てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

宮殿からの豪華な団体客 ― エルミタージュの美に触れる ― (1)

2012年12月05日 | 美術随想

〔「大エルミタージュ美術館展」のチケット〕

 ルーヴル、メトロポリタン、そしてエルミタージュ。人はこれを称して、世界三大美術館という(ただし異説もある)。あらゆる美術愛好家の憧れのスポットだし、膨大な量の作品が収蔵されている。

 そのうちのふたつ、メトロポリタン美術館の展覧会が東京で、そしてエルミタージュ美術館の展覧会が京都でほぼ同時に開かれるという、何とも贅沢な“芸術の秋”を日本は謳歌していた。そのうち閉幕も間近になったエルミタージュのほうへ、ようやく出かけることができた。

 ただ、日本でエルミタージュの名品が公開される機会はこれまでにもしばしばあった。もうずいぶん昔になるが、文学好きが集まって小冊子のようなものを発行することになったとき、ぼくは一枚の絵はがきを印刷所へ持っていった。とあるミュージアムのショップで買い求めた、エルミタージュの絵画のものだった。

 ぼくはそれを、埋め草といっては申し訳ないが、冊子の空きスペースを飾るイラストとして使ってもらおうと思ったのだ。肉体労働をしながら小説を書いていた責任者の男に、飲み会の席で ― といってもぼくはまだ未成年だったので意識ははっきりしていたが ― このあいだ観てきた展覧会でいちばん気に入ったのがこの絵だったことを熱心に説明した。彼は「ふうん、その展覧会はまだやってるんか、ほな行ってみるわ」といって、手帳に会場をメモしたりした。

 その話はそれっきりになった。酒臭い息をはきながら薄汚れた手帳の隅っこに「エルミタージュ」などという慣れないカタカナを書き付けていたその男が、本当に展覧会を観に行ったとは思われない。おそらくは酔いがさめてみると、この呪文のような言葉が何の意味だったか思い出すこともできなかっただろう。

 だが本格的に美術にのめり込むより前の、まだ文学青年を気取っていた若いころから、エルミタージュ美術館はぼくに親しい名前だったのだ。

                    ***


〔京都市美術館名物、8分割の看板が今回も〕

 このたびの展覧会は「大エルミタージュ美術館展」と、タイトルに“大”がついている。ということはかなり気合いの入った、スペシャルな内容が期待できるというものだ。

 ところが実は5年前にも、まったく同じ「大エルミタージュ美術館展」という題名の展覧会が、会場も同じ京都市美術館で開かれていたのだった。前回の図録が物置の奥から出てきたので見比べてみると、今回と重複している作品は一点しかない。なかなかよく選び抜かれたラインナップであると思うし、いくら美術ファンの多い日本といえども、同じ作品を何度も貸し出すわけにはいかないのかもしれない(美術館によっては、一度他館へ貸し出した作品はその後数年間は外へ持ち出してはならない、という規則が存在するという)。

 しかし単純に画家の名前を比べてみれば、今回のほうが偉大な画家が多く含まれているような気もする。たとえば前回の図録の表紙を飾ったルートヴィヒ・クナウスという画家を、いったいどれほどの人が知っていたというのだろう?


参考画像:ルートヴィヒ・クナウス『野原の少女』(1857年)

 このたびはティツィアーノといったヴェネツィア派の画家から、レンブラント、ルーベンスといった巨匠、日本では展示されることの少ないレノルズ、ライト・オブ・ダービーなどが顔を揃えた。近代以降の作品も充実していて、なかでもマティスの名作は最大の目玉である。

 率直に感想をいえば、前回が“大エルミタージュ”だったからといって、今回は“特大エルミタージュ”とするわけにもいかず、やむなくふたたび“大”と名乗った、とでもいうべき充実した内容だった。人の多さには辟易したが、作品ひとつひとつに存在感があり、一点ずつたっぷりと向き合うことができた。

 さあ、それでは改めて、じっくり鑑賞していくことにしよう。

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