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山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

武兵衛上野に出没ー西郷どんに逢う

2018-02-10 21:56:48 | 歴史・文化財

 通院の合間に久しぶりに上野公園に行く。いま放映中の大河ドラマの影響でカメラ攻勢に西郷隆盛像は驚いているようだ。明治の元勲の殆どは正装のいかめしい銅像が多いが、西郷どんは普段着だ。その理由は西南戦争で「逆徒」だったことで武人としての牙を抜く政治的意図が背後にあったらしい。しかし、普段着の方が庶民には親しみがある。作者は、光太郎の父・彫刻家「高村光雲」。

 

                  

 公園に入って長蛇の行列に目を見張る。先頭がわからないくらいだ。そういえば、これはパンダ狂想曲効果だけど、子どもは待つだけでうんざり。一つの動物だけ突出するのは異常だ、マスコミは責任を取れ。

 

      

 園内を歩いていると木をレンガ状に敷設した道があった。看板によると、多摩産木材を活用しているとのことで納得。腐ることも想定して間伐材の消費活用を考慮しているが、破損個所をレンガやコンクリートで補修しているのはつらいところ。

 

      

 安藤広重の浮世絵「名所江戸百景」を歩道の行燈に仕立てていた。170基ほどを5m間隔で配置しているので、夜は幻想的な風景が浮かびあがるに違いない。そのうえ、ゴミが一掃されているのが目立った。昔はゴミがひどかった。地元や行政の心意気の高さに敬服する。

 

              

 加えて、広重の浮世絵に上野の「月の松」という松を月に見立てた名所絵がある。それを再現したのが上野清水寺の「月の松」だ。寺から「月の松」の輪の向こうに江戸の粋、ここでは不忍池の弁天堂が見えるらしい、が覗けるというわけだ。さすが見どころ満載の上野公園だ。外国人も日本人のように普通に歩いている。

 

             

 

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山里の瑞雲院山門の見事さ

2018-01-21 21:47:55 | 歴史・文化財

 浜松市春野町に入ってすぐに天野氏が創建した瑞雲院がある。家康が二回目(1回目は敗北)に犬居城を攻略するために本陣とした場所でもある。戦が終わり、1750年(寛延3)に再建した寺が現在の場所にある。きょうは犬居城を制覇してから瑞雲院の山門を見る。

 

      

 山門にはモダンな模様や木組みが見事だ。ベンガラ色も鮮やかながら引き締まっている。これほどの建築様式としては北遠の曹洞宗楼門型式としては珍しいらしい。

         

 屋根のシャチだろうか、かっこいい。防火祈念の意味がある。尻尾を出している下は水面で火事にあわない意味があるという。

 

           

 山門の天井は植物の絵が描いてあった。19歳の若き画家が描いたらしい。2014年に山門の保存修理をしたらしいが、外に丸出しの山門は傷みが激しくなる。

 毎月の森林散策会はきょうで卒業。快い刺激と感動の機会をいただいて仲間に感謝あるのみ。今後はからだの調子をみながらマイペースの自然観察は続けていく。            

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狐が咥えている物とは

2018-01-14 21:03:55 | 歴史・文化財

 来週行われる「散策会」の下見を地元の杉山さん(「熊の親子」会長)案内を得ながら6人で行う。いつもの山城「犬居城」を歩き、終点は「駒形稲荷神社」を訪問する。

 「稲荷」神社とは、「稲」を「荷」なって(担って)神に捧げる神社という。つまり、五穀豊穣を祈願する神社ということらしい。さらにまた、「駒形」とは名前の通り「馬と蚕の守護神」だという。近くの南中学校では馬を飼育する場所だったということだ。納得だ。

 

                 

 来週の散策会のため宮司さんが片づける予定を延ばして赤い幟を残してくれているという。地元杉山さんならではの配慮をしてくれていた。鳥居の朱色は、生命の躍動、災厄を防ぐ色だという。

 また、2月の最初の「午」の日に行う「初午(ハツウマ)」は、馬の安全祈願、農耕開始の合図だという。

 

              

 向かって左の狐は、「玉」を咥えていた。この玉は、霊力を示すというが、そう言えば狛犬も咥えていたっけ。この狐像は石像ではなく金属製だ。よく見る稲荷社の狐は貧弱で壊れていることが多い。そのため、金網で覆われているのを多く目撃してきた。

