すんけい ぶろぐ

雑感や書評など

本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (19)」

2005-05-31 06:03:13 | 書評
サラリーマンにもスランプがあるのだろうか?


「サラリーマン金太郎 (19)」。
鹿児島に左遷になった金太郎。その実、会社の大株主を説得するという、大事な仕事を任せられています。
が、金太郎には珍しく、元気がありません。

そんな金ちゃんが吐いた言葉が、今日の名言。
これから先 サラリーマンとしての道が見えねえんだ
ガムシャラだけじゃ越えて行けない壁だよ…
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (19)」108頁 ヤングジャンプ・コミックス
そもそも、金太郎は、どんな「サラリーマンとしての道」を思い描いていたのでしょうか? いろんな場所で、いろいろと大暴れ。ヤクザだろうと、反乱軍だろうと、官僚だろうと、気に食わなければ噛み付いているような「サラリーマンとしての道」です。今さら、なにを悩む必要があるのか…………。


で、なんだかんだで、うまく大株主に取り入り、仕事は成功。やっぱり、本社に戻ることになります。
その間に、これからのサラリーマン道について、目覚めるというエピソードはないんですけどね。
それでも本社(東京)に戻ったら元気になってますから、なにか紙面にはあらわれない結論が出たのでしょう。

サラリーマンの鉄則 その十九。
「やっぱり東京」


サラリーマン金太郎 (19)

集英社

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ウォルフガング・ペーターゼン「トロイ」

2005-05-30 08:32:28 | 映画評
あんまりにも豪快で派手な戦闘シーンを綺麗に見せられると、興奮することなく、逆に「これCGだな」と冷静になってしまいます


一般の評価は高いようですが、「グラディエーター」は、どうも苦手。
隅々まで金と手間をかけて完璧な雰囲気をつくりだしているのですが、ストーリーがどうもアメリカ的と言いますか、ハリウッド的と言いますか。
「古代ローマ人が、そんなに民主主義を信奉しないだろう………」
と、どうも根幹のストーリー展開に、つっこみをいれたくなってしまいます。

「そんなこと言ったら、古代ローマ人が英語しゃべっていることも、つっこむのか?」
という批判を受けそうです。

まぁ、僕も分かっているつもりなんですけどね。
物語なんですから、そこは、ねぇ…………。


「トロイ」ですが、これも、まぁ同じ感想になってしまいました。

トロイとギリシアの戦いを舞台に「家族愛、名誉、祖国、運命、恋愛」といったアメリカ色(ハリウッド色)の強い物語が展開していきます。

どうも、なぁ…………。

アメリカ人も日本人印の物語を見て、
「日本のやつらは、全部「友情、努力、勝利」で全部片付けてしまうなぁ」
と感じているのでしょうけどね。


トロイ 特別版 〈2枚組〉

ワーナー・ホーム・ビデオ

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (18)」

2005-05-29 06:06:32 | 書評
家族って、なんだろう?


「サラリーマン金太郎 (18)」。


この巻に限らないことですが(それどころか、全ての物語で広く使われていることですが)、「サラリーマン金太郎」では二つの物語が平行して進んで、最終的にどちらも大団円、という筋が多いです。

特にサラリーマンという職業に(間違った方向から)スポットライトが当たっているからでしょうか、仕事(公用)と家族(私用)にストーリーが分かれていることが多々あります。

今回も、そのパターン。
黒川社長が退陣し、その代わりに昇格したのが、初対面で金太郎を殴り倒した伊郷。彼は、会社の改革を進めるために、敢えて憎まれ役を買って出てます。そうやって役員たちの不満を高めることで、彼らを試そうというのです。

で、社長室長となった金太郎は、伊郷新社長の駒として、表でも裏でも大活躍します……………のはずなのですが、再婚した嫁さん(美鈴)の娘が、ジゴロにつかまってそれどころではありません。
サラリーマン人生の恩師にあたる伊郷社長の一世一代の大博打など無視して、自分の家族を守るために、東奔西走。
「会社とは恋愛がしたい」とかわけの分からないことを言っていた金太郎ですが、やはり「恋人」よりも「家族」の方が大事らしいです。
エライです。


そして、その家族を守るために、義理の女性に語った言葉が、今日の名言。
お前におれが必要なら
美鈴と離婚して一生そばにいるから…
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (18)」106頁 ヤングジャンプ・コミックス

