(48 絶滅する人々 begin)
48 絶滅する人々
特殊合計出生率が2を割れば、人口は減っていきます。2012年の東京でこの数値は1.09でした。都道府県別で最低位です。県別で一位は沖縄で1.90ですが、二位となるとぐっと落ちて島根県1.68です。最近数年はさすがにこの数値は底を打って微増に転じていますが、出産年齢人口がすでに大きく減少しているので、出生数の減少は続きます。国の人口も高齢化し総数も減ってきます。
少子化問題の深刻さについては近年、政府をはじめ広くその原因と対策が論じられています。議論は多岐にわたっていますが、総じて少子化の原因として挙げられる現象は、女性の晩婚化、未婚化です。関連して欧米先進国と比した非嫡出子の抑制現象も論じられています。
出生数が減少を続けてもゼロになることはないので、日本が絶滅することはありません。しかし、ある家族は絶滅する。一族家系は断絶する。村落共同体も離散消滅するでしょう。
先祖代々のお墓はどうなる。男の子がいなければ苗字は失われる。そういうことは、現代日本人はおおかたあきらめていますが、それでも寂しい、いいのかなあ、という思いはあるでしょう。国が小さくなっていくことは寂しい。増え続ける高齢者はどうなっていくのか、国家財政の深刻さは論を待ちません。
困ったことである、と年寄りは嘆きますが、当事者の若い人たちにとっては、皆さんが絶滅する心配よりも、自身の境遇の心配が先であるのは当然でしょう。
おなかにいるうちはまだいいが、外に出た幼児は手を放したとたんに死んでしまう、という感覚はだれにでもあります。他の動物と違い人間の場合、母親一人だけで子育ては不可能です。問題の根幹はそこらへんにありそうです。
さて、少子化対策はこの国の最大課題であるので、毎日マスコミや言論界、インターネットで議論が続いていますが、拙稿本章では、正面の論題からはちょっと外れて、その裏というか根っこの又根っこのあたりのメタ的な論点に注目しましょう。つまり少子化はいったい種の滅亡となんらかの関連があるのか、あるいは、関連があるとしたらなぜ出生率の減少が今起こっているのか?動物として人類は、今、何をしているのか?その辺の話題をさぐっていきましょう。
若い女性が子を産まない、という現象は何であるのか?ふつう繁殖期の動物は交尾して出産する。それをしない場合を説明するには、理由が必要です。たとえば、オスとメスが隔離されている、とか、病気や外敵の存在によって交尾が妨害される、など。
人間の場合、妊娠出産は通常、結婚制度、あるいは家庭、家族、という社会体制の中で起こる。社会学、経済学、文化人類学などの学問のテーマになってきます。文学においても最大のテーマであり、少子化など社会問題になると政治のテーマにもなってきます。そういう事情で、議論はあちこちに飛び、だれもが参加できる分だけ、大衆的感情的な関心を呼びます。テレビや週刊誌の話題としても人気があります。
しかし拙稿としては、この問題においても、人間がその身体をコントロールする場合に環境変化の予測がどう働くか、という観点に関心があります。繁殖行動、つまり妊娠出産育児というきわめて人間的かつ社会的な現象において、私たちの身体はどのように制御されているのでしょうか?