山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

栗に平身低頭する

2024-09-30 23:05:58 | 農作業・野菜

枯れ枝がポロリと落ち始めている栗の老木だが、なんとか糊口をしのぐ量の栗をわが家に供給してくれている。栗の実はイガの中に本来3個あるはずだが、現在、1個が圧倒的で全体的にも小粒になってきている。

 

 早朝・深夜にはおとなしいイノシシが上手に鬼皮・イガを残して侵出している。かつては6:4くらいでわが家に恩恵があったが、最近はこちらの高齢化で3:7くらいに後退している。食欲と体力がやや減退気味のジイジにとっては食べられるだけでも幸せだが、かつては宅急便で知人にいっぱいおすそ分けできていたが今ではひっそりとしている。

 栗の木といえば三内丸山遺跡で発見されて、従来の縄文時代は緩慢な狩猟採集経済だけでなく計画的に栗林を栽培していることが明確になった。縄文時代の定義が変わるきっかけともなった。奈良時代では持統天皇が全国に栗の栽培を奨励するなどで、高価な果樹が貴族から一部庶民に広まり、さらに江戸時代では参勤交代をきっかけに全国的に広まっていく。

  

 焚き火で栗の枯れ木を燃やすことがあるが、杉の木と違って栗の木はなかなか燃え尽きない価値ある広葉樹だ。また、明治以降の鉄路の枕木としても重宝された。わが家でも肥料も与えない放任栽培の典型的な果樹として、平身低頭の食物となっている。往時は栗が主食になった時期もあったくらいだ。

 

 そろそろ、わが家への栗のプレゼントは終わりとなる。同時並行として、ミョウガが日の当たらない裏の畑で頑張っている。去年は少なかったが今年は成績がいい。さっそく、ミョウガの大好きな知人にたっぷりお贈りすることになった。しかも、近所からもミョウガをいただいた。だもんで、毎日贅沢にミョウガを食べ過ぎたせいか、このごろは物忘れが甚だしいことしきりだ。

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対照的な怪談話の絶好調

2024-09-28 17:56:32 | アート・文化

  5代目圓楽の特選落語集のDVD全4巻をやっと入手した。発行はNHKエンタープライズだけに画像は鮮明で解説もついている。今まではCDだったので圓楽の表情や所作はわからなかったが、まずは、1977年上演の「お化け長屋」を見てみる。そこには三遊亭圓楽の卓越した江戸庶民の世界があった。 同じ表題の立川談志の映像もTVで見たが、話術の勢いやテンポの速さはやはり名人芸の域でもある。しかし、5代目圓楽の話術は相手の心に届けようとする「間」と人間力が名人芸と言ってもいい。噺の隙間に笑いが止まらない絶好調の噺だった。

 

 談志は若者向けにはぴったしのスピーディな江戸の粋が出ているが、悪く言えば下品だ。圓楽は高齢者にも響く丁寧な語りの魔術があり艶やかさと上品さが漂う。オラが小さい時、近所に大陸からの引揚者の長屋があった。江戸の長屋よりもっと狭い住宅だった。でも、そこに住んでいる人たちの朴訥さは圓楽滑稽噺に出てくるような面々でもあった。

 さて本題に戻ると、空き室を倉庫代わりにしていた長屋の住人たちは、大家がその家を他人に貸し出すというのを阻止するために、幽霊が出るからと借りたい人を追い払う。しかしそううまくいかないのが人生であり、この噺の旨味だ。

  (画像は墨田区立図書館webから) 

 次の、「豊志賀の死」の噺は、原作は茨城で実際にあった殺人事件をヒントに創作した初代三遊亭円朝の「真景累ヶ淵(シンケイカサネガフチ)」という怪談話の一節だ。「豊志賀(トヨシガ)」は独身の浄瑠璃・富本節の女師匠31歳。そこに内弟子入りした21歳の「新吉」とやはり弟子のお久、ここから怨念や嫉妬が絡まる凄惨な事件へと陥っていく。

  

