(33 現実に徹する人々 begin)
33 現実に徹する人々
拙稿19章(拙稿19章「私はここにいる」)の冒頭でご紹介した『シー・ウルフ』(一九〇四年 ジャック・ロンドン『シー・ウルフ(海の狼)』 )の実質的主人公であるノルウェー人船長ウルフ・ラーセンはニヒリストというか、徹底したリアリストとして描かれています。作品発表当時の同時代という設定ですから20世紀初頭の物語ということでしょうか。北太平洋でアザラシを狩る孤独な猟船の話です。サンフランシスコあたりから出港して、最果ての日本近海にまで航海する。
ウルフ・ラーセンはやたら頑強な身体を持っている独裁者的な船長で、乗組員に君臨するサディストでニヒリストの暴君です。部下をいたぶりながら、魂などあるものか、死んだらナッシングだ、などとつぶやいている。百年前の作家が描いた人物像ですが、現代人に広がるニヒリズム、あるいは冷徹なリアリズムの原型を見るようです。
モラルとか罪悪感とか良心とかいうものと無縁の極悪人。自分が得するためにはどんなに卑劣あるいは残忍な行為でも平然と実行する。現代の小説にはこういう冷血漢がよく出てきますね。現代人は、何となく、こういう人物像にも感情移入できるところがあるのでしょう。しかしまた、こういう絵にかいたような極悪人は現実の人間としてはいないとか、小説にしか出てこないとかいう評論もよくあります。どうなのでしょうか?
金のためには手段をえらばない。自分だけしこたまもうける強欲社長、など、小説ばかりでなく実在の人物としてよく新聞やテレビで報道されます。実際によくいるから小説の人物にもなるのでしょう。こういう人たちが現代のニヒリスト、あるいはリアリストなのでしょうか? いわゆる悪人ですが、現代人の私たちは、こういう冷血人間にもなぜか、魅かれるところがあります。
興味本位で悪人を研究するのはちょっと不謹慎な気もしますが、本章ではこういう現実に徹する悪人の実例などを分析して、その生き方を調べてみたいと思います。また一方、全然悪人ではない人の中にも現実に徹する生き方をしている人は多くいます。こういう人のこともあわせて調べていくことにしましょう。