goo blog サービス終了のお知らせ 

50歳のフランス滞在記

早期退職してパリへ。さまざまなフランス、そこに写る日本・・・日々新たな出会い。

立場逆転の映画。

2007-03-17 04:18:13 | 映画・演劇・文学
“Africa Paradis”(アフリカ・パラダイス)という映画を観てきました。フランスに住んで、白人からの有形無形の差別を感じてしまっている有色人種なら、誰もが一度は夢想してしまうに違いないことを、ついに映画化してしまったという作品です。



時は2033年。アフリカは「アフリカ連邦」としてひとつにまとまり、経済等も急成長。いまや世界の中心のひとつに。一方ヨーロッパは、かつての栄光や今いずこ。疲弊しきった社会で、職もなく、教育もおざなり。まったく良いところなしの社会に成り果て、アフリカ移住のためのビザを求める多くの人が大使館前に長蛇の列を作る有様。しかし、いくら学歴があろうと、フランスの教育レベルは低いから同等とは認められず、アフリカ連邦に必要な人材として認められない、つまり移住が認められない。そこで、不法移民になってでも職のため、暮らしていくためにアフリカに渡りたいという人たちが現れる。主人公カップルもそうして不法移民としてアフリカにもぐりこむ。

どうです、まったく立場が逆転しています。アフリカに着いてからも、上手いこと拘置所から逃げ出すものの、たどり着いたのは白人専用の街にある劣悪な住環境。たまたま交通事故で死亡した別人の滞在許可証と労働許可証を入手し、働き場所を得るが、そこは危険な作業現場。それでも、失業よりはまし。また収入が得られるようになったので少しはましな住まいをと探すが、事前にアポを取って訪問するにもかかわらず、現れたのが白人と分かると門前払い。白人専用の街から抜け出せない。こうした現状に不満を抱く白人たちがデモを行うが、アフリカ連邦内の政治抗争に利用され、死者まで出る流血の騒ぎに・・・。


(この映画を紹介するLiberation・リベラシオン紙です)

見事に現状のフィルムを反転して見せてくれました。映画としては、ストーリーの細部がご都合主義だったり、大道具・小道具がとても安っぽかったり、いまいちのところも多々あります。映画としての出来は確かにもうちょっとなのですが、誰もが思いつきそうなことを映画化し、かつ独立系2館だけとはいえ(大手配給会社は受け入れず)上映するまでこぎつけたのは賞賛に値すると思います。しかし、それにも拘らず、見終わった後、本当にいい映画を観たとは思えませんでした。なぜか。面白い映画だけれど、出来れば現状の裏返しではなく、現状の解決を示してほしかった・・・。差別されるのが有色人種から白人に代わっただけで、人種による差別が存在するのは同じ事。これでは解決にならない。理想主義といわれるかもしれませんが、人種・肌の色などによる差別をなくす方向で考えてほしかった。現状の指摘だけなら、いっそ今の社会をパロディとして笑い飛ばすだけの強さ・明るさがほしかった。でなければ、やはりアフリカ側からの問題解決への第一歩を示してほしかった・・・。ないものねだりかも知れませんが、そう思ってしまいました。

Africa Paradis(フランス・ベニン合作、2006)
監督:Sylvestre Amoussou
出演:Eric Ebouaney, Stephane Roux, Sylvestre Amoussou

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

人気blogランキングへ

バルザックの家。

2007-03-15 04:24:08 | 映画・演劇・文学
オノレ・ド・バルザック(Honore de Balzac:1799~1850)。多くの文学作品を残し、しかもそれらを『人間喜劇』の名のもとにまとめ直したフランス19世紀を代表する文豪の一人。バルザックが晩年の1840年から47年まで住んでいた住居が、「バルザックの家」(Maison de Balzac)として一般に公開されています。


場所は、パリ16区、高級住宅街として知られるパッシー地区です。豪奢なアパルトマンに囲まれた庭付きの一軒家。セーヌの流れもすぐそばで、エッフェル塔も手が届くほどの近さに見えます。ただし、エッフェル塔の完成は1889年。バルザックが見ることはありませんでした。


19世紀前半のパッシー地区はまだパリの西郊で、雨が降ればぬかるみだらけの道が多かったとか。バルザックは引越し魔で、パリで11回も引越しをしたそうです。その中の一軒がこの家で、もともとは宮廷画家の家に付属した別棟だったようで、どちらかといえば質素なつくりです。

