ケンのブログ

日々の雑感や日記

春のあれこれ

2023年02月28日 | 日記
先日 久しぶりに大阪に行く。

海外からの旅行者が戻ってきているというニュースを新聞などで見ていたけれど あまり実感がなかった。

しかし JR西日本の圏内に入ると 明らかに 外国人の旅行者が多くなっていることに気づく。

そうなのか と思った。

あと 電車に乗っている特に女の子のマスクが関西はおしゃれ。

僕の母が コンドルのくちばしのよう とコロナが始まったころに言っていたマスクを 今も うまく つけている子が多い。

あの マスクは あまり 飛沫感染の予防効果はないという 噂も聞いたことあるけれど。

まあ いいか。

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かねてから 東海地方は 関西に比べると 大型の乗用車の割合が多いように思っていた。

コインパーキングなどに 駐車するとき 大型の乗用車を見て緊張することが結構多い。

僕の感覚が気のせいなのかどうか確かめたくて 大阪でコインパーキングを見かけると 駐車している自動車を ある程度 注意してみた。

やはり 東海地方に比べると それほど 大型の乗用車が 止まっているわけではなさそうだ。

僕が見た範囲だけで 判断すると やはり 東海地方は 大型の 乗用車が多いように感じる。

走っている自動車に占める 大型乗用車の割合と言うよりも 駐車場にやたら でかい自動車が止まっているという印象が東海地方では大きいように思う。

感覚的なものだから まだ 違うかもしれないけれど、、、。

大阪で 一日過ごして 夜 名古屋に戻った時に 何となく 名古屋は 大阪に 比べると 時間が ゆったり過ぎていくような 印象を持った。

何となく 名古屋は どっぷりした 感じがすると思った。

同じ 時間でも 場所によって 流れるスピード感覚が 異なってくるように思う。

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昨日 ドラッグストアのレジで 「こちら お願いします」と言って レジの男性に商品を差し出した。

すると レジの男性は 「はい レジ袋ですね。 3円になります」と言った。

「レジ袋は なしでお願いします」と僕は言った。

「わかりました」と店員の男性は言った。

なんか ちはぐな やり取りだけれど レジでは このような感じになってしまうことが最近多い。

たぶん 「こちらお願いします」と僕が言ったときに レジの方は  コロナ対策で 垂れ下がっている ビニールシートや マスクやらで 僕の言葉が聞き取れなかったのだと思う。

しかし 聞き返すと 不機嫌になる お客さんも多い。

それで 「お願いします」と言われるということは たぶん レジ袋を頼んでいるのだろうと推測して 「はい レジ袋ですね」と言ったのだと思う。

最近 商品の 会計を お願いするときに 「お願いします」と言って出す人が ほとんどいないから 「お願いします」と言われるということは たぶん この場合レジ袋を頼んでいるのだろうという判断になる。

そういうことだと思う。

なぜ 会計の時 無言で 商品を 出すお客が多いかと言うと 「カードお持ちでしょうか」「持ってません」などというやりとりに もう うんざりしていて なるべく レジの人と 言葉など交わしたくない そういう人が 多いからだという気がする。

僕も そういうやりとりが いやで 言葉は 発するけれど あまり レジの人の顔を見ないようにして 会計をすませることが 多い。

やはり 僕も 面倒なやり取りに うんざりしているということもあるから。

こういう時に 大阪と 東海地方では 言葉の テンポが 違うということも 僕にとっては ちょっとした カルチャーショックでもある。

大阪は テンポが速いから 「カードお持ちですか?」 「なければお作りしましょうか?」とか 

「カードお持ちですか」「持ってません」「失礼しました」という テンポが速いから そのテンポに慣れてしまうと 東海地方の ゆっくりした言葉のテンポが こういう場面では 重く感じられることがある。

実際に 言葉の違う 地域へ 転居すると こういうのに慣れるのも時間がかかるものだなと思う。

ずいぶん以前のことになるけれど やはり 東海地方のドラッグストアで カードのことを聞かれる前に自分から 「カードはなしでお願いします」と僕が言ったら 「カードがないというのは 持ってないということですか。それとも今日は忘れたということですか」と聞かれたことがある。

