「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

死してのち已む Long Good-bye 2024・05・12

2024-05-12 06:35:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、今 読み進めている

 本の中から 、備忘のため 、抜き書きした 文章 。

  引用はじめ 。

  《 主人公 原田甲斐宗輔 と 甲斐より三つ若い

  盟友 茂庭周防定元 ( もにわ すおう さだもと )

  の 会話 》

  「『 吉岡はまじめなんだ 』と甲斐は云った 、
  『 奥山大学という人物は 、まじめに藩家の
  おためをおもっている 、自分こそ藩家の柱
  石となる人間だと信じている 』
  『 それは船岡の見かただ 』
  『 まあ聞いてくれ 』甲斐は火桶のふちを撫
  でながら 、いかにも穏やかな調子でつづけた 、
  『 こんどの事では 、一ノ関をべつにして 、
  すべての人がまじめに 、藩家のおためをおも
  っている 、渡辺金兵衛ら三人の暗殺者も一ノ
  関に糸をひかれているとは気がつかず 、心か
  ら藩家のおためと信じて暗殺を決行した 、吉
  岡もそのとおり 、自分ひとりで国の仕置をす
  ることができれば 、必ず藩家を安泰にしてみ
  せる 、そのほかに万全なみちはない 、と確
  信しているんだ 』
  『 私にはそうは思えない 』
  『 彼が一ノ関と手を握りたがっているのは 、
  自分の権勢欲のためではなく 、首席家老に
  なるための方便なのだ 』
  『 それは船岡の思いすごしだ 』
  『 もう少し聞いてくれ 』と甲斐は云った 、
  『 大学という人はそういう人物なのだ 、そ
  して 、一ノ関はそれをよく知っている 、一
  ノ関がそれを知っているところに 、むずか
  しい点があるんだ 』
   周防はじっと甲斐を見た 。
  『 つづめて云えば 』と周防が訊いた 。
  『 暗殺の件についての評定のときに 、私は
  気がついた 』と甲斐は云った 、『 一ノ関は
  家中に紛争を起こさせようとしている 、知っ
  てのとおり 、仙台人は我執が強く 、排他的
  で 、藩家のおためという点でさえ自分の意を
  立てようとする 、綱宗さま隠居のとき 、御
  継嗣入札(いれふだ)のとき 、老臣誓詞のとき 、
  いちどとして意見の一致したことがなかった
   周防は頷いた 。
  『 現にこんど亀千代さま御家督の礼として 、
  将軍家へ献上する金品についても 、老職の
  意見がまちまちで 、いまだに決定しない 』
  と甲斐はつづけた 、『 それも妨害するつも
  りではなく 、それぞれが伊達家のためをお
  もい 、しんじつ忠義のためと信じている 、
  そして 、もし自分の意見がとおらなければ 、
  すぐにも切腹しかねないようなことを云う
  奥山大学などは 、その典型的な一人といっ
  ていいだろう 』
  『 すると 、密訴のことはどうなると思う 』
  『 わからない 』と甲斐は首を振った 、
  『 ただ推察されることは 、一ノ関が吉岡
  を怒らせて 、松山とのあいだに紛争を起こ
  させるだろう 、ということだ 』
  『 率直な意見を云ってくれ 』と周防が云
  った 、『 私はどうしたらいい 、歪曲さ
  れた無根の罪状を 、黙って甘受すべきな
  のか 』
  『 いかに歪曲し牽強付会しても 、無根の
  事実で人間を罰するわけにはいかない 、
  たって係争すれば黒白は明白になる 、し
  かし 、それは一ノ関の思うつぼだ 、国老
  間に紛争が起これば 、一ノ関は後見とし
  て 、幕府老中に採決を乞うだろう 、そう
  は思わないか 』
   周防は眼を伏せた 。
  『 いつか松山の家で 、涌谷さまと三人で
  話した 』と甲斐はつづけた 、『 一ノ関
  には 、伊達六十万石を分割し 、その半ば
  を取ろうという野心がある 、うしろ盾は
  酒井雅楽頭 、―― 家中紛争をもちだせば 、
  雅楽頭の手で必ず老中にとりあげられる 、
  それだけはまちがいなしだ 』
  『 そうだ 、おそらく 、それはたしかだ
  ろう 』

