MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『祈りの幕が下りる時』

2018-02-18 20:02:59 | goo映画レビュー

原題:『祈りの幕が下りる時』
監督:福澤克雄
脚本:李正美
撮影:須田昌弘
出演:阿部寛/松嶋菜々子/溝端淳平/田中麗奈/及川光博/伊藤蘭/小日向文世/山崎努
2018年/日本

主人公の殺意の「方向性」について

 シリーズ最高傑作という噂通りに緻密で無駄の無いストーリー展開に加えて、主人公の浅居博美を演じた桜田ひよりから松嶋菜々子に至るまでの熱量の高さを維持した好演には涙なしでは観ることができなかった。
 しかし本作においても一つだけ惜しい部分はあって、父親の浅居忠雄が焼身自殺を試みる際に、かつて焼身で死ぬことなど考えられないと言っていた父親の言葉を思い出した博美が自ら父親を手に掛けた後に父親が暮らしていた掘っ立て小屋に火を放つのであるが、人生を賭けて自分を愛してくれた父親を殺めるほどの強い動機が個人的には感じられなかったのである。それほどの感情を抱えている博美ならば訪ねていった母親の浅居厚子を殺していてもおかしくないからである。しかしこれは映画を観ただけの感想であって、長編小説においてはその点は詳細に描かれているのかもしれない。


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『今夜、ロマンス劇場で』

2018-02-17 20:39:34 | goo映画レビュー

原題:『今夜、ロマンス劇場で』
監督:武内英樹
脚本:宇山佳佑
撮影:山本英夫
出演:綾瀬はるか/坂口健太郎/本田翼/北村一輝/中尾明慶/石橋杏奈/柄本明/加藤剛
2018年/日本

SF作品でなければ貫けない「純情」について

 本作は『カイロの紫のバラ』(ウディ・アレン監督 1985年)の翻案だと思われる。オリジナルほど凝ったストーリーではないにしても、主人公の美雪を演じた綾瀬はるかの相変わらずのコメディアンヌ振りで良作に仕上がっている。
 一つ惜しかった点を挙げるならば、危篤状態の牧野健司が入院している病院へ駆けつけた美雪が健司に触れたことで消え去ってしまうのであるが、健司は危篤を脱して相変わらず入院しているのである。バッドエンドにしたくなかったのだとは思うが、一緒に「モノクロの世界」へ旅立った方が良かったように思う。
 しかし老人となった健司を受け入れるほどの寛容さが「社交界(映画界?)」にあるようには思えないので、健司が置いてけぼりをくってしまうのはやむを得ないのかもしれないのだが、それならば健司が最期まで貫いていた美雪に対する一途な「純情」とは一体何だったのだろうかと思案してしまうのである。
 『羊の木』に引き続き、色々な意味で北村一輝の怪演も光る。


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『羊の木』

2018-02-16 00:33:43 | goo映画レビュー

原題:『羊の木』
監督:吉田大八
脚本:香川まさひと
撮影:芦澤明子
出演:錦戸亮/木村文乃/北村一輝/優香/市川実日子/水澤紳吾/田中泯/松田龍平
2018年/日本

「羊」の群れに潜む「狼」について

 北陸にある魚深市では国家の極秘更生プロジェクトとして仮出所してきた受刑者を10年間住むことを条件に受け入れており、市役所職員の月末一が6人の男女を迎えに行っていた。しかし例えば、そのうちの一人である栗本清美が海岸の清掃時に見つけた絵画に描かれている木に吊るされている羊の頭数を見ても分かるように、本当に更生している人物は5人だけで、一人でも血に飢えた「狼」のままであるならば残りの羊は「羊」として認められない厳しい環境に置かれている。
 作品の前半ではミステリーの様相を呈しながら、後半はSF的要素を醸し出す。特にクライマックスにおける主人公の月末一と宮腰一郎の攻防シーンは昔の東宝作品の特撮調を想起させるものだが、本作は『大魔神』(安田公義監督 1966年)と『獄門島』(市川崑監督 1977年)を組み合わせたような雰囲気を持っていると思う。
 ラストで流れるニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ(Nick Cave & The Bad Seeds)の「Death Is Not The End」を和訳しておきたい。本作に相応しい良い選曲だと思う。

「Death Is Not The End」Nick Cave & The Bad Seeds 日本語訳

君は悲しくて孤独を感じている時でも
友だちを作らなかった
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
君が神聖視していたもの全てが
崩れ落ちて修復不能でも
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
終わりではない、終わりではない
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい

君の理解を超えた岐路に立たされている時でも
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
君の見ていた夢が全て消滅して
どうやって留めればいいのか分からない時でも
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
終わりではない、終わりではない
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい

嵐を伴った雲が君の周囲を覆い
どしゃ降りの雨を降らせても
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
そしてそこに君に手を貸して君を慰めてくれる人がいなくても
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
終わりではない、終わりではない
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい

人生が枝を伸ばしている間は精神は決して死なない
救済の光明が暗闇や空虚な空を照らす
どの街も人々の肉を燃やしながら炎に包まれても
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
君が順法精神を持った市民を虚しく探そうとする時も
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
終わりではない、終わりではない
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい
終わりではない、終わりではない
死が終わりではないことだけは憶えておいてほしい

Nick Cave, Kylie Minogue, Shane MacGowan, Blixa Bargeld, Mick Harvey - Death is not the end


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「Lips Like Sugar」 Echo and the Bunnymen 和訳

2018-02-15 00:02:28 | 洋楽歌詞和訳

Echo and the Bunnymen - Lips Like Sugar (Official Music Video)

 NHK-BSプレミアムで放送された「笑う洋楽展」でエコー&ザ・バニーメンの「リップス・

ライク・シュガー」が流れていた。なかなか洒落た歌詞だと思う。以下、和訳。

「Lips Like Sugar」 Echo and the Bunnymen 日本語訳

白鳥のように浮かぶ彼女は
水上を優雅に泳ぐ
砂糖のような唇
砂糖のような唇
君が彼女を捕らえたと思った瞬間に
彼女は水へ滑っていく
今夜この月の光を分かち合うために
彼女は君を呼ぶんだ

君は彼女がいる河へ流れていき
彼女が求めるならば君は彼女に与えるんだ
砂糖のような唇を
甘いくちづけを
砂糖のような唇を
甘いくちづけを

彼女は彼女が知っていることは把握しているし
僕も彼女が考えていることは分かっている
甘いくちづけを
甘いくちづけを
彼女が君のものになったと思った瞬間に
君がどれほど傷つくのか笑いながら
彼女は別の岸へと流れていき
この湖へ溶け込んでいくんだ

君は彼女がいる河へ流れていくけれど
君は彼女に絶対に与えられない
砂糖のような唇を
甘いくちづけを
砂糖のような唇を
甘いくちづけを

彼女は僕の鏡となるだろう
負け犬であっても勝者であっても
シャムの王様であっても
僕が何者であるかを映し出すんだ
まるでシャム双生児のように
河岸で二人っきり
鏡にキスをするようだ
鏡にキスをするようだ

砂糖のような唇を
甘いくちづけを
砂糖のような唇を
甘いくちづけを

砂糖のような唇を
甘いくちづけを
砂糖のような唇を
甘いくちづけを

砂糖のような唇を
甘いくちづけを
砂糖のような唇を
甘いくちづけを


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「Foggy Notion」 The Velvet Underground 和訳

2018-02-14 00:08:11 | 洋楽歌詞和訳

The Velvet Underground - Foggy Notion (Audio)

 『ロープ/戦場の生命線』(フェルナンド・レオン・デ・アラノア監督 2015年)ではルー・リード(Lou Reed)の「There Is No Time」以外にもマリリン・マンソン(Marilyn Manson)の「スイートドリーム(Sweet Dreams (Are Made of This) )」やヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)の「毛皮のヴィーナス(Venus in Furs)」などが流れていた。好みの曲が使われているとどうしても評価が甘くなってしまうということは否めない。ここでは「フォギー・ノーション」を和訳しておこう。

「Foggy Notion」 The Velvet Underground 日本語訳

曲がり角を越えようとする彼女の
腕を掴んで引き戻し
死んでもいいかと思うくらいまで
彼らはガンガンと何度も彼女を殴りつける

俺は思考がぼんやりとしてきたから
もう一度やってみよう
もう一度曲がり角を越えてみよう
俺は軟膏のカラミンローションを持っているから
もう一度やってみよう
俺は思考がぼんやりとしてきたから
もう一度やってみよう

彼女は俺が今までやったことがないようなことをさせた
俺は急いでまっすぐに花屋に向かって
美しい大きな一束を彼女に買った
彼女が彼らに送り返したものが何なのかおまえは知っているのか?

ローンを組むんだ(Sally Mae =学生ローン組合のニックネーム)

 彼女を巡る諍いの話なのだろうか?