さて、展示ですが、バルザックの書斎(執筆部屋)には、当時の机が置かれています。ここでいくつもの小説が書き上げられ、また一連の作品が『人間喜劇』としてまとめ直されたようです。

机上には手書きの校正原稿も残されています。

かなりの書き込み・修正がなされています。何しろ、いろいろな事業に手を出しては失敗し、そのうえ浪費癖も激しかったバルザック。借金をペン一本で返済すべく、執筆に没頭したそうです。かなりの乱作ですが、粗製乱造にならないところが、偉大な作家ならでは。

ほかの部屋にも多くの校正用原稿の写真が愛蔵書などとともに展示されていますし、ロダンのバルザック像(胸像)の最終試作品やフルギエールのバルザック像なども展示されています。

時代を見つめ、そこに生きる人たちを巧みに作品に登場させたバルザック。その作中人物のエッチングも一堂に展示され、当時の風俗を知るうえで面白い題材になっています。



パッシー地区は、セーヌ川に向かって下っていく坂の多い街。

バルザックの家も入り口はライヌアール通り(rue Raynouard)に面していて、そこからは1階建てに見えるのですが、裏のベルトン通り(rue Berton)にまわると3階建てに見えます。この特徴を利用して、借金取りから上手く逃げおおせた事もあったとか。夜中の12時に起きだして朝8時まで執筆、15分の食事を挟んで夕方5時まで執筆、その後食事して睡眠、そして真夜中からまた執筆。その合間に、社交界へ出入りしたり新しい事業の構想を練ったり・・・超人的な体力の持ち主ですが、浪費も多く借金取りとは縁が切れなかったようです。それだけにいろいろな逸話も多く、バルザックの人生そのものが『人間喜劇』ともいえそうな気がしてきます。しかし、無理がたたったのか、51歳の短い人生でした。


なお、ベルトン通りは、このように非常に狭い石畳の路。バルザックが住んだころの郊外の風情を残す通りになっています。

La maison de Balzac
47 rue Raynouard
月曜・祝日休館
特別展がなければ入場無料

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

フランス映画事情&セザール賞。

2007-02-26 03:05:23 | 映画・演劇・文学

23日付のmetro(メトロ紙)です。「フランス映画は抵抗している」という見出しです。何に対して抗っているのか・・・お分かりですね、ハリウッドに負けまいと頑張っているわけです。

昨年2006年は、フランス映画界が非常なる活況を呈した年だったそうです。映画館への入場者数を、観た映画の製作国別に見ると、フランス映画=46.8%、アメリカ映画=45.2%、その他の国の映画=8.0%。この46.8%という数字がいかに凄いかは、他のヨーロッパの国々の状況を見れば一目瞭然です。イタリア、スペイン、ドイツ、イギリスといった、映画産業が決して衰退していない国々においてすら、自国製作の作品を観た観客の割合は20%以下。80%以上の人がアメリカ映画を観たことになるそうです。

昨年入場者の多かった作品トップ10のうち、7作品がフランス映画。1位の“Les Bronzes 3”(レ・ブロンゼ3)というフランス映画は1,035万人以上を動員し、2位のアメリカ映画“Pirates des Caraibes”(カリブの海賊)より370万人も多かったそうです。因みに10位の作品の入場者数は、308万人でした。

では、ハリウッド映画に対抗するには、どうすればよいのでしょうか。もちろん、作品の質を上げるとともに、観客が観たいと思う作品を製作すること。そのためには、まず資金援助。国立映画センターを通しての公的支援、Gaumont、UGCをはじめ多くの映画産業による支援、テレビとの提携による製作費調達など、いろいろな方法でより多くの資金を獲得し、話題作づくりに成功しているそうです。もうひとつは、キャスティングの妙。いかに興味をそそる俳優をそろえるか、いかに役に最適なキャスティングを行うか。そのことが観客数の増加につながっているそうです。

フランスでは水曜日が映画の封切り日なのですが、およそ10作品が毎週スクリーンに登場し、その日の内に、あるいは数時間で何週上映を継続するかが決まってしまうそうです。それだけ厳しい競争の中で、フランス映画が大健闘したのが2006年だったといえるようです。しかも、その流れは今年も続いている。“Taxi4”(タクシー4)が200万人、先日ご紹介したエディット・ピアフの伝記映画“La Mome”(ラ・モーム)が150万人、それぞれ第1週目に集客したそうです。

