ケンのブログ

日々の雑感や日記

八月二十一日

2019年08月21日 | 日記
朝、ラジオを聞いていたら
東北自動車道でえげつない煽り運転をして
捕まった人は大阪府立天王寺高校の
出身と言っていた。
ラジオのパーソナリティは関西の人なので
この高校はえらい賢い高校でっせと言っていた。
僕も長年受験業界にいたので
ちょっと補足説明すると
天王寺高校は僕の出身地の岐阜県ならば
県立岐阜高校に匹敵するような高校。
つまり田舎の県なら公立の県下ナンバーワンと
言われるような高校にあたる。
それはすごいなと思ってしまった。
学力のたかさと品行方正さとは
必ずしも一致しないんだなとしみじみと思ってしまった。
本当に人生いろいろだなと思う。
あおりにあったときにはとにかく車の窓を開けずに
パーキングエリアに逃げ込むことそして110番。
一般道路ならばコンビニとかそういう人のいる店舗の
駐車場に逃げ込んで110番がもっとも
安全性の高い対処法とラジオでは言っていた。
車のガラスは強化ガラスなので
男がどついたくらいでは
割れないとのこと。
高速で前に回って車を止められたと言っても
普通の乗用車で道路をすべて塞ぐほど
完璧に後続者を封印することは
ほぼ不可能なので相手が車から
降りてきたら相手にせずに
わずかなすきまでもぬって逃げる
そしてパーキングエリアかコンビニの駐車場に
逃げ込んで110番。
これが安全性の高い方法と言っていた。
覚えておきたいと思う。

クオリティオブライフ

2019年08月20日 | 日記
新聞のコラムにある舞台芸術の演出家が
前立腺がんの治療法をいかに選択したか
ということを書いた記事が載っていた。
そこに男性ホルモンの分泌を抑える
ホルモン療法の副作用について
考察する文脈でこんな記述があった
「熱意をもって舞台を統率する力は
僕は『男性性』から生じると思っていて、
治療によって変容するのは
演出家として困ると思った」と。
これを読んだとき舞台芸術の
現場はけっこう力作業的な側面が
あるのだなと思った。
個々の楽器のプレーヤーだと
女性で第一線の人はいっぱいるれど
指揮者で第一線の女性って
そんなにいないこととも共通するのかも知れないと思った。
ただ、これはあくまで僕のかってな想像なのだけれど
男性性を意識した責任感が負担になって
病気の間接的な原因となった可能性も
あるかもしれないと思った。
あとこの記事で演出家は治療法を選ぶときに
生活の質 クオリティオブライフを重視した
という主旨の記述があった。

井出国子さんとか金光さんの
言葉を本で読んでいると
結局薬やお金では病気は治らず
信心やまことの心でこれはなおると
この二人は思っておられるようだ。

腹のなかに病気という一本の木が生えたとすると
それを枯らそうとして医者は薬を使うが
枝葉はすぐに枯れても根は残る。
根が残るからまた生える。
神が直してくださるのは、暇がかかる代わりに
病気の根から直してくださる。

という言葉を金光様は残しておられる。
なんか医療の進歩した今日でも
十分通用する言葉であるように思う。

というか医療が進歩して検査によって
様々な病気が見つかる今日だからこそ
いっそう、そのありがたみがわかる言葉であるようにも思える。

ちょっと話が横道にそれてしまったけれど
治療を受ける場合は
もちろんなおるということが大切なのだと
思うけれど、
もし、金光さんや井出国子さんが言うように
病気の根治が困難であるならば
なおらないまでも生活の質をよくする
そういう観点で医療とかかわり、治療に臨むことが大切と思う。

時の流れは早く

2019年08月19日 | 日記
時の流れは早いもので
お盆が過ぎるともう話題は年末ですな。
とラジオのパーソナリティは言って
忠臣蔵の話をはじめた。
僕は演劇に詳しくないけれど
コンサートなどでももう年末の公演の
チケットは発売になっている。
演劇などでもにたようなものなのだろうと思う。
ラマンチャの男という演劇のことも
話題になっていた。
ラマンチャの男というのはドンキホーテのことと思う。
ドンキホーテ デ ラマンチャ
ラマンチャのドンキホーテという意味。
どうもスペインにはこういう自分の名前に
地名をつける風習があるようだ。
僕がなんどか生演奏を聴いた
スペインの名指揮者は
ラファエルフリューデリック デ フルゴスという名前だった。
ブルゴスはやはりスペインの地名だ。
ドンキホーテは世界で無茶苦茶売れた小説です。
部数は今、手元に資料がありませんけれど
おびただしい数だそうです とラジオのパーソナリティは言った。
それはそうだと思う。
やせた馬にまたがり、さびた槍とよろいを身にまとっていても
志は高い。
こういうキャラクターはやはり人気が出ると思う。
チャップリンも映画ではぼろぼろの燕尾服に
ステッキ 山高帽子だったけれど
あれも貧しくとも志は高くという
意思表示の現れだったと思う。
日本の寅さんのチェックの背広にトランク
雪駄ばきに腹巻き そして帽子というスタイルも
根底に流れるのはきっと同じなのだと思う。
もとはドンキホーテなのかも知れない。
新渡戸稲造は武士道という書物のなかで
ドンキホーテに対する大きな共感を示している。
特に貧しくとも志は高くという点において。
僕も今まで読んだ文庫本三冊以上の長編小説のなかでは
こと面白いという意味ではドンキホーテが
一番面白かったもののひとつだなと思う。