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『ロープ/戦場の生命線』

2018-02-13 00:16:40 | goo映画レビュー

原題:『A Perfect Day』
監督:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
脚本:フェルナンド・レオン・デ・アラノア
撮影:アレックス・カタラン
出演:ベニチオ・デル・トロ/ティム・ロビンス/オルガ・キュリレンコ/メラニー・ティエリー
2015年/スペイン

淡々と描かれる不条理の意外な「キツさ」について

 1995年の停戦直後のバルカン半島にある村の井戸に巨体の男の死体が投げ込まれた原因が生活用水を汚染させることで「水売り人」たちが稼ごうと目論んだのか定かではないのだが、「国境なき水と衛生管理団」として勤務しているマンブルやビーやソフィーはその死体を放っておくわけにはいかなかった。
 しかしまさに頼みの「綱」だったロープは遺体を引き上げる途中で切れてしまい、代わりになるロープを探すことになるのだが、これがなかなか見つからず、売店で見つけても何故か売ってもらえないのである。
 途中でサッカーボールを巡って苛められていた二コラと呼ばれる男の子を助けたマンブルは実家にロープがあると言うので訪ねたのだが、彼らが見つけたロープの先には二コラの親の首があった。ここで観客はロープが人命救助にも自殺道具にもなりえるという本作のアイロニーを見い出す。
 せっかく手に入れたロープで井戸の遺体を引き出そうとした矢先に軍の命令で中止させられたりするのだが、決して治安が良くなったわけではなく他所では相変わらず民間人の捕虜が捕らえられたりしているのである。せっかく手に入れたサッカーボールも二コラは親戚を訪ねる旅費を得るために他の子供に10ドルで売ってしまっていたり、結局、井戸の中の遺体は洪水でいとも簡単に浮かんで来たリして日常で起こる不条理が淡々と描かれている。だから原題の「パーフェクト・デイ」とはもちろん皮肉である。
 エンドロールで流れるルー・リード(Lou Reed)の「There Is No Time」を和訳しておく。

「There Is No Time」 Lou Reed 日本語訳

祝っている暇などない
握手をしている暇もなければ
ねぎらうために背中をポンとたたく暇もなく
バンドが演奏しながら行進している暇さえない

楽観主義でいられる余裕もなく
思慮深くしている余裕もなく
自分の国が正しいか間違っているのか決める余裕もない
それが何をもたらしたのか忘れてはならないのだから

とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
まったくもって時間が無い

おめでとうを言う暇もなく
君には背を向けて無視する暇もなく
婉曲な表現を使う暇もなく
博学な知識を披露する暇もない

君の長所を数え上げる暇もなく
個人的に収益を上げる暇もなく
見せるか閉じるかのどちらかしかない
二度と元には戻らないんだろうな

とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
まったくもって時間が無い

怒りを抑える暇もなく
憎しみを無視する暇もなく
軽率な行動をとっている暇もない
時間に追われていくばかりだから

私怨による復讐をする暇もなく
君が誰なのか知らずにいる暇もない
自己認識こそ危険なことなんだ
君自身のアイデンティティーからの自由が

警告を無視する暇もなく
残さずに完食する暇もなく
事実が分かった後には後悔せずに
過去を運命として認めよう

とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
まったくもって時間が無い

引き返して飲んだり
クラックを吸う暇もない
力を結集して狙いを定めて攻撃する時なんだ

祝っている暇などない
旗に敬礼する暇もなく
内面を探求する暇もない
未来はすぐそこにある

いかがわしいレトリックを使う暇もなく
政治的なスピーチをする暇もない
ただ行動を起こすのみ
未来は手の届くところにあるのだから

とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
まったくもって時間が無い

とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
とにかく時間が無い
まったくもって時間が無い

Lou Reed There is no TIME


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『D.I.D』

2018-02-12 00:13:59 | goo映画レビュー

原題:『D.I.D』
演出:岩崎孝次
脚本:岩崎孝次
出演:砂押正輝/岩崎孝次/小山蓮司/中西裕胡/青山由美子/田口真美/松本誠/西川俊
2018年/日本

子供の人格を解離させるほどの親への感謝について

 浅草六区ゆめまち劇場で行われた舞台である。タイトルは「解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)」の略称で、実際に、主人公は父親の事業の失敗で失踪し、シングルマザーの元で育てられたのであるが、自分たちの厳しい生活環境が父親の借金のせいであることを教えてもらわなかったことに対して母親も恨むようになり、そのストレスから女性も含む3人の違う人格が現われるようになる。
 母親にネグレクトされているわけではなく解離性同一性障害を発症するにはあまりにも原因が弱いと思うのだが、3人も違う人格が現われるほどの深刻な原因があるとするならば、本作のテーマとなっている「親への感謝」が成立するとは思えず、難しい問題ではある。


