Die Tage des Fahrrads

ドイツ語で「自転車な日々」と言ってるつもり。…なんだが合ってるか?(^^;

今日はヒマ。

2006-11-19 20:32:16 | 日常の私
夕べ2時過ぎに作業を終えて、メールとFAXで入稿。
メールに「明日もヒマにしてますので、手伝えることがあったら連絡ください」と書いておいたので、朝起きたらどこそこをやってくださいってなのが入ってるだろうなぁと思ったら、そんなことはなかった。
ご飯を食べたりお風呂に入ったり2時間ドラマを見たり(またかい)しながらぼーっと待ってたけれど、連絡なし。

あんまりヒマだったので、昼寝をしようと布団に入ったところで電話があった。
なんでもWindows VistaのRTM版が遅れてるとかで、スケジュールがちょっと延びたそうな。
といっても、おそらく延びるのはせいぜい数日程度だろうから、めちゃめちゃ余裕になるなんてなことはなく、今まで「ありえない」レベルだったのが、「かなりキツい」レベルにまでトーンダウンしたぐらいなものだろう。
さっき残ってるであろうページ数をカウントしてくらくらしたっす。

ともあれ、明日以降、また作業をお願いしたいということだったので、今日はいきなりヒマになってしまった。
といってもすでにその時点で午後5時だったので、そこから何をする気にもならなかったのだけれど。

ということで今日はさっさと寝て明日に備えよう。
といいつつ、9時に寝ても起きるのが午前11時だったら結構恐怖だなと。

ちなみにこの後の本もすぐ後に控えているそうな。
はう。

そして朝起きたら

2006-11-19 12:02:53 | 日常の私
やっぱり11時だった…。

そして、長野県諏訪市霧が峰で行なわれているシクロクロスの会場にいる旦那からは「普通に」との報告が。
さすが伊達に標高が高くない。
せっかくだから行けばよかったかなぁなんて気持ちが跡形もなくきれいに拭い去られました

とゆことで飲んだくれつつだらだらと。

2006-11-19 03:12:00 | 日常の私
とりあえず言われてた分の仕事を終えて、でも手が空いてるとゆえばまだ降ってきそうな勢いの昨今。
でもまぁ今晩はこれでおしまい、ということで午前2時から酒盛りを始めた。
家事放棄につき、ストック食材は皆無に近く、でも冷蔵庫を空けたらにんじんが入ってたので、皮をむいてスティック状に切ってみた。
生にんじん大好き~。
ほっといたら2本でも3本でも食べつくしそうなので、とりあえず封印。

ここ2~3日、なんだか無性にアツ(現ヴィッセル神戸の三浦淳宏選手)に会いたいのである。
なんでだかわかんないけど、どうしても会いたくて、J2の試合でも見に行こうかと半ば本気で思った。
最近サッカーなんちゅうものはスポーツニュースで見るぐらいで、かなりチェックが甘くなってるんだけども、漠然と、ただなんとなく、そこらのチームと試合をやるような予感があって。
そんなこんなで昨日、J2の試合の予定を調べたら…。
確かに18日にそこらのチームと試合があった。
そこらのチームと試合があったのは確かだけども、ヴィッセルホームで横浜FCとの対戦だった。行かれねーって。
でもって、試合の結果をチェックしたら、横浜FC相手に1-2で負けていた…。
をいをい。

そんなこんな経緯があって、生アツに会いたい気持ちを抱えていたら、シクロクロスのレースを見に長野方面に遠征中の旦那から「BSのサッカーボールの軌道がどうこういう番組をやっていて、冒頭でモザイクかかってたけど、FK蹴ったのがアツっぽかった」という連絡をもらった。
私自身は仕事をしつつ2時間ドラマを見ている(2時間ドラマを見つつ仕事をしてたのか?)状況だったので、とりあえず録画の設定だけしてチャンネルを元に戻した。
そしたらやっぱりアツだったんだって。
ここ数日の、無性にアツに会いたくてしょうがなかった気持ちもこの番組の伏線?だったんだろうか?

