうとしても消せない過去でもある。その事実に少しでも光を当てなければというアメリカ人の思いが垣間見える企画でもあった。

マイケル・ジョンソンにとっても、また複雑な思いに駆られたことであろう。今ある自分は、先祖たちの尊い犠牲の上にあることと、だからこそ自分に備わった類い稀な素質の源に行きあたってしまったからだ。テレビ番組では彼の本音は出ていないが、彼の複雑な思いは想像できた。

 

しかしながら、歴史の事実というものは未来に何らかの結果を生みだすものだということも学ぶことができる。もちろん良い結果もあれば悪い結果もある。いずれにしても、過去は未来へ一つのつながりを持っているということなのだ。消したくなるほどの暗い歴史でも、それがバネとなって思わぬ結果を呼ぶこともあるということを物語っていた。人間力というものはそういうものも含んでいるということなのだと思う。現在の不遇も、どこかで花開く時があるかもしれないという、儚いかもしれないが、希望にもつながる。

ジャマイカではボルトを含め男女とも世界的なアスリートが次々に登場している。奴隷船の終着港がジャマイカであったことを考えると、やはり当然の結果かと思わずにいられない。ある意味で彼らの時代が訪れているということなのだ。歴史の真実というものは、実に複雑なアイロニー(皮肉)で彩られている。

 

21世紀の今、アフリカに住む人たちとアメリカ大陸に住む人たちのDNAは似た形態でありながら、明らかな違いがでているという。それはいろいろな種のDNAが複雑に混合した結果であることは言うまでもない。つまり同じアフリカ系の黒人でありながら確実に違う人種となっているということなのだ。同じモンゴリア系でありながら、全く違う文化と国民性の国がアジアに点在するという理由も、理解できる。


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2 コメント

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進化論が当て嵌る部分・・・ (numapy)
2014-03-18 10:03:33
残念ながらこの番組は気が付きませんでした。
ずいぶん考えさせられる番組だったでしょうね。
奴隷制度及び搬送時の生き残り組が結果として肉体の進化
(と言えるのかどうかは疑問ですが…)に繋がったと
いうアイロニーもあれば、DNAの混合が強い肉体を作り出したという
アイロニーにもかすかな痛みが伴います。
歴史はまだまだ続いていく、その先に何を物語ってくれるのでしょう。
ひとつだけはっきりした未来があります。不肖ワタクシが受け継いできたDNAは
ワタクシて途切れるという事実です。それに関して何の感慨もないのもフシギです。
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贖罪 (原野人)
2014-03-19 10:29:07
人間の歴史はある意味で罪の歴史でもありますね。
韓国が日本に歴史認識を改めよ、と責めてきますが、日本はまったく無罪とはいえない。そこが弱いところです。しかし、声を張り上げる韓国の歴史はそれ以上の罪だらけ。だから責めることができないとは言えませんが、それはどんな国にもあること。認識を改めるのはやぶさかではないが、だから金をよこせと迫る。さらに日本には何をしてもいいのだという、彼ら特有の偏った考え方がある。それが問題なのです。もちろん韓国人が悪いというより、政治が悪いのです。そこをなんとかしないと、と思うこのごろです。
キリストが自分に罪のないものは石を投げよと、言った。この意味をかみしめる時だと思う。
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