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熊谷守一とアンリ・マティス

2018-02-11 21:27:39 | 美術

 東京国立近代美術館では「熊谷守一 生きるよろこび」という特別展が催されている。

熊谷守一(1880年生まれ)は最初は黒田清輝にも師事していたようだが、初期の作風は

明らかにアンリ・マティス(Henri Matisse)(1869年生まれ)のフォーヴィスム

Fauvisme)の影響が色濃い。しかしポップなマティスとは異なり画面や題材は暗く、

例えば、『轢死(Roadkill)』(1908年)などは経年劣化も手伝って道で車に轢かれた

女性が描かれているはずなのだが画面はほぼ真っ黒である。

 しかし60歳になったあたりから作風が徐々に変わってきて、シンプルになっていく。

例えば、ポスターにもなっている『猫(Cat)』(1965年)などが代表作とされるのだが、

これはマティスが油絵から作風を変えて制作しだした切り紙絵のようなものだと思う。

熊谷はトレーシングペーパーを使って同じ図柄の作品を制作しており、さらに使用している

カンバスが小さいことからマティスと作風が被りがちで、つまり97歳まで生きた

熊谷守一と84歳まで生きたアンリ・マティスは体力的な理由から同じような作風の変化を

遂げたのだと思うのである。


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『ジャコメッティ 最後の肖像』

2018-02-10 00:24:24 | goo映画レビュー

原題:『Final Portrait』
監督:スタンリー・トゥッチ
脚本:スタンリー・トゥッチ
撮影:ダニー・コーエン
出演:ジェフリー・ラッシュ/アーミー・ハマー/シルヴィー・テステュー/トニー・シャルーブ
2017年/イギリス・アメリカ

不条理の無い実存主義の面白みの無さについて

 アルベルト・ジャコメッティの特異な描写の方法がよく分かる。つまりジャコメッティには「失敗作」というものがなく、いつも前回描いたカンバスの上に重ねて描くことにより、カンバスに彫刻刀で彫ったようにモデルの顔が浮かび上がってくるのであり、ジャコメッティの作品の評価とは失敗とか成功以前のその彫りの「深さ」の問題にすぎない。常に「未完成」とはそういう意味だと思う。
 しかし「2日で描き上げる」というジャコメッティの言葉に釣られて肖像画のモデルになったジェイムズ・ロードは母国のアメリカへの帰国が延び延びになっていくのだが、どうもラストが辻褄合わせのようにしか見えない。寧ろ筒井康隆の短編小説「講演旅行」(『おれに関する噂』収録)のように不条理なフィクションとして描いた方が面白くなったように思われる。
 あるいはロードの同性愛志向をストーリーに取り入れてもよかったのではないだろうか? 同じようにジャコメッティに惚れ込んだ矢内原伊作も結婚している形跡がないし、何故「独身者」がジャコメッティに夢中になるのか興味深くはある。


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『ユダヤ人を救った動物園~アントニーナが愛した命~』

2018-02-09 00:15:20 | goo映画レビュー

原題:『The Zookeeper's Wife』
監督:ニキ・カーロ
脚本:アンジェラ・ワークマン
撮影:アンドリー・パレーク
出演:ジェシカ・チャステイン/ヨハン・ヘルデンベルグ/マイケル・マケルハットン
2017年/イギリス・アメリカ

ナチス党親衛隊大尉の「優しさ」について

 1939年から1945年までドイツが占領していたポーランドのワルシャワでワルシャワ動物園を経営していたヤンとアントニーナのジャビンスキ夫妻がユダヤ人たちを救出するという実話を基にした物語である。
 ジャビンスキ夫妻はナチス党親衛隊大尉で動物学者でもあるルッツ・ヘックの監視下に置かれており、なかなか自由に行動することができないのであるが、それでも夫妻の考えに共感する人たちの陰の助けもあって300人のユダヤ人を救うことができた。
 もちろん彼らの勇気によって多くの命が救われたのではあるが、ルッツ・ヘックのアントニーナに対する密かな愛情も結果的にユダヤ人たちを救ったことも事実ではある。その「情」というものがあくまでもアントニーナに対するものだけだったのか、あるいは動物学者という職業を選んだヘックの生来の優しさなのか、いずれにしても最後にアントニーナの息子でヒトラーの悪口を言っていたリシャルトを射殺できず「悪」になりきれなかったヘックの気質がユダヤ人に味方をしたことは間違いないであろう。


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