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お先に開花、パリのさくら!

2007-02-18 02:24:45 | 自然・環境・健康
2月17日、メトロ6号線に乗っていると、なんと、さくらが咲いているではないですか。去年の4月4日のブログでも紹介したカンブローヌ(Cambronne)駅前のさくらです。



もちろん、今年の写真です。1分咲き、2分咲きといったところでしょうか。でも、もう咲き始めています。そういえば、16日のソルボンヌの授業で、教師がもうさくらが咲き始めていると言っていました。まさか2月に、と思ったのですが、本当でした。



しっかり咲いています。でも、早い。去年はとくに寒い冬だったのですが、開花が3月末。それに比べると、1ヵ月半近く早いことになります。



今年は確かに暖冬でした。パリらしい底冷えの日は1週間だけ。それ以外はず~っと暖かな日が続いています。このまま春になってしまうのでしょうか。寒くないのはありがたいのですが、あまりにも早い春はそれはそれで、また心配になってしまいます。温暖化・・・大丈夫でしょうか。



17日は、午後1時の気温が14度。最高気温は15度を越えたのではないでしょうか。さっそく、Tシャツ1枚の人たちが現れました。こちらの人は体温が高いせいか、ちょっと暖かくなるとすぐ薄着になってしまいます。コート姿と半袖姿。夏と冬が同居しています。でも、さすがにまだコート姿が圧倒的。しかし、春がそこまで、もう来ているようです。パリから一足お先に西洋さくら開花のご紹介でした。

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パリの街に、日の丸が氾濫!?

2007-02-17 04:11:55 | パリ
オペラ座界隈を歩いていたところ、赤い丸が突然目に飛び込んできました。日の丸かと思いましたが・・・

ギャラリー・ラファイエットのショー・ウィンドーです。もう少し寄ってみると・・・


冬のバーゲンの告知です。2月17日まで。今日で終了ですね。でも、この冬は、以前ご紹介した東洋風の布団・寝具の店のバーゲン広告がまさに日の丸でしたし、こうしたデザインが流行りなのでしょうか。確かに白地に赤い丸は目立ちますが、日本人から見ると、バーゲンのデザインに使われれてしまうと、日の丸が安っぽく見えてしまう。とくに海外で見るせいでしょうか、がっかりしてしまいます。前回も書きましたが、どうしても日本売りに見えてしまいます。ただでさえ、円安・ユーロ高なのですから、あまり日本を象徴するものを安っぽく使ってほしくないものです。布団・寝具の店とは異なり、ギャラリー・ラファイエットのデザインは日の丸を念頭にはおいていないのでしょうけれど。

ギャラリー・ラファイエットからプランタンを過ぎ、マドレーヌ寺院の近くまで来ると、また日の丸が・・・

“JAPAN SYSTEM VIDEO WELCOME”フランス語ではなく、英語。ということは、ターゲットは外国人。建物の外観は真っ黒。そして、入り口に貼られたステッカーには「未成年者の入場お断り」の文字が。そうです、あの手のビデオ屋さんです。日本システムということで日の丸を使っているのですね。この周辺には日本からの団体客や出張者がよく利用するホテルが多くあります。ターゲットの外国人は、もしかして日本人?

マンガやアニメなどポップカルチャーの輸出に力を入れ始めた日本ですが、このようなソフトも輸出しているようです。

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「ヨーロッパ・コミックの父」展。

2007-02-16 03:13:56 | 美術・音楽
Herge(エルジェ)、本名はGeorge Remi。ベルギーのブリュッセル生まれ、1907-1983。本名の頭文字を組み合わせ(RG)、そのフランス語発音に合わせてHergeというペンネームにしたそうです。この「ヨーロッパ・コミックの父」と呼ばれるエルジェの作品展が生誕100年を記念して、ポンピドゥ・センターで行われています。


エルジェを有名にしたのは、なんといってもTINTIN(タンタン)というキャラクターです。

この主人公タンタンがスノーウィ(ミルー)を相棒に世界を駆け巡るシリーズを1929年に始めました。掲載したのは『プチ20世紀』という雑誌で、第1話は「タンタン、ソビエトへ」。この作品が大評判を得て、その後アメリカや中国、そして宇宙へまで行く全23話のシリーズになりました。

