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車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホールとマンホールカード in 島根県出雲市&旧出雲市

2018年05月13日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

出雲市(いずもし)は島根県の中東部に位置する市です。神話の国出雲として全国に知られており、出雲大社・日御碕神社、西谷墳墓群・荒神谷遺蹟など、多くの歴史文化遺産を有し、古代史文化のシンボル的都市として知られています。2005年3月22日に旧出雲市・平田市・簸川郡大社町・湖陵町・多伎町・佐田町が新設合併して発足。さらに2011年10月1日に斐川町を編入し現在に至っています。

出雲平野を中心として、北部は出雲神話でも知られる島根半島と日本海、南部は中国山地に接し、市の東部には斐伊川が流れて、宍道湖に注ぎ、海・山・川・湖・平野・峡谷・温泉と多彩な地勢を有しています。「市の木:黒松」「市の花:菊」「四季の花:桜・ツツジ、紫陽花、コスモス、椿」を制定。

キャッチフレーズは「西部日本海域の中心都市 神話の夢舞台出雲 世界を結ぶご縁都市」

マンホールは旧出雲市のデザインで、市章を取り囲むように「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」が描かれています。

八つに分かれた「八岐大蛇」と、四隅に「市章」が描かれた量水器。

2005年3月22日制定の市章は、【頭文字の「出」を図案化したデザインです。大空にはばたく鳥や、大きく手をひろげる市民をイメージし、. 全体として飛躍発展する出雲市を表しています。】公式HPより

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明治22年(1889)、町村制の施行により神門郡今市町・古志村・高松村・高浜村・四纏村・川跡村・大津村・塩冶村・鳶巣村が発足。

1896年、神門郡が簸川郡に変更。

1941年、簸川郡今市町・古志村・高松村・高浜村・四纏村・川跡村・大津村・塩冶村・鳶巣村が合併、簸川郡出雲町が発足。

1941年、簸川郡出雲町が市制を施行、出雲市が発足。

1956年、簸川郡朝山村、上津村、稗原村、神西村、神門村、長浜村を編入。

1970年、簸川郡大社町大字入南・遥堪の各一部、飯石郡三刀屋町大字高窪の一部を編入。

1971年、飯石郡三刀屋町大字高窪の一部を編入。

1991年、簸川郡湖陵町大字三部の一部を編入。同時に出雲市西神西町の一部を湖陵町に編入。

1994年、湖陵町大字三部の一部を編入。同時に出雲市西神西町の一部を湖陵町に編入。

マンホールには、市章を取り囲む「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」がデザインされています。

昭和22年11月3日制定の市章は「頭文字の「出」を図案化したものです。」 

出雲市トキ分散飼育センターのマスコット『ミコトッキー』。何故、出雲にトキが・・(笑) 将来、出雲の野外でトキが生息できるようになることを目指し、様々な取り組みがなされているそうです。「ニッポニアニッポン」の学名を持つ美しい鳥が日本中の空を舞う時を願って!

撮影日:2013年5月24日&2015年4月21日

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マンホールカード、頂きました。

2019年12月14日、第11弾として全国63自治体で66種類(累計502自治体605種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「出雲市」のマンホールカードは、「日御碕ビジターセンター」でいただけます。

1985年に設置開始されたマンホールには「出雲日御碕灯台」と「経島のウミネコ」がデザインされています。

「石造り灯台としては日本一の高さを誇る「出雲日御碕灯台(いずもひのみさきとうだい)」と「経島(ふみしま)のウミネコ」がデザインされたマンホール蓋です。 紺碧の海と空に映える白亜の灯台は、歴史や文化的な価値の高さから「世界の歴史的灯台百選」にも選ばれ、「恋する灯台」にも認定されました。 灯台内部のらせん階段を上った展望台からは、日本海と島根半島の全景が一望でき、その眺めはまさに絶景です。 また、お経の巻物を積み重ねたように見えることから名づけられた経島は、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されており、数千羽のウミネコが飛び交う姿は迫力があります。」

 

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ご当地マンホールin 島根県旧仁摩町(大田市)

2018年05月02日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧邇摩(にま)郡仁摩町(にまちょう)は島根県の中央部に位置した町です。日本海に面した東西2kmにわたる「琴ケ浜の鳴り砂」は、平家滅亡にまつわる琴姫伝説としても知られており、また一年時計がある「砂の博物館」の所在地としても知られています。町名は仁万町と邇摩郡の合成地名。畑作と漁業が主産業で、古くから左官の出稼ぎ地として知られていました。「町の木:山茶花」「町の花:ノウゼンカズラ」を制定。

