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田中利典師の『体を使って心をおさめる 修験道入門』集英社新書(4)/「修験道とは何か PART.Ⅱ」

2022年03月19日 | 田中利典師曰く
田中利典師の名著『体を使って心をおさめる 修験道入門』(集英社新書)の内容を師ご自身が抜粋して紹介するシリーズ、今回は「修験道とは何か PART.Ⅱ」である。師のFacebook(2/2付)から紹介させていただく。

シリーズ「修験道のお話」
拙著『体を使って心をおさめる 修験道入門』(集英社新書)は7年前に上梓されました。一昨年、なんとか重版にもなりました。「祈りのシリーズ」の第2弾は、本著の中から、「修験道」をテーマに、不定期にですが、いくつかの内容を紹介いたします。よろしければご覧下さい。 

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「修験道の定義3/神仏和合の宗教」
三つめに、修験道とは「神仏和合の宗教」であるということが挙げられます。仏教を父に神道を母に、いわば仏教と神道という夫婦のあいだに生まれた子どものような存在が修験道です。修験道は、もともとは自然や山岳を畏れ敬うといった信仰風土に、仏教的行法が入って成立したものです。さらには、中国の道教や陰陽道などさまざまな外来の要素も吸収され、やがて庶民のあいだでひろく行われた加持祈祷などが加わっていきました。

国土の七割以上を山が占める日本では、古くから山を神霊の宿る聖地として大切にしてきました。もっとも古い神社として知られる大和の三輪神社には本殿がありません。というのも、三輪山そのものがご神体だからです。境内にあるのは拝殿です。奈良・春日大社のある春日山も聖なる山として、伐採が厳しく戒められ、そのために原始林の姿を今に伝えることができました。また古来日本人は、山だけではなく岩や樹木も「神の依(よ)り代」として崇めてきました。

神道には八百万(やおよろづ)の神々があるといわれます。太陽神である天照大神をはじめ、火の神、水の神、台所から厠(トイレですね)まで、いたるところに神さまがいると考えてきました。身の回りのどこにでも神さまがおられて、私たちは見守られている。つねに神さまに見られているのだから、「神さま、ご先祖さまに恥じることのない生き方をしよう」というのが、人々の生活規範になっていたのです。

そういった神道の国に6世紀頃、仏教が伝来しました。日本には、もともと「八百万の神々がおわす」というおおらかな宗教観がありましたから、仏さまは、いわば新しい神さまとして受け入れられたのです。仏のことを「蕃神」「今来の神」と呼んだことからも、それがうかがえます。

最初こそ、廃仏派(物部氏)と崇仏派(蘇我氏)の争いが若干、見られましたが、基本的には、わが国は新しい神様である「仏さま」を排除することなく、神も仏も、ともに礼拝していくことになりました。そして、ついには「神仏習合」「神仏和合」という考え方を編み出しました。これは、根っこのところで、神と仏は一体だという考え方です。やがて、「仏が日本の神としてあらわれた」「日本の神の本地(もとの姿)は仏である」「神は仏の化身である」「仏が衆生に応じて神としてあらわれた」という考え方になっていきました。これが修験道の本尊であり、根幹をなす「権現」というとらえ方を生んだのです。

「修験道の定義4/優婆塞(在家)の宗教」
修験道の大きな特徴の四つめに「優婆塞(うばそく)の宗教である」ということが挙げられます。優婆塞とは、在家の修行者のことです。仏教では、四衆といって、出家の修行者を比丘(男性)・比丘尼(女性)といい、それに対して在家の修行者を優婆塞(男性)・優婆夷(女性)と呼びます。修験道は、優婆塞・優婆夷、つまり在家を本義としています。もちろん私のように僧衣を身につけ、僧職として修験道に関わる者もたくさんいますが、修験道の教え自体が在家・出家の別を問いません。

修験道を開かれたとされる役行者ご自身、生涯にわたって出家はされず、在家のまま通されたため、「役優婆塞」という通称で呼ばれたりもします。役行者をたたえるご真言は「おんぎゃくぎゃくえんのうばそくあらんきゃそわか」とお唱えしますが、その役行者を習って、修験道は優婆塞信仰、庶民信仰を大切にしてきました。

大伽藍の奥におさまるのではなく、つねに社会に出て、俗世で活動するのが修験の特徴なのです。そこには病気治しや雨乞い、地はらい、魔はらいをはじめ、人々のあらゆる現世利益に応えるさまざまな活動が生まれていきました。

つまり修験道は、優婆塞・優婆夷が担い手の宗教であるとともに、俗世に生きる庶民のための宗教でもあるのです。理論や教義に縛られることなく、雑多な日々の生活の中で、現世利益を求める庶民の宗教心に寄り添い続けた宗教といえるでしょう。
*写真は山形県下宝沢の蔵王権現像
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