 これは、歌舞伎・演劇・講談・映画・漫画などにも取り入れられ、多くの落語家も挑戦している。「お化け長屋」の面白さとちがってこちらは本格的な怪談話。圓楽はそこに深入りせずに、「年増女と枯れ木の枝は、登りつめたら命がけ」という都々逸の飄逸さを紹介しながら、怪談の深刻さをいなしていくのが見ものだ。前半は怪談話というより、幽霊は標準語でないとしまらないというように笑わせているが、さすがに後半は怪談話に突入していく。

 

 「お化け長屋」で圓楽は、「本当は大家さんの方に理があると思うのですが、店賃を溜め込んで頭が上がらない連中の、報復なんです。でも、結局終わってみれば失敗だったという、いつものあれですね。」と、庶民に共感する圓楽がいる。

 「豊志賀の死」で圓楽は、原作はずうっと長く緊張感の連続となるので、そこにあまり笑いを入れると噺の邪魔になる、とその難しさ分析する。そこで、「新吉が好きになる女は七人まで取り殺す」という豊志賀の遺書を「オチ」にして、嫉妬の怨念と今後の凄惨な事件の余韻を残したまま切り上げている。二つの対照的な幽霊話が見どころ、聞きどころでもあった。 

   

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昆虫が少なくなった!?

2024-09-25 23:32:18 | 生き物

  やっと秋が来たが、灼熱の夏だったせいか昆虫が少なくなった気がする。群落となっているヒガンバナに以前は多くのアゲハをはじめとする蝶がやってきたが今年は閑散としていて種類も少ない。その様子を目立たないように見てると、お互いの縄張り争いが見られるのが愉快だ。ときに、カメラを近づけるとお前は邪魔だと蝶から邪険にされることがある。

 

 今回は、複数の蝶の姿はあまり見られず一頭のアゲハが独裁支配しているように見える。ときには、小さな蝶も来るはずだが確認できていない。これらは熱帯都市化した日本の状況から、昆虫の過疎化が始まったのかもしれない。毎日のように食われる蚊も少なくなった。

 とはいえ、カラスアゲハ♀が来てくれたのはうれしい。体の大きさや翅の白帯の広さから「ミヤマカラスアゲハ」ではないのが残念だ。

 

 いっぽう、灯火のわが家に侵入する昆虫が小型化してきている。シジミチョウくらいの大きさの「ホソスジトガリナミシャク」(シャクガ科)の模様がユニークだった。武田信玄の家紋らしきものが確認できる。ひょっとすると、武田家の由緒ある家来だったか、間者だったか、確かめようがないが。

  

 同じくらいの大きさで、家の中ではあまり見ない「スケバハゴロモ」(ハゴロモ科)が来ていた。模様がベッコウ色でスケスケだ。なかなか上品ないでたちである。顔や体形は蝉のようで、蛾のようにやってくるがカメムシの仲間だ。つまり、うわべは上品だが基本的には植物の葉や茎から汁を吸ってしまう害虫でもある。よく見られるのは、茎にびっしりついて吸汁している「アオバハゴロモ」が有名だ。

   

 そして時々やって来るのが、「コクワガタ」だ。クワガタの同定は素人には意外に難しい。昆虫少年ではないオラはいつも困る。とくにメスがわかりにくい。コクワガタ・ミヤマクワガタ・ヒラタクワガタの違いはいまだ区別がつかない。翅の光沢で判断するらしいが夜は明かりの関係で同定に自信がない。昆虫少年ならなんということもないのだろうが、ジイジになるともっとわからなくなる。要するに、ぴちぴちのアイドルを見ても、残念ながらみんな同じような顔としか見られないようなものだ。

 

 またまたミニな輩がやってきている。大きさが畳の目よりやや大きい「コケガ」の仲間「アカスジシロコケガ」だ。今までは、「スジベニコケガ」という「人面」のあるカラフルな蛾もやってきて、その優美な装いにいつも感激していたが、今回はシンプルな4本の筋のあるコケティッシュな蛾だった。コケガの仲間は飛び回らないでじっとしていることが多い。幼虫は地衣類を食べるというので「コケガ」の名前がある。足は白と茶色の交互の模様がある。

 成虫は花の蜜を吸い、害虫ではないし、エレガントに目を引くまさにアイドルだ。しかも、中央の模様の二つの黒丸があるのがメスだ。二つずつ黒丸があり計4個の黒丸があるのがオスだというが、今度はオスにも会いたいものだ。昆虫が少なくなってきたのを実感する日々だ。

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梅ちゃんと栄ちゃんがやっと来てくれた!?

