活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

ブラックホールを見つけた男

2009-10-16 05:33:50 | 活字の海(書評の書評編)
著者:アーサー・I・ミラー(草思社・2625円)
訳者:阪本芳久
評者:海部宣男  毎日新聞 2009年9月27日 東京朝刊
本書サブタイトル:インドから来た19才の天才は、
         大発見を成し遂げ、
         自らを悲劇に陥れた
書評サブタイトル:「空間の穴」予言から確認までの大波乱


※ この書評の原文は、こちらで読めます




”ロシュの限界”
”ラマン効果”
”シュレーディンガーの猫”

その他を含めて。
理系の言葉には、なぜ魅惑的なものが多いのだろう。

この書評から、もう一つ好きな言葉の在庫が増えてしまった。


それは…。
”チャンドラセカール限界”。

その言葉を知らなかったというだけで、
僕は天体物理学に全く造詣が有りませんと吐露しているようなもの
だけれど。

その通りなのだから、何を隠しようもない。

だから、素直にかつ堂々と魅力的な言葉に出会えた喜びの意を表する
のだ。
#別名、開き直り、ともいう(笑)。




本書サブタイトルにもあるとおり、この本の主人公はインドの若き
天才天文物理学者スブラマニアン・チャンドラセカール。

彼が19歳の時に着想し、その4年後に発表したブラックホールの
存在を予見させる論文は、やはり天体物理学の重鎮であるアーサー・
エディントンにより「あざ笑い、完膚なきまでに否定」された。


学会の重鎮たるエディントンの否定は、そのまま学会の否定と直結
する。

かくして、チャンドラセカールとエディントンの長い確執劇の幕が
上げられた…。




過去において。
同種の出来事は、それこそ五万とあっただろう。

その中の如何程の割合で、新興勢力が保守勢力を打破しえたのかの
明確な検証データは無いが、往々にして旧弊に飲み込まれてしまい、
日の目を見ることなく費えてしまった新興の数は、決して少なくは
無かったのではないか。



勿論。
その内容が、後日余人による追証等により正しかったことが現認され、
結果的に新興勢力が打破する形となった例もまた、著名すぎる
ガリレオ・ガリレイの例を出すまでも無く、数多存在するだろう。


それでも。
チャンドラセカールは、自説が立証され、遂にブラックホールが発見
されるまでに、約30年を必要とした。


その間、あらゆる機会でエディントンとの対峙を余儀なくされながら
一歩一歩その着想の検証を、新たな観測データと理論の構築により
進めていったチャンドラセカールを。

最後に浴びた賞賛を持って幸福と見るか。

遠大な迂遠路を行くことを余儀なくされた労苦を持って不幸と見るかは、
捉える人の感覚によって、意見の分かれるところだろう。


ともあれ。
書評子は、上記の出来事をコアとして、本書の骨子を以下の三つに
整理する。


・チャンドラセカールの個人的な伝記

・真実の探求を、不当な圧力を受けながらも為しえた科学史

・それにより紐解かれた、恒星の末期の運命の物語


そのどれを取っても十分に興味深いテーマを有機的に結合し、展開。
しかも、科学的な正確性を維持しながらも、平易な文体でもって
それらをソフトな語り口で述べてくれるとあれば。

本書が面白くなかろう筈も無い。



エディントンも、その名を冠したメダルまで制定され、それがノーベル
賞に準じる程の権威を今尚有する、稀代の学者である。

その学者がどのような思いで新進気鋭の学者の意見をねじ伏せようと
し続けたのか。


そのことを、科学史の観点から俯瞰的に捉えようとするも良し。

より、ミクロに寄って。
そうした運命の渦中に投じられ、トラウマを被(こうむ)りながらも
座礁することなく自らの着想の立証という航海を完遂させたチャンドラ
セカールの魂に寄り添うも良し。


あるいは、全く別の観点から。
恒星の一生の末期。その凄まじい超新星爆発の刹那を、神の視線で
もってトレースしていくも、また良し。


正に、一粒で二度ならぬ、三度美味しい本書である。



人は、その状況によって、チャンドラセカールにもエディントンにも
なり得るだろう。

のっぴきならない意見の対立の場に出くわした時に。

自分が、果たしてどちらの立場なのか。
そして、どう立ち振る舞うことが、真に正しいことなのか。

そのことを一考する視線を自らの中に保持するためにも。
是非一読しておきたい本だと思う。


(この稿、了)







ブラックホールを見つけた男
アーサー I.ミラー
草思社

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1 コメント

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Unknown (シャドー81)
2009-10-17 22:50:38
XX効果等の名前は、人の名前が入ることが多いので、それが魅力的に見えるのは、そこからその人の人生が見えるから、ですかねぇ。

星の質量に関する限界だったけ?

星の進化?での重力に対抗する力の変化がおもしろいよね。

水素の核融合から始まって、次は酸素か?で炭素?・・・それでも耐えきれないと、電子、原子の核力(このあたりの話か、チャンドラセカールの限界って)、そして中性子・・・そしてついにブラックホール。

興味は尽きないです。
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