TRASHBOX

日々の思い、記憶のゴミ箱に行く前に。

J-sign@新宿二丁目

2009年01月31日 | 食べたり飲んだり
某友人のお誘いで出かけていったら、なんとその人仕事でドタキャン……。で、ビール飲みながら看板犬のオスカルに遊んでもらったりして、二丁目のひと時を。

テンション上々の楽しい店だけど、ママさんたちと話しているとプロフェッショナルな気構えが垣間見えたり。なんか勉強になりました。

興味のある方はこちらなど。マスコミ、ファッション系の人も多いみたいですわ。

「逆に言うと」

2009年01月30日 | 気になるコトバたち
誰かがこういう言い方をする場合、その半分以上はこんな風に聞こえる――「ま、あんたはそう言うけど、てゆーか、俺の意見聞いてみそ」。新たな視点の提案ではなく、単に話をずらしているだけ、ということが多い気がする。

たとえば「ここは年寄りが多くて、活気のない街だ」という話に対して、「逆に言うと、身体の弱った人が住みやすい街である」はわかるけれど、「逆に言うと、活気をだすためにスーパーを誘致するべきなんだよ」とくると、どこが逆なんだよ、という感じだ。再度その答の視点をひっくり返しても、もとの話に戻らないし。

もしかするとこれ、議論の苦手な我々日本人なりの工夫なのかも。論理を正面から交わさず、すれ違うように話をつなぐ。ある意味、高度な技術なのだろうか――逆に言うとね。

爆笑問題のニッポンの教養 人類の希望は美美美 美学、他

2009年01月29日 | 読書とか
番組発の書籍だが、この辺はNHKも、コンテンツ商売が定着してきたなぁ。で、まず「はじめに」を読んで驚いた。太田光が書いているのだが、なかなかシャープだ。

『ヘレン・ケラーが「ウォーター」と発した瞬間、一つの世界が広がったのと同時に、一つの世界を失ったのではないかと私は考えてしまう』

これはどの号(3冊しか読んでないけど)にも共通のもの。言葉が商売道具である太田氏が言うと、言葉で失った世界を、また言葉で再構築しようとしているようにも聞こえる。

「人類の希望は美美美 美学」(美学者 佐々木健一)の他に、「検索エンジンは脳の夢を見る」(連想情報学 高野明彦)、「コトバから逃げられないワタクシ」(言語学 田中克彦)を読んだのだが、美学の刊の太田発言はなかなか興味深かった。

『小さなライブハウスで危ないネタをやると、客はさらに先を期待しますよね(中略)コアなファンばっかり来て変な空気になる。そんなところに僕らは行きかけた時期があった。ポップアートもそういうことじゃないのかな』

アートや言語学や検索技術について語っていても、話のベクトルは「学問の視点で見た俺たち」に向かっている。それぞれのトピックは興味深いのだが、どうも突っ込みが中途半端だなと感じていたのだが、実はこの企画は、爆笑問題自身について考えるものだったのかもしれない。そう思って読むと、なかなか手応えがあるシリーズではあります。

爆笑問題のニッポンの教養 人類の希望は美美美 美学 (爆笑問題のニッポンの教養 25)
佐々木 健一,太田 光,田中 裕二
講談社

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ゼロの王国(鹿島田真希)読んでます

2009年01月28日 | 読書とか
昨年の「群像」に連載されたこの小説を1日1号分ずつ読んでいる。面白い!聖なる存在って実はヤバいのだ。この物語を裏焼きすると、とてつもない悪漢ものになるかもしれない。

連載小説を読むのは(厳密にはリアルタイムでないのでちょっと違うけど)久しぶりだけど、これはこれで独特の楽しさがある。つい、時間軸をプラスしたメディアの使い方だな、とか思ってしまうのは仕事(広告屋でござる)のし過ぎでしょうか。

しかし、現在家にあるのは10月号まで。早く続きの号を入手しなくちゃなぁ。

朝青龍のコトバたち

2009年01月27日 | 気になるコトバたち
昨日のテレビで見た朝青龍の言葉が耳に残った。

「稽古だから負けることもある」
「自分の調子は、自分が知っている」

場所前の稽古総見で「ダメだコリャ」と言われた横綱は、
通り一遍の評価なんか気にしていなかった。
自分を信じる人間の強さ、見せてもらったよ。

ガッツポーズ、いいんじゃないすか?
相撲もCHANGEしたって。