製造業が日本を滅ぼす | |
野口悠紀雄 | |
ダイヤモンド社 |
5/17(木)、内閣府は2012年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値を発表した。同日の日本経済新聞(夕刊)によると、《GDP実質4.1%増 1~3月年率 3期連続プラス 個人消費が堅調 景気判断引き上げへ》《内閣府が17日発表した2012年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質で前期比1.0%増、年率換算で4.1%増となった。季節調整で昨年10~12月の伸びがプラスに改定され、3四半期連続のプラス成長になった。自動車販売を中心に個人消費が堅調だったほか、東日本大震災からの復興需要も景気をけん引している》。
この数字には、手放しで喜ぶわけにはいかない。政府の支出に支えられているからだ。翌日(5/18)の同紙の社説は《成長力強化へやることは多い》《2012年1~3月期の実質経済成長率が前期比年率で4.1%となった。予想を上回る数字である。日本経済が昨秋以降の停滞局面を抜け出し、着実に持ち直しているのは確かだろう。だが、エコカー補助金の復活や東日本大震災の復興支出という政策効果に支えられたのは否めない。景気の持ち直しを本格的な回復につなげるため、官民が成長基盤の強化に取り組むべきだ》としている。
5/18の日経新聞には、もう1つ《フェイスブック上場と新産業創出の道筋》という社説も出ていた。《交流サイト(SNS)最大手の米フェイスブックが週内にもナスダック市場に上場する。利用者は世界で9億人を突破し、知名度は抜群。弱冠28歳の創業者、マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者は映画スターのような人気で、投資家広報に訪れた米国の各都市では一目姿を見ようと、ファンが押し寄せたという。上場時の株式時価総額は1000億ドルを突破する可能性もあり、米グーグルを抜いてインターネット関連企業として史上最大の上場案件になるのは確実だ》。
《日本でも「新たな産業、新たな企業の創出が課題」と長年言われながら、なかなか果たせない。(中略) フェイスブックのような大型新人を生み出し続ける米国と日本の違いは何だろう。一つは新奇なものをいたずらに排除せず、懐深く受け入れる社会の厚みではないか。ベンチャー企業はそもそも未熟な存在であり、また従来にないサービスや技術に挑戦することから失敗も多く、行き過ぎもある。フェイスブックの場合も、出発点は女子学生の美人コンテストといういささか問題の多いサービスだった。近年も個人情報の管理をめぐって、米当局の調査対象になったこともある。だが、誤りを是正すれば、企業として命脈が断たれることはない。新人の失敗に寛容な米国の社会風土が、有力ベンチャー企業が次々に台頭する背景にある》。
《二つ目は豊富な投資資金だ。日本の昨年のベンチャーキャピタルの総投資額は294億円だったが、フェイスブックは1社で昨年1月に15億ドル(1200億円)を調達した。新企業に流れ込むカネの厚みに歴然とした差がある。そして最後に人材の流動性。成長する企業には優秀な人材が集まり、それが成長を加速する。(中略) 先進国経済が足踏みする中で、それを突破する有力な道筋が新企業や新産業の創出だ。フェイスブックの軌跡は日本にとっても示唆に富む》。
確かに日本では、「新産業の創出」が焦眉の急である。野口悠紀雄氏(一橋大学名誉教授、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)は、インタビュー記事「日本経済を再生するには?」(週刊ダイヤモンド2012.4.14号)で同趣旨の持論を展開されていた。リード文は「日本経済のあり方に対し、一貫して警告を発し続けてきた野口悠紀雄教授。そして今、日本は野口教授が危惧していた通りの事態を迎えている。問題の根本と、再生への方策を聞く」だ。野口氏は最近『製造業が日本を滅ぼす』(ダイヤモンド社刊)1,575円という本も出されている。以下、記事をピックアップして紹介する。少し長いが、ぜひお読みいただきたい。なお太字は私がつけた。
日本経済の問題点は、どこにあるのでしょうか。
世界経済の大きな変化に、産業構造が対応していないことです。それが日本経済の不調の基本的な原因と言っていい。変化とは、新興国、特に中国の工業化ですね。それまで日本をはじめとする先進国の製造業が作っていたのと同じモノを、非常に安価な大量の労働力を使って、安く製造できるようになった。同じ分野で競合しても、勝てるはずはない。他の、新しい分野を見いだす必要がある。重要なのは、それが生産性の高いサービス産業であるということです。
これらの変化は1990年代半ばから起こっています。ところが日本は、産業構造を変えるのではなく、従来の製造業の生き残りを図った。金融緩和と円安誘導の経済政策を行い、特に2003~07年ごろには、異常とも言える円安が進みました。その結果、日本の製造業の価格競争力が上昇し、乗用車の対米輸出を中心にして、輸出が増加した。輸出主導の経済成長が実現したわけですね。
それが、09年の世界経済危機で、一挙に問題が明らかになったということです。特に今年の春には、家電産業を中心にして大幅な赤字の決算が生じ、公的資金を注入して政府が後押ししてきたエルピーダメモリが破綻しました。
デフレが日本経済不調の原因だという意見もあります。
日本で下落しているのは工業製品、特に大企業の大量生産製品です。テレビやカメラの価格は10年間で10分の1になっている。他方でサービスの価格は上昇している。起きているのは相対価格の変化であって、デフレではないのです。
日本だけでなく、米国でも工業製品の価格は下落しています。ただし、米国ではそれ以上にサービス価格の上昇が大きいので、差し引きで物価はプラスになっている。ここから言えるのは、いかに金融緩和したところで、物価上昇が起きるはずはないということです。
