すんけい ぶろぐ

雑感や書評など

山田真哉/高野洋「女子大生会計士の事件簿 公認会計士萌ちゃん (1)」

2005-06-30 08:38:53 | 書評
会計士ですら漫画になるんだなぁ。題材にならないものは、あるのだろうか?


以前、「ゆるゆるだ」と書いた「女子大生会計士の事件簿」の漫画版です。

一応、始めに言っておきたいことは、文庫版の小説の表紙は、こんな感じです。


で、漫画版は、こんな絵です。
(注:どちらの女性も「萌ちゃん」です)

小説の表紙とは別物なので、お気をつけ下さい。


漫画版のストーリーですが、忠実に小説をなぞっているようです(オリジナルも、あるのか?)。

絵柄から想像できるかもしれませんが、もともとあったコメディー色が、さらに色濃くなっています。
出てくるキャラも、非常に漫画チック。

でも、小説では「がばがばゆるゆる」のストーリーでしたが、漫画にはちょうどいいみたいです。
カッキー!!
あんたは平気なの!?
嘘が書いてある帳簿を見せられて くやしくないの!?
不正をして作った裏金で接待されたかも知れないのに 笑っていられるの!?
山田真哉/高野洋「女子大生会計士の事件簿 公認会計士萌ちゃん (1)」41頁 ヤングジャンプコミックス
こういう、くさ~いセリフも、漫画だと自然と読めちゃいますね。


で、やはり「この本を読んだら、会計や経理、財務の知識が身につくの?」と思っている方がいるかもしれませんが、「美味しんぼ」を読んで食通ぶるのと同じくらい危険なことだと思います。
お気をつけ下さい。


女子大生会計士の事件簿 公認会計士萌ちゃん (1) ヤングジャンプコミックス

集英社

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山田真哉「女子大生会計士の事件簿〈DX.1〉ベンチャーの王子様」

2005-06-29 08:20:49 | 書評
会計の勉強もしないといけないんだけど、それで最初に手にした本がこれとは…………


「女子大生会計士の事件簿〈DX.1〉ベンチャーの王子様」。

久しぶりの、ゆるーい小説です(角川文庫も久しぶり)。
まぁHow Toものの宿命だから仕方ないのでしょうけど。

タイトルから見て分かる通り、ストーリーを読んでいると自然と会計についての知識が身についていく…………ということになっていますが、まぁ、そっちの方はあんま期待できないと思って下さい。

一応、会計をめぐる話が展開するのですが、体系的に紹介しているわけではないので、いくつかの専門用語が、なんとなく理解できたような気分になる程度です。


で、ストーリー。
史上最年少の会計士・藤原萌実(〝萌〟は、その筋を狙ったのかなぁ)と、会計士補の柿本一麻が仕事先で数々の会計に関する謎を解決していく、というもの。

で、この藤原萌実。現役の女子大生で、ちょっと美人で、勝気で適当、だけれども曲がったことが嫌いな天然元気印の女の子。
この設定を聞いただけで、頭に「あんな感じのキャラか?」と思った方もいるかもしれませんが、その通り。そのキャラです。

対して、柿本一麻は藤原萌実よりも年上の二十九歳ですが、まだ彼女の部下。ちょっと気弱でぬけているけど、バカ正直でにくめないキャラ。
この設定を聞いただけで、頭に「あんな感じのキャラか?」と思った方もいるかもしれませんが、その通り。そのキャラです。

で、柿本一麻は藤原萌実にホの字なわけですが、それを前面に押し出すような勇気はない。
それに気がつかない藤原萌実は、時に彼を惑わすような発言をしたりして、その度に、柿本一麻はちょっとドギマギしたりして…………。
この設定を聞いただけで、頭に「あんな感じの流れか?」と思った方もいるかもしれませんが、その通り。その流れです。

