森とまちをつなぐ「半農半X」日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

日暈(ヒガサ)を発見

2018-05-21 21:30:13 | 風景

 朝起きて間もなくいつものように畑を見回っていたら、空に光の輪が見えた。太陽を中心に虹のような輪が巨大だったのでカメラに収まり切れない。レンズの傷が画像を不鮮明にもしている。

 

       

 隣の師匠に聞いたら、「雨が降る前兆だよ」と教えてくれた。滅多に見られないものらしいので、調べてみたら、「ハロ(halo)」(暈)というのだそうだ。英語読みだとヘイロー。雲の中の氷がプリズムとなって太陽の周りに現れる。屈折率によって種類があり、レア度もアップするらしいが、見たハロはどういうものかよくわからない。輪全体をカメラに収めようと場所を移動するが巨大すぎて失敗。

 

          

 夕方の空はいつもの雲が流れていた。きょうは終日、国道法面にレンギョウを植え付ける作業に専念。午前中に草刈、午後に10本を植え付け。いつもは地元に呼び掛けるのだが、準備作業が大変なのでつい一人でやってしまう。 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

濁流と山と陰陽説

2018-04-25 19:11:19 | 風景

 昨日からの大雨は近くの国道や県道が午前中通行止めとなった。その影響で学校も休校となった。この雨がもう一日激しく続いたら土砂崩れが起き、わが地域は陸の孤島になったかもしれない。

 

               

 ところが、お昼前には小降りとなり、午後には蒸し暑い陽射しが射すほどの天候となった。川の濁流は激しいエネルギーを抑えきれずに下流に・岸壁に向かっていた。この天候のあまりにも違う現象に、つい紀元前中国の春秋時代に生まれた「陰陽説」を思う。

 

      

 国家や戦争が発生する紀元前、世界の現象を「陰と陽と」で説明する学説がすでに存在していたのだ。一日のうちで大雨と晴とが同居する不思議さに「陰陽説」が単純に説得力を持つ。この考え方が日本の近世に至るまで多大な影響力があった。自然の持つ癒しの美しさと自然災害の恐怖との「二面性」。日本の神々も悪さをすることもあるが、西洋の一神教は神は絶対だ。

 

  

 濁流の喧騒と山の静寂さ。濁流の泥色と山の緑の鮮やかさ。濁流の能動的パワーと山の受動的柔軟さ。濁流の「水」と山の「木」の構成元素。濁流の「地」と山の「天」との位置。濁流の直線的動向と山の多様なたたずまい。まさに陰陽二元論は納得させる自然現象であったことを想う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

春景いまが「旬」

2018-04-06 19:46:05 | 風景

 中山間地の春は今が「旬」。河原の柳やコナラなどの新芽が黄緑色に芽生えていく。これがだんだんと周りの緑に同化し夏につながっていく。

 

                

 ソメイヨシノの桜はすでに散り葉がそろそろ出てくるころではあるが、近くのシダレザクラはいまが満開だった。しかもその下には絨毯のような紫のハナニラ群落が春色を競う。 

 

   

 また、目立たないことも多い「大島桜」は小さな白い花を多数つけることで自己主張している。しかも、ソメイヨシノよりやや遅く時間差をつけて登場する。

 

  

 自由奔放に枝を伸ばす「レンギョウ」は、つい数年前までは草刈機で刈り取られていて存在さえ忘れ去られていた。国道際のレンギョウはきれいに刈り取られているが、本当はかくも奔放な性格であるのが知られていないかのようだ。

 レンギョウの存在が確認され、あまり形に押し込められずに放任されたいまがいい。   

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

春を急ぐシイタケと桜と

2018-03-20 20:04:05 | 風景

           

 

春雨の影響でシイタケが元気もりもり。先月ではパチンコの玉のような芽だったものが、今ではすっかり成長している。ちょっぴり乾燥させてから、知り合いや近所におすそ分けする。冬越ししたシイタケは旨味が深い。

 

          

          

