特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

第490話 青い殺意・優しい放火魔!

2009年08月05日 02時06分32秒 | Weblog
脚本 宮下隼一、監督 天野利彦
1986年11月13日放送

【あらすじ】
ある夜、同一町内で連続放火事件が発生。被害に遭った4軒の子供が、同じ中学の同級生と判明し、叶と犬養がその学校を訪ねる。校門付近で、まだ昼休みだというのに慌てて下校する少女に出会う犬養。憂いを含んだその瞳は、犬養に強い印象を残した。
子供たちに「心当たりがないかな?」と聞いたところ、子供たちは「僕らが誰かに恨まれるようなことをしたと言うんですか?」と憤慨する。そのとき、子供たちのクラスの給食に毒物らしきものが混入されているのが発見される。調査の結果、毒物でなく食用色素と判明するが、特命課は、放火も含めて学校内部の犯行ではないかと推測。叶らは給食室でハンカチを発見するが、その持ち主は犬養が校門で出会った少女だった。
少女の親から事情を聞こうとする叶と犬養だが、父親はすでに亡く、母親は「聞きたいことがあれば本人に聞けば」と、突き放したような態度を見せる。やむなく、少女から事情を聞く叶たち。少女は体育の授業を見学している途中で姿を消していたが、その間、何をしていたかは答えようとしなかった。放火があった時間には、母親を勤め先のスナックまで迎えに行っていたという。だが、母親に確認したところ「酔っていて何も覚えてない」と、少女のアリバイを証明しようとしない。
少女への疑惑を主張する叶に対し、犬養は「違います。彼女は半年前から、精神的な理由から拒食症になっているんです」と反論する。少女は拒食症を煩って以来、クラスの生徒から無視され、孤立していたという。この学校はいじめや校内暴力のないモデル校に指定されていたが、実際は違っていたというのだろうか?
そんななか、少女は雨の夜に外出し、尾行する叶の目前で放火を図る。駆けつけた犬養が火を消し、事なきを得る。少女が火を点けるまで黙って見ていた叶に対し、犬養は「あんたは間違っている。それが刑事の仕事ですか!と激昂する。
犬養の調べでは、少女の母親に再婚話が持ち上がっていたが、少女の存在が理由で破談になっていた。それ以来、母親は酒に逃避するようになり、責任を感じた少女は、母親と同じ苦しみを味わおうとするかのように、拒食症に陥った。「それほど心の優しい子なんです」と少女をかばう犬養だが、叶は真っ向から反対する。「だからこそ、彼女は何の屈託もなく食べて生きている同級生たちを恨んだんだ」「それは偏見です!」「偏見はお前だ。俺たちは刑事だ。安っぽい同情からは何も生まれん」「あんた、それでも人間か!」二人の対立が激化するなか、事件は急展開を見せる。少女が叶や犬養の目を盗むように、薬品の入った瓶を捨てたのだ。その瓶の中身は、給食に混入された食用色素だった。叶の追及に、少女はやはり沈黙するのみだった。
一方、食用色素の入手先が判明し、そこに残された靴跡が、少女らの学校のものと判明する。調査の結果、少女の靴を含めて、学校内の靴はいずれも合致しなかった。特命課は、少女と同じクラスの長期欠席中の少年に目星をつける。少女はその少年の自宅を何度も訪れては、素気なく追い返されていた。
少年宅を訪ねたところ、父親は「息子はいじめの犠牲者だ!」と、いじめの存在を否定する学校を非難する。特命課の捜査により、いじめの先頭に立っていたのが、放火された4軒の子供たちだったと判明。少年の犯行を確信する特命課だが、証拠となる靴は焼却され、本人も黙秘を貫く。
少女が何かを知っていると見て、自宅を訪れる叶。そこで見たものは、手首を切って自殺を図る少女の姿だった。幸い、手当てが早く、少女の命は取り留められた。病室のベッドに横たわる少女に、叶が語りかける。「君は、彼が犯人だと知っていた。それを黙っていたのは、彼の犯行が自分の責任だと感じていたからだね?」叶の言葉は、犬養にとっても意外なものだった。少年がいじめられていたとき、少女はクラスの生徒たちと同様に、見て見ぬふりをした。やがて少年が自殺を図ったとき、少女は母親の再婚話が壊れてしまったことと重ね合わせ、すべてが自分のせいだと思い込み、自分を責め続けた。あげくに少年が給食に色素を混入するのを目撃し、とっさに少年をかばったのだ。「それが君の優しさであり、償いだったんだ。でも、それは本当の優しさじゃない。それじゃあ何も解決しない・・・」目をそむけていた少女が、いつしか叶を見つめていた。「分かるよ。僕にもそういうときがあった。そういう時、僕は表へ出て、思いっきり叫んだもんだ。黙ってちゃダメだ!相手に気持ちをぶつけるんだ!そうすれば、君の友達も、お母さんも、いつかきっと分かってくれる。僕はそう思うよ・・・」涙交じりに語る叶の言葉に、少女もまた涙を浮かべながら、頷くのだった。
少女の証言により、真相は解明される。事件はやはり少年の復讐だった。「でも、あれは私がやったも同じなんです。私も心の中で、クラスのみんなを恨んでたんです。彼を追い詰めたのは、私も、みんなも同じなのに、彼が休んでいるのをいいことに、彼の苦しみを忘れてしまっているみんなが憎かったんです・・・」思い悩んだ末に、少女は自分も放火の罪を犯し、一緒に自首しようとしたのだ。
こうして事件は解決するが、少女の心の病は未だ治らない。そんな少女に、それまで無関心を決め込んでいた母親が頭を下げる。「ごめんね。お母さん、自分のことばかり考えて、あなたを苦しめていた・・・」母親の涙を見て、少女は拒み続けていた食事に手を伸ばす。母親が見つめる前で、ゆっくりと食事を口にする少女の姿に、叶と犬養は心から安堵するのだった。