下の写真のように、多くの人に読まれた跡がはっきり見て取れる、雑誌の貴重な現物も展示されています。


また、出版された雑誌だけでなくオリジナルの原画も展示され、制作過程が分かるようになっています。


会場には、子供の頃読んだ思い出の作品に再会に来たお年寄りから、子どもに素晴らしいマンガを一度見せたいと親子で来ている人など、多くの入場客でにぎわっています。


また、エルジェが自らの作品やTINTINに託した思いを語る映像も上映され、マンガ作家・エルジェの全体像が分かるようになっています。


タンタン・シリーズをはじめ、多くの優れたマンガにより「ヨーロッパ・コミックの父」といわれるようになったエルジェ。それ以前のマンガとの違いは、ギャグではなくきちんとしたストーリー・ラインを持たせたこと、そのために参考資料を正確に読み込み、普遍性のある作品としたこと、だそうです。その結果、エルジェのファンは世界中に広がり、その一人、アンディ・ウォーホールが4枚組のポートレートを制作しています。なお、この作品はベルギーで切手に採用され、発行されています。


エルジェによってその価値を広く認められるようになったヨーロッパのマンガ。今では第9芸術(le neuvieme art)として立派に市民権を得ています。カメラの前でマンガについて語るエルジェの顔を見ながら、この人と手塚治虫が語り合ったらさぞや素敵な対談になったのではないか、と思えてきました。

日本では「日本マンガ大賞」や「アニメ文化大使」を創設し、マンガによる国際交流を図ろうという動きがあるようですし、逆にタンタン・グッズを販売するTHE TINTIN SHOPが日本にも6店あり、また取り扱い店も多くあります。マンガ、アニメによる平和な国際交流が今後いっそう増えていきそうです。

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自殺予防の日。

2007-02-15 04:36:52 | マスコミ報道
フランスに、“Les Journees nationals de la prevention du suicide”(自殺予防のための国家の日々)というのがあります。フランスも自殺について考えざるを得ない状況にあるようです。こちらのメディアは政治・経済・外交が中心で、日本の報道機関のように社会面的な事件を一つ一つ紹介することが少ないので、普段なかなか気付かないのですが、自殺も取り組むべき社会的課題になっているようです。2月7日から始まりました。ちょっと古くなりましたが、それにちなんだ新聞記事のご紹介です。


5日付のLe Figaro(フィガロ紙)です。フランスにおいて、15歳から24歳の若年層での自殺はここ10年で大きく減っている。1993年の966人が、2004年には621人に。36%も減少しています。減った背景は、さまざまな組織が自殺予防へしっかり対応するようになったことと、インターネットを中心としたメディアの協力だそうです。悩みを抱える若者たちとの対話を通して立ち直らせようという取組み、例えば、Les maisons de l'adolescence(若者の家)のような組織の貢献がとくに大きいそうです。しかし一方、自殺の低年齢化が進んでいて、2004年には15歳以下での自殺が21人。先日は10歳の子の自殺未遂があったそうです。また、ひとつの警告として、自殺者一人の後ろには、160件もの自殺未遂があるということが挙げられています。2004年、フランス全土での自殺者は10,798人。若年層では女性、25歳以上では男性に多いそうです。


同じ5日付のmetro(メトロ紙)です。娘の自殺についての本を出版した女性へのインタヴューを載せています。若者が自分の居場所を見つけられない厳しい社会が自殺の温床になっている。若者は自殺を理想化してはいけない。また社会は自殺をタブー視(事故死扱いなど)せずに、真正面から見つめ、その再発防止に努めるべきだ。遺族は、その悲しみを乗り越え、生き続けることが何より大切だ。このようなことを語っています。なお、メトロ紙は、相談窓口として三つの組織の連絡先(電話・ネット)を紹介しています。

世界的にもこの10年で自殺者は10%減っているそうですが、30~60歳に限っては少しですが増えているそうです。厳しさを増す労働環境の中、やはりこの年代で自ら死を選ぶ人が多いのでしょうか。対話を通して悩みを早い段階で解消する、そうした取組みがいっそう求められているようです。社会の、そして世界の連帯で、ぜひ、少なくなってほしいと思います。

