銅鑼(第1首) 解説
はじめて草盧に奈良美術研究会を開きしより今にして二十年にあまれり身は遂に無眼の一村翁たるに過ぎずといへども当時会下の士にして後に世に名を成せるもの少からずこれを思へば老懐いささか娯むところあらむとす
くさ の と に こもごも のき の どら うちて
とほく とひ こし わかびと の とも
(草の戸にこもごも軒の銅鑼打ちて遠く訪ひ来し若人の友)
はじめて草盧に奈良美術研究会を開きしより今にして二十年にあまれり身は遂に無眼の一村翁たるに過ぎずといへども当時会下の士にして後に世に名を成せるもの少からずこれを思へば老懐いささか娯むところあらむとす
くさ の と に こもごも のき の どら うちて
とほく とひ こし わかびと の とも
(草の戸にこもごも軒の銅鑼打ちて遠く訪ひ来し若人の友)
会津八一 寒燈集・銅鑼(五首) 昭和二十年三月
銅 鑼 「下落合秋艸堂に16年住み、昭和11年に目白文化村秋艸堂に移った。
その下落合秋艸堂を回想して詠んだ閑庭・45首に続いて、同じ秋艸堂
で開いた奈良美術研究会にちなんで詠んだ5首である」
1 銅鑼(第1首)
はじめて草盧(そうろ)に奈良美術研究会を開きしより今にして二十年にあまれり身は遂に無眼(むがん)の一村翁たるに過ぎずといへども当時会下(えげ、えか)の士にして後に世に名を成せるもの少からずこれを思へば老懐いささか娯(たのし)むところあらむとす
注 草盧 草で作った小さな家、草庵。自分の住居をへりくだっていう語。
無眼 目が無いことから転じて無知であること。
会下 門下
くさ の と に こもごも のき の どら うちて
とほく とひ こし わかびと の とも
2 銅鑼(第2首)
うらわかく さい ある ひと と まどゐ して
うまらに くひし そば の あつもの
3 銅鑼(第3首)
ひとつき の うまさけ くみて はる の よ を
すずろに ときし なら の ふるごと
4 銅鑼(第4首)
くり ひらく ふるき ゑざう に かたむきて
まなこ あつめし よひ の ともしび
5 銅鑼(第5首)
あをによし なら の みてら の ふるがはら
たたみ に おきて かたりける かも
銅 鑼 「下落合秋艸堂に16年住み、昭和11年に目白文化村秋艸堂に移った。
その下落合秋艸堂を回想して詠んだ閑庭・45首に続いて、同じ秋艸堂
で開いた奈良美術研究会にちなんで詠んだ5首である」
1 銅鑼(第1首)
はじめて草盧(そうろ)に奈良美術研究会を開きしより今にして二十年にあまれり身は遂に無眼(むがん)の一村翁たるに過ぎずといへども当時会下(えげ、えか)の士にして後に世に名を成せるもの少からずこれを思へば老懐いささか娯(たのし)むところあらむとす
注 草盧 草で作った小さな家、草庵。自分の住居をへりくだっていう語。
無眼 目が無いことから転じて無知であること。
会下 門下
くさ の と に こもごも のき の どら うちて
とほく とひ こし わかびと の とも
2 銅鑼(第2首)
うらわかく さい ある ひと と まどゐ して
うまらに くひし そば の あつもの
3 銅鑼(第3首)
ひとつき の うまさけ くみて はる の よ を
すずろに ときし なら の ふるごと
4 銅鑼(第4首)
くり ひらく ふるき ゑざう に かたむきて
まなこ あつめし よひ の ともしび
5 銅鑼(第5首)
あをによし なら の みてら の ふるがはら
たたみ に おきて かたりける かも