「琴ケ浜」

明治22年(1889)、町村制の施行により邇摩郡仁万村・宅野村・馬路村・大国村が発足。

1936年、邇摩郡仁万村が町制を施行、邇摩郡仁摩町となる。

1954年、邇摩郡仁摩町、宅野村、馬路村、大国村が合併。改めて仁摩町が発足。

2005年、大田市、邇摩郡温泉津町と合併、大田市仁摩町となりました。

マンホールには「琴ケ浜で琴を弾く琴姫」「仁摩サンドミュージアム」がデザインされています。

昭和29年(1954)7月制定の町章は「「マ」の字を2つ組み合わせて仁摩を表し、円をもって平和を希求します。」旧HPより

「仁摩サンドミュージアム」のガラス張りのピラミッド。 ピラミッドの中ではシンボルの「砂暦」が、総重量1tの砂を一年をかけて落とし続けています。

サンドミュージアム建設の際に発見された「楡ノ木谷横穴群」。現在第一支群3・4号が保存公開されています。

琴ヶ浜会館の壁にある「琴ケ浜と琴姫」の鏝絵額。【壇ノ浦の源平の戦に敗れた平家の姫が、ある日この地に流れ着きました。心優しい村人に助けられた姫はそのお礼にと、毎日琴を奏でて村人たちを慰めました。やがてその姫が亡くなると、姫を偲ぶかのように浜辺の砂浜が鳴くようになったと言います。それはまるで琴の音のようで、それ以来、その姫を『琴姫』、又この浜を「琴ヶ浜」と呼ぶようになりました。】

琴が浜には「琴姫の碑」が建立され、今も地域の方々によって大切に守られています。

仁摩町地域活性化シンボルキャラクター『にまちょう琴音ちゃん』。手のひらのハートにタッチすると願いが叶うとか・・・

撮影日:2011年5月15日&2013年5月23日&2019年4月16日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧温泉津町(大田市)

2018年04月26日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧邇摩郡温泉津町(ゆのつちょう)島根県の中央部に位置し、日本海に面した町です。町名は温泉のある港という意味で難読地名の一つ。石見銀山の積み出し港として栄え、また北前船の風待ち港としての重要な拠点であった温泉津沖泊。今も温泉津沖泊の集落には、当時の繁栄を物語るさまざまなモノたちが静かに歴史を伝えています。「町の木:ケヤキ」「町の花:水仙」を制定。

「温泉津:元湯温泉」

明治22年(1889)、町村制の施行により邇摩郡温泉津村・井田村・福波村・湯里村が発足。

1903年、温泉津村が町制を施行、邇摩郡温泉津町となる。

1954年、邇摩郡井田村、福波村、湯里村と合併、改めて温泉津町が発足。

2005年、大田市・仁摩町と合併、大田市温泉津となりました。

マンホールには、日本海の荒波をわけて進む「北前舟」が描かれています。

昭和29年年(1954)7月3日制定の町章は「「ゆ」を輪上にして図案化したもの」

温泉津湾の岸壁には、寄港した船の艫綱を結ぶために、岩礁に穴をあけた鼻ぐり岩が多く見られたと伝えられる。

撮影日:2011年5月15日&2013年5月23日

明日は旧温泉津町域に残された、石州左官の「鏝絵」を紹介します。

 

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ご当地マンホールとマンホールカード in 島根県大田市

2018年04月21日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

大田市(おおだし)は島根県中部、石見地方の東部(石東地域)に位置する市です。日本海に面しており、市の東部に位置する三瓶山は、古くは「佐比売山」と呼ばれ、「出雲国風土記」の国引き神話において「火神岳(大山)」とともに島根半島を引き寄せて繫ぎ止めた杭であると云われています。また、2007年に世界遺産に登録された「石見銀山遺跡」を有する事でも知られ、市の中心駅となる「大田市駅」の記念スタンプは、大森の町並みと龍源寺間歩がデザインされています。「市の木:梅」「市の花:レンゲツツジ」「市の魚:ヒラメ」を制定。

キャッチフレーズは「自然・歴史・ひとが光り輝く だれもが住みよい県央の中核都市」

明治22年(1889)、町村制の施行により安濃郡大田村・刺鹿村・波根西村・川合村・鳥井村・長久村・波根東村・佐比売村・朝山村・富山村が発足。
邇摩郡久利村・静間村・大森村・水上村・五十猛村・大屋村が発足。
簸川郡山口村、邑智郡祖式村が発足。