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エディット・ピアフ・・・予告編。

2007-02-14 01:31:02 | 映画・演劇・文学

今、パリの街にはこうした広告が氾濫しています。映画“La Mome”(ラ・モーム)の広告です。

La Mome・・・今日14日に封切られるピアフの人生を描いた映画。La Momeとは娘さんとかいった意味。ピアフのあだ名、La Mome Piaf(小さなすずめちゃん)から取ったタイトルです。そもそもPiafとはスズメを意味する俗語。芸名もこのあだ名からつけたそうです。

フランスで今でも最も愛されている歌手の人生を描いた映画だけに、大きな話題になっています。

映画や彼女の歌を納めたCD+DVDの広告です。

彼女の人生を紹介するドキュメンタリー特番も放送されました。TF1は夜8時のニュースでもこの映画を紹介していました。このように、いろいろなメディアとタイアップして、話題をいっそう盛り上げています。

こうしたトレンドに、お堅いLe Monde(ル・モンド紙)も1ページを割いています(11・12日付け)。

ただし、紹介が単に映画や彼女の人生紹介に終わらず、映画界の潮流や問題を取り上げています。ル・モンドらしく、ちょっとひねりを入れた論説風になっています。

映画のトレンドとは、記事の見出しにある“biopic”といわれるもので、biographical picture(伝記映画)の略。特にミュージシャンの人生を描く作品が多く、ハリウッドではすでに以前から多くの作品が制作されています。デューク・エリントン、ジャニス・ジョプリン、ジミー・ヘンドリック、ビリー・ホリディ、ダイアナ・ロスなど多くのミュージシャンの伝記映画が作られ、ヒットしました。そして、今でも作られ続けています。では、どうして、ミュージシャンなのか。彼らの人生には、貧困、苦労、成功、挫折など多くのドラマが散りばめられていて、映画化しやすく、観客にも感動を与えやすいからだそうです。もちろん描き方には、人生をじっくり描くものと、ある重要なエピソードに絞って描く作品、という違いはありますが。

こうしたbiopic、映画好きなフランスで、今まで殆ど作られてこなかった。それはまた、どうしてでしょうか。興行的には外国でも上映したいのに、フランスのミュージシャンの人気はフランス語圏の国々に限定されている場合が多く、映画化しにくい。つまり、国際的スターが少ない。また、フランス人にとっては「歌」そのものが大切なのであり、歌手の人生には興味を示さない(このあたり、フランスでは確かに、歌手は歌唱力で、政治家は政策で、作家はその著作で、学者はその研究成果で評価され、プライベートにはあまり左右されないようで、良い悪いは別として、日本とは大きく異なるようです)。さらに、こうした映画は映画界と音楽界の共同作業が必要になりますが、フランスではこのふたつの産業の足並みがなかなか揃わない。このような背景があり、今までミュージシャンの伝記映画がフランスでは作られてこなかったそうです。

従って、いよいよ上映されるピアフを描いた映画がこの手の映画の試金石になるわけです。ピアフの人生は、売春宿で育った子供時代、モルヒネ中毒、恋人の事故死、自堕落、贖罪など、それこそドラマの連続。しかも世界的に有名なシャンソン歌手。この映画がヒットすれば2作目3作目が作られるだろうと、ル・モンドは予測しています。しかしピアフに続く映画化されやすいミュージシャンがフランスにいますかどうか・・・。でも、たいしたドラマのない人生を感動の名作に仕上げるのが映画人の腕の見せ所、かも知れません。期待したいと思います。

映画の感想は、今週末に観てから紹介させてもらおうと思います。乞う、ご期待。

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バイク、売ります。

2007-02-13 02:27:26 | パリ

歩道の真ん中に堂々と停めたバイク。時々あります。通行の邪魔になるにはなりますが、歩道が割りと広いのでよけて通れるので、目くじらを立てるほどではありません。

でも、このバイク、前に何か貼ってあります。

Piaggio X9、2003年、19,800km走行、2,500ユーロ。このバイク売ります、ということで、連絡先の電話番号も記入されています。

以前、中古車の販売もクルマの窓に貼り紙をして、売主が直接買主を見つけている様子をご紹介しましたが、バイクも同じようにやっているのですね。直取引なら値段も安くできるでしょうし、税金対策も何かいい方法があるのかもしれません。しっかりしているフランス人らしいやり方ですね。この貼り紙、走行中も貼ったままなのでしょうか。雨の時はどうするのでしょう。よけいな心配をしてしまいます。人と同じで、少々の雨はそのまま走るのでしょうね、きっと。

約40万円。高いのでしょうか、安いのでしょうか。もちろん車種によっては新車でもこの値段より安いものもあります。バイク好きの人がこちらに住めば、気に入るバイクが意外と簡単に買えて、ツーリングが楽しめるのではないでしょうか。何しろ道路はしっかり整備されていますから。

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日刊紙の危機!?