その数字を紹介する23日付のLe Figaro(フィガロ紙)です。2月14日から20日までの集客トップ10なのですが、フランス映画=5本、アメリカ映画=4本、ドイツ映画=1本。今年もフランス映画の健闘が続いています。

このように23日に新聞各紙に映画の話題が出たのは、24日夜に、フランスのアカデミー賞ともいわれるLes Cesars(セザール賞)が発表になるからです。

フランス映画の活性化を図ろうと、映画人のジョルジュ・クラヴァンヌ氏が提唱し、1976年にジャン・ギャバンを審査委員長に第1回が行われました。「セザール」とは、氏の友人の彫刻家の名だそうです。前年に公開された作品を対象に、3,400人以上もの選考委員の投票でいろいろな賞を選出する。さて、今年の結果は・・・

主演男優賞:Francois Cluzet(フランソワ・クリュゼ)
主演女優賞:Marina Hands(マリナ・アン)
監督賞  :Guillome Canet(ギヨーム・カネ)
作品賞  :Lady Chatterley(チャタレー夫人)
脚本賞  :Olivier Lorelle&Rachid Bouchareb
外国映画賞:Little Miss Sunshine

昨年秋の話題作、“Lady Chatterley”(チャタレー夫人)が作品賞・主演女優賞など5部門、“Ne le dis a personne”(それを誰にも言わないで)が主演男優賞・監督賞など4部門でセザールを受賞。この2作の圧勝でした。もうひとつの話題作“Indigenes”(アンディジェーヌ)は脚本賞だけの受賞に終わりました。受賞リストは下記のサイトで見ることができます。
http://www.lescesarducinema.com/cesar/palmares.html

今年もますます活況を呈しそうなフランス映画。これからも話題作を適宜ご紹介していこうと思います。

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

歌の神に魅入られた人生。

2007-02-21 02:30:34 | 映画・演劇・文学
“La Mome”(ラ・モーム)・・・エディット・ピアフの伝記映画です。すさまじい人生の記録です。


(フィガロ紙の映画評は最高のハート三つです)

彼女の晩年からその人生を振り返る。晩年と過去がフラッシュ・バックの連続で描かれ、最後に彼女の死で幕がおります。よく構成された映画ですが、事前にエディット・ピアフの生涯についてある程度知っておかないと、フラッシュ・バックの連続に目がくらみ、分かりにくいかもしれません。

街頭で歌って糊口をしのぐ母に捨てられたも同然の幼児期。父親に連れて行かれたのが、その実家の売春宿。そこで働く女性にわが子のように可愛がられるが、数年間失明。視力は戻るが、今度は父親に半ば無理やり連れ出されて、父の働くサーカスへ。そして街頭で曲芸を見せる父親に強制されて歌い出す。それが大好評。一人で歌い始めたところ、ある日キャバレーの支配人の目に留まり、そのキャバレーでプロ歌手としてデビュー。しかし、その支配人は殺され、彼女も容疑者の一人に。その前には10代で生んだ子供が突然死。やがて、彼女の歌がヒットし、スターに。しかし、人生をかけて愛したボクサーが飛行機事故で帰らぬ人に。彼女自身も交通事故の影響でモルヒネ中毒に。そして、飲み続けたアルコールのせいか、手は震え、カラダはぼろぼろ。それでも歌い続けるが、ついに癌で47歳にして人生の幕をおろす。



まさに、「そこに歌があった」。歌うことにより救われたのでしょうし、歌うために歌の神によって与えられた試練だったのかもしれません。街頭で、売春宿で、サーカスで、バーで、キャバレーで、楽屋裏で、彼女が見たさまざまな人生、彼女が出会ったさまざまな人間。それらが彼女の歌をいっそう味わい深いものにしているような気がします。彼女の歌が多くの人を惹きつける要因なのでしょう。人生の最後に彼女が歌うのは、“Je ne regrette rien.”(私は何も後悔していない)。インタビューに、人生で最も大切なものは“Aimer”(愛すること)と答えるエディット・ピアフ。しかし、この答えがちょっと唐突に感じられます。あまりにも多くのエピソードを2時間20分に詰め込みすぎたからではないでしょうか。フラッシュ・バックの連続で、彼女の人生の足跡をたどるのに急がし過ぎるせいではないでしょうか。ピアフのメッセージが分かりにくい。伝記映画としてはよくできていますが、それ以上ではない。彼女の人生は分かるが、何かメッセージがあるのか。きっと、それが「愛すること」なのでしょうが、ちょっと分かりにくい。いくつかのエピソードに絞って描いたほうが、メッセージは伝わり易いと思うのですが。エピソードだらけの人生、しかも偉大な歌手の伝記だけに、そういうわけには行かなかったのかも知れませんね。