 街ではとっくに花が落ち、葉が出始めた「河津桜」がわが家ではまだ二分咲きというところ。早春に咲くという「カンヒザクラ」も同じくらい。昨年の今ごろは五分咲きだった。

 今週は雨模様なので春の目覚めも遅いかもしれない。小雨のなか強行して、ブロッコリー・ターサイ・ミズナの苗を植えつける。早く種をまきたいが雨が降っているので荒耕ができない。というわけで、春は人間をじらしながら焦らせる。

         

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

うっすらの雪も風情

2018-02-05 07:58:34 | 風景

 先日2日に降った雪はその日にあっという間に消えていった。東京では積雪が1cmというだけでニュースとなっていた。

 

          

 山が真っ白な風景もいいが、こうしたまだら模様もまた素晴らしい。いつも見る風景が違う顔を見せるのも風情がある。          

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

定点観測そろそろ終了か

2018-01-28 20:05:47 | 風景

 地すべり現場もそろそろ仕上げの地点にやってきたようだ。現場に向かって左側は雨が降ると「沢」の滝ができてしまう。その工事が年末から施行されている。そこに堰を作っているようだ。

 

                    

 日本列島は最初平地だったそうな。それが大陸のプレートやフィリピン・太平洋プレートの隆起運動で山々ができた。そのねじれ部分に静岡が大きくかかわっている。そのため、岩石が脆い傾向にある。近隣のどこでも地すべりがあっても不思議ではない。

       

 けっこうな急斜面で工事がなされている。吹きすさんでいる寒風・烈風にあおられてしまうと落下してしまう危険性もある。この工事が終われば基本的な工事は終了するはずだ。2013年4月に災害が起きたが、復旧にもう5年はかかっている。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「五色の雲」に迎えられる

2017-12-29 20:03:41 | 風景

  昨日、紺碧の空の下、国道を車で気持ちよく走っていたところ、突然、「五色の雲」=「彩雲・瑞雲」に迎えられた。

  もう少しやることが残っているのに、まさかこのまま天国に招待されるというのだろうか。

 

    

 小さな雲全体が彩雲・瑞雲の見事な五色カラーになったのに、車を走らせていたのでシャッターを押すチャンスを逃してしまった。

 角度によって色が鮮明に見える場所があるのだ。

 この彩雲に出会うといいことの(吉兆)前兆だと古来から言われている。

 

                   (千日堂webから)

  仏教では「瑞相」と言って、仏が説法する直前に起きる前触れとか、めでたい出来事の前兆とか言われている。

 娘らと久しぶりに出会えたのが「めでたい」できごとだったのかもしれない。

 瑞雲の仏教美術の来迎図や寺院の壁や柱で見られる彩雲のデザインはときどき見ることがあるが、本物の彩雲を見る機会はなかなか少ない。

 上を向いて歩こう。きっと、いいことがある。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

将軍様が初めてやってきた!?

2017-12-27 14:25:13 | 風景

 朝起きて雨戸を開けたら真っ白な風景が飛び込んできた。今年初めての冬将軍だった。

 日本海側・北海道の豪雪・吹雪は半端ではないが、静岡の予報では最初雪マークはなかったのに。そういえば、昨日の夕方はみぞれがちらほら降っていたっけ。

 

               

 冬将軍が来ることで本格的な冬の覚悟を命じられる。

 場所によって将軍様は過酷な災害を強いることもある。自然への畏敬を大切にし都市化が万能であることを過信しなければ、うららかな春を用意してくれる。

 

 夕方、春野山の村で実施する「山の楽市」の第1回目の打合せを12人で行う。昨年は頓挫してしまったイベントだが、今回は実行委員体制を明確にした取り組みとなった。心配していたところだったのでやっと本格的な始動にホッとする。

 ジビエ施設を設置してまもないのでそれを目玉にした取り組みが期待される。実施日は4月1日(日)に決まる。内側にこもりがちだった事業がやっと地域に開花する。従来より若い顔ぶれが加わっているのが決め手だ。

 萎えそうな中山間地を静かに揺るがすという、このこめられた思いをしっかり受け止めてくれる輪を広げていきたいものだ。将軍様の残した厳しい足跡は新たな春の蠢動を用意してくれそうだ。

        