「あの、萌さん。ちょっと相談があるんですけど」
「なあに、カッキー。私に恋愛相談なの?」
「はぁ?」
「いいの、いいのよ、隠さなくても。その顔は恋に悩んでいる顔ね。でもね、カッキー。自分が好きな人に恋愛相談するのは、あまり感心できることじゃないわね」
「とっ、とっ、突然、何を言い出すのですか?!」
「確かに、恋愛相談にかこつけて自分の想いを伝えるというのは告白の常套手段よ。告白するほうは〈振られて悲しいんだ〉とか言って、自分が慰めてほしいことをアピールするつもりでしょうね」
「ちょ、ちょっと持ってくださいよ」
「でもね、そのときの告白されたほうの気持ちとか考えたことある? 〈なんだ、この人振られたから私のほうに来たのかぁ〉って引いちゃう場合もあるのよ。そういったこともちゃんと考えてから告白しなさい。要は〈利害関係がある人に相談したらうまくいくこともいかなくなる〉のよ。それにね……」
「だ、だから、ちょっと持ってくださいよ、萌さん。まずちゃんと僕の話を聞いてください!」
「えっ、何よ。これからが〈萌実恋愛諭〉のいいところなのに」
「あのですね。僕が相談したいのはこの科目の質的重要性についてです。なんで、監査中に恋愛相談なんてしなきゃならないのですか!」
「そっ、そうだったの……。それならそうと、あんたも早く言いなさいよ! ベラベラしゃべり続けた私がバカみたいじゃない!」
「……」
山田真哉「女子大生会計士の事件簿〈DX.1〉ベンチャーの王子様」37~39頁 角川文庫
こんな感じで、ゆるーく話は進んでいきます。

心理描写などはなく、だいたいが会話でストーリーは進行。
謎解きのキーパーソーンは、ご都合主義で登場。
せっかくの最年少の現役女子大生という設定は物語では全く無視(単に藤原萌実の若さをあらわす記号としか存在しており、物語では全く活かされてない)。


…………まぁ、雰囲気を楽しむ小説ですからね。あんまり、無茶なものを求めても仕方ありません。

中学や高校時代に読んだような小説を読みたい方には、悪くないのでは?


女子大生会計士の事件簿〈DX.1〉ベンチャーの王子様

角川書店

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羽生生純「恋の門 ハンディ版 (1)」

2005-06-28 08:43:52 | 書評
なつかしいなぁ、「ペーゲー」


ネットを散策していると、ときおりコスプレした女性を見かけたりします。
時には体型や年齢を超えて、性別すら無理をしているコスプレがさらし者になっていることもありますが、たいていはけっこう綺麗なお嬢さんが、なかなか綺麗に撮れていることが多いです。

で、けっこう過激だったりします。

「明らかに男性の劣情に訴えるような服を、無料(ボランティア)で着ているのは、女性として楽しいのだろうか?」
と思ったりしますが、どうなんですかね。

パンツが見えない程度にスカートを短くするのと、同じ感覚なのでしょうか?


で、以前から気になっていた「恋の門」を手にしてみました。

うーーーーん、濃い。


ストーリーは自称・漫画芸術家の蒼木門(あおき もん)と、コスプレ大好きOLの証恋乃(あかし こいの)が繰り広げる愛の物語。

だから「恋の門」(恋乃門)です。(で、主題は、「あおきあかし」=「青春」ということなのか?)


ちょっとした設定の紹介で分かる通り、二人は漫画を中心にして、ちょうど対極に位置しております。

蒼木門は自分の漫画を、こう評しています。
俺の漫画は目で読むだけじゃ駄目だ
石の配列で読み
重さで読み
手触りで読むんだ
羽生生純「恋の門 ハンディ版 (1)」79頁 Beam comix
で、その漫画を初めて見た証恋乃は、こう内心で独白します。
これは… 人は必ず死ぬって事と同じくらい
この作品は決して本にはならない……
羽生生純「恋の門 ハンディ版 (1)」74頁 Beam comix
紙に石が張ってありますからね。印刷のしようが、ないです。

