今日から11月。あれよあれよという間に11月を迎え
80歳4か月。こうなるとひと月にもぐっと重みがある。
人生に例えるなら「玄冬期」。まぁ何期であろうと
かまわないが、何かに付け同時期の母を思い出す。
70歳を過ぎてから「本格的に編み物を」と、思い立ち
斬新な作品を習っては次々送ってくれたが、生憎その頃から
アクリルやポリエステルのセーターなどがどんどん
出始め、その作品らは一度も袖を通すことなく、さりとて処分
する気になれず”箪笥の肥やし”になること40年。
こんなに「時代が変わった」のを知らずに逝けたのは
彼女には良かったかもしれない。
ちょっとした端切れで何かを作り、楽しんでいた母
いまの私が受け継いだよ、とひとり手を動かして
楽しんでいるこの頃です。
勿体ない・勿体ないが今に至ってまだ不用品の製造に凝りずにね。
まぁ いずれ何もかもまとめて、処分屋さんが持って帰ってくれるでしょう。
昭和戦中生まれの我々仲間はハンドメイド大好き人間と端正なスタイル既製品愛好者の2手に分かれるのでは。
このsirousagiも、手芸好きが高じて文科省認定編み物証書持つ母親の押し付け作品に辟易した1人です。
材料も勿論デザインもね?罰当たりはてきめん
ハンドメイドと名が付くものには一切我が手はなじみませんね。
妹はちゃんと母親譲りの手芸好き、ただし後期高齢者になってもう針も編み棒もミシンも嫌になったそうです。
suri-ribaさんには敬服です。80歳こえての活躍、頑張ってくださいね。
日本製と言っても工場はみんな向こうですからね・・
「手作り」しかなかった時代は懐かしいですが、当時は手袋一つでも編むのが大変。物を大切にするはずですね。
一度見よう見まねで毛糸の手袋を編んでくれたことがありました。でも「母さんが編んでくれた」と自慢できるようなものではなく、まるで軍手のようでした。恥ずかしくてはめたかどうかも覚えていません。
今ではお金で何度も買える時代です。「母さんが編んでくれた」と自慢できる手袋をはめることのできる子どもは幸せですが、そうそう多くはいないでしょうね。
はや11月、このままコロナ禍のない穏やかなお正月が迎えられたらと願っています。