2024-09-23 22:45:57 | できごと・事件

 新札が2024年7月から発行されていたが、なかなか入手できなかった。自然の流れで待っていたところやっと今月上旬に手にすることができた。前回の変更は2004年というから20年ぶりのデザイン変更だ。その理由は、偽造防止対策の強化だという。それほど偽造する事件が多いのかは疑問だが。残念ながら、新千円札(北里柴三郎)はまだ入手できていない。

 

 新1万円札の左右にある斜線の「識別マーク」は、種類ごとに場所が違うので触ると「〇円札」であることがわかるユニバーサルデザイン。5千円札は上下にある。また、斜め上下にある「記番号」は、現行の最大9桁から10桁へ変更されているのも見逃してしまう。さらには、額面数字が大型化(表・裏)しているのはわかりやすい。

 

 津田梅子の5千円札の裏面は、古事記や万葉集など古くから日本人に親しまれた花・「ノダフジ」が採用されている。江戸時代には「吉野の桜、野田の藤、高雄の紅葉」と、奈良、大阪、京都の三大名所の一つに挙げられていた。しかし、大阪大空襲やジェーン台風でほとんどが消滅したが、地元住民が接ぎ木や肥料やりなどの手入れを続け、今では近隣約30か所に藤棚が設けられ、復活に成功している。

  また、渋沢栄一の1万円札の裏面は、辰野金吾の設計で1914年(大正3年)に竣工した鉄骨煉瓦造の東京駅。使用された煉瓦は、渋沢栄一が設立した「日本煉瓦製造」のものであるのもポイントだ。明治・大正期を代表する建築物の一つだが、これも復旧に成功している。

  

 この新札自体が超絶技巧によりまだまだ仕掛けがいっぱいあるが、要するに美術品としての作品にもなっているところに財務省の面目躍如の自信を感じる。といっても、年金暮らしの淡い暮らしからすれば、この新札がいつのまにか一枚ずつしかないことがわかった。近くにいたデカい「アシダカクモ」がそんな赤貧のオラを笑っているように見えてしまった。トホホ…。

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「厩火事」から夫婦の契りを問う

2024-09-21 21:32:29 | アート・文化

 古典落語「厩(ウマヤ)火事」は物語の展開といい、中身の時代性といい、優れた噺として多くの落語家が演じている。生粋の江戸の落語で、文化4年(1807)、ネタ帳「滑稽集」に「唐の火事」を元にしたといわれる演目。最近では、三遊亭円輔三代目や桃月庵白酒がEテレで演じていて、ストーリーは外していないが物足りない。人間国宝の柳家小三治のきめ細かい描写は期待通りだ。

 夫婦喧嘩をする度に兄さんへやって来る髪結いのお咲きは、亭主の本心を知りたいと相談する。
 兄さんは、馬小屋の火事で白馬を失った中国の孔子と、皿を持ったまま階段を滑り落ちる奥様に驚いた麹町の旦那の話を比較して聞かせて、亭主の本心を試そうという物語だ。

 

 やはり5代目圓楽の視点が深い。「オチ(下げ)」は最高のブラックユーモアで誰もが同じ「オチ」ではあるものの、圓楽は、妻の「女性のはかなさ、哀れさというものが」際立っていて、また亭主の「半公」という稼ぎのない男の酷さに人間の本性を踏まえながら「オチ」にしている。

 当時の髪結いと言えば自立した羨望の職業婦人で、安定した暮らしができていたぶん、亭主は遊んで暮らせてもいたわけだ。その甲斐性のない亭主のあり方・性格をいかに演じるのかが決め手だと圓楽は言い切る。その意味で、この噺は「今後も多くの噺家が演じるでしょうけれでもやはりこの世に男と女がある限り、不滅の名作だ」と語る。

 

 『論語』(郷党篇)では、孔子の馬小屋が火事になって白馬が焼死したとき、「だれか怪我した者はいなかったか」と問い馬のことはなにも言わなかった、と言う。

 孔子がなぜ馬を問わなかったのか、この点について『新釈論語』(1947年刊)の穂積重遠(シゲトオ)は、「まず人を、次に馬を、と解する人があるが、それは考えすごしだ」と記している。つまり、責任問題の起こることを避ける意味で馬を不問に附されたのだ」と穂積は言う。