つまりは世人の理解を越えた、商業主義とは無縁の漫画をつくる男・蒼木門。


対して、女性はコスプレ好き。
同人誌をつくり、それで一千万を超える収益をあげている。
おそらくは、カリスマコスプレイヤー。

でありながら、会社では普通のOLをする如才のなさがある。
社会に迎合しながらも、自分の趣味を巧みに享受している。

つまりは世間に取り入り、商業主義にどっぷりとつかった漫画を楽しんでいる女・証恋乃。


そんな二人の、けったいなラブストーリーです。

けれども、意外とストーリー自体は、ありがち。

出勤途中で偶然に知り合ってしまうところや、会社でバカ正直に啖呵を切った男に女が興味を抱くところや、恋乃に憧れるブス・デブのストーカーを蒼木が助けるところや、初体験に失敗してしまうところとか、そのショックで旅に出てしまうところ…………等々。

要素を抜き出すと、そんなに目新しいところはないのですが、その独特の絵柄から発せられる(スクリーントーン皆無)全体の雰囲気は、物語を、微妙な方向に盛り上げてくれます。

こんな絵。

久しぶりに次巻が気になる漫画です。


恋の門 ハンディ版 (1)

エンターブレイン

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西原理恵子「ぼくんち 全」

2005-06-27 08:35:22 | 書評
高野聖ーナは、まだ頑張ってる?


中上健次の「枯木灘」を読んだときは、「うーむ。これは、日本か?」と思いましたが、みなさんは、どう感じたでしょう?

まぁ私小説的であっても、私小説ではないのですから、あの話が、そのまんま100%現実と照応するわけじゃないのでしょうけど。

もっとも事実がどうあれ、すごい小説でした。


で、「ぼくんち」。
スピリッツで連載されていた作品。タイムリーに読んでいました。

全話が一冊の本にまとまったものがありましたので(安いですが、その代わり白黒)、読んでみました。

海の堤防にそってずっとずっと歩いて、
ちょうどぼくんちの正反対のどんづまりに、
数十軒のつらなった飲み屋街がある。
そのほとんどが木造で
一階がお店、二階が寝とまりする部屋。
みんなどの家も、どの家かによりかかって建っている。
たとえば右はしでもまん中でもどれか一軒がたおれたら
この飲み屋街全部がぶっつぶれるんだと思う。
西原理恵子「ぼくんち 全」第62話 小学館
そんな日本があるのでしょうか(あったのでしょうか)?

でも、全部の話を読んでいくと、なんとなく、そんな世界が、あるような(あったような)気になってきます。


そう言えば、観月ありさ主演で映画化されたけど、どうだったんだろう?(個人的には、小池栄子あたりが主人公にあっていると思います。観月ありさだと、風俗嬢の影がでないような………)

あんまり話題にならなかったなぁ。
やっぱ、なんとも幻想的な、この貧乏世界は、西原理恵子の筆致で表現できるのであって、現実の映像では厳しかったか?


ぼくんち 全

小学館

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ぼくんち―スピリッツとりあたまコミックス (1)

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ぼくんち―スピリッツとりあたまコミックス (2)

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ぼくんち―スピリッツとりあたまコミックス (3)

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三島由紀夫「愛の渇き」

2005-06-26 08:48:57 | 書評
輪廻転生の話は盛り込まれないだろうなぁ(盛り込むと、恋愛映画がぼやけちゃうだろうし)


本屋で、新潮文庫の「豊饒の海」に「映画化」という帯がかかっているのを見たときは、
「いったい何時間の映画にする気だ?」
と不思議でしたが、四部作の最初である「春の雪」だけを切り取って映画にするらしいです。

監督は「世界の中心で、愛をさけぶ」の行定勲。なぁーる。単純に、悲恋の題材が欲しかったのね…………。

個人的には、理想を高くかかげた青年(少年?)が、その純真さゆえにテロリストとなっていく第二部「奔馬」や、美しい異国の少女をたぶらかそうと、地位も名誉もある中年男性が悪戦苦闘する第三部「暁の寺」の方が、面白いんだけどなぁ。