よく出来た伝記映画だが、それ以上ではない。それが私の率直な感想です。そして、よく出来た、と思わせるのには、ふたつの理由。まずは、ピアフを演じるMarion Cotillard(マリオン・コティヤール)の熱演。完全にピアフになりきっています。スクリーン上にピアフを再現しています。若いときから人生のラスト・ソングまで、見事な演技です。彼女の演技を見るだけで、チケット代は高くないと思えてしまうほどです。



ふたつ目の理由は、エディット・ピアフ歌う名曲の数々。映画は総合芸術、ということを改めて実感しました。全編にちりばめられたこれらのシャンソンがなければ、描かれた彼女の人生もこれほどまでには感動的なものになっていなかったのではないでしょうか。

もちろん、映画の見方もいろいろ。フィガロ紙は、伝記映画以上、悲劇の主人公の引き裂かれた人生が見事に描かれている、と評しています。彼女の人生の細部まですでに知っている人が観ると、こう見えるのかもしれません。ピアフ人気の高い日本ですから、必ずや封切られると思います。皆さんそれぞれの視点で、ぜひご覧ください。



エディット・ピアフがステージに立ち続けたオランピア劇場(Olympia)の今です。歌手は変わり、曲も変わってしまいましたが、その舞台裏では、今もピアフのような歌の神に魅入られてしまったような人生が繰り広げられているのでしょうか・・・。

La Mome (2007、フランス)
監督:Olivier Dahan
出演:Marion Cotillard, Gerard Depardieu
Sylvie Testud, Emmanuelle Seigner

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

エディット・ピアフ・・・予告編。

2007-02-14 01:31:02 | 映画・演劇・文学

今、パリの街にはこうした広告が氾濫しています。映画“La Mome”(ラ・モーム)の広告です。

La Mome・・・今日14日に封切られるピアフの人生を描いた映画。La Momeとは娘さんとかいった意味。ピアフのあだ名、La Mome Piaf(小さなすずめちゃん)から取ったタイトルです。そもそもPiafとはスズメを意味する俗語。芸名もこのあだ名からつけたそうです。

フランスで今でも最も愛されている歌手の人生を描いた映画だけに、大きな話題になっています。

映画や彼女の歌を納めたCD+DVDの広告です。

彼女の人生を紹介するドキュメンタリー特番も放送されました。TF1は夜8時のニュースでもこの映画を紹介していました。このように、いろいろなメディアとタイアップして、話題をいっそう盛り上げています。

こうしたトレンドに、お堅いLe Monde(ル・モンド紙)も1ページを割いています(11・12日付け)。

ただし、紹介が単に映画や彼女の人生紹介に終わらず、映画界の潮流や問題を取り上げています。ル・モンドらしく、ちょっとひねりを入れた論説風になっています。

映画のトレンドとは、記事の見出しにある“biopic”といわれるもので、biographical picture(伝記映画)の略。特にミュージシャンの人生を描く作品が多く、ハリウッドではすでに以前から多くの作品が制作されています。デューク・エリントン、ジャニス・ジョプリン、ジミー・ヘンドリック、ビリー・ホリディ、ダイアナ・ロスなど多くのミュージシャンの伝記映画が作られ、ヒットしました。そして、今でも作られ続けています。では、どうして、ミュージシャンなのか。彼らの人生には、貧困、苦労、成功、挫折など多くのドラマが散りばめられていて、映画化しやすく、観客にも感動を与えやすいからだそうです。もちろん描き方には、人生をじっくり描くものと、ある重要なエピソードに絞って描く作品、という違いはありますが。

