「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

Long Good-bye 2019・11・04

2019-11-04 04:50:00 | Weblog







  今日の「お気に入り」は、昨日の続き。


   「 私は、マンガとなるとアニメにでもしてくれなければとうてい受けつけない、

    旧世代に属する。これだけでも、石ノ森氏とは寄って立つところがちがう。そ

    して、一冊か、せいぜいが二冊のレオナルド関係の書物を読んだにすぎないと

    思われる石ノ森氏とちがい、ほとんどすべてのレオナルド評伝は読んでいる。

     それなのに、到達した想いならばまったく同じなのだ。ちがうのは、ダ・ビ

    ンチでなく、せめてダ・ヴィンチとぐらいは書いてほしいですね、という程

    度なのだ。

     それはおそらく、数多(あまた)の評伝が下司の勘ぐりにすぎなく、なのに

    彼は万能の天才だった、という点への私の疑問に、答えてくれなかったから

    だろう。

     英雄が英雄たる由縁を解き明かすのに、なにも英雄になる必要はないので

    ある。ただ、召使の立場から見るだけでは、『なのに』が解き明かせない。

     タダの人でありながらタダの人ではなかった人物を描きたいと思えば、イ

    タリア語でいえばスカットする、英語だとスペークする、瞬間を描かなく

    てはどうにもならなくなる。

     哲学用語だと、止揚と呼ぶのではないだろうか。辞書を引いたら、二つ

    の矛盾した概念を一層高い段階で調和すること、アウフヘエベン、とあ

    った。

     映画『アマデウス』がすばらしかったのは、タダの人、いやもしかした

    らタダ以下の人モーツアルトを描きながら、タダの人では終わらなかっ

    た彼を描くのにも成功したからだと思う。私自身は凡才だが、そういう

    ことを感ずる心根ぐらいは、持っていたいと願っている。

    『どうせおなじ人生なら、豊饒であるにこしたことはない』のであるから。」


     ( 塩野七生著「想いの軌跡」(新潮文庫)新潮社刊 所収 )




                   


   ついでながら、塩野七生さんの生年は1937年(昭和12年)だそうです。一方、

    「サイボーグ009」や「仮面ライダー」でお馴染みの石ノ森章太郎さんの生年は

    1938年(昭和13年)で、没年が1998年(平成10年)だそうです。

    お二人は、同世代なんですね。

    「止揚」とかドイツ語の「アウフヘエベン」とか、昔懐かしい哲学用語を久しぶりに目にしました。
 




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