【感想など】
孤独と不安に苛まれ、心を病む少年と少女。彼らを信じ、救おうとする犬養に対し、彼らの痛みを受け止め、理解しようとする叶。両刑事の対立と和解を描いた、心温まる一本です。前回が「夜10時台の特捜を思わせる傑作」だとすれば、今回は「夜9時台ならではの傑作」であり、後期特捜の代表作としてDVD-BOXに収録されたのも納得できるというものです。
いじめ問題をテーマに、少年少女の心理に迫った本作は、86年という時代性と、夜9時台という時間帯、そして何より、ただ単純に優しい犬養というキャラクターを抜きにしては、成り立たなかったと思います。つまり、後期の特捜だからこそ描けたストーリーであり、私がこよなく愛する夜10時台の特捜には、残念ながらこの味わいを出すことはできなかったでしょう。この一本が作られただけでも、特捜が時間帯を変更してまで継続した意味があった、というのは、さすがに言いすぎでしょうか?

ドラマの核となるのは、犬養と叶の対立、そして当初は少女に対して冷酷に見えた叶が見せる本当の優しさであり、濃密な台詞を再現するため、あらすじがいつもより長くなってしまいました。ラストシーンでは、叶の本心を理解し「かばうだけが優しさじゃない。痛みを分からなきゃダメなんだ。先輩の言うとおりでした」と詫びる犬養に対し、「今度こそ、俺もあの子を信じるよ、お前のように」と叶が答え、深まった絆を確かめあうかのように取っ組みあうのですが、こうした青春ドラマのような臭さも、本編の流れを受けた自然なものであるため、違和感を覚えることなく見ることができました。
辛い人生を送ってきたからこそ、同じく辛い立場の少女の真意を理解できる叶。同じように、少女も母親の破談を招いたという苦しみゆえに、クラスで唯一、いじめられた少年に手を差し伸べることができました。本編中では、少年の気持ちは描かれていませんでしたが、きっといつか、少女の存在が少年を勇気づけるに違いありません。たった一人でも、自分のために思い悩み、ともに苦しもうとしてくれた人がいるということは、かけがえのない幸福だと思うからです。
それと比較すれば、さぞや恵まれた生い立ちを歩んできたのだろうと思われる犬養は、ある意味で叶の引き立て役というか、損な役回りになってしまっていますが、彼のストレートな優しさ、過ちを認める素直さは、こうした心温まるエピソードにおいて一際映えるように思われます。この独特なキャラクターを「夜9時台の特捜の見所」にまで育て上げることができなかった(と結論づけてしまいますが)のは、三ツ木清隆という俳優のキャリアを考える上でも、やはり残念だと言うしかありません。