こうしたbiopic、映画好きなフランスで、今まで殆ど作られてこなかった。それはまた、どうしてでしょうか。興行的には外国でも上映したいのに、フランスのミュージシャンの人気はフランス語圏の国々に限定されている場合が多く、映画化しにくい。つまり、国際的スターが少ない。また、フランス人にとっては「歌」そのものが大切なのであり、歌手の人生には興味を示さない(このあたり、フランスでは確かに、歌手は歌唱力で、政治家は政策で、作家はその著作で、学者はその研究成果で評価され、プライベートにはあまり左右されないようで、良い悪いは別として、日本とは大きく異なるようです)。さらに、こうした映画は映画界と音楽界の共同作業が必要になりますが、フランスではこのふたつの産業の足並みがなかなか揃わない。このような背景があり、今までミュージシャンの伝記映画がフランスでは作られてこなかったそうです。

従って、いよいよ上映されるピアフを描いた映画がこの手の映画の試金石になるわけです。ピアフの人生は、売春宿で育った子供時代、モルヒネ中毒、恋人の事故死、自堕落、贖罪など、それこそドラマの連続。しかも世界的に有名なシャンソン歌手。この映画がヒットすれば2作目3作目が作られるだろうと、ル・モンドは予測しています。しかしピアフに続く映画化されやすいミュージシャンがフランスにいますかどうか・・・。でも、たいしたドラマのない人生を感動の名作に仕上げるのが映画人の腕の見せ所、かも知れません。期待したいと思います。

映画の感想は、今週末に観てから紹介させてもらおうと思います。乞う、ご期待。

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

映画『モリエール』

2007-02-05 01:41:50 | 映画・演劇・文学
劇作家、そしてコメディ・フランセーズでもおなじみのモリエール。この偉大な喜劇作家を描いた映画『モリエール』が1月31日、封切られました(パリでは水曜日が新作の封切り日です)。


封切り前には、メトロの駅を中心に、多くの場所にライトボックスや看板が設置され、話題になっていました。

時は、1644年、悲劇を書き演じるもまったく芽が出ない若きモリエール。しかも、借金のかどで牢獄へ。そこを救ってくれたのが、ジュルダン氏という富裕な町人。しかし条件が・・・ジュルダン氏お気に入りのうら若き女性の気を惹くために面白い喜劇を書き、演じるためのサポートをすること。ここから、モリエールとジュルダン家の人々(本人、奥方、娘)、それぞれの悲喜劇が始まります。

劇中劇にも出てくるように、モリエールが喜劇へ転向するきっかけになった時期で、ジュルダン氏は『町人貴族』(Le Bourgois Gentilhomme)のモデルともいえるようです。


同じ31日のLe Figaro(フィガロ紙)の別刷りです。新作の批評が出ています。この欄では、残念ながらハート一つ(最高がハート三つ)。俳優たちの演技は素晴らしいものの、演出は平凡で、なによりもシナリオ、特にそのストーリーがいただけない。フランス人なら誰でも知っているような、モリエールに関する逸話や『町人貴族』のプロットをただ並べただけ。しかも、それが2時間と長すぎる・・・それでいて、悲劇作家を目指しながら、喜劇へと運命がモリエールを導いていくあたりの描写が少なくわかりにくい。

といった評価なのですが、フランス人ほどにはモリエール本人の人生について知らない外国人にとっては、それなりに面白い映画になっています。いい年をして若い女性に血道を上げる成金、親の決めた相手より自分の好きな男性との結婚を望む娘、一時の迷いから浮気をするものの、本来の自分の場所へ戻る女性・・・それなりに楽しめます。

2時間という上映時間が長い、という批評。確かにフランス映画は殆どが1時間半前後。しかしこれは、フランスらしからぬ商業上の理由。1本立ての映画館が多いので、上映時間が短い方が1日の上映回数が多くなり、実入りがいい。それに慣れすぎてしまうと、2時間も長く感じるのかもしれないですね。もちろん、夢中になれる作品であれば、苦にならないのでしょうが。

もし日本で封切られるようなことがありましたら、ぜひご覧ください。17世紀の偉大な喜劇作家・モリエールが身近な存在に感じられます。

『Moliere』(2007、フランス)
監督:ロラン・ティラール(Laurent Tirard)
出演:ロマン・デュリス(Romain Duris)
   ファブリス・リュシニ(Fabrice Luchini)
   ローラ・モラントゥ(Laura Morante)

