筋トレ後の風呂ほど気持ちいいことはありません。医大生・たきいです。
君の膵臓をたべたい | |
住野 よる | |
双葉社 |
話題作の「君の膵臓をたべたい」。ちょっと前から泣けると話題の作品。しかし医療関係者的にはおやおや、と思うところは多々あって、それを指摘する声も。
「この作家さんのデビュー作『君の膵臓をたべたい』(キミスイ、と略すようですね)は、実のところ私にはあまりピンと来ませんでした。いわゆる「難病もの」だっただけに、医学生として「突っ込みどころ」を色々見つけてしまい(失礼、)十分に作品に入り込めなかった覚えがあります。」
【本】また、同じ夢を見ていた(住野よる) より引用―トリおんな(22)の医学生日記
一応医学生のわたくしも「突っ込みどころ」にはいくつか気が付きましたが、そんなことは気にせず
号泣しました。
GW期間の混んでいる新幹線の中で。今思うと完全にヤバい人だった。文系人間の本領を発揮しました。まだ先がある女の子の死って無条件に泣きます。石田衣良の「美丘」とか。俺って医者に向いてないんじゃないか、とかいろいろ思うところはありますがそのへんはさておき、心が洗われる作品ですのでまだ読んでない方は是非お手に取ってみてくださいませ。そしてまだ読んでいない方はこの先読まない方がいいかもしれません。
「また、同じ夢を見ていた」も気になりますね。今度読んでみよー。本著の作者の住野よるさん、今気になる作家です。
また、同じ夢を見ていた | |
住野よる | |
双葉社 |
さてさて、キミスイの膵疾患って一体何?というのは医学生であろうとなかろうと気になることかと思います。因みにわたくしもド文系の母に「これって何ていう病気なの?」と聞かれ「分からん」と答えました。笑
文学作品への冒瀆のような気もするけれど、ここはひとつ推理を始めてみようかと。
まず最初の「突っ込みどころ」としては、膵疾患ってそんなに若い人がなるの?っていうことです。例えば、日本膵臓学会が最近出してた論文をチラ見してみると、膵臓癌の若い患者群は40歳未満(※)に設定されていました。しかも3万超えの症例数のうち、40歳未満は1.5%に過ぎません。女子高生の膵臓癌の症例とか超激レアに違いありません。超激レアだからこそ小説になる、っていうのはあるかもしれないけど。
※Clinicopathological Characteristics of Young Patients With Pancreatic Cancer: An Analysis of Data From Pancreatic Cancer Registry of Japan Pancreas Society.Pancreas. 2016 May 11.
さておきまずは患者である「君の膵臓をたべたい」のヒロインを簡単にプレゼンテーション。
17歳女性
【主訴】「私は、あと数年で死んじゃう。(p.18)」身体的症状については特に記載なし。
【現病歴】
13~15歳時にある膵疾患を指摘され、「余命数年」とかかりつけ医より説明を受け通院中である。「ちょっと前まで判明した時にはほとんどの人がすぐ死んじゃう病気の王様だった。」と本人は自身の抱える疾患について認識しており、現在は病について受け容れられている様子である。症状の訴えは特になく、定期通院で治療継続でフォローされている。ただし治療の内容に関しては不明。
【既往歴】
糖尿病合併?
「リュックの中には、数本の注射器と、見たこともない量の錠剤、使用法の分からない検査機器」(p.106)
「数本の注射器」とは、インスリン自己注射のことか。
「見たこともない量の錠剤」とは、旅行のために大目に持っていただけか。
「使用法の分からない検査機器」は筆者には見当つかずだが、簡易血糖測定キット? 確かにケースに入っていると見た目はゴツいように見えるかも。
【生活歴】家族4人暮らし。
【家族歴】小説本文上特に記載なし
普通の医者はまずは「主訴」から疾患を推定していくけれど、今回は「臓器」から疾患を想起しなければいけないところが難しいところか。腹部CTの画像とか見たいけどあるわけない(笑)。CTの読影しないと先に進めない小説とか嫌ですしね。本文上は症状の言及がほとんどないけれど、ヒロインは自身の体調について強がっているだけという可能性はある。物語上、本疾患に対する対症療法は進歩したのだそうで、治療介入により症状がほとんど抑えられているとのこと。正直ここがマジかよって感じではあるし、治療の副作用も特にないっていうのも、使っている薬をさらに想定しづらくなるわけで絞り込みにくい。
さて、既に答えが出ない予感がプンプンしておりますが闘って参ります。鑑別疾患しらみつぶしには、ご存知VINDICATE+P。もしやPsychogenic?と逃げたくなってきましたがそれでは記事になりません。経過が長いことから、血管性病変、感染症等は考えにくく、
・腫瘍性
・慢性炎症
・内分泌疾患
あたりを主に考えてみましょうか。糖尿病の合併は怪しいとわたくしは読んでいるのだけれど、いずれかのグループに属する膵疾患により2次性糖尿病を続発したしても大きくは矛盾しなさそう。
<鑑別疾患>
#1 膵癌
合う点>極めて予後不良なこと。教科書的には早期診断が難しいことがその原因とされていて、前述の論文(※)でも40歳以下の群では見つかったときには既に進行癌のケースがさらに多いとのこと。
合わない点>原則的に高齢者の疾患。初期には症状が出ないことも多いだろうけれど、診断から数年経って何も自覚症状がないなんていうことはあるか。腹痛、背部痛、黄疸とかはあってもよさそうなもの。それに化学療法開始していて外来受診だけなんてことある?