その店で そういうことを 二度連続で 経験したから 「そもそも 僕 カードはいらないんや」と言ったら 店員の人は ちょっと 驚いたような表情をしていた。

そして「カードを忘れて 次の日に ポイントつけてほしいと 言ってこられる お客さんもおられるので 念のため聞いたんです」と店員の方は言った。

大阪のような都会だと ここまで こまごま 言ってくる店員さんは ほとんどいない。

こちらは こういうところは まどろっこしいな とも 思うし 田舎だなとも思う。

だんだん そういうのにも なれていくようにしたいな と思う。

空を見ると オリオン座が ますます 西の方に傾いてきている。

やがて オリオンは見えなくなるのだなと思う。

春がくるのは うれしいけれど オリオン座とお別れするのは 寂しい気がする。

それは ともかく いちにち いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。




嫁もつらいよ ウルトラ警備隊の歌

2023年02月19日 | 日記歌入り
2月17日付の読売新聞の人生相談にこんな投稿が出ている。

“”40代のパート女性。還暦近い夫は自営で、自宅兼職場で働き、私は外に働きに出ています。近くに住み、夫と一緒に仕事をしているしゅうとめが嫌いです。

毎日忙しく、朝も子供2人を保育園に送るまでバタバタします。夫に食器洗いや片付けなどをお願いしていましが、しゅうとめが代わりにします。

感謝の気持ちもありますが、私は夫にしてほしい。母親に甘えているのがすごく気持ち悪いです。しゅうとめには「皿などあらわないでほしい」と何度も言っているのに、毎日キッチンをピカピカにし嫌みかと思います。人の家に入ってこないでほしいです。

夫にも、「本当にやめてほしい」と言うと、「手伝ってくれているんだから「お前も助かるだろう」。などど言われます。

しゅうとめに あんまりな態度をとると、将来自分に返ってくるかとも思います。
夫と子離れできないしゅうとめへの対処法をおしえてください“”と。


新聞の回答は 夫や妻どちらか一方の肩をもつことがないように 公平を期すように書かれているように思う。

でも このパート女性の投書を読む限りでは パート女性は 針のむしろにいるように思えてくる。

夫が 義母に手伝ってもらえばもらうほど 嫁はできないから 義母がやってあげているんだ という既成事実がどんどん 積み重ねられていくようで 本当に義母に家に来られるのも嫌と言うパート女性の気持ちがわかるような気がする。

こういう既成事実の積み重ねをたぶんマウンティングと言うのだと思う

僕がもし パート女性だったらどうするだろう。

例えば 嫁が断っているにもかかわらず 義母が家に入ってくることは 法律的にどうなのか とか そういうことから 調べていくような気がする。

例えば 不退去罪とか 住居侵入罪に義母を問うことができないか 法律の専門家に相談するとか 本気になったらやるかもしれない。

わかっている有り金 全部持ち出して 子供を連れて家を出るとか。

もう 嫁とかかわるのは こりごり と義母に思わせるほど 強硬な手段に 出るかもしれないなと思う。

こういうことは 心理カウンセラーに相談するよりも 弁護士など 法律の専門家に相談するなどして 強硬な態度に出たほうがいいような気がする。

「しゅうとめに あんまりな態度をとると 将来自分に返ってくるかもと思ってしまいます」

とパート女性は書いているけれど そんなこと考えているから 義母になめられるようにも思う。

ただし かなりの 財産の 相続などが 将来 見込まれる場合には 黙って耐えるかもしれない。

地獄の沙汰も金次第と言うし。

僕も 案外 現金だなと思う。

義母に何をされようとも気にならないくらい悟りきってしまえば それが理想かも知れないけれど なかなか そこまで悟るのはできることではないし、、、。

息子の妻の意向を無視して 息子の世話をしてしまうなど ほどよい距離を 嫁と保つことができないなどの例が 現代は 頻出しているから 逆に しゅうとめと 嫁との距離が 離れてしまうのだと思う。

本当に つらいといえば つらい 時代のように思う。

それは ともかく いちにち いちにち 無事でありますように 
それを 第一に願っていきたい。

■ウルトラ警備隊の歌
先日 母と 県庁所在地の百貨店に行きました。

母が 百貨店内の書店で雑誌を探すのに付き合っていたら 雑誌のコーナーになぜかウルトラセブンに出てくる ウルトラホーク一号の模型が売っていました。

ウルトラホーク一号

これが出動するときに ウルトラ警備隊の歌が いつも 流れていました。

ウルトラ警備隊の歌が流れてくると ウルトラホークや 警備隊員は きっと活躍するはずだ これから 何か 素晴らしいことが起きそうだ という気持ちに僕はいつもなりました。

本当に 子供のころは テレビで流れる 音楽の中で 最も胸が躍る 音楽の一つでした。

ウルトラ警備隊の歌の動画を見ていたら たぶん 若い人のコメントと思いますが 「国歌としても十分通用するんじゃないか?」というものがありました。

決して 過分な言い方ではないほど この ウルトラ警備隊の歌は 素晴らしいと僕は思います。

中日の 宇野勝選手は 背番号が7だったので それに ちなんで 宇野選手がバッターボックスに立つと 中日応援団のトランぺッターが ウルトラ警備隊の歌の前奏部分を高らかに 奏でていました。