サラリーマンの鉄則 その十八。
「家族を解体してでも、家族は守るもの」


サラリーマン金太郎 (18)

集英社

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しりあがり寿「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」

2005-05-28 08:40:11 | 書評
本が分厚いよ


「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」。

相変わらず既存の漫画とは一線を画したまま、どこに行こうとしているのか、さっぱり分からない状態です。


たとえば、「ヤマモクさん」という話。

お伊勢さんを目指して歩いている弥次さん喜多さんの前に、地面から生えている妖怪(?)が話しかけてきます。
あんたらヤマモクさんを知らねえか
しりあがり寿「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」43頁 エンターブレイン
二人は、ヤマモクさんを知らないと言います。
妖怪「で、あんたたちヤマモクさんも知らねえで いったいどこへ行くんだ?」
弥次「おいらたちはお伊勢さんをめざしてるんだ」
妖怪「お伊勢さんだと!? ………お伊勢さんかあ…… ん―――…」
弥次「………………………………」
喜多「………………………………」
妖怪「ヤマモクってのは おいらのこった ナベに火をかけたままで千里をこがす」
弥次「なお お伊勢さんのこと知ってたら教えてくれよ」
妖怪「そう…お伊勢さん………」
弥次「知らねえならいいよ おいらたちは先を急いでんだ」
妖怪「ちょっと待て!! こんなところで会ったのもなにかの縁だ 手相をみてやろう」
弥次「いいよ」
喜多「………………」
妖怪「いいから早くみせてみろ」
喜多「どうする?」
弥次「そうだなあ 手早くすませてくれよ」
妖怪「わかったわかった」
弥次「ホレ どうだい いいことあるかい?」
妖怪「……………………… ヤマモクってのは おいらのことだ」
弥次「それはわかってるから 早くみてくれよ」
妖怪「わかってるだと!! あんたはモノゴトがそんなにカンタンにわかるってのか!!」
弥次「だからあんたはヤマモクなんだろ」
妖怪「……………………………… 運命線なしっ!!」
しりあがり寿「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」44~47頁 エンターブレイン
……………どうでしょう? 僕は引用しているうちに、この突拍子もない展開に、頭が揺さぶられた思いです。

面倒なのではしょってしまいますが、最後には、この妖怪ことヤマモクさんは、
妖怪「結局何ひとつわかんねえんだよ!!」
しりあがり寿「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」57頁 エンターブレイン
と嘆きます。そんな彼(?)に向かって、弥次さんと喜多さんは、こう言います。
弥次「気にするない おいらたちもわかんねえ…」
喜多「ホントにもうぜんぜんわかんねえ…」
しりあがり寿「弥次喜多 in DEEP 廉価版 3」58頁 エンターブレイン
その言葉に感動して花となり、死んでしまう(?)ヤマモクさん。

なんとなく人間の人生を象徴しているような、関係ないような。

つまりは、「結局何ひとつわかんねえんだよ!!」ということです。
でも、おもしろいです。おそろしい漫画です。


弥次喜多 in DEEP 廉価版 3

エンターブレイン

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (17)」

2005-05-27 08:54:29 | 書評
匠の技


「サラリーマン金太郎 (17)」。
新人研修の担当となったのもつかの間、労働組合の委員長に担ぎ出されてしまった金太郎。

しかも、会社はリストラ発動直前というタイミング。経営陣の意向に沿ってリストラ推進側に回るか、(リストラされる)労働者側で彼らの雇用を守るために戦うか。金太郎は、今までにない窮地に立たされます。

しかも、これまでの仲間たちまでも、自分たちの生活を守るために金太郎に味方してくれません。

さて、どうする!