しかし、八月が終わると一年の三分の二は終わり。
あっという間に秋分 ハロウィン クリスマスだなと思う。

八月十八日

2019年08月18日 | 日記
この時期になると
まだ残暑は厳しいけれど
もう夏も終わりだなという感慨が
胸にわいてくる。
子供の頃は夏休みになると
東京からいとこがやってきて
ちょうど今くらいの時期にまた
東京へ戻っていった。
いとこが東京へ戻ってしまうと
なんか夏休みももう残り少なく
夏休みの宿題の進捗が気になった。
村上春樹さんが昔エッセイで
甲子園で高校野球の応援団が
旗を片付けてそれぞれの地元に
帰っていき、スタンドに
赤とんぼの姿が目立つようになると
もいいいことはすべて終わってしまったような気がした。
というようなことを書いておられた。
それを読んで僕はそんな気持ちもとても
わかるような気がした。
阪神間出身の村上さんらしい表現だなと思った。
もう久しく野球も見に行ってないなと思う。
気づけば高校野球も岐阜県の代表がベストエイトに
残っている。
なんか岐阜県も昔は強かったらしいけれど
僕のものごごろがついてからは
そんなに強い県ではなくなってしまい
とりあえずまず一勝という応援の仕方を
するようになった。
ベストエイトまでいけば
その先のことはわからないけれど
まあ十分によかったなと思ってしまう。

朝ラジオを聞いていたら
スポンサーの会社の方が出演して
「これからは人工知能をいかに導入したかかが
会社経営の鍵を握ります。
まず単純作業はいまは東南アジアの方でも
なかなかやるひとがいない。
この分野は人工知能を導入すれば
迅速、正確で確実にコストカットが図れます」
というようなことを言っていた。
本当に大丈夫なのだろうかと思ってしまう。
僕は人工知能の導入という話を聞くと
しばしばチャップリンのモダンタイムスという
映画を思い出す。
あの映画のなかで
チャップリンは自動車生産ラインの
作業員になる。
そしてベルトコンベアーを流れてくる
自動車部品のボルトをスパナで締める仕事をする。
早い速度でコンベアーを流れてくる
ボルトを閉め続けているうちに
チャップリンはノイローゼになり
幻覚が現れるようになる。
そして、女性の衣服に大きめのボタンが
ついているとそれが締めるべきボルトに見えてしまう。
スカートの腰の部分に大きなボタンのある
女性を見かけたとき
チャップリンはその女性を
スパナをもったままどこまでも追いかけ回してしまい
警察に逮捕され病院送りとなる。
子供の頃はこのシーンをゲラゲラ笑いながら
見ていたけれど大人になると
笑えない。
人間がベルトコンベアーによる流れ作業の
なかに組み込まれて本来の人間らしさを失ってしまう。
そんなシーンだったと思う。
人間が人工知能を使いこなすのではなく
人間の性質が人工知能によって
疎外されるそんな時代にならないようにと
切に願いたい。

世界の国からこんにちは

2019年08月17日 | 日記
八月もだんだん残り少なくなってきた。
新聞を見ると昨日京都で催された
五山の送り火の大文字の写真が載っている。
なんか写真を見ると胸に込み上げてくるものがある。
台風が来ていたけれど無事にできてよかったなと思う。
雨で火の勢いが鈍かった年などいろいろあったけれど
こうしてお盆の風物詩となるような伝統行事を
続けていくというのはとても大切なことと思う。
朝ラジオを聞いていたら三波春夫さんが戦後数年の間
シベリアに抑留されていたという話をしていた。
「三波春雄さんはこのときかなり共産主義の思想を
吹き込まれその影響を受けたそうです
まあ、労働者よ立ち上がれてなもんですな」とラジオのパーソナリティが
言った。
それを聞いたとき僕は映画 男はつらいよで
寅さんがタコ社長の会社の従業員に
からかい半分で呼び掛けるときの
決まり文句は
「労働者諸君」だったことを思い出した。
「労働者諸君、折からのドルショックにもめげす
頑張っているかな。
今日はおおいに飲みかつ歌いたまえ
すべてはタコ社長のおごりです」という具合に。
寅さんの語りがうまいので
いつもおもしろおかしく聞いていた。
しかし、今日のラジオパーソナリティの
労働者よ立ち上がれという言葉を聞いて
ああ、寅さんの労働者諸君という呼び掛けも
暗に共産主義のプロパガンダを意識しているのだな
と思った。
本当に男はつらいよの山田洋次監督というのは
奥の深い人だなとしみじみと思う。
三波春夫さんの世界の国からこんにちはという歌も
ラジオで紹介された。
大阪万国博覧会のテーマソング。
本当に希望に満ちた時代だったなと思う。
当時、僕は小学校二年生。
サトウ君という子が万博にいって
月の石を買ってきた。
それを学校に持ってきて「これが月の石や」といってみんなに自慢した。
みんな月の石を一目見たくて
クラスの男の子達の間でその石の取り合いになった。
M君という腕の力の強い子が
その石を奪ってとっさにかじった。
「なんやこれチョコレートやないか」とM君は言った。
そうかチョコレートかという事になった。
王さまは裸だとある人がいったら
王さまは裸とみんな気づいたという
アンデルセンのお話によくにている。
クラス担任の先生は
「月の石にとても形のよくにた
チョコレートやな」とみんなに言って話を
まとめてくれた。
サトウ君が月の石を学校に持ってきたとき
先生はそれがチョコレートのレプリカと気づいていたはずと
思うけれど
それを黙っていてくれたお陰で
しばらくはそれが月の石とみんな信じることができた。
あの先生は本当にいい先生だったなあと今でも思う。
三波春夫 世界の国からこんにちは