それも 懐かしいです。

現役時代の 宇野勝選手 スリムで 男前で 長打も打つし ボケもかますし 本当に かっこよかったな。

今も かっこいい おじさんだけれど。

その 宇野勝さん 自分の 打席の 音楽は ウルトラセブンではなく 007だと思っていたそうです。

本当に こんな 素晴らしい 応援歌の 出典を 間違えるなんて 天然にぼけているのかもしれません。

でも そこが また いいんですよね。

↓ウルトラ警備隊の歌を007の歌と思っていたという宇野勝さん


↓現役時代の宇野勝さん

↓ ウルトラ警備隊の歌をカラオケDAMの音源で歌いました。最後に 勢いで 「ここで一発ホームラン 燃えろ 燃えろ 宇野」とやってしまいました。



思い出すこと

2023年02月15日 | 日記
2月11日 建国記念の日。

今日は祝日だね と僕が言うと
そうか 忘れてた と母が言った。

本当に忙しいと祝日も忘れてしまう。

昔と違い 第二日曜 など 日付が固定されていない 祝日が増えたことも一因だと思う。

関西にいたころは 祝日に 京都の四条河原町へ行くと 商店街に一定間隔で小さい日の丸が掲揚されていて やっぱり 祝日に日の丸はいいな と思ってそれを見ていた。

そして、 京都と言う町は やはり 一味違うなと思ったりして、、。

最近は 本当に 祝日に 国旗を掲揚する家が 皆無と言うほど少なくなってしまったなと思う。

寂しいことのように思う。

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2月14日は 日本が変動相場制に移行して50年を迎えると新聞に出ている。

50年前の2月と言えば僕は 小学4年生だけれど ドルショック あるいは ニクソンショックという言葉が 流行したことは 覚えている。

映画 男はつらいよ で寅さんが 家の裏のタコ社長の会社の寮に向かって 労働者諸君 と呼びかける 場面が よく出てくる。

1971年の年の瀬に公開された バージョンでは 寅さんは タコ社長の会社の寮に向かって 次のように語りかける。

「いよ!労働者諸君!折からのドルショックにもめげず、今日も労働に従事してますか?ごくろうさん」と。

ドルショックなどどいう 言葉を 知っていそうもない 寅さんが 「折からのドルショックにもめげず」 と語るミスマッチが 妙にユーモラスで この場面は 記憶に残っている。

僕が その映画を 映画館で見たのは 1982年ころだから 1971年の公開から11年後の話だけれど いずれにしても もう 寅さんの 映画も 50年前のことになるのかと 改めて思い知らされることになる。

時の流れは速いなあと思う。

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王貞治さんに756号ホームランを打たれた鈴木 康二朗投手が3年前に亡くなられていたと新聞に出ている。

懐かしいなと思う。

鈴木投手の評伝をネットでちょっと見てみたら 名脇役と書いてあるサイトもあった。

脇役と言う言葉の定義を僕は知らないけれど 日本中が注目する場面でマウンドにいるということは 脇役ではないような気もする。

何かにつけ 756号のことを思い出して 当時の画像を見る僕だけれど 画像を見るたびに 王選手の次打者として 756号の打球の行方を間近で見ていた張本選手のジャンプもホームランに負けず劣らず見事だなと思う。

あの ジャンプ力があるから 張本選手も3000本もヒットを打てたと思う。

ホームランも通算504本打っているし、、、。

それはともかく いちにち いちにち 無事でありますように それを第一に願っていきたい。

↓王貞治さんの756号ホームランの瞬間の写真です。


初春の様子

2023年02月08日 | 日記
立春を過ぎて 寒い日もあったけれど 2月7日は けっこう温かかった。

寒さは続いても 日差しが強くなるなど 暦の上では春だなということは 感じていた。

数日前 自動車を走らせていたら サイドウインドウに みつばちとおぼしき昆虫がとまっていた。

その時 自動車は 時速60キロで走っていたから 昆虫の羽は 時速60キロの風で大きく振動していた。

時速60キロ=時速60000メートル 一時間は 60秒×60=3600秒なので 
時速60キロの風は 60000÷3600=600÷36=16.6で 秒速16.6メートルとなる。

風速は一般に 秒速何メートルかであらわすから 昆虫の羽には 風速16.6メートルの風が吹いていたことになる。

気象庁の基準を見ると 風速16.6メートルは 非常に強い風までは いかないけれど 強い風 というところにランクされていて まあ その名の通り 強い風に 昆虫は耐えていたことになる。

