ⅲ 「竹島侵略」の描き方
① 基礎知識 ~その1~
<ウィキペデア:竹島(島根県)>より
・「竹島(たけしま)は、日本海の南西部に位置する島。主に2つの急峻な岩石でできた島からなる。1952年以降韓国が実効支配を継続しており、日本および北朝鮮がそれぞれ領有権を主張している。「竹島」は日本における呼称で、韓国・北朝鮮では「独島(獨島、トクト、독도、Dokdo)」、第三国では中立的立場から「リアンクール岩礁 (Liancourt Rocks)」などと呼ばれている。
本来は人の住める環境ではなく無人島であったが、1952年以降韓国が武力行使によって侵略・占拠、韓国の武装警察官が多数常駐し実効支配を続けている。日本はこれに対し「不法占拠」として抗議を続けている。しかし韓国側は、独島(竹島の韓国名)は歴史的・地理的・国際法的に韓国の固有領土であると主張し、独島問題に領土問題は存在しないという立場を取っている。
・「日本の主張の概略
現在の竹島は江戸時代には既に日本人によって政府(江戸幕府)公認の下、鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)として利用するとともに、アシカやあわびなどの漁猟に利用されていた。明治に入り無主地であった現在の竹島を、1905年(明治38年)1月の閣議決定で島根県 隠岐島司の所管としている。
日本が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは、数多くの文献や地図から確認できるが、韓国の古文献や古地図に登場する「于山島」が現在の竹島だとする主張は事実とそぐわず根拠がない。(詳しくは于山島を参照)
第二次世界大戦後サンフランシスコ講和条約において現在の竹島は日本の放棄する島に含まれていないにもかかわらず、条約発効直前の1952年1月に韓国の李承晩大統領が現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、これを越える日本の漁船を大量に拿捕、死者まで出している。その後、李承晩ラインは日韓基本条約によって廃止されたが、韓国は国際法上何ら根拠がないまま警備隊を常駐させ占領している。
これに対し日本は韓国へ平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが韓国は応じていない。
・「韓国の主張の概略
現在の竹島(独島)は、古代から于山島の名で知られている韓国の領土である。1696年、朝鮮の安龍福将軍が現在の竹島から日本人を追い返し日本の将軍に抗議するため日本へ渡った。その後、幕府は朝鮮政府に対し鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(松島)を放棄している。
1877年の明治期に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から外している。1900年、大韓帝国勅令第41号が官報に掲載され、独島は石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となった。
1905年の日本の竹島(独島)編入は、日本の韓国侵略の過程で行われたものであり無効である。
現在の竹島(独島)は歴史的にも国際法的にも韓国領土であり、韓国が国際司法裁判所に付託するいかなる理由も存在しない。
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~つづく~
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《著者:松永正紀 h22(2010)年度 唐津地区(佐賀県唐津市+東松浦郡)小中学校校長会長》