まぁ…………映画は個人の趣味でやれるほど、安上がりなもんじゃないですからね。
客が入りそうなものに手がつくのは、仕方ないでしょうね。

きっと、ふつーの恋愛映画になるんだろうなぁ。
二時間前後で収めるには、それでいんだろうけどね。


で、最近読んだのが三島由紀夫「愛の渇き」。

病気で旦那を亡くした寡婦の悦子は、田舎に引っこんでいる舅のもとに身を寄せます。
そこで、悦子は義理の父に体を委ねることになるのですが、一方でその家で雇われている園丁の三郎に懸想してしまう。
しかし、三郎には女中の美代という恋人がいて……………。

例によって、上流階級の生活を、甘い腐臭を漂わせて書いております。その人物造形や背景描写には、いつもながらリアルなのですが、その反面、主人公の複雑な有り様は、いつもながらリアルではありません。

 この瞬間における悦子の諦念を、もしくは単なる自堕落を、安逸を、どう解釈すべきであろう。渇いた人が鉄錆の浮いた濁った水をも呑むように、悦子はこれを受け入れたのであろうか。そんな筈はない。悦子は渇いてなぞいはしなかった。何も希わないことが夙に悦子の持前になっていた。彼女は避病院、あの伝染病というおそろしい自己満足の根拠地を再び求めて、米殿村へ来たようなものである。……多分、悦子は、澱れる人が心ならずも飲む海水のように、自然の法則にしたがってそれを飲んだにすぎぬのであろう。何も望まないということは、取捨選択の権限を失うことだ。そう言った手前、飲み干さねばならぬ。海水であろうと……。
 ……ところがその後の悦子にも、溺死する女の苦渋の表情は見られなかった。死の瞬間まで、彼女の溺死は人に気附かれずにすぎるのかもしれなかった。彼女は叫ばない。われとわが手で猿轡をはめたこの女は。
三島由紀夫「愛の渇き」68頁 新潮文庫
以上は、悦子が最初に舅に抱かれたシーンです。
「われとわが手で猿轡をはめたこの女は」です。まったく、どんな女なのでしょう? 普通なら、「はぁ?」と思えるのですが、三島由紀夫の小説の中ですと、頭の中でしっかりと一人の人間として思い描けるから、不思議なものです。

自分としては、「成就できないことに喜びを見出す女」という風に理解したのですが、極論なのかなぁ(こんな紋切り型の簡略化は、三島由紀夫が最も憎んだであろう「俗化」の最たるものでしょうけど)。


悦子と亡夫との生活は、彼の浮気によって、破綻していました。彼女は嫉妬に悩み、眠れる夜を過ごしていました。が、そこで、単純に苦しめられないところが、三島由紀夫の愉快なところ。
悦子は、その嫉妬を嫉妬として、第三者のように楽しむようになります。

ですから、旦那が不倫相手と病室で面会した際も、彼女は、こんな風に不安になります。
『もし良人が、もし良人がこの女を少しも愛していないのだったら、どうしよう。私の苦しみは皆無駄になる。良人と私はただ空しい遊戯の苦しめ合いをしていたにすぎなくなる。それでは私の過去はみんな空虚な独り角力になってしまう。良人の目の
なかに、今、どうしてもこの女への愛を見出さなければ、私は立ち行かない。もしかして、良人がこの女を、このほかの私が面会を断った三人の女のどれをも、愛していなかったとなれば、……ああ! 今さらそんな結果は怖ろしい!』
三島由紀夫「愛の渇き」54頁 新潮文庫
そして、夫は死んでしまいます。夫が死ぬことで、彼女は嫉妬から解放されます。それは、病院から夫の遺骸とともに外に出た際の「光」となって表現されています。
 あのとき雪崩れ込んで来た日光ほど感動的な夥しい日光を悦子は知らない。
 十一月のはじめのあの氾濫する日先、いたるところに満ちあふれる透明な出湯のような日光。避病院の裏口は、戦災に焼けつくされた平坦な盆地の町にむかっていた。彼方を中央線の末枯れた草に包まれた上手が斜めに走っていた。町の半ばは木組の新たな家や建てかけの家に埋まり、半ばはまだ草と瓦礫と芥に委ねられた焼跡であった。十一月の日光はこの町を領していた。その間をとおる明るい十間道路を、自転車のハンドルが光りながら走る。そればかりではない。焼跡の芥の堆積のなかからも、ビール壜の破片のようなものが眩しく目を射る。この光りが一挙に、柩と、これにつき随った悦子の上に、瀑布のように落ちかかったのだ。
三島由紀夫「愛の渇き」36~37頁 新潮文庫
こうして普通なら、苦しみから解放されて安堵を得られるはずなのですが、悦子は嫉妬を嫉妬として苦しむという楽しみを覚えてしまっています。夫からの解放は、嫉妬からの解放であると同時に、喪失でもあるのです。