2007-02-12 03:20:43 | マスコミ報道
先週からフリーペーパーが一紙ふえました。“matinplus”(マタン・プリュス)、もうひとつ上の朝、といったニュアンスでしょうか。創刊したのは、なんとあのLe Monde(ル・モンド紙)です。



サイズはLe Mondeの半分。月曜から金曜までの朝発行され、メトロの駅などで配布しています。では、どうしてル・モンドがフリーペーパーを出すことにしたのでしょうか。考えられるのは、他のフリーペーパー(metro:メトロ紙、20 minutes:20分紙、directsoir:ディレクトソワール紙)の発行部数が伸びており、広告収入も順調に伸びているようだ、ということで、ル・モンドもこの分野に進出したのではないかということです。もちろん、ル・モンドの本紙は夕刊なので、朝「matinplus」で新鮮な話題を提供し、興味を持った人に本紙を買って詳しく読んでもらおう、そうすることにより本誌の部数も伸びる、といった理由もあるでしょう。しかし、いずれにせよ、売り上げを伸ばす、あるいは確保するためにはフリーペーパーを出さざるを得ない状況にある、ということなのではないかと思います。

では、どうしてフリーペーパーの部数が伸びるのでしょうか。忙しい人が多く長文の記事を読んでいる時間がない。その点、必要なニュースを簡潔に紹介しているフリーペーパーは便利、ということではないかと思います。通勤時、地下鉄の車中で読みきって捨てていく人も多くいます。



11・12日付のル・モンド紙です(パリでは10日午後発売)。“Vers la fin du quotidien papier ?”(日刊紙は終焉へ向かっているのか?)という記事です。いまや日刊紙の敵はフリーペーパーだけではない。もうひとつの大きな脅威に晒されている・・・そう、ニュースのネット配信です。この記事によると、先進国の殆どの日刊紙は月曜から木曜までは赤字。この期間は忙しくて新聞をゆっくり読んでいる時間がないので買わない人が多いのでしょう。週末の2、3日しか利益が出ないそうです。部数が伸びず、広告収入も頭打ちか減少。多忙を理由に買わない人がふえている上に、ネット上で読んでしまう人がふえている。ブロードバンドの普及やネットにアクセス出来る携帯電話の増加で、いつでもどこでも必要な情報がネットで取れるようになり、何もスタンドで新聞を買う必要がなくなってしまった。今の主な新聞購入者は中高年で、単に習慣で買っているに過ぎない。生まれたときからインターネットのある層がふえるに従い、その習慣は消え去ってしまう・・・。

また、「情報」のもつ意味も変わってきているそうです。以前はいかに多くの情報を持つか、溜めておくかが重要だったのが、今やいかに情報に素早くアクセスできるかが重要になっている。しかも新聞を発行するには、天然資源である木々を伐採し、パルプを作り、印刷工場で印刷し、輸送して販売。読まれた後は、うまくいってリサイクル。環境問題も考慮しなくてはいけないし、時間・労力もネット配信に比べると非常に大きい。日刊紙を取り巻く環境はかなり厳しいようです。

では、どうやって生き延びていくのか。新聞社としてはネット配信を通して収益を上げるような仕組みづくりが必要になるでしょう。日刊紙に関しては、「毎日発行」をやめて売り上げが期待できる金曜と週末だけの発行にする。記事も速報性ではなく、解説・論説を中心にしていく。雑誌のようになっていくわけですね。しかも、ニュース全般を取り上げるのではなく、専門分野に特化・分化していく必要があるそうです。つまり、速報性はネットとフリーペーパー、詳細は週末紙か雑誌・・・でも、今度は雑誌との競争になってしまいそうですね。