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

江戸深川の漁師町はマンション群となったが

2017-12-24 22:22:51 | 風景

 海岸と川に囲まれた江戸深川猿江の漁師町の今は、マンション群と大通りに分断されてしまっている。そんななかに、東京ドーム3個分の都立公園がしっかり残っていた。

 

      

 秋の深まりは少し歩けば都会の日常ではありえなくなったが、そこは枯葉を踏む快感と音感を体験できる場となった。

 都会では枯葉は近隣のトラブルの原因ともなってしまい、したがって枯葉が散らばることを恐れて貴重な広葉樹を伐採せざるを得ない都会になってしまった。「寛容」を削除してしまった近隣関係は、ここだけは安心できる空間を確保できる。

 

                 

 都会は資本と文化の集中に心を奪われてしまっているが、下町情緒の残っていたここ一帯は工業地帯にもなっていたため東京大空襲の目標にもなり、終戦直後は死体の山がこの公園を満杯にしたようだ。戦後はその事実さえも落葉と共に風化してしまっているように思えてならない。

 

     

 江戸時代は筑波山が見えたというが、今ではスカイツリーがひょいと現れたり目の前に突然大きな石組が行く手を遮る。そんな非日常性が新たな次をステップする飛躍台になる可能性がある。

                 

           

 公園のあちこちに絵本のパネルが置いてあった。全部をまわる時間がなくて残念だったが、まだ未発表の絵本作家の物語だそうだ。

 まだ有名でない作家を応援するそんな配慮がうれしい。猿江恩賜公園を担う歴史に小さいながらホッとできる空間づくりがあることが希望である。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

もぐもぐ冬のモグラ塚

2017-12-22 21:11:11 | 風景

 畑のあちこちに「モグラ塚」が目につく。

 へたすると、30近くの塊ができている。やはり冬は寒いのでいつもより深く掘るようである。冬でも勤勉に生きるモグさんたちだ。

 胃の中に12時間以上食物がないとモグラは餓死すると言われているから、かなりの大食漢だ。一匹で300mほどのトンネルを掘るというから、畑はトウキョウ並みの地下トンネルが建設されているといえよう。

 つまりそれだけミミズが捧げられているわけで、ミミズは文句も言わずなんとも素晴らしい。大関松三郎の詩「虫けら」を畑で石碑の建立をしたいくらいだ。

 

 

            

 ここ数日は突風は収まり穏やかな日々が心を温める。立ち寄った道の駅の川はいつもよりかなり水量がなく流れるどころか水たまり状態に見える。

 畑の野菜もからから天気に絶え絶えだ。へたに水をやると凍ってしまう。外水道は凍っていて使えない日が続いている。

 わが民家の風呂場は換気が効きすぎるので、車で福祉センターの風呂に入りに行く。利用者がいつも少ないので赤字を心配しながら湯船につかる。その近辺のどこを見ても活気がない。

 人間の活力を劣化させていくシステムが都会も地方も吹きすさんでいる。

 オイラも体のあちこちの劣化がはなはだしいので、つい気合いを入れて動き出すことになる。「よいしょッと」ね。あしたも「よいしょ」の掛け声とともに生きることにする。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

茶農家の茶離れ

2017-12-20 21:04:23 | 風景

 静岡のシンボリックな茶畑に異変が起こっている。茶農家がお茶栽培をやめつつあるのだ。わが家の周りにも茶樹の抜根やそのまま放棄の場所が顕著になってきた。

 

         

 お茶価格の低迷がやや止まったとはいえ、茶農家の担い手の減少・高齢化は深刻だ。収穫は一人ではできないのが普通だ。

 「急須」というものを見なくなる日が近づいている。茶農家はティーパックの売れゆきはいいという。

 

 わが家のすぐ隣の茶畑はすでに抜根され整地されている。土地を借りていた茶農家が茶の栽培をやめたためだ。神社の前なので地主はそこを駐車場や地域の憩いの場にしたいという前向きの意向があるのでまだ救いがある。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