そのため彼女は、敢えて好きでもない舅のもとに身を寄せるのです。つまりは「澱れる人が心ならずも飲む海水のように、自然の法則にしたがってそれを飲んだ」ということなのです。

しかし、老いた舅は既に悦子に嫉妬の喜びを与えてくれるだけの力はありません。その結果、三郎の登場です。彼女は、この階級的にも、年齢的にも相応しくない相手を想い、この不可能な愛をつくりあげることに喜びを見い出します。

作者は、三郎が参加している祭りに悦子が魅入られる場面を、以下のように描写しています。
 悦子の目は白張の多くの提灯がはげしくぶつかり合うあたりへ向けられていた。弥吉も謙輔夫婦も美代も、すでに彼女の意識には存在しない。この叫喚の本体、この狂乱の本体、このおそろしい激越な運動の本体……、悦子の直観は定かならぬ酩酊のために飛躍して、その本体こそは三郎であり、三郎であるべき筈だと考えた。この渦巻いている生命力の無益な濫費は、ほとんど光り輝くもののように悦子には思われ、彼女の意識はこの危険な混沌の上に置かれて、まるで焙恪の上に置かれた木片のように融けた。悦子は自分の顔が時折焚火や篝火の焔のために、容赦なく照らし出されるのを感じていた。それが、ゆくりなくも、良人の柩を運び出すためにあけた扉から、なだれ落ちて来たあの十一月の日光の夥しさを思い出させた。
三島由紀夫「愛の渇き」123~124頁 新潮文庫

こうして彼と愛を交わしたいと思う一方で、彼を手放してしまいたいという、異常に複雑な悦子の心理が設定されます。

で、最終的には「愛の渇き」を癒そうと、悦子は三郎に告白します。しかし、彼を手に入れることでも、彼を失うことでも、悦子の愛は満足させられません。その二つの思いに引き裂かれた彼女のとった行動は……………、まぁ、当然と言えば当然の帰結のようで、やはりちょっと無茶なオチでした。

要は三郎も、亡夫と同じ場所に追いやってしまうのです。こうすることで、彼を失いつつも、決して他の誰かにとられることはなく、嫉妬とは無縁でいることができるのです。


三島由紀夫の小説では、過剰な超人間心理を設定されて、それに「ついていけるか?」「ついていけないか?」が面白く読める境界線になることが多いですが、個人的には、これは面白く読めました。


愛の渇き

新潮社

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (29)」

2005-06-25 08:49:01 | 書評
ようやく終わるよ


「サラリーマン金太郎 (29)」。

サラリーマンを辞めて、漁師に戻った金太郎。
すっかり浅黒くなり、人事の石川さんなどは家族全員の健康な姿に、涙を流すほどです。(本宮先生は、現場の土建とか漁師をやっている金太郎を、すごーく健康体として強調するね。ブルーカラーが好きなんだねぇ。そして、ホワイトカラーを憎んでいる…………)