こうした現状・課題はフランスだけでなく、先進国共通になっているようです。日本だけが宅配の普及で、ここまで深刻ではないのかもしれません。しかし、新聞を読まない層が増えてきているなどといった問題も出ているようですね。さて、今後、日刊紙はどのようになっていくのでしょうか。絶滅したメディアとして博物館に展示される日も来るのかもしれません、寂しい気もしますが・・・。

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合格証書授与式。

2007-02-11 03:31:56 | 学校
ソルボンヌ文明講座・冬学期の合格証書授与式が、10日に行われました。以前は毎学期行われていたそうなのですが、今回、突然何年ぶりかで復活しました(去年は講義室でもらうだけでした)。



前日の9日に結果発表があり、合格者のうち式に出席を希望する人はガウンと帽子をもらうことになります。合格者が全生徒の約三分の二にあたる1,100人ほどおり、欠席者もそれなりに多いとはいえ大人数での式になるので、午前・午後の2回に分けて行われました。こうした「儀式」、晴れの場はどうも苦手で普通なら欠席するのですが、ブログにはいい話題かと思い、意を決して出席してきました。


会場は、ソルボンヌ大学の階段教室。Rue des Ecoles(デ・ゼコール通り)に面した入り口から入るのですが、ここから入るのは初めてでした。

入ってすぐ、上を見上げるとこのようなステンドグラスが。歴史と伝統を感じさせる校舎です。


早速、濃紺のガウンを羽織り、帽子を被る。家族・友人の出席もできるので、写真係として家族連れで来た人たちも多くいました。

壇上には教師たちの中から20人ほども、同じく前日にもらった黒いガウン姿で並んでいます。式は、学長、文明講座のディレクター、教師代表のユーモアのある祝辞があり、

後は一人ひとり壇上で合格証書を学長、ディレクターなどから受け取ります。


ある程度まとまったところで、最初の写真のように集合写真の記念撮影。学校側の用意したカメラマンと、自分たちでも撮りたい多くの学生・・・あちこちでシャッターの音がしていました。若い人が多いだけに、青春のいい思い出になったことでしょう。

式の間に、学生を代表して、最上級で最も試験の点数のよかったベトナム人の女性がお礼の言葉を述べましたが、実に立派な挨拶でした。感心してしまいました。

式は約2時間。全員が証書を受け取り、再び学長の挨拶で終了。あくまで外国人のための語学講座。それでも、合格はうれしいもの。しかもこうしたセレモニーがあれば、なおさら。出席した人たちはみな大満足。きっとまた継続されるものと思います。

ただ、一つだけ気付いてしまったのは、こうしたガウンや帽子、色やデザインのせいもあるのでしょうが、白人には似合うものの、東洋人が着るとみんなカンフーになってしまうことです。その風土や歴史の中で生まれてきた「服」は、やはりその土地の人に最も合うようですね。当然のことで、仕方のないことです。でも、式自体になんら傷をつけるものではありません。

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ポートレート写真展。

2007-02-10 04:27:05 | 美術・音楽
14回目となる「写真月間」(Le Mois de la photo 2006)の一環として、“Chroniques d'un portraitiste de Gerard Rondeau”(ポートレート作家の年代記~ジェラール・ロンドー)という展覧会が昨年10月末からこの2月16日まで行われています。



ジェラール・ロンドーとは、ポートレートからルポルタージュまで、主にモノクロ写真で時代を切り取り続けている写真作家。1953年生まれ。ポートレートは、文化人・芸術家のものが中心で、Le Monde(ル・モンド紙)の依頼で撮影されたものが多くなっています。ルポルタージュとしては、ユーゴ内戦やアフリカのベナン、モロッコなどを撮影したものが知られています。

会場は、なんとリセ(高校)。超名門校として知らぬ人はいないルイ・ル・グラン高校(Lycee Louis-le Grand)の講堂です。卒業生には、モリエール、ユーゴー、ヴォルテール、ボードレール、サルトル、クローデル、セザール、ドラクロワ、ロベスピエール、ポンピドゥ、ジスカール・デスタン、ジュペ、シラクらがおり、フランスの歴史が語れるほどの有名人を輩出しています。場所はサン・ジャック通りをはさんでソルボンヌ本校の真向かい。通りに面した柵にいくつかの写真が展示されています。