冬支度色々

2017-12-08 20:48:30 | 風景

 わが家からいつも見える山々に紅葉がちらちら見えるようになった。

 むかしは見事な紅葉の山並みだったというが、戦後の植林で針葉樹だけの山となってしまった。そこに、広葉樹がなんとか侵入したり、シイタケ用のコナラなどを植えるようになってやっと一部が混交林となった。

 経済効果を生まないカエデもいないなんて、森を市場としか見ない経済至上主義症候群の病的疾患の風景でもある。それが日本人にもたらす精神的疾患の深さはまさに日本全体を覆う病魔だ。だから、陰惨な事件が後を絶たない。

 

                     

 わが畑の脇には、小さなブルーベリーが紅のお色直しを見せてくれている。

 今年のブルーベリーの実はやっとだけど過去最高の出来で、ジャムもささやかながら提供できた。

 となりに植えていた「ナンテン」もたわわな赤い実を楽しませてくれる。冬はやはり赤い実が映える。なので、昨年いただいたホーリーの実を植えたがまだ1本だけしか芽を出していない。赤い実増殖作戦が必要だぞー。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

初霜降臨す

2017-11-17 21:02:17 | 風景

 朝起きると外がまぶしい。霜が一面に降臨していた。

 「ノラボウ」の葉には霜の紋がはっきり見えた。

 

           

 茶畑はうっすらと霜小僧が上のすべての葉に手を付けている。いよいよ寒さとの本格的な格闘が始まる。

 

      

 ブルーベリーにもニンニクにも霜が公平に降りていた。

 昨日、和宮様のご下命により「ノラボウ」のビニール掛けをしたばっかりだったが、それがしっかり大当たり。ノラボウの葉は無事だった。

 他の作物の防寒もあるのであわてて竹を伐り出した。ビニールトンネルは強風突風には脆いのが今までの例なので、竹の葉を利用しようというものだ。

 大空は雲一つない紺碧の秋の空。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

山が動いたか、消えたか

2017-10-26 19:59:31 | 風景

 畑仕事をする前にまず見る風景がここだ。

 茶畑のファンも風景に溶け込んでいる。

 正面の山は杉が多いのが残念だが、むかしは広葉樹が多く紅葉を楽しんでいたという。

 

  

 雨模様が昨日までだったとき、いつもの山が消えていた。

 山が動いたのだろうか。

 選挙があるたびにいつもがっかりする。やっぱり山は動かないのだろうか。

  日常の中の非日常を発見する視角を磨いていくと「希望」が近づいてくる。

 動かない山はじつは人間たちに何かを語っているのかもしれない。

          

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

秋の空はキャンバスだ

2017-09-29 21:05:55 | 風景

 きょうは雲一つない紺碧の空が続いた。

 といっても、日々刻々と変化するのもこの秋だ。

 5分もすれば雲の形がいつの間にか変化し流転していく。

 

              

 農的生活には空を見上げるのは自然の行為だ。

 しばらく眺めているとストレスが少なくなっているのに気づく。

 

          

 毎日空を見上げていても同じ形の雲は見ることはない。

 しかもそこには山があり森があり植物が見えてくる。

 よく見るとそこには昆虫や爬虫類などの生き物の小宇宙がある。

 

         

 サラリーマンをしているときはとてもこれらを見る余裕すらなかった。

 日本の労働はなんと貧しい世界に貶められているのだろうか。

 働くこと、生きること、希望が持てること、これらを一体的に感じられることが大切だ。思春期から50歳までの間に1年間農業に従事する法律を提案したいものだ。

 

       

 土の育む生命力に、つまり雑草のたくましさにも追われている現在に、汗を流す毎日でもある。そんななかに空と雲、さらには風が快い隙間を与えてくれる。

 それこそ風雲急を告げる総選挙となったいま、議員も国民もオイラもどういう落とし前をつけるのかが問われる。

 

 安倍総理は「ブームからは希望は生まれない」と渋谷で的確な演説をした。

 しかし同時に、既成の組織やそこにいる人間は硬直化し腐敗していくのは歴史の常道でもある。

 柔軟にしてブレない政治を実現するには、長い目で見れば政党ではなく政治家の人間性・識見が結果的にボディーブローとなっていく気がしてならない。

  

 

     

コメント
この記事をはてなブックマークに追加