  (画像は国会図書館webから

 昭和24年12月28日、東宮仮御所が全焼したときのこと、殿下の留守中のことだったので、「身の回りの品を何一つ取り出せなかった」ことがあった。その時、殿下は「人にけがはなかったか」とおっしゃったきりであられたと言う。穂積はすぐにこの「論語」の話がよぎったという。(myコンテンツ工房/丸山有彦さんから)

 穂積重遠と言えば、まもなく終了する朝ドラの「虎の翼」に登場した穂高教授(小林薫)のモデルとなった日本の「現代家族法の父」である。渋沢栄一の初孫にあたり華麗な一族の男爵でもあった。

  

 古典落語に出てくる長屋のキャストには善人が多い。そこには口は悪くても性格破綻者でも仲間にしてしまう寛容な精神がある。金持ちや武士をコケにしてしまう庶民感覚が健在でもある。しかも、知識や常識でみんなをまとめる相談役の「大家」さんもいる。この落語を聞いて、一人前のおとなになっていくモラルというものが秘められてもいる。

 現代では、こういう笑いや知恵ではなく瞬間的な笑いをとるために汲々としている。その意味で、古典落語がお笑い芸人にジャックされたマスメディアになかなか登場しないところに落とし穴がある気がしてならない。同じお笑いでも本質的にこの違いが日本の文化の亀裂となっていく。

  

 

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元祖イモムシ!!

2024-09-18 22:22:39 | 生き物

  いただいた「ヤツガシラ」を畑の際に植えてから元気な葉が出てきた。しかし最近は葉にみずみずしさがなくなった。オラの視力がずいぶん悪くなってきたので最初はゴミがついていると思っていたが、わずかに動くのでイモムシの幼虫がわんさと付いていたのがわかった。当然、葉も食べられていて、若いヤツガシラの葉は全部なくなっていた。

 

 あわてて隣のヤツガシラを観たら、でっかいイモムシが先端が白い「尾角」を持ち上げて食事中のようだった。からだは新幹線のようでカッコいい。敵を驚かす「眼状紋」が前方に4つある。黒くすべすべした段階からこげ茶色のざらざらした「終齢幼虫」へと成長した姿がそこにあった。当然、大きな葉はずいぶん食べられている。

 

 まもなく蛹になるころになっているようで、オイラのごつい指くらいの太さがある。長さは10cmくらいはある。それに、昆虫食として立派な栄養源でもある。最近は畜産動物の飼料としても注目され、飼育されているという。

 

 といっても、ヤツガシラはオラにも貴重な食料でもあるので、ピンセットで駆除させてもらう。赤ちゃんは別にして、小さな幼虫を含めると全部で20頭くらいにはなったかと思う。

 

 成虫の「セスジスズメ」もスタイルが良い。そのデルタ飛行機型といい、その幾何学的な模様といいいかにも最先端のにおいがする。「スズメ」という名前が冠されるのもその飛翔力がスズメのように力強いところからきているようだ。(成体の画像は、芋活.comから)

 貴重なサトイモやサツマイモを食害する害虫ではあるが、子どもには身近な友人でもある。そこから「イモムシ」という名前が付けられたようだ。たしかに、イモムシは毛虫より安全で手に取れるのでかわいいし、デザインがモダンだ。

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敬老の日に二つのお祝いもの

2024-09-16 23:35:07 | できごと・事件

 昨日のこと、地元の組長が「敬老の日のプレゼントです」と、にこやかにお祝いのお弁当を持ってきた。包みを開けると、ごはん・おかず・紅白の饅頭の三つがぎっしり詰まっていた。コロナ前では、廃校の体育館に集合してイベントがあった。ご挨拶と生伴奏の歌謡カラオケがあったり、75歳以上の高齢者が久しぶりの交流をしたりする。主催は地元の自治会で役員が会場の清掃やお弁当の配布・正座できないお年寄りに椅子を手配、などを担当していた。

  