中には、哲学者、ジャック・デリダのガラス越しの写真や、

ファッションデザイナー、ジャン・ポール・ゴティエのロンドーにしては珍しいカラーのポートレート(左の写真)もあります。

柵にかけてある他の写真のモデルもみな文化人・芸術家なのですが、私が知らないだけです。残念。

会場は、通りからも少し覗けるようになっています。入場無料。リセの校舎といっても、なんらチェックもなく、本当に自由に入場できます。荒れる高校がフランスでも問題化していますが、さすが名門校、部外者の入場が自由ということは、さしたる問題も起きていないようです。


パネル展示しただけの会場ですが、そこに並んだ多くの「顔」からは、時代を切り開いた文化人・芸術家ならではの気概、そして背後に作品には表れないその人生が垣間見えるようです。ヨーロッパでは古くから肖像画が多く残されています。そこにはそのモデルの人生が、人となりが見事に描き出されています。その写真版が、ジェラール・ロンドーのポートレート写真ということなのでしょう。


アメリカの作家・エッセイスト、Susan Sontag(スーザン・ソンタグ)です。(印刷物からの複写)

映画監督のJim Jarmusch(ジム・ジャームッシュ)。(印刷物からの複写)

画家のRoy Lichtenstein(ロイ・リキテンシュタイン)。(印刷物からの複写)


その作品からは、「時代」の鼓動が聞こえてきます。「一瞬」が「永遠」に変わるさまが見えてきます。見る人によって再構築されるモデルの「人生」が読み取れます。そして、そこにはとりもなおさずジェラール・ロンドーの人生を見つめる透徹した目、人を見抜く鋭くそれでいてやさしい目が光っています。文化人・芸術家の人生を白日の下に晒してしまう写真は同時に、その写真を撮った人の内面をも表してしまうようです。そして、そのやさしさがあったからこそ、ジェラール・ロンドーに撮られる事を歓迎した人も多かったのでしょう。

ポートレート写真・・・撮る人と撮られる人の、その一瞬に人生をかけた内面の戦いがきらっと光っているようです。

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アミアンへの小さな旅―③

2007-02-09 01:32:09 | フランス
アミアンの街は第一次、第二次、ふたつの大戦でほぼ全域を破壊されてしまったそうです。従って、歴史的建造物は、かろうじて戦災を免れた大聖堂などごく少数をのぞいて、今に見ることはできません。

大聖堂にしても危なかったようで、1918年に破壊から救ってくれたアメリカ軍・オーストラリア軍への謝意を捧げるプレートが聖堂内に何枚か掲示されています。

戦後の復興、それはどこの国でもどこの街でも大変だったことでしょう。アミアンがその際選択したのは、赤レンガによる街づくりだったようです。

市内いたる所にこのような赤レンガの建物が並んでいます。フランスらしくないですね。オランダ、あるいはイギルスの雰囲気に近いような気がします。それだけアミアンがフランス北部にあり、ベルギー・オランダや、海峡を挟んでイギリスと風土的に近い関係にあるということかもしれません。

こういった公園にしてもいわゆるフランス庭園の幾何学模様にはなっていません。何となく肩の力の抜けた、やさしい表情をしています。

ピカルディ地方最大の都市だけあって、中心街にはラ・ファイエットなどのデパートやブティック、そしてマクドナルド、都市銀行などが軒を並べており、歩行者専用道路もきれいに整備されています。また、大聖堂の少し北にあるサン・ルー地区では、小さな運河を活用した街づくりが行われています。

カフェ、レストランなどが並んだ、いわばウォーター・フロント。運河の中に立つ像がTシャツを着ているのが愛嬌です。

同じ運河沿いでも、こちらは一見、日本の蔵の街。細い水の流れと柳の木がそのような雰囲気を醸し出しているのかもしれませんね。建物はちょっとカラフルでサンフランシスコ風です。

このサンルー地区で見つけた面白いものが、下の看板。

武道教室の案内看板です。空手と居合い。「武道スポーツ80・本部道場」と書かれています。どんな小さい街にも日本武術の教室がある、と言われていますから、人口13万人のアミアンにあるのは当然なのでしょう。マンガやアニメを見ながら武術の稽古をしているのかもしれません。


大聖堂、ジュール・ヴェルヌの家、そして赤レンガの街並み・・・フランスらしさとフランスらしからぬところとを併せ持つアミアン、なかなか素敵な街でした。

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