特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

第471話 死に憑かれた女!

2009年06月23日 03時39分00秒 | Weblog
脚本 藤井邦夫、監督 辻理
1986年6月26日放送

【あらすじ】
数日来、胃の痛みに悩まされる橘。医者からは精密検査を勧められるが、医師と息子との電話を立ち聞きしたところ、胃ガンの疑いがあるという。だが、精密検査を受けるはずの日、橘は胃の痛みと不安を抱えたまま、杉とともに捜査に出かける。
あるアパートで、女の自殺現場に出くわす橘。「あんた、苦しいかい、ごめんね・・・」とうわ言のように呟く女。橘の応急処置で一命を取り止めた女は、自分を救った橘に「私は死にたかったのに・・・」と恨み言を言う。なぜ、女はそこまで死にたがるのか?そして、女のうわ言は何を意味するのか?
特命課に戻った橘のもとに、女が再び自殺を図ったとの連絡が入る。息子から「病院に行け」と忠告されながらも、放っては置けないと捜査に乗り出す橘。女の病室を訪れたものの、女は自殺の理由を語ろうとしない。うわ言に出てきた亭主を調べたところ、3ヶ月前に風呂場で入水自殺していたことが判明。亭主の遺書には「保険金で負債を返してくれ」とあったという。
女と亭主は内縁関係で、互いの家族を捨て、4年前から同居していた。橘は女が捨てた家族を訪ねる。前夫が語るところでは、女はまだ22歳のとき、他に婚約者がいたにも関わらず、妻に先立たれ、幼い息子を抱えて途方にくれていた前夫と結婚。年の離れた前夫と血のつながらない息子を懸命に支え、前夫の会社が傾いたときには、ホステスとして働きにまで出た。亭主とはそこで客として出会ったという。「彼女は、この会社が立ち直り、息子が志望の高校に合格するのを見届けてから出て行った」と、恨む様子もない前夫だが、息子は「もうあの女の話しなんかするな!」と憤りを隠せない。
好んで苦労を背負い込むかのような女。その過去をたどった橘は、その悲惨な生い立ちを知る。父親の死後、幼くして養女に出された女は、18歳のときに養父母のもとを出奔していた。一方、杉の調べによると、自殺した亭主の過去も似たようなものだった。早くに両親と別れ、さまざまな仕事を経て、ようやく会社と家庭を設けたが、妻に裏切られたショックで、家庭と仕事を捨てて出奔。酒浸りの日々を送るなかで、女と出会ったのだという。まるで不幸な魂が呼び合ったかのような二人に、陰鬱な思いを隠せない特命課。そんななか、橘は女のうわ言から「彼女は亭主を殺している。その罪の意識に耐えかね、自殺しようとしている」と推測する。胃の痛みに倒れた橘を心配し「もう、そっとしておいてやりませんか?」と言う杉に、橘は「このまま自殺させたんじゃ、彼女の人生はむごすぎる。自殺を思い止まらせるためには、真実を明らかにして、法の裁きを受けさせるしかない」と応える。
一方、桜井が亭主が自殺した旧宅で聞き込んだところ、事件当夜、付近で不審な少年を見たとの証言を得る。桜井はその少年が、女の前夫の息子ではないかと推測する。息子が亭主の死の真相を知っているとみて、息子を問い詰める橘。「君は、お母さんが自殺してもいいのか?」橘の説得に、息子は真実を語った。息子は、分かれた今も女を母親と慕い、大学に合格したことを報告に行った。そして、そこで見たものは・・・
橘の推測どおり、女は自殺しようとして果たせず「死なせてくれ」と懇願する亭主を、風呂に沈めて殺していた。「過去の辛さを忘れるために、他人に愛を注ぐなんてことは、もうおやめなさい。母親の自殺を止めるために、辛い思いをしながら母親の殺人を告白した息子さんの愛を受け入れるんです」橘の言葉に、女は涙とともに亭主殺しを自供するのだった。
取調室を出た女の前を待っていたのは、前夫と息子だった。「待っているから、必ず帰ってきて・・・」「ありがとう・・・」それは、他人に愛情を与えることでしか幸せを感じられなかった女が、初めて他人の愛情から幸せを得た瞬間だった。そして橘もまた、胃ガンではなく胃潰瘍だったことを知り、安堵する息子の思いやりを受け入れるのだった。

【感想など】
死の恐怖から逃れるように捜査に没頭する橘と、罪の意識からひたすら死を望む女との対比が印象的な一本。不幸を絵に描いたような男女の境遇は、確かに同情すべきものかもしれませんが、亭主はともかく、女の場合は「何もそこまで・・・」と思わなくもありません。なんでそこまで不幸を選ぶのか、延々と過去を掘り返したわりには決定的なものがなく、引き取られた先で幸せになることも、婚約者と結婚して幸せになることも、前夫や息子と幸せになることもできたのに、わざわざ不幸な道を選ぶ本人だけでなく、その時々の選ばなかった相手までも不幸にしてしまっている女に対しては、同情する以前に、首を傾げざるを得ません。

また、愛する人の自殺幇助としての殺人というテーマも、犯人の心を救うために真実を明らかにするという捜査動機も、特捜では何度も繰り返されたものであり、目新しいものではありません。その点、冒頭から視聴者に「あの橘が胃ガン?」という衝撃を与え、死を恐れる橘と、死を望む女とを対比させるという展開は面白く、結末に向けたドラマの盛り上がりを期待させてくれました。しかし、その対比がうまく捜査上で表現できず、ラストの橘の「ガンだと思い込んで、まだ死にたくないと思いました、そんなとき、死にたがる彼女に会って、腹が立ったんです」という台詞だけで表現されているのは、まことに残念です。
粗筋で触れた説得の言葉は、それなりに胸に迫るものはあったのですが、そこで自らの死の恐怖を語らなかったところが、橘らしいと言えばそうかもしれませんが、やはりドラマ的には残念。(これがおやっさんだったら、もっと明け透けに「アタシはガンだ!けど、あんなみたいに「死にたい」なんて絶対に思わん!死にたかぁない!」と喚き散らしていたことだろう、と勝手な想像を膨らませてしまいます。)

とはいえ、「死ぬのが怖い」と思いながらも、宣告を恐れて検査を避けてしまうという、橘の矛盾した心情は、ある程度の年齢に達した者なら、誰もが共感できるものでしょう(私自身、似たような経験がありますので、何か身につまされるようでした)。橘もまた、死を恐れるという当たり前の「弱さ」を持った人間であり、だからこそ、同じ「弱さ」を持った人々の心を、誰よりも深く理解できるのだろうと、いつもとは違う側面から、橘の人間性を垣間見ることができました。加えて、橘の身を案じる杉や神代、桜井の心情なども、控えめながらもしっかりと描写されており、橘ファンなら抑えておくべき一本と言えるでしょう。