…………リストラ組みで新しい会社を設立。金太郎の「なめられてんだよ! あんたら!!」という気合で、無能であったり、やる気がなくてリストラされたはずの社員が、俄然有能社員に変身。

で、後は、めでたし、めでたし。

この分なら、金太郎の「なめられてんだよ! あんたら!!」という気合で、共産主義社会が樹立できてしまいそうです。


で、今日の名言は、こちら。
明日は人事部長と地方支社回りです
朝 早いですから………
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (17)」24頁 ヤングジャンプ・コミックス
この言葉は、金太郎のものではありません。彼が研修を担当をしている新人のものです。

金太郎が労働組合の委員長に就任した際に、経営者側から報復措置として、新人研修から金太郎は外されたことがあります。

このとき、新入社員たちは、「金太郎でなくては従えない!」と全員で会社に辞表を出しています。そんな新人たちですが、金太郎がリストラ問題で苦境に陥ると、唐突に豹変。彼からのカラオケの誘いを、引用した言葉であっさり断わります。なんで、そこまで、あっさりと態度を変えられるのか……………。


しかし、考えてみれば、新人全員が一斉に辞表を出して、会社が受理するはずはありません。
また新人たちは、ちゃんと金太郎が会社に大きな貢献をしており、また政財界に太いコネを持ったことを知ってから、金太郎側に回って、辞表を提出しています。
そういう状況を理解しての強訴だったのですから、経営者側と本格的に対立し始めた金太郎を見限ったのも、当然ですね。

新人ながら、巧みなものです。

サラリーマンの鉄則 その十七。
「風を読む」


サラリーマン金太郎 (17)

集英社

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ジェームズ・ワン「SAW」

2005-05-26 08:26:53 | 映画評
まぁボチボチ


世間でちょっと話題になりました「SAW」を見ました。

突然目覚めたら、鎖でつながれれた。さらに、同じ境遇の男が部屋の隅にいて、その両者の間には死体が転がっている。さて、どうしましょう? という話。


なんとなく、「CUBE」のように密室の部屋だけで話が進んでいくのかと勝手に思っていました。が、そんなことはなくて、部屋の外の場面や回想シーンも多く登場します(そのため、密室脱出の謎解きには、あまり比重は置かれていません)。で、犯人も、ちゃんと登場します。

その犯人なのですが、「顔を隠しているけど、けっこうネタバレじゃん」と思っていました。が、最後の最後で大どんでん返し。無理がないわけではありませんが、まぁまぁ納得できる伏線もあったし、それなりに驚かされました。

それよりも、密室からの脱出方法が、浮気調査のお兄さんにはなかったんじゃないの? というのが疑問。医者に殺されなければ、OKってことなのだろうか?


グロかったですが、そういうのに耐性がある方は、楽しめるのでは?


SAW ソウ DTSエディション

角川エンタテインメント

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (16)」

2005-05-25 08:31:40 | 書評
他山の石


「サラリーマン金太郎 (16)」。

金太郎は子会社に出向になっていたんですが、また大暴れの大活躍(プラス、女を落とす)が認められて、本社に戻ります。
そこで待っていた仕事が、新人研修。

その新入社員に語った言葉が、今日の一言。
いいか……
この会社に入ったから会社があんたらを守ってくれるって事じゃない
あんたらがこの会社を守ってやるんだ
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (16)」108頁 ヤングジャンプ・コミックス
金ちゃん、東北で大暴走引き起こして、マスコミから会社がさんざんぱら批判されたような…………。
それでクビにならなったのは、会社が守ってくれたんじゃないか…………。

サラリーマンの鉄則 その十六。
「とにかく威勢の良いことを言う」


サラリーマン金太郎 (16)

集英社

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村上龍「半島を出よ (下)」

2005-05-24 08:40:52 | 書評
ん?


「半島を出よ (下)」を読了。

上巻で「ん?」という感想だったのですが、それは最後まで変わりませんでした。
さすがに、高麗遠征軍とイシハラグループが直接戦う場面は面白く読めたのですが、それ以外の箇所は、「冗長だなぁ...」といった感じ。村上龍としては、渾身の作品だからディティールに気を使い、より重厚で精緻にしようと仕掛けたのでしょう。が、僕にはスピードが失われた印象が残りました。

もうちょっとサクサクと読めれば、この極端な設定も、他の作品と同様に「大人のおとぎ話」として受け入れることができたんじゃないかなぁ~? というのが個人的な感想。

もっともアマゾンを見ますと、おおむね好評のようです。みなさんは、作品の設定は気にならなかったようです。


作品の主題(というか村上龍の主張)である、「自立せよ」ということは、もちろん、僕にも受け入れられます。そこから、あらゆる面でアメリカに依存している日本という国の現状を不甲斐なく感じるのは、僕も同じです。