 

               

 右側の狐は、「鍵」を咥えていた。この「鍵」は、御神体を納める本殿の扉の錠前の鍵だという。神の使者である狐がその霊力を引きだす鍵を咥えているということだという。

 狐は、山と里とを往還する習性があり、それが山の神と人間とをつなぐ使者役(眷属=ケンゾク)に選ばれたのではないかということらしい。

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副教科書は便利アイテム

2018-01-11 18:28:56 | 歴史・文化財

 日本史や世界史でわからないことがあったとき、アマゾンで中古の副読本を購入して参考にしたらじつに便利。

 日本史の老舗「山川出版社」の図録は、歴史年表・人物の紹介・文化の流れ・産業・宗教など、カラフルな写真・図版が満載なのが魅力。(360頁)

 

             

 とりわけ世界史は、世界地図・各国の歴史変遷・日本と世界のつながりなど、断片的で曖昧だったオイラの知識をストンとつなげてくれる(337頁)。しかも、中古なので数百円で入手できる。発行が古いと1円で買えるものさえある。

 これを眺めてみるだけでも、自分はいかに「無知」であるかを思い知らせてくれる。一気に髪の毛が邪魔だった高校生時代に戻った瞬間を味わえる優れたアイテムだ。高校生時代には邪魔だった教科書だったが、その知識の宝庫のありがたみが半生記後の今になりやっとわかったわけだ。

        

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「秋葉信仰と北遠」の講演会

2017-12-02 20:26:18 | 歴史・文化財

 「北遠の信仰」をテーマにした講演会をやるというので急遽会場の区役所に急ぐ。

 会場に着いたらほぼ満席。相変わらず日本人の好奇心の高さに感心する。主催は浜松市・内山真龍資料館。

 

                   

   

 秋葉講がいかに活発であったかを、当時の大相撲番付によれば「前頭三枚目」に当たるという。ちなみに大関が高野山(西),伊勢神宮(東)。

 講師の坪井俊三さんによれば、秋葉信仰に関する資料が意外に少なく、入手できるのは平成に入ってからのものが多いと指摘された。

 そして古文書などの資料を駆使して、秋葉山へ至るコースや道中の犯罪などを語ってくれた。

 

              

  また当時の文化人滝沢馬琴・司馬江漢などの旅日記も紹介してくれた。

 女性の「強力」がいたのも興味深かったが、道中には旅館・茶屋・荷物運搬など地域への経済効果も大きかったのは言うまでもない。

 まとまった資料がないので講師は小さな資料を丹念に拾い集める苦労をしてきたようだ。できうれば、仏教や民間信仰などとの比較があれば鳥瞰的な信仰実態がみえたかなと思えた。

 久しぶりの講演会参加だった。

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江戸中期の木札発見

2017-10-22 12:40:55 | 歴史・文化財

 山里の小集落に散在する「氏神様」はそれぞれ慎ましいたたずまいだ。

 わが12軒が運営するお宮は、八坂神社系の牛頭天王社(ゴズ)だ。

 中世半ばに疫病が伝染したらしく、疫病の神様牛頭天王社を建立したようだ。正徳元年(1711)の棟札があるとのことだが確認していない。

 掃除をしていたら、曹洞宗金剛院が発行した木札を発見。寛政11年10月(1799),護摩供養の加持祈祷(に参加?)をしたようだ。つまり、当時は密教系の神事をしていたらしい。

 まだいくつかの棟札もあるようで、中山間地の村人のささやかな願いを垣間見ることができそうだ。

  18世紀と言えば、中国に遅れていたイギリスが工業化と植民地政策に成功し、世界に君臨していく時代だ。そんなとき、山里の暮しは世界の足音はまだ伝わらず安穏の同質世界をつつましく共有していたのかもしれない。

 

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狐像が見どころ

2017-08-27 22:01:35 | 歴史・文化財

 墨田の錦糸町駅近くに、小さな「千種(チグサ)稲荷神社」があった。

 江戸時代からムラの守護神としてあったらしいが、震災や空襲にも被害がなかったことで

 今も町会を中心とした「千種講」が丁寧に整備している。

 

  

                      

