「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・08・07

2007-08-07 07:55:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「大江健三郎はタイトルをつけることの名人である。『芽むしり仔撃ち』『見るまえに跳べ』『万延元年のフットボール』のごときは一度聞いたら忘れられない。
 題をつけることのうまい人に高見順がある。中野重治があることはいつぞや紹介した。高見には『わが胸の底のここには』『如何なる星の下(もと)に』などがある。『わが胸の底のここには』は藤村詩集の『吾胸の底のここには言ひがたき秘密(ひめごと)住めり』からとった。『如何なる星の下に生れけむ、われや世にも心弱き者なるかな』という文句は高山樗牛にある。『月の夕(ゆうべ)、雨のあした、われ『ハイネ』を抱きて共に泣きしこと幾たびか』と書いて、樗牛は満都の子女の紅涙をしぼったが、昭和になってからは全く読まれなくなった。高見はそれをおぼえていてタイトルだけ借りたのである。このたぐいなら私にもできないではない。
 けれども『万延元年のフットボール』は大江でなければつけられない題である。凡手でないというより天才である。」

 (山本夏彦著藤原正彦編「『夏彦の写真コラム』傑作選1」新潮文庫所収)


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