1903年、安濃郡大田村が町制を施行、安濃郡大田町となる。邇摩郡大森村が町制を施行、邇摩郡大森町となる。

1937年、安濃郡刺鹿村、波根西村が合併、町制を施行し安濃郡久手町が発足。

1951年、邇摩郡大森町、水上村が合併し、改めて大森町が発足。

1954年、安濃郡大田町、久手町、川合村、鳥井村、長久村、波根東村、邇摩郡久利村、静間村が合併、大田市が発足。

1954年、大田市が安濃郡佐比売村・朝山村・富山村大字山中・才坂地・神原、簸川郡山口村を編入。

1956年、邇摩郡大森町・五十猛村・大屋村、邑智郡祖式村大字祖式を編入。

1957年、邑智郡川本町大字新屋・大家本郷を編入。

1958年、邑智郡川本町大字北佐木を編入。

2005年、邇摩郡温泉津町・仁摩町と合併、改めて大田市が発足しました。

マンホールには「三瓶山」「市の木:ウメ」「市の花:レンゲツツジ」がデザインされています。

昭和29年6月30日制定の市章は「旧大田市制時のものが継承されました。「大」の字を円と矢印で図案化して、円は団結、矢印は進歩・向上を示しています。」公式HPより

市のキャラクター『らとちゃん』がデザインされた仕切り弁

排泥弁

空気弁

電気

量水器

「市の花:梅」の側溝蓋は「世界遺産センター」の敷地内に設置。

「市の花:梅」のカラータイル

「螺灯(らとう)」と鉱夫の衣装がモチーフの、大田市公式キャラクター『らとちゃん』 。恥ずかしがり屋さんだけど、いったん「火」がつくとソコヌケに明るい性格。頭に揺れる小さな炎で、人々の心や地域の未来に明かりを灯します。(螺灯は、石見銀山の坑道で使われていた、サザエの殻に油を入れて火を灯す明かり)。

訪問日:2011年5月15日&2013年5月23日&2019年4月16日

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2019年8月7日、第10弾として全国61自治体で61種類(累計455自治体539種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「大田市」のマンホールカードは、「仁摩サンドミュージアム」でいただけます。

2003年に設置開始されたマンホールには「琴ヶ浜」と「琴姫」「仁摩サンドミュージアム」がデザインされています。

「砂浜を歩くとキュッ キュッ と琴の音のように鳴る琴ヶ浜がある大田市 仁摩町馬路(まじ)には、ある言い伝えがあります。”壇の浦の源平の戦に破れて流れ着いた平家の姫は、村人に助けられ、お礼に毎日琴を奏でておりました。姫が亡くなり村人たちは大いに悲しみましたが、なんと砂浜が琴の音のように鳴くようになりました。”この琴姫伝説を基にマンホール蓋をデザインしました。世界最大の1年砂時「砂暦(すなごよみ)」がある砂博物館 「 仁摩サンドミュージアム」 のピラミッドも描きました。下水道は国指定天然記念物でもある琴ヶ浜を守る為に、重要な役割を果たしています。」

訪問日:2019年10月8日

 

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ご当地マンホール in 島根県旧桜江町(江津市)

2018年04月15日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

旧邑智郡桜江町(さくらえちょう)は島根県の西部に位置した町です。地名の由来は、古代の地名「桜井郷」+「江」の川よりと云われ、「桜井」は、「迫らゐ」の変化したもので、(河谷に立地する)丘陵地の間の田、あるいは井戸や泉のあるところだと言われています。「町の木:モミジ」「町の花:ツツジ」を制定。

桜江庁舎前に置かれていた「地籍調査完了記念碑」。地籍調査とは、市町村が主体となって、一筆ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量する調査だそうで、江津市となる以前の1998年に実地されています。

明治22年(1889)、町村制の施行により邑智郡長谷村・市山村・川戸村・谷住郷村・川越村が発足。

1954年、長谷村、市山村、川戸村、谷住郷村、川越村が合併、邑智郡桜江村が発足。

1956年、桜江村が町制を施行、邑智郡桜江町となる。
2004年、江津市に編入、江津市桜江町となりました。

マンホールには「えんこう(河童)」と、「町の花:つつじ」がデザインされています。(旧桜江町庁舎付近に設置。)

