今日の「お気に入り」。
「 いまSNSは罵倒と呪詛の言葉が渦巻いていますけれど、口汚く人を罵る人た
ちを駆り立てているのは実はおおかたが嫉妬です。言うと怒るので、あまり言
わないようにしていますけれど、人を罵倒する人間を駆り立てている一番強い
感情は嫉妬です。
彼らが怒っているのは、彼らの罵っている相手が『 オレがいるはずの場所 』
を占めていると思っているからです。
『 人々が注目しなければならないのはオレだ、人々が意見を拝聴しに来なけ
ればならないのはオレだ、人々が敬意を払うべき相手はオレだ、なんでオレの
席にお前がいるんだ。場所を代われ 』と言っているんです。
それは彼らが『 自分より格下 』だと思っている人間を相手にしないことか
らわかります。
そんな人間と居場所を交換してもしようがないからです。
彼らが欲しいのは『 彼らのもののはずなのに彼らに与えられないもの 』で
す。それが彼らに与えられないのは、誰かが不当にそれを占拠しているから
です。
そう思うからこそ、そういう手ごろな相手を探し出して罵倒し、嘲弄し、
冷笑する。
別に論破したいわけじゃないんです。もちろん、話し合いをして、説得し
たいわけでもない。自説が正しいことを理解してほしくて言葉を発してい
るわけじゃない。ただ、『 そこをどけ 』と言っているだけなんです。
それは彼らが匿名で発信していることから知れます。
『 そこはオレのいるべき居場所なんだから、そこをどけ 』と言ってい
る人は『 今のオレは “ ほんとうのオレ ” じゃない 』と思っています。
だから、名乗らない。それは『 ほんとうのオレじゃない誰か 』の名前
だからです。
いま自分が嘲弄し、罵倒している相手を『 そこ 』から追い出して、自
分が代わって、その地位を占めることになったとしたら(あまり望みはな
さそうですけれど)、そのとき、そこにいるのが『 ほんとうのオレ 』で
す。
それまでは名乗るべき名前を持っていない。
だから、匿名でしか発信することができない。
これは『 しなかったことについての後悔 』と構造は同じです。
後悔を引き受ける人間がいないように、『 そこをどけ 』と言っていな
がら、『 そう請求しているあなたは誰ですか? 』という問いには答えな
い。
だから、匿名者はどれだけ大量の発言をしても、その成否や正誤から学
習することができません。だって、その責任であれ、功績であれ、それを
引き受けるべき固有名の人間が存在しないんですから。
ノーベル賞級の発見をした人間がSNSに匿名でそれを公開するという
ことはありえません。匿名だとその功績を『 自分のものです 』と請求
することができないからです。賞金も特許権も国民栄誉賞ももらえな
い。
だから、ほんとうに大切なこと、『 自分が言わなければ誰も言わない
こと 』を言おうと思う人は、決して匿名で発信しない。
僕はそういうふうに考えています。だから、匿名で送られてくる言葉
にはいっさい反応しません。それは『 発信者が匿名だから 』じゃあり
ません。『 発信者が誰でもない人間 』だからです。」
( 内田 樹著 「そのうちなんとかなるだろう」 ㈱マガジンハウス刊 所収 )
よまずにスルー、そっこうサクジョ。