 しかし、最近は役員の負担や対象者の運搬の大変さなどもあり、コロナをきっかけにお弁当の配布だけになってしまった。また、部落のお祭りは、お宮の祭礼をした後で、「直会(ナオライ)」の会食を盛大に行っていたのが恒例だった。それが今では、担い手の高齢化によって儀礼的な祭礼だけとなった。敬老会と同じような「運命」をたどったわけだ。かようにして、過疎化の進行は早まり所帯数も事実上一桁となった。

 

 そんな中でも昨日、近所から近くの川で釣ったという鮎をいただく。さっそく、いただいたお弁当と鮎を堪能することになった。お弁当のおかずは市内の都会からのものだけに確かにやわらかく旨いものだけど、前々から地産地消の地元のお弁当屋さんに発注すべきだと言ってきたがなかなか実現していない。

 

 食べていると、恨めしそうにアシダカクモやカマキリがこちらの様子をうかがう。彼らは、わが家にやって来る蛾やバッタを捕獲するようだが。最近は猛暑のせいか、ゴキブリやムカデが多くなってきているので任務をしっかり遂行してもらいたいものだ。今まで汚い古民家の割にはゴキブリは少なかったのに、しっかりしろよー。しかも、ムカデの出産ラッシュで小さな赤ちゃんがちょいちょい出てきて、和宮様の御足を2回もかじってしまった。赤ちゃんがかじるとは初めてのことだった。さっそく検非違使に取り締まり要請をしたが相変わらずヤル気がない。古都の京都と同じく自分で自分を守るしかない。

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東京に出てみたけれど

2024-09-14 21:06:46 | アート・文化

 1936年に公開された小津安二郎監督の映画「一人息子」を観る。満州国建国(1932)、国際連盟脱退(1933)という戦時背景は画面には出てこないが、製糸工場の女工であるシングルマザーの母・おつね(飯田蝶子)は生活苦を打開するには一人息子(良助・日守新一)だけが希望の星だった。

 担任教師の大久保(笠智衆)に「これからの時代は学問を身につけなければ、田舎でくすぶることになる」と言われて、おつねも一大決心をして良助を東京に出し、大学まで進学させる。そのため、結果的に息子の進学を応援し、東京で働くようになった息子を訪問するが。

 

 この辺りは、明治生まれのオラの親父の長男に期待する生き方と重なる。それに応えてオラの長男はエリートコースを邁進するが結果は赤貧の苦汁をなめてきた親父の期待を裏切ることになる。それはこの映画以上の残酷で運命のはかなさを末っ子のオラに見せつけることになる。それはまだまだ語れないが、監督がいわんとしていることと重なる。

   担任だった大久保先生も東京に行ったがわびしいとんかつ屋を、良助も安月給の夜学の教師となった。母のおつねも訪問したときの息子夫婦の親孝行ぶりには感動するが、生活の苦しい現実を知ることとなる。

 

 要するに、webの「note.com」(画像の引用のそこから)によれば、様々な作品を通して監督は「敗者の現実」を描いてきたのではないだろうか?という指摘に大いに共感する。 

 本作の冒頭には、『人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまっている。』という芥川龍之介の「侏儒の言葉」を画面に引用していたが、その現実を映像の最後まで貫いていて希望をシャットアウトしている暗い作品になっている。そこに、33歳だった監督の早い「無常観」が直截に出ている気がする。それは戦争に従軍しても、戦後になってもその姿勢は変わっていない。

 

 立身出世して周りから評価されても、また安定した裕福な家庭をもてても、それが直ちに幸せを獲得しているとは思えない、というのがオラが見てきた人生の実感だ。その意味でも、この映画はそれをまざまざと見せてくれる。フィルム状態は悪く、画面の雑な飛躍が気になるが、戦後の小津映画のパターンはすでに出来上がっている。

 生活が苦しくとも、古典落語に出てくる長屋の明るさや人間模様の寛容さが素晴らしい、と思うし、さらにそこに、自然との苦くも共生や感謝が見つかれば生きる豊かさを実感できる。そういう根拠地を自分の足元に構築したいものだ。これからも、小津監督の無常感からそれをキャッチしたい。

 

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新種発見か !?

