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日々の思い、記憶のゴミ箱に行く前に。

あなたの脳のしつけ方/中野信子(2015)

2019年10月18日 | 読書とか
脳科学者の中野信子氏による、ある種の「脳のトリセツ」。でも脳という器官が人間の思考や行動におよぼしている影響を考えると、「人間のトリセツ」と呼んでもいいかもしれない。ただ著者が「はじめに」の章で「自分自身のありように苦しみながら、なんとか脳科学の知識を使って、自分の脳を『しつけ』てきた、その結晶」と述べるように、このベースとなっているのが中野氏自身のかなり高性能の脳だと思うとちょっと身構てしまう……が、実際のところ、なかなか面白くて読みやすい一冊だった。

もの凄く乱暴にいうと、自分の悩みや問題を、性格や気質のせいにするのではなく、「だって脳ってこういうもんだもん」と考えてみよう、という提案。この視点設定が、我ら日本人の苦手な部分では。以下、自分で気になった箇所を抜き書き的に。

集中力って奴は、それ自体を鼓舞するよりも、集中をそぐものを減らす方のが有効。机の上を片付けて、SNSのアプリは閉じておこう。そして継続した作業の場合、あえて中途半端で止めるとより強い印象として残る(リトアニアの学者の名前から「ツァイガルニク効果」というそうな)。そして他の論者も口にすることだけど、「ともかく始めてみる」のが大事。

「ジョハリの4つの窓」理論は面白かった。他人は知らないであろう秘密を指摘されると(本人の自覚の有り無しに関わらず)、指摘した人間への親密度が高まる(「モテる」状態)という話。これ、村上春樹氏が小説の執筆にあたり、人間の自我を家に例えて「近代的自我のさらに下にある地下2階に降りていく」と述べた話につながる気がする(川上未映子氏との対談『みみずくは黄昏に飛びたつ』の91ページ)。

右脳と左脳。前者は全体像を、後者はディテールを見る。だからといって、創造性との関わりは科学的には確認されていない、という話。で、ときどき「エセ脳科学」的な分かったような話を耳にするのだけど、人間の脳というか意識と行為なんて、やたら変数が多い話なので、科学的には確認されていないといった留保をつけてくれるのはありがたい、というかこれが科学者としての誠意だと思う。随分前に飲み屋で近くに座っていたカップルの男の方が、「だから女性は脳科学的に管理職に向いてないんだよ」みたいなことをいってたけど、そんな男とはさっさと別れた方が未来が開けると思うぞ。

「努力」は「才能」、というか脳の構造の違い。それは「報酬」をイメージできる能力であり、逆に「面倒くさい」のも才能。だいたい便利なシステムとか、面倒くさがり屋の発明だったりする。そして「ネガティブな感情の方が駆動力は大きい」というのも気に入ったなぁ。自己啓発的というか意識高い系というか、薄っぺらいポジティブ思考ってしっくりこないんだよね。

そして、努力をゲームにする。あるいは「ゲームを変える」という発想。これこそ「脳のトリセツ」の実践編なんじゃないだろうか。これ、気に入った。「頑張らなくちゃ」や「カイゼンしよう」とか呟くよりも、「ゲームを変えるぞ」という方が楽に動ける気がする。ちなみにこれ、先日の「SWITCHインタビュー 達人達 沢則行×宮城聰」で、いじめといったネガティブな事態に対して「台本を変える」といういい方をしていたことを思い出させる。日本人って、自分も含め、ちょっと1カ所に根を生やしすぎなのかもしれない。

とまあ、こんな考えや気づきを受け取りながら読み進めたのだけど、気持ちが軽くなる読後感がナイスでした。これはマーケティング的な観点も含め、編集者のディレクションの上手さともいえるだろう。

ところで余談的に考えて、脳のトリセツがあるなら、逆トリセツというか、間違った運用もありえるのではないだろうか。世間では良い人とか真面目で誠実な人、みたくいわれていた人間が「なぜあんな酷いことを」といった出来事の背景には、脳の使用法を間違って「最初は(本当に)しつけのつもりが、どこかで虐待にすり替わった」みたいなこととか、もっといえば、意図的に相手を間違った方向に操ることも可能ではあるのだろう。もちろんその手の言説もけっこうあるし、その辺としては中野氏も共著として名を連ねている『脳・戦争・ナショナリズム : 近代的人間観の超克』も読みたい一冊だ。

ま、ともかく脳について考えることは面白くもある。さて、今日もよく働いてくれた脳にリラックスしてもらうために、ビールでも飲みますかね。


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