今日の「 お気に入り 」は 、作家 松家仁之 さんの小説
「 沈むフランシス 」。都会を離れての地方移住が今ほど
盛んでなかった 、10年ほど前の 、北海道を舞台とする作品 。
小説の主人公は 、撫養 ( むよう ) 桂子 ( けいこ ) 、35歳 。
「 む 、よう 、 は 、撫でて 、養う 、と書く 。珍しい苗字 。
下の名前は 、木へんに土をふたつ重ねた 桂子 。
安知内 ( アンチナイ ) という 、北海道東部のとある村が物
語の舞台 。主人公の職業は郵便局の臨時雇いの郵便局員 。
村の公営住宅にひとり暮らす 東京から移住して来た 、訳
あり女性 」という設定 。
郵便配達に出かけるときは 、赤いスズキジムニーの荷台に 、
ゆうパックやレターパックのストックを入れた水色のカゴを置き 、
切手シートとはがき 、釣り銭の入った小さな手提げ金庫と郵便配達
用のバッグを助手席に置く 。几帳面な性格 。
中学時代の3年間 、乳製品の会社に勤める父親の仕事で北海道東部の
枝留 ( エダル ) に住んでいた 。
枝留町は 、あいだに伏枯 ( フシコ )町をはさんで 、安知内村からは
四十キロほど離れている 。
主人公が思い浮かべる 北海道の地名は 、
幌加内 ( ホロカナイ ) 、音威子府 ( オトイネップ ) 、
苫小牧 ( トマコマイ ) 、占冠 ( シムカップ ) 、
馬主来 ( バシュクル ) 、阿寒 ( アカン ) 、
佐呂間 ( サロマ ) 、真狩 ( マッカリ ) 。
因みに 、安知内も 、枝留も 、伏枯も 、ありそうで 現実にはない
架空の地名 のよう 。
前置きが長くなったが 、備忘のために 、筆者が抜き書きした文章
は以下 。自然描写が印象深いが 、きりがないので 、抜き書きはし
ない 。
引用はじめ 。
「 桂子は思う ―― 人がかたちにしたものは残っても 、人そのものは
残らない 。その人がどのような風貌をそなえ 、手や足 、からだを
どのように動かして 、どのような声で話をしたか ―― かたちにと
どまらないものは残らず消えてしまう 。
一滴として同じ水を含まないのに 、同じ流れにしか見えない川の
流れにそれは似ている 。激流に運ばれてきた大きな岩や大木の幹の
ように 、そこにとどまってかたちを残すものもある 。しかしそう
したものはめったに流れてはこない 。あれほど馴染み親しんだ 、
見紛うはずもなく 、忘れられるはずもないしぐさや声や匂いは 、
茫洋たる時間のまえではひとたまりもない 。記憶は曖昧になり 、
やがては忘れられ 、消えてゆく 。 」
「 郵便配達の仕事は 、一日単位で終わる 。不在で手渡せなかった
ものを除いて 、手もとにあったものはすべて相手に渡り 、あと
にはなにも残らない 。
これが何よりありがたいことだった 。会社員だったときは 、
どこかにかならず終わらない仕事が残り 、次の日に送られていっ
た 。とにかく毎日 、仕事が残らないように片づけたいと思っても 、
それはとうてい無理な願望だった 。 」
「 東京で出会うのはほとんどがゆきずりの視線だ 。ところがここでは
すべての視線に名札がついている 。昨日の視線には 、明日も明後日
も出会う可能性がある 。二度と出会わない 、などということはまず
ありえない 。安心といえば安心かもしれないが 、いったん窮屈と
感じてしまったら 、窮屈きわまりなく 、逃げ場がない 。 」
( 松家仁之著 「 沈むフランシス 」新潮社 刊 所収 )
引用おわり 。
読み始めたら 、フランシスが 何者か わかるまで 、読み続けない訳には
いきません 。編集者ならではのタイトル決め 。
( ついでながらの
筆者註:「 松家 仁之( まついえ まさし 、1958年12月5日 - )は 、
日本の小説家 、編集者 、慶應義塾大学総合政策学部
特別招聘教授 。株式会社つるとはな取締役 。
来歴・人物
東京都生まれ 。1979年 、早稲田大学第一文学部在学中
に 『 夜の樹 』 で第48回文學界新人賞佳作に選ばれ 、『 文
學界 』 にてデビュー 。卒業後の1982年 、新潮社に入社 。
1998年 、海外文学シリーズ 『 新潮クレスト・ブックス 』 創刊 。
2002年 、季刊総合誌 『 考える人 』 を創刊 、編集長となる 。
2006年より 『 芸術新潮 』 編集長を兼務し 、2010年6月
退職 。2009年より 慶應義塾大学総合政策学部特別招聘
教授( 2014年春まで ) 。
2012年 、『 新潮 』 7月号に 長篇 『 火山のふもとで 』 を発
表し 、小説家として 再デビュー 。第34回野間文芸新人賞候
補に挙がる 。2013年 、同作により 第64回読売文学賞受賞 。
2013年12月 、『 沈むフランシス 』 が 『 キノベス!2014 』
第4位に選ばれた 。
2018年、『光の犬』で芸術選奨文部科学大臣賞 及び河合隼雄物語賞受賞。
2020年より三島由紀夫賞選考委員。 」
以上ウィキ情報 。)