  『 松山は辞職すべきだ 』と甲斐は云った 、
 『 堀普請が終りしだい辞職するがいい 』
 『 すれば吉岡が代るぞ 』
 『 火は燃えきれば消える 』 」

   引用おわり 。

  ながながと引用したが 、筆者の目を惹いたのは 、

 「 知ってのとおり 、仙台人は我執が強く 、排他的
  で 、藩家のおためという点でさえ自分の意を
  立てようとする 」というところ 。

  仙台人に限らず「 我執が強く 排他的 」というのが 、

 多くの ひと の痼疾 。主人公も我執の強さでは 、他

 に引けを取らないが 、ちがうところは 、寛容さ 、

 視野の広さ 、バランス感覚 を 併せ持っていること 。

  作家は 、原田甲斐をしてこう語らせている 。

 《 主人公 原田甲斐宗輔 と 伊東七十郎 の 会話 》

 「『 私はどんなふうにもみない 』と
  甲斐は穏やかに云った 、『 私は憶
  測や疑惑や勝手な想像で 、人をみた
  り商量したりすることはしない 、誰
  に限らず 、なにごとによらず 、私は
  現にあるとおりをみ 、現にある事実
  によってその是非を判断する 、もし
  そんな盟約があるとすれば 、盟約者
  以外には秘してもらさぬ筈だ 、たと
  えそれが七十郎であろうともだ 』
   七十郎はちょっと口をつぐみ 、それ
  から 、さぐるように云った 、『 あ
  なたは松山を非難するんですか 』
  『 私は人を非難したことなどはない 』
  『 ではいまの言葉はどういう意味です 』
  『 わからない男だ 』と甲斐は頭を振った 、
  『 七十郎は長崎までいって 、ねぼけて来
  たようだな 』
  『 云って下さい 、では盟約はどういう
  ことになるんです 』
  『 つまりなかったということだろうね 』
  『 なかった 、ですって 』
  『 当然 、秘すべきことを 、そうたや
  すく人に話すとすれば 、それは秘すべ
  き必要のないことであり 、つづめてい
  えば 、そんな盟約はなかったというこ
  とになるだろう 』
  『 それはまじめですね 』
  『 酔っているのは七十郎だ 』
  『 原田甲斐 ―― か 』と七十郎は鼻を
  鳴らした 。」

 《 主人公 原田甲斐宗輔 の 独白として 》

  「  ―― だがおれは好まない 。
   国のために 、藩のため主人のため 、
  また愛する者のために 、自からすす
  んで死ぬ 、ということは 、侍の道徳
  としてだけつくられたものではなく 、
  人間感情のもっとも純粋な燃焼の一つ
  として存在して来たし 、今後も存在
  することだろう 。―― だがおれは好
  まない 、甲斐はそっと頭を振った 。
   たとえそれに意味があったとしても 、
  できることなら『 死 』は避けるほう
  がいい 。そういう死には犠牲の壮烈さ
  と美しさがあるかもしれないが 、それ
  でもなお 、生きぬいてゆくことには 、
  はるかに及ばないだろう 。  」

  引用終わり 。

 ( ´_ゝ`)

 ( ついでながらの

   筆者註 : 小説の中で登場人物は しばしば 地名を冠して 、

       「 ○○どの 」「 ○○さま 」などと呼ばれる 。

       上の文章の中でも 、例えば

       「 吉岡 」:黒川郡吉岡  、館主である 奥山大学

             のこと 、

       「 船岡 」:柴田郡船岡 、原田甲斐宗輔 、

       「 一ノ関 」:磐井郡一ノ関 、伊達兵部少輔宗勝 、

       「 松山 」:志田郡松山 、茂庭周防定元 、

       「 涌谷 」:遠田郡涌谷 、伊達安芸宗重 、

       といった按配である 。

 

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