2024-09-11 21:13:51 | 生き物

 このところの驟雨は、お天気雨だったり、突然の強い夕立ちだったり、天気予報が追い付いていけない日々が続く。灼熱の熱さが一時凌げるのはもちろん、水撒きの手間が省けるのも大いに助かるが、そのぶん、雑草の元気すぎる成長率は高齢者には身に余る災害ともいえる。

 そんなとき、柿の葉を食べていた珍しい模様のイモムシを発見した。模様がいかにもモダンなので感心することしきりだったが名前がわからない。

 

 さっそく、愛用している小学館の「イモムシとケムシの幼虫図鑑」で調べてみた。しかしこの芋虫にピッタリのものは確認できなかった。ヨトウガとかシャチホコガとかヤママユガとかの仲間に似ている。

 

  上の画像は「オオシマカラスヨトウ」(芋活comから)だが、毛がないイモムシであり、気門である眼目もあるのは似ているが、模様は一致しないし、お尻の翼のような突起はない。

 

 さらに調べてみると、「アオバハガタヨトウ」(センスオブワンだふるweb)も似ているのがわかった。しかし、当該のイモムシの模様とは一致しない。ネット上では「日本産蛾類図鑑」の優れた労作があるが、そこでも発見できなかった。あれだけカラフルな模様なのにまた片っ端から図鑑を見ても見つからないとは、これは新種発見だと小さな胸を張ってみるが…。

 

 カメラも頭だと思ってついお尻を撮ってしまったようだ。両方を撮っておかないと相手を正確に取れえられないということを痛感する。柿の木と言えば、そこに群がる幼虫はふつう「イラガ」が多い。姿はじつに宝石のように美しいが、刺されると痛いのでかねがね注意を払う。今回はイラガとはずいぶん形が違う。

 なお、当該のイモムシの名前がわかっている方がいらっしゃればコメントいただければ幸いです。

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トロロアオイのド根性健在なり!!

2024-09-09 22:43:18 | 植物

 10年以上前だったか、「オクラ」の種をネットで買ったらおまけについてきたのが、「花オクラ」こと「トロロアオイ」の種だった。そのこぼれ種が毎年わが「陣地」のどこかで花を咲かすのだ。わが「野生化農法」の、いや「放任農法」のエリートでもある。そんなトロロアオイがなんと、わが駐車場入り口で咲いていたのだった。そこは土がまったく見えない所だ。コンクリートの「ほつれ」の隙間から芽を出したらしい。最初は駆除しようかと思ったが、いつものようにめんどくさいのでそのままにしていた。すると、灼熱の熱波と排気ガスを受けながらも見事な花を毎日咲いてくれている。

 

 この花はエディブルフラワーとして食べられる花でもある。味はやはり控えめだがねっとりしているのはオクラの仲間であることを証明している。生のままサラダにしてもいいし、酢の物や天ぷらがお薦めだ。しかし、でかい花びらを収穫するのは罪悪感に襲われてしまうので、採らないでついそのままにしてしまう。一日花なので今日の花は明日にはない。青空の下の清新な花を何度も被写体にしたことだろう。

   

 花の中央は、赤紫色の花柱の先が五裂して、おしべが柱頭と合着しているのがわかる。花言葉は「知られぬ恋」というが、一日花の短い命のはかなさを意味するらしい。昨年は200粒ほど収穫してバタフライガーデンに撒いたけど、全く芽が出なかった。畑には勝手に芽が出るのでそれは駆除しているというちぐはぐの結果があるのみだ。だから、コンクリートからド根性トロロアオイが毎日花を咲かせてくれるというのは奇跡的だと言いたいのだ。

  花の中に、じっと動かない5mmくらいの甲虫がいた。はじめはマメコガネかなと思ったが、小さ過ぎる。調べてみたら、「クロウリハムシ」のようだ。ウリハムシと言えば、ウリ科の野菜の食害で有名だ。卑近な例で言えば、ウリ科の代表的な野菜はキュウリだが、ウリハムシはまさに主要な敵と言っていい。柔らかい葉は大好きで、虫よけカバーをしていないと見事に葉が無くなる。

 完全無農薬でやっているわが菜園はオレンジ色のウリハムシの絶好のえさ場になってしまう。その体験からすると、黒いウリハムシはあまり見かけない。というか、ひどい食害はしないらしいのでオラたちが気が付かないだけのようだ。

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