昭和31年(1956)1月制定の町章は「「さくらえ」のサを図案化したものです。」

昭和5年、三江線開業当初の南の終着駅として設置された「川戸駅」。2018年4月1日の三江線廃線に伴って、この駅も廃止予定と知りました。 電車が入ってくるところ・・見たかったけれど・・2019年に訪問したときに立ち寄った「川戸駅」。近在の方が毎日手入れをされているとかでホームも線路周辺も驚くほど清潔で、とても廃駅とは思えませんでした。

撮影日:2011年5月15日&2019年4月20日

 

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ご当地マンホール in 島根県江津市

2018年04月06日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

江津市(ごうつし)は島根県西部の石見地方に位置し、北部の東西につづく海岸段丘と、南部の丘陵地帯からなる自治体です。中国地方最大の江の川の河口に位置し、古くは江の川河口の港として発展。江戸時代には北前船の寄港地として栄えました。日本国内で北緯35度線が通る最西端の市であり、また 東京都からの移動時間距離が全国で最も遠い市とされ、「東京から一番遠いまち」などとPRしています。「市の木:黒松」「市の花:ツツジ」を制定。

キャッチフレーズは「元気!勇気!感動!ごうつ ~江の川が育むイキイキ協働体~」「湯の町(温泉津)・川の町(江の川)・窯の町(石州瓦)」

明治22年(1889)、町村制の施行により那賀郡江津村・都野津村・都濃村・渡津村・川波村・二宮村・跡市村・浅利村・松川村・江東村・川平村・上府村・下府村・国分村・有福村が発足。

1914年、江津村が町制を施行、那賀郡江津町となる。上府村、下府村、国分村が合併して那賀郡国府村が発足。

1922年、都野津村が町制を施行、那賀郡都野津町となる。

1940年、江津町が都濃村、渡津村と合併、改めて那賀郡江津町が発足。

1951年、国府村が町制を施行、那賀郡国府町となる。 

1954年、江津町が都野津町、川波村、二宮村、跡市村、浅利村、松川村、川平村、江東村と合併、江津市が発足。

1955年、国府町が有福村と合併、改めて那賀郡国府町が発足。

1956年、江津市が、那賀郡国府町本明・上有福地区を編入。

2004年、江津市が邑智郡桜江町を編入、現在に至っています。

雨水マンホールには「柿本人麻呂と依羅娘子」、「星高山・新江川橋・江の川」「市の花:ツツジ」がデザインされています。(高丸線跨線橋の近くに設置)

「星高山・新江川橋・江の川・桜」それに「市の花:ツツジ」がデザインされています。(市役所の敷地内に設置)

雨水用プラ枡蓋

「新江川橋」と「江の川」

2004年10月1日制定の市章は「頭文字の「G」を基本にして、中央から外に向かって伸びる2枚の翼は石央の中核都市として飛躍する姿を表現するとともに、これを取り囲む円は江津市、桜江町両市町の「和」と「団結」をもって、より大きく、よりすばらしい希望に燃えて発展していく新市の姿を象徴しています。新しい江津市の基本理念である「元気」(赤)・「勇気」(緑)・「感動」(青)をイメージできる色で表現しています。」公式HPより

昭和29年10月8日制定の旧市章は「「江ツ」を鳥の形に図案化したものです。」

防火水槽・消火栓

制水弁

量水器

江津市のPRキャラクター『人麻呂くんとよさみ姫』。飛鳥時代の歌人である柿本人麻呂が、妻のよさみ姫と共に ごうつ万葉大使として現代にタイムスリップしてきました。 縁のある江津市のために、多くのイベントに登場して活躍しています。

撮影日:2011年5月15日&2019年4月16日

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古代装束の三人は、「道の駅:サンピコごうつ」マスコットキャラクター『海彦・山彦・川彦(サンピコ)』。三人のヘアースタイルがそれぞれの名前を表しています(*^^*)

江津市後地町、国道9号線沿いの「道の駅:サンピコごうつ」では、二度に渡って車中泊をさせて頂きました。手がるなお惣菜もあり、どれも美味しく頂く事ができ、偏食家の私にも大満足。車で旅をする者にとって、このような道の駅は、本当にありがたく大切な場所です。

改めて、その折は有難うございました🙏🙏

 

