かつお君は、常日頃から行ってみたいお店があった。
スターバックスコーヒー。
職場のある竹ノ塚の駅にスタバがあるが、小心者のかつお君は外からチラッと覗いては素通りをしていまう。
いつもと変わらぬ朝、天気が良いおかげで昨日までの冷え込みはない。原付も軽快な走りを見せ北越谷駅につく。
2時06発各駅停車「中目黒」行きの始発の最後尾車両に乗り込み、ほぼ指定座席と化している位置に座る。
ご自慢のi pod nanoで玉置成実の「GET WILD」なんぞをボリューム気持ち大きめに聞きながら、いつもと何ら変わりない出勤をする。
竹ノ塚駅を出ると、眩しい陽射しがかつお君を包んだ。陽射しに圧倒されたかつお君は立ち止まり一度深呼吸をした。
「…イケそうな気がする。」
いつも素通りのスタバの入口に立つ。決して広くない入口に仁王立ちなんてするから、店員に変な目で見られ逃げたくなった。
「むむむ、ここで逃げたら変人を認めるということになる。そうしたら、前を通るだけで変人、変人呼ばれてしまうではないか。」
フレーフレーかつおっ!と自分で自分を応援し、かつお君はとうとう第一歩を踏み入れた。店内はおしゃれなお客様で賑わっていて、心なしか浮いている感じをうけたが、微妙に目の合った店員のいるレジへ直進した。
レジの真上にメニューが書いてあるが、店内が狭いこともあり、立っている位置からはとても見づらく、かといって、後ろにはコーヒーカップやら、ボトルやらが飾られた棚があってさがれない。
首を90度上に向けて、メニューを考えていると、「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」と隣りのレジへ呼ばれた。綺麗なお姉さんだったために一瞬戸惑ったが、小走りで向かった。
カウンターテーブルには小さな文字で書かれたメニューが貼ってあった。が、お姉さんの急かすような視線に、うっかり「本日のコーヒー」というのを、を頼んでしまった。一番上に書いてあり、そこまでしか見る余裕がなかったのと、ちょっとしたカッコ付けである。実際には頼んでいる最中に「キャラメルマキアート」というメニューを見つけ、ほどよく伸びた襟足を引かれながら、本日のコーヒーの「ヒー」をほどよく伸ばしていた。
そこに、お姉さんが言葉のナイフを振りかざしてきた。「サイズは?」
かつお君はサイズがあるなんて考えていなかったので、とっさに「並で、、、」と答えてしまった。慌てて「普通の、、、」と言い換えるが、それも見当違いである。せめて「Mで」と言えれば良かったのだが、2日に1度は吉野家へ通うかつお君は、いつもの癖で「並」と言ってしまったのだ。あまりの恥ずかしさにつゆだく、いや、汗だくになった。
受け取りカウンターを案内され、大股でそちらに歩く。すぐにアイスコーヒーが出来上がり、かつお君は片手で荒々しく持ち、早歩きでスタバを出た。
スタバをでて、右手で力強く持ったアイスコーヒーをみて、ふと新たな失敗に気付く。ミルクもガムシロップも入れてこなかったのだ。実は、かつお君はコーヒーが苦手で、最低でも、2個ずつは入れないと飲めないのだ。右手に持っているのは紛れもなくブラックである。
渋々ブラックで飲もうとしたがストローが無いことに気付く。
「アイツッ#」
ストローもガムシロップと同じ所にあるのだが、初めてのかつお君は、あのお姉さんが渡しそびれたのと勘違いした。
「スタバなんて2度と行くものかっ!」
自分勝手に腹をたてて、一口も飲まずにアイスコーヒーブラックをアスファルトに叩き付けた。アイスコーヒーはそれを嘲笑うかのようにかつお君のズボンにはねかえってきた。
かつお君。
初めて行ったスタバで飲んだのは、、、涙だった。
【完】