だからと言って、高麗遠征軍(北朝鮮兵士)やイシハラグループ(猟奇犯罪者グループ)に共感はできないなぁ。

まぁ、村上龍も、高麗遠征軍やイシハラグループに共感しているのでは、ないのでしょうけど。


ようは、作品の中に、アメリカに見捨てられていながら、なおかつ「戦う」人間が欲しかったのでしょう。

物語では、北朝鮮とアメリカには融和ムードが漂っています。金正日が中国に亡命し、半島の統一が実現されるとまでささやかれるような状況です。それで、軍内部の反米強硬派が邪魔です。その解決策として、その反米強硬派を日本に追っ払ってしまおうということになったのです。
つまりは、福岡を占拠した高麗遠征軍というのは世界の情勢に迎合できない異物であり、反米独立の象徴となっているわけです。

一方、イシハラグループ。彼らの属する日本社会は、物語では経済力が凋落し、アメリカに軽視され、国際社会でも孤立しています。そんなアメリカや世界から見捨てられた日本からも、さらに見捨てられた存在としてイシハラグループのメンバーはいます。彼らも日本社会の異物です。(が、反米の象徴とまでは、いきません)

互いの似通った境遇からか、イシハラグループでは、高麗遠征軍に対して親近感を持ちます。
しかし、共同戦線をはるようなことはなく、最終的には両者は対峙して、戦うことになります。

なぜか?

物語ですから、戦ってもらわないと盛り上がらない…………という事情は、さて置き。

両者が世界の異物でありながらも、そのグループの性格が異なっているからです。それは、どちらの集団の中にもいる詩人のキャラクターが、そのまま反映されています。

高麗遠征軍の詩人チョ・スリョンは、自分の詩に対して、こんな考えを持っています。
憤死した父親の声が心によみがえった。蔵書を焼きながら語られた父親の言葉だ。いいか、スリョン、読む人の側に立った詩を書くんだよ。チョ・スリョンは、わかりました、と呟いた。やっと父親が言った意味がわかった。生き延びろ。父親はそう言いたかったのだ。読む人間がお前の詩をどう解釈するか、徹底的に考え抜かなければならない。そして権力を出し抜いて、生き延びろ。父親はそう教えたのだ。
村上龍「半島を出よ (下)」159頁 幻冬社
彼にとっての詩とは、権力者に迎合するための手段に過ぎません。
また、チョ・スリョンは、権力者の権力者たる所以である、「統治」や「政治」について、以下のように述べています。
統治や政治というものは、力の弱い少数者を犠牲にする装置を最初から内包しているのだ。
村上龍「半島を出よ (下)」174頁 幻冬社
つまりは、チョ・スリョンの「詩」は少数に転落すること防ぎ、自分が大多数に属するための方法になっています。そこには、最初から「自立」は欠けています。

彼らは、アメリカ(=多数者)に見捨てられた少数者ではありますが、その有り様には、多数者への志向が内在しているのです。


それに対して、イシハラグループ。
彼らのリーダー(?)であるイシハラも詩人です。彼は、わざわざ日本中で持て余した少年を集めて暮らしている人間です。異物(少数者)を積極的に取り入れている人間です。それは、イシハラがアルコールを好んでいる(好んでいるどころか、最後にはアル中のようになっていますけど)ことからも分かります。

彼らにとってアルコールとは、異物です。
何か異物がからだに入ってくる感じがする。喉が熱くなったり、苦かったり、舌が痺れたりする。生まれてからこれまで異物はいつも警戒すべきものだった。痛みや傷や略奪や喪失を伴っていた。あとで異物が良いものに変わったことなんか一度もなかった。
村上龍「半島を出よ (下)」49頁 幻冬社
これは、イシハラグループのメンバーであるモリの、アルコールに対する感想です。
イシハラ以外の人間は、アルコール(異物)を飲みません。イシハラだけが、アルコール(異物)を飲めるのです。

このことで、彼らのグループは日本中の異物の集まりでありながら、決して馴れ合いの集団にはならず、個々人が独立しているという特異な色が見えてきます。彼らの紐帯は「イシハラ」だけですから、異物を排除するとか受け入れるとか迎合するとか、そういう発想は生まれません。