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ご当地マンホールとマンホールカード in 島根県

2018年04月05日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・島根県

今日からは、2011年5月・2013年5月・2015年4月・2019年4月と四度に渡って訪問した島根県の思い出です。

島根県(しまねけん)は本州西部に位置し、山陰地方の西側を占める県です。離島の隠岐諸島や竹島を含み、自治体は8市5郡10町1村で、県庁所在地は松江市。川本町以外はすべて「ちょう」、村は「むら」と読みます。旧国名は出雲国・石見国・隠岐国で、現在でも出雲地方・石見地方・隠岐地方と呼ばれます。県名は、県庁の置かれた松江城が、かつて旧島根郡(嶋根郡)に属していたためとされます。「嶋根」の名は、古代の『出雲国風土記』において国引きをされた『八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)』が命名したと伝えられています。「県の木:黒松」「県の花:牡丹」「県の鳥:白鳥」「 県の魚:トビウオ」を制定。 

キャッチコピーは「ゆったり清らかなしまね ご縁の国しまね」

明治4年(1871)7月、廃藩置県により、松江県・広瀬県・母里県が成立。

明治4年(1871)11月、松江県・広瀬県・母里県と隠岐地方が合併、第一次島根県が発足。

明治9年(1876)、 島根県と鳥取県が合併、第二次島根県が発足。

明治14年(1881)、鳥取県を再置、現在の島根県が成立。

マンホールには、県章を中心に「県の花:牡丹」と「県の木:黒松」が描かれています。

石見空港付近に設置されていたマンホール。「島根県石見」の文字の上を、「梅を背負って飛ぶ飛行機」がデザインされています。

「石見空港」は、1993年に出雲空港、隠岐空港に続く島根県下3番目の空港として開港しました。

空港内で見かけた「萩・石見空港マラソン全国大会」のキャラクター、『空run(ソラン)ちゃん』。全国で唯一、現役空港の滑走路を走ることができるマラソン大会。頑張って選手のみんなを応援してます。 d(-_^) 

昭和43年11月8日、明治百年記念として制定された県章は、【中心から放射線状にのびる4つの円形が雲形を構成して、島根県の調和のある発展と躍進を象徴し、円形は、「マ」を4つ組み合わせたもので「シマ」と読まれ、県民の団結を表しています。】HPより

島根県企業団 空気弁

仕切弁

制圧弁:親子タイプ

2010年に誕生した島根県観光協会二代目マスコットキャラクター『しまねっこ』。島根県の応援団で「リメンバーしまね:団長」兼「神話博しまね」の公式キャラクター。頭に大社造の帽子をかぶり、首にはしめ縄のマフラーを巻いて、島根のPRに励んでいます。後ろで秘かに素戔嗚さんのコスプレをしているのは「しまねSuper大使」に任命されている『吉田くん』、紹介は下のマンホールカードで(笑)。

島根県警察シンボルマスコット『みこぴーくん』。愛称は命(ミコト)の「みこ」と警察(ポリス)のPを合わせ、島根の神話をモチーフに2005年に誕生しました。「日本一治安のよい島根」を実現するために活躍しています。

健康長寿島根のマスコットキャラクター『まめなくん』。活動目的は県民運動を応援すること。

大山隠岐国立公園にある、島根県立三瓶自然館サヒメルのマスコットキャラクター『テンピー』。三瓶山に住む「テン」がモデルで、良くある永遠の6歳では無く、毎年6歳になるそうです。

(※)離島の隠岐島は未訪問。また竹島は県の領域ですが、戦後ずっと某国に不法占拠されたまま、日本人が立ち入れない場所となってしまいました。このような不法を平然と犯す国と、友好だの何だのと浮かれる神経が、私には我慢できません。

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マンホールカード、頂きました。

2020年12月17日、第13弾として全国50自治体で50種類(累計557自治体717種類)の マンホールカードの配布が開始されました。「島根県」のマンホールカードは、「出雲市駅観光案内所」でいただけます。

2020年に設置開始されたマンホールには、ハートを背景に「島根県に乗る吉田くん」がデザインされています。

「「しまねSuper大使」に任命されている「吉田くん」。 本名は「吉田"ジャスティス"カツヲ」、誕生日は7月27日、出身地は雲南市吉田町です。そんな吉田くんは、島根県の下水道の魅力を無理なく計画的に、日夜こっそりとPRしています。採用した吉田くんのイラストは、県と市町村で協同して行っている下水道出前講座の受講生(小学生)にアンケートを行い決定しました。また、出雲大社など縁結びスポットが多い島根県をイメージし、吉田くんのまわりにはハートがデザインされています。 ちなみに、肩書であるSuper大使とは親善大使や観光大使を”超えた”存在らしいですよ。」

 

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