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

サロン・デュ・シネマ。

2007-01-15 02:27:22 | 映画・演劇・文学
12日のmetro(メトロ紙)に次のような広告が出ていました。

第1回サロン・デュ・シネマ。どのようなイベントなのでしょうか。初めての開催なので、どのような内容なのかわからないのですが、とにかく出かけてみました。


会場は、15区、ポルト・ド・ヴェルサイユのエクスポジション・センター。3日間と開催期間が短かったせいもあるのでしょうが、何しろテーマが映画、映画好きの多いこの街らしく、朝から多くの入場者が詰めかけていました。それも、老若男女、子供からお年寄りまで、幅広い年齢層が来場していました。

内容は、映画作品自体の紹介ではなく、映画やCMの「撮影」を中心にした展示・紹介になっています。撮影機材、撮影のプロセス・・・それらが見たり、触れたり、体験できるようになっています。

例えば、『マリー・アントワネット』の撮影に使われた馬車が展示されていたりします。


また、実際にTVCFのスタジオ撮影を行い、撮影がどのように行われるのか、直接見れるようになっています。

引き伸ばされた絵コンテがブースの壁に展示され、中のスタジオでは実際にスタッフやタレントがフランス国鉄(SNCF:サロン・デュ・シネマのスポンサーのひとつ)のCFの撮影を行っています。

こうした撮影をはじめて見る人が多いのか、興味津々で見ている人が多くいました。

撮影用カメラには自由に登って、座われるようになっています。

子供たちが、名カメラマンになったつもりでファインダーをのぞいていました。もちろん、その姿を親たちがデジカメで撮影。家族の楽しい週末ですね。

展示だけでなく、映画評論家などを招いてのシンポジウムも開かれ、映画好きな人たちが真剣に聞き入っていました。


製作本数の多さを誇る映画大国・インドは、ブースをひとつ構え、サリー姿の女性たちが自国の映画をアピールしていました。


そして、物販。記念のTシャツなども売っていましたが、映画らしいという点では、これ。

日本では「カチンコ」。フランス語ではCLAP(クラップ)。英語のままですね。映画の撮影といえば、これが欠かせません。因みに、小が18ユーロ(約2,800円)、中23ユーロ、大きいのが28ユーロでした。

ほかに効果音の実演や、スタントマンのアクションなどもあり、撮影現場の雰囲気が実感できるようになっています。映画好きにはうれしいイベントですね。

映画発祥の地であり、今でも第7の芸術として映画に熱いまなざしを向けている人の多いフランス。今回のような企画で、映画がさらに身近で、いっそう興味の持てるものになるのではないでしょうか。

文化イベントが次から次へと開催されていくパリ。しかも、いずれの企画にも多くの市民が子供も交えて押し寄せています。こうしたイベントへの参加を通して文化に関する知識が蓄積されていくのでしょうね。さすが、文化大国。謙虚に見習いたいことのひとつです(ただ、どんな文化催事でも、来場者はほとんど白人ばかり、という社会問題はありますが・・・)。

↓「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

映画の店

2006-12-16 02:54:12 | 映画・演劇・文学
オペラ・ガルニエから東へ1km弱行ったところに、パッサージュ・ジュフロワ(Passage Jouffroy)があります。以前袖看板でご紹介しましたが、このパッサージュに、映画の店があります。



店の名前は、シネドク(Cinedoc)。奥行き3メートル、幅20メートルといった、うなぎの寝床を横にしたようなつくりの店ですが、そこにパンフレット、ポスター、書籍、タブロイドなど、映画に関する品が所狭しと並べられています。名画から新作まで、ジャンルもいろいろ。1点1点手にとって眺めているとすぐ日が暮れてしまいそう、そんな感じすらしてしまいます。映画人気の根づよい街、パリ。それだけに、映画マニア垂涎の品(お宝グッズ)もあるようです。


この店の一番目立つところに展示されているのは、チャップリン。ここでも、チャップリンの人気は根強いようです。

おもいでの映画のパンフレットなどを探しに出かけてみてはいかがですか。


↓アクセスランキングへ「励みに一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

日本アニメ、特集記事。

2006-11-15 02:43:32 | 映画・演劇・文学
フランスの映画専門誌『カイエ・デュ・シネマ』といえば、かつてフランソワ・トリュフォーが健筆を振るったことでも知られる、その道の頂点。この雑誌が、10月号で「日本アニメ」を特集しています。