08年には消費者物価指数(前年同月比)が1%を超えました。原油価格が上昇したからで、金融危機の影響で08年第1四半期以降に輸出が減少したにもかかわらず物価が上昇した。09年にはリーマンショックで需要は激減しましたが、それによって消費者物価が下落したわけではない。物価を動かしているのは国際的な要因であって、国内の需給で決まっているわけではないということです。
この状態は、一時的なものではないのでしょうか。
私はいまや「日本の製造業は農業化した」と考えています。高度成長期、農業は生産性を高めることができず、政府からの補助に依存する産業になってしまった。その結果、ますます生産性が低くなっていった。今、製造業はそういう状況に陥っています。
まず世界経済危機後、一つには雇用調整助成金という形で、大量の過剰労働力を企業の中に維持し、失業率を見かけ上、低くした。もう一つが、エコカー補助金やエコポイントなどで、自動車産業や電機産業の需要を一時的に膨らませた。エコカー補助金はいったん停止されたものがまた復活しましたね。これは日本国内での自動車産業が、補助なしには立ち行かなくなったことを意味していると思います。そうやって製造業を支援したにもかかわらず、日本経済全体として見れば、11年の貿易収支が赤字になったわけです。
貿易立国がもはや成り立たなくなったのです。外国から燃料や原料を輸入し、加工して輸出する、というモデルの採算性が取れなくなった。ですから、個々の企業のレベルで従来のビジネスモデルからの脱却を図ることが必要であり、さらに今、日本経済全体で“輸出立国モデル”からの転換が必要になっているのです。
転換のためには、どうしたらよいのでしょうか。
まず第1に、政府が古いものを助けようと思わないことです。
今まで政府が行ってきたのは、雇用調整助成金にしてもエコポイントにしても、今までのものを残そうということでした。為替介入や金融緩和もそうです。それらをやめる、要するに政府が変化を阻止しないこと、それがまず必要条件です。
米国のIT産業も、別に政府が後押ししてグーグルやアップルを育てたわけではありません。新しい企業や産業が生まれてくるのは、市場での競争と淘汰の過程にしかない、ということがこれを見ればはっきりわかります。だから、さまざまな面で規制緩和を進めることによって、経済が持っている活力を使うべきです。それが第2点です。
日本でも、新しい企業・産業は生まれるでしょうか。
まだ可能だと思います。時間はあまり残されていませんが、その活力は十分にあると言ってよい。「はやぶさ」が帰ってきたときの感動を、産業面で実現できないか、ということですね。そのために必要な第3点は、「人材開国」です。
米国のシリコンバレーも、「IC」と呼ばれるインド人と中国人の寄与か非常に大きい。シリコンバレーの専門的な技術者のうち、外国人が60%を占めるといいます。それに対して日本の場合、労働力全体に占める外国人労働力の比率が0.3%で、他の国と比較にならないほど低い。この状態を変えることが重要です。
日本人の雇用が奪われる危惧はありませんか。
それはパイの大きさが一定で、それを奪い合うという発想ですが、実際には、英国の場合も米国の場合も、人材開国によって経済のパイが大きくなり、1人当たりの所得が上昇するということが起きたのです。
とりわけ重要なのは、中国人だと思います。中国が大学生を過剰生産しているからです。過剰生産の結果、彼らの賃金は低い。日本の10分の1以下の賃金で、日本の学生の上位10%と同じレベルの労働力をいくらでも使える。ただしこれも、タイムリミットがあります。中国人の所得が上がってきたら、もう不可能です。円高の追い風もある今こそ、まさにチャンスなのです。
新興国で作り新興国で売るのが、製造業が生き残る策ですか。
今、一般に考えられているのは、新興国の中間層にモノを売るということですが、私はこれには疑問を持っています。新興国に売るよりは、先進国に売ったほうが稼げる。例えばアップルは、製造の部分は台湾のEMS(受託生産企業)の中国子会社フォックスコンに任せて、その製品を先進国で売っています。開発・設計、そしてブランドカを使って売るという、付加価値が一番高いところだけをやっている。これが正しいモデルです。
ましてや、高賃金国が国内でモノを作って低賃全国に売って利益が出るはずがない。日本の電機メーカーは、液晶パネルで国内に大きな工場を造り失敗しました。全く逆なのです。そもそも“作る”部分をやっているから駄目なのであって、製造は、中国などのEMSに任せればよいのです。ただし、製造過程を捨てるだけでビジネスが成立するわけではありません。開発・設計とブランドの両方が強いことが重要です。
そのとき、今まで製造過程に雇用されていた人たちは吸収できるでしょうか。
新しいサービス産業が生まれることが必要です。製造業を国内にとどめることによって、雇用を維持するという考えは間違いだということです。これまでも、製造業の雇用は減り続けてきているのです。90年代初めには、製造業の雇用者数は1400万人あった。それが今、1000万人。実に400万人減です。しかも、03~07年の輸出主導経済のとき、製造業の利益が非常に増加した過程でも、雇用は減っている。今でも、雇用調整助成金申請数が80万人ほどあります。つまり、まだ過剰雇用がある。製造業が国内に残ったところで労働者は放出されます。答えは、新しい産業をつくるしかないということですね。
「製造業は農業化した」「人材開国」「新しい産業を作るしかない」と、発言はカゲキだが説得力がある。『製造業が日本を滅ぼす』の紹介文にも《自動車や電機など製造業の輸出が落ち込み、日本を支えてきた輸出主導の成長モデルが崩れている。これから製造業は復活できるのか、円高は是正されるのか。日本経済論の第一人者が日本の貿易構造や為替の先行きをつぶさに分析し、人材開国、高度サービス業の育成など、貿易赤字時代を生き抜く処方箋を示す》とある。新しい産業(高度サービス業)は政府が後押しして作るのではなく「市場での競争と淘汰の過程にしかない」。出でよ、イノベーター!