「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

沈むフランシス Long Good-bye 2023・11・04

2023-11-04 05:55:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」は 、作家 松家仁之 さんの小説

 「 沈むフランシス 」。都会を離れての地方移住が今ほど

 盛んでなかった 、10年ほど前の 、北海道を舞台とする作品 。

  小説の主人公は 、撫養 ( むよう ) 桂子 ( けいこ ) 、35歳

  む 、よう 、 は 、撫でて 、養う 、と書く 。珍しい苗字 。

  下の名前は 、木へんに土をふたつ重ねた 桂子 。

  安知内 ( アンチナイ ) という 、北海道東部のとある村が

 語の舞台 。主人公の職業は郵便局の臨時雇いの郵便局員 。

  村の公営住宅にひとり暮らす 東京から移住して来た 、訳

 あり女性 」という設定 。

  郵便配達に出かけるときは 、赤いスズキジムニーの荷台に 、

 ゆうパックやレターパックのストックを入れた水色のカゴを置き 、

 切手シートとはがき 、釣り銭の入った小さな手提げ金庫と郵便配達

 用のバッグを助手席に置く 。几帳面な性格 。

  中学時代の3年間 、乳製品の会社に勤める父親の仕事で北海道東部の

 枝留 ( エダル ) に住んでいた 。

  枝留町は 、あいだに伏枯 ( フシコ )町をはさんで 、安知内村からは

 四十キロほど離れている 。

  主人公が思い浮かべる 北海道の地名は 、

 幌加内 ( ホロカナイ ) 、音威子府 ( オトイネップ ) 、

 苫小牧 ( トマコマイ ) 、占冠 ( シムカップ ) 、

 馬主来 ( バシュクル ) 、阿寒 ( アカン ) 、

 佐呂間 ( サロマ ) 、真狩 ( マッカリ ) 。

  因みに 、安知内も 、枝留も 、伏枯も 、ありそうで 現実にはない

 架空の地名 のよう 。

  前置きが長くなったが 、備忘のために 、筆者が抜き書きした文章

 は以下 。自然描写が印象深いが 、きりがないので 、抜き書きはし

 ない 。

 引用はじめ 。

「 桂子は思う ―― 人がかたちにしたものは残っても 、人そのものは

 残らない 。その人がどのような風貌をそなえ 、手や足 、からだを

 どのように動かして 、どのような声で話をしたか ―― かたちにと

 どまらないものは残らず消えてしまう 。

  一滴として同じ水を含まないのに 、同じ流れにしか見えない川の

 流れにそれは似ている 。激流に運ばれてきた大きな岩や大木の幹の

 ように 、そこにとどまってかたちを残すものもある 。しかしそう

 したものはめったに流れてはこない 。あれほど馴染み親しんだ 、

 見紛うはずもなく 、忘れられるはずもないしぐさや声や匂いは 、

 茫洋たる時間のまえではひとたまりもない 。記憶は曖昧になり 、

 やがては忘れられ 、消えてゆく 。 」

 

郵便配達の仕事は 、一日単位で終わる 。不在で手渡せなかった

 ものを除いて 、手もとにあったものはすべて相手に渡り 、あと

 にはなにも残らない 。

  これが何よりありがたいことだった 。会社員だったときは 、

 どこかにかならず終わらない仕事が残り 、次の日に送られていっ

 た 。とにかく毎日 、仕事が残らないように片づけたいと思っても 、

 それはとうてい無理な願望だった 。 」

 

「 東京で出会うのはほとんどがゆきずりの視線だ 。ところがここでは

 すべての視線に名札がついている 。昨日の視線には 、明日も明後日

 も出会う可能性がある 。二度と出会わない 、などということはまず

 ありえない 。安心といえば安心かもしれないが 、いったん窮屈と

 感じてしまったら 、窮屈きわまりなく 、逃げ場がない 。 」

  ( 松家仁之著 「 沈むフランシス 」新潮社 刊 所収  )

 引用おわり 。

  読み始めたら 、フランシスが 何者か わかるまで 、読み続けない訳には

 いきません 。編集者ならではのタイトル決め 。

 ( ついでながらの

   筆者註:「 松家 仁之( まついえ まさし 、1958年12月5日 - )は 、
       日本の小説家 、編集者 、慶應義塾大学総合政策学部
       特別招聘教授 。株式会社つるとはな取締役 。
       来歴・人物
        東京都生まれ 。1979年 、早稲田大学第一文学部在学中
       に 『 夜の樹 』 で第48回文學界新人賞佳作に選ばれ 、『 文
       學界 』 にてデビュー 。卒業後の1982年 、新潮社に入社 。
       1998年 、海外文学シリーズ 『 新潮クレスト・ブックス 』 創刊 。
       2002年 、季刊総合誌 『 考える人 』 を創刊 、編集長となる 。
       2006年より 『 芸術新潮 』 編集長を兼務し 、2010年6月
       退職 。2009年より 慶應義塾大学総合政策学部特別招聘
       教授( 2014年春まで ) 。
        2012年 、『 新潮 』 7月号に 長篇 『 火山のふもとで 』 を発
       表し 、小説家として 再デビュー 。第34回野間文芸新人賞候
       補に挙がる 。2013年 、同作により 第64回読売文学賞受賞 。
        2013年12月 、『 沈むフランシス 』 が 『 キノベス!2014 』 
       第4位に選ばれた 。
         2018年、『光の犬』で芸術選奨文部科学大臣賞 及び河合隼雄
物語賞受賞。
         2020年より三島由紀夫賞選考委員。 」

       以上ウィキ情報 。)

 

 

 

 

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