会津八一に関するブログ 193
救世観音 2011・4・16(土)
法隆寺夢殿の秘仏救世観音像(飛鳥時代)は聖徳太子等身と伝えられている。明治17年 、この絶対秘仏を開扉させたのがアメリカ人・フェノロサである。
「もしこれを見なば仏罰たちどころに至り地震たちまち全寺を毀(こぼ)つであろうと抗(あらが)う寺僧を説き伏せて開扉せしめた話は有名である」(吉野秀雄)
巻かれていた白布を取り除いた東洋美術史家のフェノロサは言う。「飛散する塵埃(じんあい)に窒息する危険を冒しつつ、凡そ五百ヤードの木綿を取り除きたりと思ふとき、最終の包皮落下し、此の驚嘆すべき世界無二の彫像は忽ち吾人の眼前に現れたり」(有賀長雄訳)
この秘仏が5月18日まで開帳されている。また、救世観音を詠んだ会津八一の歌碑が法隆寺近くの個人の家に建っている。夢殿を訪れこの歌碑に会いに行きたい。
夢殿の救世観音に 解説
あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき
この さびしさ を きみ は ほほゑむ
(天地にわれ一人ゐて立つごときこの寂しさを君はほほゑむ)
注 この歌碑は現在法隆寺に移転されている。
救世観音 2011・4・16(土)
法隆寺夢殿の秘仏救世観音像(飛鳥時代)は聖徳太子等身と伝えられている。明治17年 、この絶対秘仏を開扉させたのがアメリカ人・フェノロサである。
「もしこれを見なば仏罰たちどころに至り地震たちまち全寺を毀(こぼ)つであろうと抗(あらが)う寺僧を説き伏せて開扉せしめた話は有名である」(吉野秀雄)
巻かれていた白布を取り除いた東洋美術史家のフェノロサは言う。「飛散する塵埃(じんあい)に窒息する危険を冒しつつ、凡そ五百ヤードの木綿を取り除きたりと思ふとき、最終の包皮落下し、此の驚嘆すべき世界無二の彫像は忽ち吾人の眼前に現れたり」(有賀長雄訳)
この秘仏が5月18日まで開帳されている。また、救世観音を詠んだ会津八一の歌碑が法隆寺近くの個人の家に建っている。夢殿を訪れこの歌碑に会いに行きたい。
夢殿の救世観音に 解説
あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき
この さびしさ を きみ は ほほゑむ
(天地にわれ一人ゐて立つごときこの寂しさを君はほほゑむ)
注 この歌碑は現在法隆寺に移転されている。