名前だけは学生時代から知っていたものの、実際に手に取って読むようになったのは、ごく最近。ソルボンヌのコンフェランス(講義)で映画に関するものを今学期とっているのですが、非常に面白い。その講師がこの雑誌を読むよう勧めているので、少しだけ拾い読みをし始めました。その10月号の特集が、たまたま日本アニメ特集だったわけです。

日本アニメといえば、宮崎駿監督。監督へのインタビューはすでにいろいろな所で出ているので、この特集では、スタジオ・ジブリの鈴木社長と、宮崎監督の息子で今年はじめて長編アニメを監督した鈴木吾郎氏へのインタビューを載せています。



鈴木社長は、スタジオ・ジブリでは宮崎駿監督の賛同がないと何事も進まないこと。最新作『Tales from Earthsea』のアイデアは宮崎駿監督からでているが、自ら監督として完成させるには年えお取り過ぎたと断念。息子の吾郎氏にスタジオ・ジブリとしてその任を託したこと。吾郎氏には鈴木社長が付きっ切りで作業手順から全てノウハウを伝えたこと。今までの世代にはない、若い世代の新しい感性に期待していること。できることなら『平家物語』をアニメ化してみたいこと。こういったことを語っています。

一方の鈴木吾郎監督は、父親にこんなものは見るなと言われながらも、『うるせい奴ら』などのTVアニメに夢中になっていたこと。『Tales from Earthsea』の冒頭の部分にドラゴンが出てくるのは鈴木社長のアイデアであること。しかし、自分と父親の宮崎駿監督には演出の違いがあること、例えば父親は主人公に主観的な思いを入れて描くが、自分はキャラクターの何人か、あるいは全ての背後に自分の視点を置いていること。こういったことを述べています。

詳細はともかく、いま日本文化といえば、一にアニメ。政府も“ポップカルチャー”の海外での人気に注目し、ようやく勉強会を立ち上げ、「アニメ文化大使」や「日本マンガ大賞」の創設を計画しているようです。当然のことで、一日も早く、話題性のあるしっかりしたイベントにして欲しいと思います。何しろ、こちらで学生(フランス、そして世界からの留学生)が知っている日本人といえば、いまや、宮崎駿、村上春樹、北野武の三氏なのですから。


↓アクセスランキングへ「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング

文学賞も、国際化。

2006-11-13 01:34:25 | 映画・演劇・文学
10月から11月はじめにかけて、フランスの文学賞の発表がありました。今年の受賞者には、ひとつ大きな特徴があり、話題になっています。それは、国際化。



11月7日付のmetro(メトロ紙)によると、今年の各賞の受賞者は・・・
・L'academie Grand Prix(アカデミー・グランプリ)
  Jonathan Littell 『Bienveillantes』
・Le Goncourt(ゴンクール賞)
  Jonathan Littell 『Bienveillantes』
・Le Renaudot(ルノド賞)
  Alain Mabanckou 『Memoires de proc-epic』
・Le Prix Femina(フェミナ賞)
  Nancy Huston 『Lignes de faille』

名前からしてお分かりかと思いますが、2つの賞を一気に受賞したリッテル氏(上の写真左)はアメリカ人で、長くフランスに住み、今はスペインのバルセロナに住んでいます。作品はフランス語で書いており、最新作でフランス文壇で最も権威のある賞を受賞しています。

女性作家による作品が対象のフェミナ賞を受賞したヒューストン氏はカナダ生まれ。やはり長くフランスに住んでいますが、今でも作品はまず英語で書き、それを自らフランス語に訳して出版しているそうです。著者と翻訳家を兼ねているわけですね。そのフランス語訳の作品でフェミナ賞を受賞しました。

ルノド賞のマバンクー氏(上の写真右)はコンゴ生まれで、母国語はフランス語ですが、今はアメリカに住み、カリフォルニア大学でアフリカ文学を教えているそうです。

今年の受賞者は外国人であったり、居住するのが外国だったりしてで、フランス文壇での人間関係などとまったく関係がない。つまり、作品によってのみ評価された作品群が主な文学賞を独占したことになり、こうした流れの中からフランス(語)文学に新しい動きが出てくるのでは、とも言われています。

そのうち、日本人によるフランス語作品がフランスで認められることもあるかもしれません。期待していたいと思います。


↓アクセスランキングへ「励みの一票」をお願いします!
日記アクセスランキング