特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
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第288話 永吉と呼ばれた19歳!

2007年02月18日 22時21分17秒 | Weblog
脚本 藤井邦夫、監督 辻理

ある事件を内偵中、新宿のスナックに立ち寄った叶は、ボーイを勤める少年が、客から理不尽な扱いを受けるのを目撃する。その姿に自分の過去を重ね合わせ、「よく我慢したな」と声をかける叶に、少年は「慣れてます。それに俺、憎い相手は心の中で殺すんです」と言って笑う。過酷な現実を生き抜く少年のしたたかさに、叶は好感を抱いた。
数日後、新宿でルポライターが刺殺された。血まみれのナイフを持って歩いていた不審者が逮捕され、「すれ違い際に肩が触れたため、カッとなって刺した」と犯行を自供したものの、自分の身元については黙秘する。不審者があの時の少年だと知った叶は、本当に刺殺したのかどうか、疑問を抱く。一方、ルポライターが代議士の資金源を取材していたことを知った特命課は、事件が代議士の差し金では無いかと見て、捜査に乗り出す。「憎い相手は心の中で殺すんじゃなかったのか?」と少年を問い質す叶だが、少年は自分の犯行だと言い張り、代議士との関係も否定する。
少年の身元を洗おうとスナックを当たったものの、「永吉」という通称以外は何も分からない。新宿の飲み屋街を歩き回った末に、叶はかつて少年が勤めていたバーを突き止める。そこで少年と同棲していた少女から、叶は少年の本名とともに、彼が幼い頃に親に捨てられたことを聞かされる。両親の離婚が原因で、新宿の街で転落しつつあった少女に、少年は「俺も母親を忘れる、だからお前も両親のことは忘れろ」と言って、母親を探す手がかりとして持っていた写真を捨てたのだという。少女が拾って保管していた写真を借り受け、少年に突きつける叶。「女をだますための作り話だ」と吐き捨てる少年に、叶は自分の過去を語る。「俺は親に捨てられ、施設で育った。叶旬一という名も、施設で付けられた。それを知ったとき、俺はこの名前を捨てたかった。本当の親がつけてくれた名前があるはずだと思ったからだ。しかし、俺はそれからずっと、叶旬一のままだ」叶の言葉に心を開きかける少年だが、依然として自分の犯行だと主張する。
一方、桜井が発見したルポライターの資料から、代議士の資金源としてバーやトルコを経営する女の存在が浮かぶ。その女の苗字が少年の本名と一致したことから、「女は少年の実の母親で、ルポライター殺しの犯人なのでは?それを知った少年が、母親の罪をかぶろうとしているのでは?」と推理する叶。女に詰め寄る叶だが、女は「私に子供などいない」と頑なに否定する。「あんたはそれでも親か!」と激昂する叶を制止し、橘は女を重要参考人として連行。叶が少年を尋問するのを、マジックミラー越しに女に見せつける。
「あの女は、君のことなど知らんと言っている。もうかばうことはないだろう」そう説得する叶に、少年は言う。「叶さん、母親の姿を覚えていますか」「いや、俺は、母親の姿を見たことはない」「俺は、一つだけ覚えています。寂しそうに去っていく後姿を」「・・・」「俺も叶さんのように、何も覚えていなければよかった。そうすれば、ただ恋しくて、憎くて、そして忘れられたのに・・・」少年の言葉に、女は泣き崩れ、すべてを告白する。事件の夜、女は代議士の秘書とともにルポライターを買収しようとしたが、断られたために、秘書がその場で刺殺したのだ。秘書が素早く立ち去った後、呆然とする女を目撃した少年が、母親の犯行と思い込み、その罪をかばうべくナイフを持ち去ったのだ。少年の背にすがりつき、「ごめんね。母さんを許して」と泣き叫ぶ女に、少年は背を向けたまま、「俺は英吉です。母親はいません」と答える。慟哭する女と、背を向けたまま震える少年を、叶はじっと見詰めるのだった。

親に捨てられ、孤児院で育った叶と、同じ境遇をもつ少年との心の交流を描いた一本。言わずもがなですが、「永吉」という名は矢沢永吉から取られたもので、劇中でも矢沢永吉のものらしき音楽(すいません、この方面には疎いので曖昧です)が使用されています。
本名を捨て、「永吉」という通称で通すのは、自分を捨てた母親への憎しみの表れです。しかし、その一方で、唯一の記憶である母親の寂しい後ろ姿に対し、少年は自分の人生を投げ打ってでも守ろうとするほどの愛情を抱き続けていたのです。「俺の母さんは、あの寂しい後姿だけなんだ」ラストで語られる少年の言葉は、憎しみの対象である母親との再会を拒み、愛情の対象である後姿だけを唯一の「母親との絆」として守り続けようとする、哀しい心の叫びだったのでしょう。
粗筋だけを追えば泣ける話なのですが、名作、傑作と言われるエピソードには今一歩何かが及ばない。それが演出や少年の演技の問題なのか、それとも脚本に何かが足らないのか、明確には分かりませんが、いい題材なだけに、何かもったいない印象が残ります。なお、劇中では、母親が少年を捨てた理由や、母親と代議士の関係は語られませんが、どことなく、少年の父親が代議士であることを暗示しているように思われるのは深読みしすぎでしょうか。