連日酷暑が続く。1時間作業したらドリンクを飲んだり横になったり下着を変えたりなどしてなんとか暑さをしのぐ。したがって、作業効率は悪いことは間違いない。こんななかでもウクライナは戦火の応酬にさらされている。
春に咲いてくれたアジュガもさすがに枯れ始めている。水やりが追いつかない。畑とガーデンの水やりだけでも2時間以上はかかってしまうので、なかなか毎日の水遣りが厳しい。
すると、梅雨の合間に咲き始めたアジサイの花もついに焼け始めた。きょうは40度以上になった地域は6地点だという。どこのTV番組も同じような酷暑とそれにまつわる事件を連日報じる。しかしこうなってしまっている地球の軋みと人類の原罪にメスを入れる報道がきわめて少ない。
斎藤幸平氏のベストセラー『人新世の資本論』(集英社新書)を読み始めているが、いま人類が直面しているこの問題の本質を鮮やかに提起している。地質学でいう「人新世(ヒトシンセイ)」とは、人類の経済活動による痕跡が地球の表面に与えた負荷が取り返しがつかないほどの年代、の現在をいう。
つまり、豊かさを約束するはずの「経済成長が人類の繁栄の基盤を切り崩しつつあ」ると指摘し、さらに、SDGsの善意は有害ですらあると氏は挑発する。それは「温暖化対策をしていると思い込むことで、真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうからだ」という。
そういえば、来たる参議院選挙を見ても、各党とも地球温暖化対策への提言より賃金・消費税・給付金など景気浮揚、経済成長ばかりの政策が目立つ。そうして問題の本質はうやむやにされ気候危機は深まるばかりだ。私たちの豊かさと便利さは、途上国の労働力の搾取と自然資源の収奪なしに不可能であり、大規模な自然災害はそうした人災でもあり「私たち日本人も間違いなく加担してきた」と断罪する。
加えるに、ウクライナ侵略関連でますますわかったことは、日本のエネルギー政策がいかに目先だけのものだったか、食糧自給率が低かったのにまったく対応できていなかったこと、北方四島返還はもともとロシアにその気がなかったこと、サハリンパイプラインをはじめとする極東の経済発展はもともと危ういものだったこと、中国による海上・海底資源略奪戦略にボーッとしていたこと等など、日本の基底的な戦略方針がいつも小手先だったことが露呈された。
グローバルな気候変動に特効薬はないが、それに対して声を上げる持続的な「リレー」が必要だ。そのためにはどんな具体策があるのかをマスコミは示す義務がある。もちろん、政治家任せの「人任せ」ではなく、ひとり一人の行動と思索を暮らしの中で貫く根拠を構築しなければならないとつくづく思う。