さて その 強い風に 耐えていた 昆虫。

僕も できれば 自動車を 停止させたかったけれど 後続車もいて ちょっと停止させる勇気がなかったから そのまま 走り続けた。

しばらくすると 昆虫は タイミングよく サイドウインドウから 飛び立っていった。

やれやれ。

でも 昆虫は 身体をあおられるような 強い風でも タイミングを見計らって 飛び立てるということか。

すごいな。
こういう 昆虫のありさまを 見ることができるのも 春ということなのだと思う。

それは ともかく いちにち いちにち 無事でありますように それを 第一に願っていきたい。







立春も過ぎて

2023年02月06日 | 音楽
気づけば 立春も過ぎてしまった。

2月3日は ドラッグストアのレジに恵方巻がおいてあり節分と気づいた。

寒いけれど 日差しは強くなってきていると思う。

愛知県に転居してから 自宅マンションの駐車場からオリオン座が見えるので 割とよく夜空を見上げるようになった。

冬が始まったころに比べると西の方向にオリオン座が移動してきているなと感じる。

自分の観察が正しいのかどうか気になってネットで調べると恒星は同時刻の天空における位置が一か月で30度西にずれると書いてある。

ああ 自分の観察が正しかったと少しホッとする。

そうか 一年で一周 つまり 360度移動するから 一か月では360÷12=30度で計算が合うか と妙に納得。

たまに こういうことを考えると ボケの防止につながるのだろうかと思ったり。

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何日か前にも書いたけれど 僕がよく行く 餃子の王将の店舗ではクラシックがかかっている。

誰でも 経験のあることだと思うけれど 知っている曲でも 一部だけ聴くと あれ、 聴き覚えがあるけれど なんていう曲だったっけ と思うことがよくある。

CDでたぶん 何千回と聞いているだろう ベートーベンの交響曲第五番 「運命」でも一部だけ聴くと あれ 聞き覚えがあるけれど なんていう曲だったっけと思ってしまうことがある。

最近 王将で聴いて印象に残ったのは モーツァルトのピアノ協奏曲の緩序楽章。

これも モーツァルトのピアノ協奏曲の緩序楽章と言うことはわかるけれど 第何番かはわからない。
餃子を食べながら その スローな旋律を何度も心の中で歌い 記憶に定着させて家に帰ってから ユーチューブで モーツァルトのピアノ協奏曲の緩序楽章 つまり 第二楽章を片っ端から再生していく。

モーツァルトの ピアノコンチェルトは 有名曲は 番号の大きいものが多いから 1番から再生するよりも27番から再生して行った方が早い。

順に再生していくと20番 K.466 と判明。

こういう 作業には ユーチューブは本当に便利だなと思う。

CDをかけたり 外したりして やっていると ユーチューブで検索するのに比べて何倍もの時間がかかってしまう。

僕が検索して出てきたのは ルドルフゼルキンさんピアノ ジョージセル 指揮の演奏。

本当に ゼルキンさんの演奏は 堅実で美しい。

ストイックだけれど やさしさがこもっているところが ゼルキンさんの何よりの魅力だと個人的には思う。

YouTubeにはいろんな コメントが 載っていたけれど 20番の第二楽章があまりに美しいので 母の 葬儀で流した と書いていた人がいた。

そういう気持ちになる人がいるのもわかるような気がする。

別の日に また ある 旋律のごく一部だけが 店内に高らかに鳴り響いたけれど その部分以外は 中華鍋で 焼きめしをいためたりする音にかき消されて わからなかった。

ごく一部が 高らかに なるだけでは ちょっと 曲の名まえが思い出せない。

しかし 注意深く 聴いていると シューベルトの野ばらとわかった。

これまた 無常に 美しい 曲 というか 歌。
考えてみれば モーツァルトも シューベルトも 天才と言われることが多いなと思う。

音楽之友社か 全音だか忘れたけれど ある ピアノの楽譜の 前書きに 天才的な作曲家として モーツァルト シューベルト ドビュッシーの3人があげられていたことを妙に記憶している。

その 文章に なぜ この3人が 天才と書いてあったのかは忘れてしまったけれど、 僕なりに解釈すると この3人は 音楽に広がりがあり 縦横無尽に変化する。

そういうところが 天才としての 共通点なのではないかと思う。

2月4日は 立春 立春で思い出す歌は 早春賦。

この 早春賦 そして 森繁久彌さんの 知床旅情は モーツァルトのピアノ協奏曲27番の第三楽章の旋律の一部を借用していると 言われることが ある。

早春賦の 「春は名のみ♪」のところの 音階と 知床旅情の「知床の♪」というところ つまり 二つの歌の出だしの音階は モーツァルトのピアノ協奏曲第27番第三楽章の出だしの音階と 全く同じだ。(ただし ここでは 調性の違いは考慮に入れません)

まあ そんな ところにもモーツァルトのすごさは うかがえるな と思う。

と 話題にした音楽の中で シューベルトの「野ばら」の動画です。