映画と本の『たんぽぽ館』

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「梅と水仙」植松美土里

2020年09月03日 | 本(その他)

6歳の女子が親元を離れて留学!

 

 

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わずか6歳の娘をアメリカに送り込んだ父、
17歳で帰国後、父との葛藤、周囲との軋轢に悩む娘…
女子教育の先駆けとなった津田梅子とその父の人生を描いた感動の歴史小説。

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新5000円札の肖像に決まっているという、津田梅子その人の生涯を、
父親との関係を軸に描いた作品です。
私も名前だけは知っていましたが、詳しくは存じ上げていなかった津田梅子さん。
しかし、これがなんとも、すごい話なのでした・・・。

 

梅(元々の名前は梅子ではなく梅)がアメリカに留学したのは明治4年、
数えで8歳、満年齢は何と6歳です!! 
こんなまだ幼い子、しかも女の子がなぜ留学することになってしまったかといえば、
それは父親の強い意向のため。
父・仙というのがまたなんとも興味深い人物で、
英語を学び、通訳兼書記官のような仕事につき、
明治維新前年に幕府の大型軍艦買い付けのためのアメリカへの使節団に参加しているのです。
梅が生まれたときには男でなく女だったことにひどく失望した仙ではありますが、
女でも学んで自立することができるとアメリカを知ることで開眼し、
此度の留学に名乗りを上げたというわけ。
留学生は男子がもちろん大多数でしたが、女子も梅を含めて5人いました。
もちろん梅が最年少。

このときの渡米船には、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文等の新政府使節団も乗っていた、と。
ふむふむ。

が、それにしても、6歳の子が親元を離れ、言葉もわからぬ異国へ・・・というのはさすがに酷です。
読んでいても泣きそうです。

後の梅が、その時のことをこんな風に言う場面があります。

「私は本当は、アメリカなんか行きたくなかった。
遠い知らない国に行くのが怖かった。
怖くてたまらなかった。
それでも父上のためと思って、我慢して船に乗ったんです・・・」

そりゃそうですよね。

それから彼女は11年もの間アメリカにいることになります。
17歳でハイスクールを卒業し、ようやく帰国。
ところがその時、梅は日本語を忘れ果てていた・・・!

6歳の子が11年もアメリカの家庭で過ごせば、そういうことになるわけなんですね。
そんなわけで、梅はせっかく帰国しても、うまく仕事に就くことができません。
そもそも女性が働く場というのがほとんどない。
実は彼女は日本の女子教育のための場を作りたいという夢はあったのですが、
実現までのハードルが高すぎ。
何より彼女は「大学」を出ていないわけで、若干の引け目もあったようです。
6歳からの留学なら11年いてもまだ大学に入る年齢に達していないということですよね。
なんとも、皮肉。
そんなわけで、彼女は一念発起、再び渡米し大学に入ることに。

 

梅と同時に留学した他の女性4人のその後のことも描かれています。
最初の1年で脱落して帰国したものも2人。
そして帰国後の人生も、やはり夢見たようには行きません。
女性なら当然問題となる結婚のこと。
梅は、結婚して家庭に入ってしまったら、長きの留学が全く無意味なものになってしまう・・・と考えます。
そんな考えを貫いて生涯独身。
なんと志の高い人生!

 

明治期の活躍した人々の話を読んだりドラマで見たりすると、
その人々のエネルギーの強さに圧倒されます。
留学し、欧米の知識を最大漏らさず吸収し、それを日本に持ち帰って人々のために尽くそうとする。
その思いの強さが本当に半端じゃありません。
今時留学する人で、こんなことを考える人はいないですよね・・・。

 

戦争へと突き進む歴史の流れはありながら、
とにもかくにもこういう人々の奮闘の果てに今の私たちの生活がある・・・と思うと感慨深いです。
興味の尽きない物語でした。

図書館蔵書にて

「梅と水仙」植松美土里 PHP研究所

満足度★★★★★



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