 白狐の自由な彫り物がいい。

 今まで見てきた稲荷神社の多くが魅力を感じなかったが、下町らしい心意気を感じた。

 

 手水盤の周りに置かれた4匹の狐の石像も自由闊達だ。

 狭い稲荷神社にもかかわらず精神の自由さが表現されている気がする。

 

                     

                       

 二対の狐像の表情も優れている。

 左側の狐は「玉」を、右側は「鍵」を持っていた。

 花火屋の屋号の「玉屋!」「鍵屋!」の掛け声はどうもここから由来しているらしい。

 地元の人がこの神社を誇りにしているのが伝わってくる。

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民間が建立した江戸六地蔵

2017-08-02 21:32:15 | 歴史・文化財
 旧東海道品川宿沿いの「品川寺(ホンセンジ)」に銅造の地蔵座像がある。
 深川の僧「正元」さんが難病になったとき、お地蔵様に病気治癒の祈願を続けたところ完治したという。
 そのお礼に江戸の六街道入り口に六地蔵建立を決意し、14年かけて寄進を集めながら安置に至った。
 その最初の座像を品川寺内で1708年(宝永5年)に建立。

                           
 この像だけ笠を着けていないそうだが、関東大震災のときに笠が壊れたらしい。。
 今ではいかにも狭い境内でつつましくも凛とした姿を見せている。

 人は死後6つの苦界に生まれ変わり繰り返していく(六道輪廻説)という。
 それぞれのどんな世界でも救済されるための地蔵が配置されている、それが六地蔵だ。

     
 鋳造したのが神田の「太田駿河守藤原正儀」というが、石板からわずかにしか読めない。
 6番目の地蔵は明治の廃仏毀釈のため現存していない。
 それにしても、寄進者72000人以上の浄財を集めた民間の手腕に脱帽する。
 そんな心意気の片鱗がお地蔵様の表情から伝わってくる。      
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ホイッスル砲の復元

2017-07-15 21:41:21 | 歴史・文化財
 先日、偶然見た東海道品川宿の海岸寄りの小さな公園にあった「浜川砲台」。
 ぺりーの再来航に備えて土佐藩が独自に8門を配置した、そのうち一番大きい「30ポンド6貫目ホイッスル砲」だった。
 2015年11月に「品川竜馬会」をはじめ地元が資金を集めて復元が実現した。

                         
 佐久間象山塾に通っていた19歳の坂本龍馬が沿岸警備も担いながら、この界隈を往来していたらしい。
 ペリーが世界最新鋭の「ボートホイッスル砲」をボートに積んで江戸城を射程にいれ武力外交で日本を脅したとき、幕府はその1門を提供するよう要望した。
 
     
 ペリーのOKをとって1年、江川太郎左衛門を中心についにそのコピーを実現、日本の防衛力は錆びついていたが、技術力は確かだった。
 そういえば、信長・秀吉時代の鉄砲の技術的・戦術的水準は世界一だったというから、鎖国はしていても関連する技術力は民生利用としても磨いていたわけだ。

 小さい砲台はそんな歴史の一コマを語ってくれる。
 ちなみに、「ホイッスル砲」の体長は短砲、「カノン砲」は長砲ということだった。

 
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貝塚はシジミだらけだった

2017-02-19 20:02:53 | 歴史・文化財
 浜松の市街地に行ったついでに市の博物館に寄り、隣の蜆塚遺跡を見に行く。
 そこは広い公園になっていて竪穴式住居が復元されていた。

                             
 
                                 
 住居の入口は狭かったが中は風雨に強いのがわかった。
 貝塚はそのまま積まれていてそのほとんどがシジミのようだった。
 「蜆塚」という地名はここからきたのだというのに納得。

                                  
 またその隣には、ムラの「山神社」というシンプルな神社があった。
 つまりこのあたり一帯は汽水域であり、森に囲まれた住みやすい場所だったのに違いない。
 神木の太さからもかなり古くからの神社であるのが偲ばれる。

             
 興ざめだったのは、燈火塔のほとんどに「あぶない、さわらないで、のぼらないで」というトタンのカンバンがつけられていたことだった。
 気持ちはわかるが美観を損ねるダメージのほうが大きい。
 祭神は山の神である大山祇命(オオヤズミノミコト)。


 
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