TENZANBOKKA78

アウトドアライフを中心に近況や、時には「天山歩荷」の頃の懐かしい思い出を、写真とともに気ままに綴っています。

南九州サイクリングパート '79

2018年09月02日 | SUWV
約40年ぶりに宮崎の日南海岸を旅した。
行程を振り返りブログにまとめていたら、かっての南九州サイクリングのことが懐かしく思い出された。

当時の記録と写真を引っ張り出してあの頃を振り返ってみる。
久しぶりのSUWV記事だ。

あれは大学1年の時の春合宿だった。題して
「南九州サイクリングパート」 1979年 3/19~3/26




3/19

AM4時   Box集合
AM4時半 佐賀駅出発 6人の先輩方が見送りに来てくださった。中には徹夜をして待機されていた方も。絆の強さを感じる。未明のホーム、「ライダースインザスカイ」を歌い盛大に見送ってくださった。
AM11時過ぎ 小林駅着
〇〇ダム(名称が分からない)近くの元売店らしき廃屋で一夜を明かす。(日誌には「ボロ小屋」と誰かが書いていて。しかもイラスト入り)


3/20

雨(晴れていたら韓国岳だったろうか?)
池巡り 何も見えない。(写真① 全員カッパ)
「S島の目の治療 野尻中央病院」と記してあるので、国道268で宮崎に向かったと思われる。(写真②はその途中か)


3/21 この日は「5 4 3 2 1」の日だった。昭和54年3月21日

生卵争奪戦
その時の記録である。「今日の朝食で卵が4個余っていた。卵焼きは面倒ということで、生卵で食べることになった。その4個をめぐって見苦しくも戦いが始まった。カード引いて数の大きい順に4人が勝利者である。なんと1年生4人が勝ってしまった。(以下略)」
青島キャンプ場


3/22

青島神社
鬼の洗濯岩
- ここからしばらく日誌の記録が途絶えている -



写真③はアルバムに「峠にて」と記しているので堀切峠と思われる。
先日車で堀切峠を訪れたが、峠からの景観は昔のままだった。先日のブログにも「青春の『堀切峠』」と書いたが、自転車で峠を登り切り、そして視界に飛び込んできた青い大海原を見たときの感動が一瞬にして蘇った。


2018年8月 あまりの嬉しさに記念撮影



写真④ サボテン公園(残念ながら今はなくなっている)

写真⑤ 鵜戸神宮 (下の写真⑥、⑦も) 





写真⑧ 日南海岸
ここで日南出身の先輩M田さん(右から二人目)にお弁当の差し入れをいただく。先輩は帰省中だったがわざわざ持ってきてくださったのだ。出発時のお見送りといい、先輩方の心遣いはありがたかった。


写真⑨⑩ 都井岬
ここの登りは堀切峠の比ではなかった。かなりきつかったのを覚えているし、今回車で来てみて、よくこの坂を自転車で行ったものだと他人事のように驚いた。車で岬の先端にある灯台まで行ったが、家内に「あの時はさすがにここまでは来ていなかっただろう」と話していた。ところが、今回アルバムを開いてみてなんと灯台の入場券が貼ってあった。私の記憶からは消えていたが、あの岬の突端まで行ったことの証明書である。「よくぞまあ…」自分のことでありながら若者のパワーのすごさに驚く。


都井岬灯台のチケット(一番右側)



佐多岬、根占からフェリーで指宿に渡り長崎鼻、開聞岳へと向かう。




開聞岳が間近に見える国民宿舎の横にテントを張らせてもらい2泊する。以前のブログにも書いたが、当時は(今も)旅する若者にとても寛大だった。トイレと水は国民宿舎のを使わせてもらった。
次の日は開聞岳へ。無事に登山を終え国民宿舎の温泉で汗を流す(さすがに入浴料は払った)。
 


   

3/26

合宿終了
山川駅
西鹿児島駅前の「郷土料理さつま」で打ち上げ(ここでも旅する学生ということで大サービスをしてもらった)
夜行列車で帰る






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