で、漁師をしても、大もて金ちゃん。
青年誌のグラビアに載るような高校生も、一瞬で恋に落ちます。

その子は、夜中に金太郎を誘い出して、初めての男になって欲しいと懇願です。
しかし金太郎も、男。年端もいかない少女に手を出すような人間ではありません。

拒まれた際に発した少女の言葉が、今日の名言。
女の子に迫られて
やらない男なんているわけないよ
カッコつけないでよ!!
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (29)」116頁 ヤングジャンプ・コミックス
処女の割には、なかなか思い切ったことをいう少女です。(つーか、人生の酸いも甘いも経験した、しなびたオバサンみたいだな………)

ですが、結局、金太郎のフォローに慰められて、また惚れ直し。
去っていく金ちゃんの後姿に、こう叫びます。
金ちゃん
やっぱり違うよ!!
ここにいる田舎の人間たちとは全然違うよ!!
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (29)」120頁 ヤングジャンプ・コミックス
田舎の方が、乱れているのですかね?
夜這いの風習くらい残っている地方なのかもしれません。

サラリーマンの鉄則 その二十九
「どこに行っても、もてるべし!」


サラリーマン金太郎 (29)

集英社

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小栗左多里/トニー・ラズロ「ダーリンの頭ん中」

2005-06-24 08:31:47 | 書評
前半はカラーなのに、なぜ後半は白黒?


高校時代の話。

無残な英語の成績を見た教師が、
「もうちょっと勉強しろ」
と。まだまだ生意気な盛りだった僕は、それに対して、
「どうせ英語を使うような仕事につかねーよ」
と吐き捨てました。すると、教師は僕の腕をつかんで、こう言いました。
「十年後に、もう一度言ってみろ!」

それから、十うん年経ちました。

結局、英語を使うような仕事はしていません。
が、英語がもう少しできたら、もう少しマシな進学をして、もう少しマシな仕事を見つけて、もう少しマシな人生をおくり、もう少しマシな人間になっていた…………かもしれません。

まぁ、完璧に幸せとは言えませんが、「こんなもんか」くらいには思える日々を過ごせております。


で、「ダーリンの頭ん中」。

既刊の「ダーリンは外国人」が好きで、続編(姉妹編)にあたる本書も買ってみました。

「ダーリンは外国人」では、外国人の夫をもった作者が、その結婚生活をユニークに描いています。
一応、異文化交流の面白さがメインとなっているのですが、ちょっと変わり者の旦那さんのキャラクターが、さらにいい味を付け加えておりました。

が、どうも外国語が苦手(というかアレルギー)ということで、「ダーリンの頭ん中」は、前作ほど楽しくは読めませんでした。


それでも、「へへぇー」と思う箇所も多かったです。

来日二十年になる旦那のトニーは、「イタリア」と「ハンガリー」のハーフです。
そんな彼が、こんなことを言っています。
ボクねぇ
今まで「あいまい」より「ハッキリ」の方がいいと思ってたんだけど
「あいまい」の方が健康にいいような気がしてきた!!
「あいまい」って使ってる方はストレスがたまらないよね(交渉の席ではウケが悪いけど)
小栗左多里 & トニー・ラズロ「ダーリンの頭ん中」99頁 メディアファクトリー
二十年も日本にいると、外国人でも、そんな風に考えるもんなんですねぇー。


語学嫌いを治したいと思っている方には、ちょうどいいのでは?


ダーリンの頭ン中

メディアファクトリー

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (28)」

2005-06-23 08:36:16 | 書評
「実に日本のサラリーマンの97.3%が、上司を爆殺されるという痛ましい経験をしております。」(厚生労働省編「労働白書 平成13年度版」より)


「サラリーマン金太郎 (28)」。

総会屋対策は、業界やら政界やら、いろんなものを巻きこむことで、どうにかなりました。
が、ヤマト建設の創業者であり、前会長の大和守之助が手違いで殺されてしまいます。

