活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

最後の冒険家

2009-02-21 23:55:01 | 活字の海(書評の書評編)
最後の冒険家
石川 直樹
集英社

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評者:田中優子 2008年11月30日(日) 今週の本棚より

サブタイトル:スリリングな体験の先にある問い

※ この書評の原文は、こちらで読めます


ノンフィクション。
この言葉から、どのような内容を連想するだろうか?

例えば、旅行記をはじめとした紀行文。
例えば、事件を丹念に検証したドキュメンタリー。

どのようなものであれ、そこに描かれるのは事実に基づいた
出来事の軌跡。

普通は、そうした印象を持っているのではないだろうか?

正にその程度の認識しか持ちえていなかった僕は、この書評を
読んで、ノンフィクションというものに対する考え方について、
ガツンと音が出るほどの方向転換をさせられた。

横から首をいきなり捻じ曲げられたようなものだが、不思議に
それが心地よい。

それはすなわち、そこに示唆されていたことが、ストンと僕の
中に落ちてきたためである…。


この本の著者である石川直樹は、冒険家である。
まだ31歳(注:2008年11月時点)でありながら、
既に世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を保持し、
北極点から南極点までを人力踏破するという冒険も行っている。

そんな著者が、気球による太平洋横断の旅の最中、トラブルに遭い
海に墜落したところから、この本は始まる。

その出だしの一文

 「こうやって人は死んでいくんだろうな、と思った」

が、評者の、そして読み手の心をまず鷲掴む。

そのとき彼は、一人ではなかった。
神田道夫という、これまたもう一人の冒険家と道行きを共に
していたのだが、そのとき彼らが乗っていた気球の籠の部分は
なんと、ビルの貯水タンクを改造したもの。

そうした手づくり感に満ちた気球で太平洋を横断しようとする
その精神に、まず感銘を受ける。

だが、この本の白眉はまだこれから。

様々な出来事の末、ようやく救出された二人だが、神田道夫は
今度は自分一人で再度、同じく気球による太平洋横断に挑戦し、
還らぬ人となる。

その神田の最後の事故を見つめなおすことで、著者は実は冒険
そのものを、引いては自らを見つめなおしている。

冒険こそは、著者の生きる意味、レゾンデートルといってよい。

ただ、勿論それは、死を賭して、などと軽々しく口にするような
代物ではない。
綿密な準備と計算に裏打ちされた計画。
そして費用の手当て。
それらを実現するための唯一の推進剤は、自分の心の中で滾る
思い。

それら全てを経験し、実行し、その上でなお。
自らの生命を深度数千mの太平洋上只中に、僅か厚さ数cmの
貯水タンクに預けるような羽目となった著者が、なぜ自分が、
そして神田が、世の冒険家が、そうした世間から見れば無謀と
思えるような営みを黙々と繰り返すのか。

そのことを、問い続けて著したのが、本書なのだ。

このことを、評者は実に見事に、端的に定義する。
少し長くなるが、その部分を引用しよう。

「起こっている出来事を記録したり冒険の自慢話をするのが
 ノンフィクションなのではない。
 ノンフィクションは、自らを外からみつめ自分自身を問う
 ことなのである。」

本書を未読の僕としては、著者がこれらの冒険を通じて、
どのような思いをしてきたのかは、まだ分からない。

ただ。
はっきりとしていることは、そこでどのような思いに行き着く
としても、それは著者が自らの意思で行動した結果に到達した
ものであり、何よりもその一点こそが読み手の心に深い楔を
打ち込む。

すなわち。

お前は、何をやったんだ?
自ら何を選択し、何を行動してきたのだ?
何もせずに、言い訳と頭でっかちな知識でのみ人生を語って
いるのではないのか?

この楔は、鋭利な氷柱となって、読み手の心に突き刺さる。

だが、この楔に貫かれたものは幸せなのだ。

なぜなら、ままよ!と足を踏み出すきっかけとなる書に出会えた
訳なのだから。

勿論、既に歩み始めた人にとっても、心強い支えになることは
間違いない。

さて。
お前は?
いつまで、そこで椅子に座っているんだ?

今度は、僕自身が僕に問うている。

その問いに、あらん限りの誠意でもって、応えたい。

(この稿、了)

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