宮澤賢治の里より

下根子桜時代の真実の宮澤賢治を知りたくて、賢治の周辺を彷徨う。

7 (2)胡四王山(その1)

2008年09月23日 | Weblog
 それでは今回からは
「賢治は、夜の十一時近くに生徒をつれ胡四王山麓に行き心象スケッチに更け、明け方の三時頃に帰宅」
   <『修羅はよみがえった』((財)宮澤賢治記念会)より>
したと花農時代の同僚白藤慈秀が語るところの、縦走とはちょっと大げさではあるが、胡四王山(こしおうざん)の縦走をしてみよう。

《1 まずは縦走のイメージ》(平成20年5月23日撮影)
 今回のコースは、(この写真では下のやや右の)社務所の傍を通り、表参道を通って胡四王神社に向かう。その後、神社の「P」を通って宮沢賢治記念館に向かう。そして、記念館からイーハトーブ館に抜けるというコースを採った。


 では、東北新幹線新花巻駅から賢治記念館に向かう。
《2 その道路》(平成20年5月23日撮影)

 この写真の信号機のある
《3 交差点》(平成20年5月23日撮影)

を、交通ルールを守ってそのまま直進し、次の
《4 T字路》(平成20年5月23日撮影)

にある
《5 胡四王神社への標識》(平成20年5月23日撮影)

のところで左折する。直ぐにこの写真の様に橋があり、その向こうに
《6 大きな杉の木》(平成20年5月23日撮影)

があり、
《7 再びT字路》(平成20年5月23日撮影)

があるので、ここで左折する。左折した道路は
《8 釜石高速道の下をくぐる砂利道》(平成20年5月23日撮影)

となり、JR釜石線の踏切を通り過ぎるとある
《9 新奥の細道の案内板》(平成20年5月23日撮影)

《10 新奥の細道のコース案内》(平成20年5月23日撮影)

 ここ胡四王山~雨ニモマケズ詩碑(羅須地人協会跡)までの10.1㎞のコースが描いてある。
《11 胡四王山の説明板》(平成20年5月23日撮影)

《12 胡四王神社の一の鳥居》(平成20年5月23日撮影)

がある。この参道は表参道で、参道の左手に社務所がある。再び
《13 朱い二の鳥居》(平成20年5月23日撮影)

をくぐる。くぐると右手に
《14 階段状の参道》(平成20年5月23日撮影)

がある。
 この参道付近には
《15 コゴメウツギ》(平成20年5月23日撮影)


《16 ミミナグサ》(平成20年5月23日撮影)

《17 フタリシズカ》(平成20年5月23日撮影)

等の白い花々が咲いていた。階段の右手には
《18 不動岩》(平成20年5月23日撮影)

と呼ばれる岩があり、直ぐに右手にこの
《19 木の鳥居》(平成20年5月23日撮影)

があり、社は
《20 三峰神社》(平成20年5月23日撮影)

と云われ、その神社の左手には大きな2つの岩塊がある。無理矢理通り抜けてみる。
《21 振り返って見た岩の間からの三峰神社》(平成20年5月23日撮影)

この神社の上方には
《22 山の神》(平成20年5月26日撮影)

という碑もある。
 さらに階段を上り詰めると一端平坦地になり、東屋などがある。そこには
《23 自覚大師座禅石》(平成20年5月23日撮影)
と呼ばれる大きな岩塊もあり、周りはツツジの木々等で囲まれている。

 また、近くには
《24 神楽碑》(平成20年5月23日撮影)

がある。ここから参道は90°左に折れて再び
《25 階段状の参道が続く》(平成20年5月23日撮影)

途中には
《26 化女石》(平成20年5月23日撮影)

と呼ばれる岩が御幣で囲まれている。その付近には
《27 マムシグサが群生》(平成20年5月23日撮影)

していた。
 さらに
《28 続く階段》(平成20年5月23日撮影)

がある。この階段を上り切れば、左側へ行くと
《29 愛染杉》(平成20年5月23日撮影)

という杉の木がある。白い縦長の説明書きには『「経埋ムベキ山」宮沢賢治 胡四王山の珍木 ふれると愛が生まれる 愛染杉 』とあった。多少違和感があるのだが・・・
 ただし、胡四王神社に行くためには、階段を上り切った際に右側に行く。すると
《30 最後の短い階段》(平成20年5月23日撮影)

が現れ、三の鳥居がみえる。鳥居をくぐるとそこはかなり広い平坦地になっていて
《31 胡四王神社案内板》(平成20年5月23日撮影)

があり、神社の由緒が書いてある。そして、なそこはかなり立派な
《32 胡四王神社拝殿》(平成20年5月23日撮影)

《33 〃扁額》(平成20年5月23日撮影)

が建っている。
《34 右側奥が本殿》(平成20年5月23日撮影)

 そして、ここが胡四王山の頂上であり、場所によっては眺望が利く。
《35 境内からの麓の眺め》(平成20年5月23日撮影)

足下には北上川も見え隠れする。
 本殿から賢治記念館方面に向かうと
《36 右側に神楽殿》(平成20年5月23日撮影)

があり、この神楽殿の脇には
《37 胡四王蘇民祭の由緒書き》(平成20年5月23日撮影)

がある。最近とみに有名になった奥州市の”蘇民祭”であるが、同様の祭はこの花巻にもある。
 ここを過ぎて、すぐ右手に神社駐車場がある。その傍らに
《38 ミヤマナルコユリ》(平成20年5月23日撮影)

 ここからは真っ直ぐな参道がしばし続き、朱い柱の
《39 鳥居》(平成20年5月23日撮影)

が建っている。そして、直ぐ近くに
《40 胡四王山の標識》(平成20年5月23日撮影)


 いくつかの「経埋ムベキ山」に登った来たが、多くの場合は頂上であることを示すこの様なかわいい標識が掲げてあった。
 しかし、まさか胡四王山にも似たようなものがあるとほ思ってもみなかったし、まさかここにあるとは。いままで全く気がつかないでいた。
 なお、ここは”三角点頂上”であり、標高は176.6mである。もちろん胡四王神社の建っている方がここよりも高く、標高は183mある。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
会誌に紹介していいですか (ヨシダノリヒコ)
2010-04-24 08:50:38
盛岡にある「宮沢賢治の会」の会誌編集を担当しているものです。この「経埋ムベキ山」を私どもの会誌「イーハトーヴォ」に紹介していいですか。お伺いいたします。
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よろしいのですが… (suzukikeimori)
2010-04-28 08:01:15
お早うございます。
 ヨシダ様からのコメントつい気付かずにいました。大変失礼いたしました。
 紹介していただいてよろしいのですが、なにしろ素人の手慰みのものですのから、その点を大目に見ていただきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いします。
  
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