それにショックを受けた金太郎は、会社を辞職。

自己流を貫いて仕事をしてきた金太郎には、サラリーマン生活について、家族のためとか、会社のためという考えはありません。
作者としては、金太郎を通じて、常に国家(さらには国境のない全世界)を射程に入れた一個人の創出を企んでいたようですが、ここで挫折。

世界よりも一個人が大事と言うのも、男として当然でしょうから、仕方ないです。

で、慰留にきた同僚たちに言った言葉が、今日の名言。
サラリーマン……
もう飽きた
くっだらねえ
商売だ……
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (28)」167頁 ヤングジャンプ・コミックス
まさに金ちゃんの言う通りだと、僕も思います。
上司が爆殺されそうになったり、異国の地で反政府軍に囲まれたり、娘のフィヤンセに拳銃を突きつけられたり、子供を誘拐されそうになったり、ヤクザと殴り合いの喧嘩になったり、ライバルに車で轢き殺されそうになったり、ライバルを拳で殴ったり…………。
そんな、一般のサラリーマンなら避けては通れない経験をしてきた金ちゃんですが、遂には、ついていけなくなったようです。


で、結局、金太郎は、もとの漁師に戻ることを決意します。


サラリーマンの鉄則 その二十八
「サラリーマンはくだらない商売」


サラリーマン金太郎 (28)

集英社

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フランク・ロッダム「さらば青春の光」

2005-06-22 11:52:33 | 映画評
「青春の光」って、なんだ?


「さらば青春の光」。

典型的な洋画の青春不良映画。


家族とは軋轢があり、単調な仕事に面白みを見出すこともできず、毎晩のようにバイクで町に繰り出して、薬と酒に溺れている主人公。仲間とバカ騒ぎをしているときは楽しいが、心のどこかで虚しさを感じている。

映画の中では、モッズとかロッカーが登場して、当時の風俗が良く分かります。
が、この風俗以外や、劇中に流れる音楽以外は、特に際立った個性はありません。

そもそも、青春不良映画となりますと、オチは決まっています。
 ・世界と妥協して、真面目に働くようになる。(たいていは、純真な女性との出会いが、主人公の立ち直りの契機となる。一応の大団円)
 ・世界を認めることができず、妥協できないまま破滅する。(自殺で終わるとか、精神に異常をきたすとか、旅に出るとか。つまり悲劇)
 ・チャンスをつかんで、自分の隠れていた才能が世界に認められる。(ご都合主義。日本の漫画に多いパターン)
さらに、「夢オチ」というパターンもありますが、まぁ、これは素人には危険な超絶技ですので、割愛します。


で、オチ。
不良の鑑と思っていた自分のヒーローが、実生活では一般人であるという、「当たり前」の現実を主人公は目にします。
そして、そのヒーローだった彼のバイクを破壊すると言う象徴的な行為で映画は終わりです。


つまらない真人間になってしまうような気もするし、社会の裏表全てに絶望し、薬で死んでしまうようにも思える最後でした。


さらば青春の光

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (27)」

2005-06-21 08:29:24 | 書評
拳で語り合おう!


「サラリーマン金太郎 (27)」。

例によって、金ちゃん独特な正論が会社やら施工主など、多方面に通り、手抜き工事を補強することになりました。
で、例によって、絶妙なタイミングで地震がありまして、ヤマト中央建設の補強工事が地震に強いことが立証され、会社の信頼はうなぎのぼりで、チャンチャン。


金ちゃんの次の仕事は、総務部長。
今度は、総会屋対策の仕事です。

ヤクザと何度も渡り合ってきたら、当然、楽勝です。

総会屋の本部に乗り込んで、やっぱりいざこざがあって、やっぱりケンカです。
その際の発言が、今日の名言。
総務だ 総会屋だ 関係ねえやな……
こいつあ 男の喧嘩になっちまったぜ 表へ出ろ!!
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (27)」139頁 ヤングジャンプ・コミックス


サラリーマンの鉄則 その二十七
「サラリーマンよりも大切なこと(=喧嘩)がある」


サラリーマン金太郎 (27)

集英社

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