#2 膵嚢胞性疾患
予後不良なものとしては、主膵管型膵管内乳頭粘液性腫瘍、粘液性嚢胞腫瘍あたり。
合う点>画像所見が我々の手元にないから捨てきれないところ(笑)。
合わない点>IPMNの好発は高齢男性、MCNの好発は中年女性。
#3 慢性膵炎
合う点>膵疾患であるところ(笑)
合わない点>アルコールも胆石も関係なさそう。女性だし特発性だと良心的に解釈しても、この年齢と経過で非代償期まで進行しているとは考えづらい。
#4 自己免疫性膵炎
合う点>ステロイドによる治療がうまくいっていて症状が抑えられているとすれば、元気そうにしているヒロイン像とは矛盾しない。苦しいか。笑
合わない点>治療開始しているならばすぐに死ぬ病気ではない。
……他にもあるのかもしれないけど、よくある疾患の典型例では決してないことは明らか。そもそもそんな病気あるの?という疑問が拭えません。先天性の疾患になんかあったりするのかね。身体疾患がはっきりしなければ精神科疾患を考え始める、までありえる。
【結論】キミスイの疾患、ぼくには分かりません
ギブアップです。どなたかご教示お願いいたします。
(本当はこんな暇なブログ書いていないでレポート仕上げないといけない人(笑))
情報少ないしどの病気もなかなか無理あったわ
それゆえ難病もの路線だと映画化厳しいのかな、なんて
マジメに鑑別を付けようとされる姿勢、まさに医学生の鑑ですね私は早々にあきらめました(笑)
医学生の鑑でもなんでもなくて、ブログネタだと思うから為せる技なのですよ笑
4年目の糖尿病内分泌内科医です。私も同様に、病名が気になり、検索してブログに辿り着きました。
結論から言うと、どの病気も当てはまらないと思います。おそらく病気の内容までは考察せずに書いておられるでしょう。
注射や検査器具、若年発症の膵臓の病気、医学が発達する前は不治の病だったなどといった記述から、1型DMを意識している匂いはぷんぷんしますが、現代ではインスリンさえ投与すれば健常者と変わらない生活を送ることが出来る病気ですからね。
また、膵癌や膵嚢胞性疾患だとしても、数年の余命を断定することは不可能に近いですし、現実味がありません。
こういうところがいちいち気になってしまうのが職業病というか、ダメなんだと思いますが…笑
ご専門の先生からこのように仰っていただくと、キミスイの病気は現実にはないものだとますます確信します。
「こういうところがいちいち気になってしまう」
確かに、美しい話の難病モノをそのまま受け取ることが難しいのは悲しい性ですね……笑
疾患について考察しているようですが、若年女性発症の膵疾患(おそらく腫瘍)を考えるなら、まずSPNじゃないでしょうか?
悪性度はlow gradeですが、SPNから慢性膵炎、多発肝転移で余命1年だとしたら何も矛盾ないように思えます。
どうでしょうか?
solid pseudopapillary neoplasm<充実性偽乳頭腫瘍>説と来ましたか、なるほど。確かにその可能性も否定はできないでしょうね。
個人的に気になるのは、本文中にも触れている通り、この一文です。
「ちょっと前まで判明した時にはほとんどの人がすぐ死んじゃう病気の王様だった。」
果たしてその稀な疾患が「すぐ死んじゃう病気の王様」と言えるかどうか。
いまひとつ決定打には欠け、作者がSPNを念頭に物語を組み立てたかどうか確証を持てるだけの情報が作品中には書かれていなかったような印象を受けてしまいます。
来夏映画化されるそうですが、謎が解けるのかにも注目したいところです。北川景子が好きなので観に行くつもりです。
病名をはっきり書いてしまったら世界観が崩れますし病状にこんなものはない!などとそれはそれで医療関係者からの指摘があるからだと思われます。
こんなにも真面目に考察してくださる方がいてくれて嬉しいです。