私、こういう、人にえばれない、どうでもいい予感めいたことは結構あるのよ。
番組自体は何年も見ていながら、それまで一度も見たことがなかった鉄腕DASHのサイトを無性にチェックしたくなって見てみたら、前日にDASH村で火事が起こって、村役場が全焼してたことを知った、とか。

いつどこで地震が起こるとか、自分がいつどこで運命の出会いをするとか、そういう方面には一切働かない役立たずの予感だか霊感だか第六感だかなんだかという意味合いでは、何かしらあるのかもしれない。

不幸せにならないという意味合いではない、漠然と、でも微妙な運の強さがあるのと同じように。

だってたとえそんなにメジャーじゃないものだとはいえ、とても好きなもの、人、対象があったとして、なんとなく「目標は死ぬまでに一度でいいから好きな対象で一円以上お金を稼ぐこと」と思ったことが、あっという間にかなったどころか、ふと気づいたらJOC(日本オリンピック委員会でっせ)のお金で日本ナショナルチームの海外遠征に帯同する立場になってたりとか、3day熊野のオフィシャルレポーターになってたりとか、そこらの原稿書いて原稿料もらってたりとかって、そうそうあることじゃないと思う。

だからって幸せとは言いがたい。
でも不幸というには運が強い。

しかも、能力と美貌とコネと、すべてを持ち合わせた人とかならともかくとして、自慢じゃないが、私なんか何一つもってないもんね。
そういう意味ではものすごく恵まれた人間なのかもしれない。私って。

こんなことをつらつらうだうだ考えてしまうのは、アツのこともさることながら、三船選手がミヤタスバルを去るということも影響を与えたものと思われる。

サイクルロードレースとの関わりにおいて、今の私があるのはもともとは栗村監督の存在が大きいと思う。
多分栗村監督と出会わなかったとしても、ただのサイクルロードレースファンのつるりんは存在しえたと思う。
ただし、その情熱が日本のロード界に向かうことはなく、おそらくJ SPORTSで放映される日本のレースを通してのみ、その動向を知るような状態だったろうと思われる。

そんな私が日本のレースに目を向けるきっかけとなったのは、2003年のジャパンカップで大ファンだった栗村監督と遭遇し、「ミヤタスバル、応援してくださいねー」と言われたことに端を発する。
ミヤタスバルな方々(選手にしてもサポーターにしても)に「え?そんなどうでもいい理由だったの?」と言われかねない理由だけども、恐ろしく栗村監督ファンだったわたくしは、素直にまさにその瞬間からミヤタスバルレーシングチームのサポーターになったのでありました。

まぁもちろんサイスポ、ファンライドを毎月買ってた私なので、日本の有名選手、監督、スタッフな方々については存じ上げてはいたけれど、だからってそんなこんなで日本全国追い掛け回す理由にはならない。
私が今の私になるためには何人かの監督だったり選手だったり関係者だったりする人との出会いが大きな影響を施している。

そして、順番に名前を挙げるならば、栗村監督、綾部選手、絹代さん、大門監督、というよなお歴々と並び、私に大きな影響を与えたのが誰あろう三船選手なのではある。

だってあの、2003年の三船さん、戸津井さん(戸津井さんのお店にも一度伺ってみたいと思いつつ…)、絹代さんとの宮田工業のクリックフォールディングで尋ねる横浜の旅~♪な感じのあのイベントがなかったら、今の私は当然ないもの。

そういう意味合いで、三船選手がミヤタスバルを去るというそのことに衝撃を禁じえない。
「ミヤタスバルの三船雅彦選手」を見るのは今季限り。
ただ今後も現役で走るのだとしたらどこで走ろうと応援したいなぁと思う。

アツやヤット(ガンバ大阪の遠藤保仁選手。肝炎で入院中だったのが退院したそうだけども、経過はどうんだろうか?早く復帰してもらいたい)がいつまでも「うちの子」であるのと同じように、自分が応援するようになってからは、ミヤタスバルにいた選手達はみんな「うちの子」と思う。

「うちの子」を手放しに応援してしまいたくなる母のような気持ち、伝わればいいのだけれど。
行く選手、来る選手、いろいろ噂は聞いているけれど。

ともあれそんなこんなの感情もあって、ちょっと感傷的になっているわたくし。
ついどうでもいいことを書いてしまいまひた。

#うわ、長文だ。
支離滅裂かもしれないけど、さくっと更新してさっさと寝るです~~。