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その他、音楽編、自然編も有り。

闇金ウシジマくん 17 真鍋昌平

2010-03-07 20:27:47 | マンガの海(読了編)
作画:真鍋昌平 小学館ビッグコミックスピリッツ連載
編タイトル:楽園くん



この作品。
ダークである。
それも、半端なく。

主人公は、丑嶋馨(うしじま かおる)
職業は、漫画のタイトルにもあるとおり、闇金融業。
その金利は、10日で5割と半端ない。
取立ては冷酷非情。かつ裏切りは、決して許さない。
年齢は、なんと驚きの23歳である。

ちらとでも興味が沸いた人は。
TOPに掲載した、単行本表紙の顔を見てほしい。

この。
とても、20代とは思えない凄みを帯びた表情の彼が。
若干23歳にして、ヤクザや警察、同業者にまでその名を知られた、
闇金融会社社長のウシジマくんなのである。


この物語には。
人生の闇へと堕ちていく、様々な人物が登場する。

その昔。
この手の話の走りだった「ナニワ金融道」(著:青木雄二)では、
普通の市井の住民が、ふとしたきっかけから借金地獄に落ち込んでいく
様をリアルに描いていた。

が。
「闇金ウシジマくん」では、そんなまだるっこしいことはしない。
そこに登場する人物は。
登場した時点で、既に大なり小なり壊れた要素を持っている。


あるものは、パチンコ(スロ)汚染。
あるものは、ブランド中毒。
あるものは、風俗依存。

編毎に登場する人物により、その堕ちていくツールは様々であるが。
そこで語られる転落への道筋は、寒気がするほどにリアルであり、
かつ恐ろしい。

しかも、それは。
壊れている人が、普遍的に僕たちの日常の周りに偏在するという
ことをも示唆する。

そのことは。
ウシジマくんのような存在も、決して遠い存在ではない、という
こともまた、僕たちに突きつけるのだ。


その、ウシジマくんであるが。
ある意味。
物語におけるウシジマくんの役割は、狂言回しである。

彼がいなくとも。
早晩、各編の主人公たちは堕ちていくことは自明であり、
ウシジマくんはその背中を押す役目を果たしているに過ぎない。

それでも。
その、背中の押し様が。
堪らなく、えぐいのである。


親をはじめとする家族を追い込む等は、当たり前。
どうやっても返済できず、彼から逃げようとする輩は。
それぞれ凄惨極まりない方法で、抹殺されていくこととなる…。



そんなウシジマくんからは、連載当初から目を離せないでいた。

どうしようもない人間の、どうしようもない陰鬱さを描き続けて。
数々の名編を生み出してきたこの作品だが、今回の「楽園くん」編は。
シリーズの中でも1、2を争う出色の出来だと思う。


今回の主人公は、センターTこと中田。
上京し、友人のキミノリと同居しながら。
ラブホテルの清掃員として、何の希望も期待も将来に持てない
人生を送る彼。

実際には、それは。
その人生に、希望を持てないのではなく。
彼が、人生の延長に希望を持たないからなのだけれど。


彼は。
その人生の空虚感を埋めるための方策として、雑誌の読モとなり、
「オサレ皇帝」と呼ばれる日を夢見る。

例え。
その称号が、ゴミのように使い捨てられるものだったとしても。

彼にとっては、確かにそれは眩い憧憬であり、手に入れることが唯一の
存在理由でさえあったのだ。


そして。
その称号を得んとして。
現役の「オサレ皇帝」に接近していく中で。

その頂点に君臨するG10(ゴトー)と出会い、引き込まれていく。

しかし、そこにあったのは。
彼が夢見るような楽園ではなく、G10に利用され使い捨てられる
ためだけの人生だった。

彼と付き合い、その命令に嬉々として従う中で。
彼からも、お下がりの服を回してもらい、
取り巻きを紹介してもらいながら。
彼は、徐々に「オサレ皇帝」の座へと近づいていく。

けれど。

どれほど、オサレに気を配っても。
どれほど、高価な服や靴を身に着けても。

彼は、決して心休まることはない。

それは。
そうして得た評価が、どれほど空疎なものかを彼自身が一番よく
理解しているからである。

それでも。
一度坂を転がり始めた石が、自力では再び坂の上に上がることは不可能な
ように。

彼は、ひたすらに虚飾の道を突き進む。

それは。
彼女が出来ようが、雑誌のオサレコンテストで1位の座を得ようが。
ひたすら癒えることの無い彼の内包する渇きの強さを示すが如く。

当然のように、必要となるのは金。
そして彼は、G10に誘われてプッシャー(覚醒剤の売人)に手を
染める。

その先に待っているものは、ただ破滅のみ。

ここで、その詳細なストーリーを紹介することはすまい。

ただ。
彼が、その人生の最後に見たものが何だったのか。


この物語のラストでは。

時系列が、少しだけ巻き戻されて。
一旦はリンチの場からギリギリで逃れることの出来た中田が
描かれる。

中田を窮地から救ったのは、そのルームメイトのキミノリ。

中田が追い続けた人生の空疎感を満たすものは、実は賞賛でも
ファッションでも彼女でも無く、身近にいて彼を理解してくれる
友だった。

そうしたエピソードが、静かに朝の光と共に物語られる。

だが、実際には。
その数ページ前に描かれた挿話によって。
既に、中田もキミノリも抹殺されたであろうことが暗示される。

地獄の中にいた中田に、唯一光を垣間見させたこの話の展開を。

中田に、人生の中で少しは信じるに足るものがあると知らしめたことに
よる最後の救いの表現と見るのか。

あるいは。
切ない程の人生のやり直しの希望を見させて、その直後にその夢を陽炎の
ようにかき消し押し潰した、絶望を際立たせるための表現と見るのか。


この世には光も有るんだと知ってなお、死んでいくことと。
真っ暗に、絶望を塗り込められて死んでいくこと。


人により、その意見は分かれるのかもしれないが。
少なくとも、今際(いまわ)の際に中田は。
キミノリへの謝罪と感謝を思って死んだのだと思いたい。

そして、それは。
中田にとっては、まごうことなく救いである。

一方。
キミノリは、どうだったのだろう。
中田を救うために、悪事に手を染め金を融通したことで拉致られて
殺されたキミノリ。
彼は、死に際して何を思ったのだろうか。

中田のために危ない橋を渡ってしまったことの後悔?
自分なりに描いていた高飛びの絵が崩壊したことへの自嘲?

もし、それが。
自分をこうした運命へと導くことになった中田への呪詛だとすれば。
このラストは、また哀しく、恐ろしいものとなる。


結局。
どうあっても、この物語に救いは無いのだなということを。

後者であるならば。
しみじみと思い知りながら、ページを閉じることとなるのだ。

そしてそれは。
哀しいけれど、後者なのだろう。

後味の悪い、このシリーズから。
それでも、今週も僕は目を離すことが出来ないのだ。


(この稿、了)





闇金ウシジマくん 17 (ビッグコミックス) (ビッグ コミックス)
真鍋 昌平
小学館

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