そして、高麗遠征軍も、かつては金正日をリーダーとした、他人との連帯を持たない集団でした。ドームを占拠した隊員たちは、最初、世間話すらできませんでした。

しかし、日本に渡ってからは、徐々に彼らは変質していきます。その一つに、全員が酒を飲み始めます。
おそらくは、北朝鮮にいた当時は酒は飲めなかったか、あまり機会はなかったと思われます。ですが、日本という物質的に恵まれた環境に置かれたことで、彼らは酒を飲めるようになります。それは異物であるものを飲み込み始めたということではありません。
酒は人を解放するとよく言われる。だがここにいる連中は解放などされたくないと思っている。自分を解放すると何をするかわからないから恐いのだ。酒は親しい雰囲気の中で飲まれることが多いが、親しい雰囲気というのは危険に充ちている。その場に蔓延した親しみに敬意を払わなければいけないし、同調することも必要だ。同調を示さないと罰を受ける。親しさが蔓延する場所では、単に一人でじっと考えごとをしているだけで、どうしたんだ? つまらないのか、と責められて、そのあとあいつは暗いやつだと攻撃の対象になる。酒を飲む場所では、誰かが冗談を言ったときはそれがどんなにつまらなくても笑わなければいけない。
村上龍「半島を出よ (下)」49~50頁 幻冬社
先ほど引用したモリのアルコールに対する感想の続きです。これは、彼らを排除した日本社会という集団の性格そのままです。
集団の全員がアルコールを好むというのは、高麗遠征軍も日本という環境に毒され、強制的な親しさという仮面によってスケープゴートを用意し、異物を排除するという方向へ徐々に向かっていることを暗示しています。

それは、兵たちに時計を支給することで、いざこざが生じたことからも分かります。彼らには、もともと個人所有の意識は希薄でした。それは当たり前で、彼らは共産主義社会の人間だったからです。しかし、時計を個々人に配るということが、資本主義社会への扉を開きます。財産の所有という罠に彼らはまんまとはまり、ものの見事に資本主義社会的な事件を起こします。

当初は日本にとって異質な存在であったはずの高麗遠征軍が、権力をそのままに日本化し始めています。


イシハラグループの人間は、所詮は一人です。日本社会で育ったにも関わらず、所有という概念を理解すらできていません。
トヨハラは、双眼鏡で橋の向こう側を見ている。がっちりしたからだつきで手足が短くしかもスキンヘッドなので、双眼鏡が似合わなかった。顔の中心から双眼鏡が生えているようだった。モリは、ドイツ製たというその双眼鏡を覗いてみたかったが、どうすればいいのかわからなかった。モリは、道具を仲良く一緒に共同で使うという体験がなかった。兄と玩具や教材を共有したこともない。モリが中学生のころ、自殺しそこなった兄が両親を包丁で刺し殺すという事件が起こり、モリも兄から刺されて重傷を負い、その後身寄りのない子どものための施設に入ったが、そこでも玩具や教材を仲良く一緒に使ったことはなかった。力の強い子どもと、看護師に好かれている子どもが玩具や教材を常に独占した。
村上龍「半島を出よ (下)」12~13頁 幻冬社
これでは、イシハラグループと相容れるはずはありません。

そんなわけで、両者は、戦わざる得なかったわけです。


村上龍の言わんと欲するところは分からんでもないのですが…………。
どうも、今回はついてけなかったなぁ。

てな感じです。
いろいろ文句もつけましたが、従来の村上龍のファンなら、楽しめるんじゃないかな?
村上龍独特の示唆に富んだ文章も、相変わらず満載だし。


半島を出よ (下)

幻冬舎

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本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (15)」

2005-05-20 08:16:28 | 書評
ようやく半分だ


前巻で大暴れして、子会社に出向になった金太郎(いつも大暴れしているけど)。
で、その子会社というのはバブル期の借金で、首が回らない状態。
どの社員も、匙を投げて、つぶれるのを指をくわえて待っているという有様。

もちろん、金太郎がやり気を出すことで、同僚たちも発奮して、まぁ、いつものように、徐々に、どうにかなってしまいます。

が、そこで立ちはだかったのが、通産官僚。呼び出しをくらって、金太郎は説教をくらいます。
ひ弱な小役人風情からの文句を、黙って聞いているような金ちゃんではありません。
最後には星一徹ばりに机を引っくり返して、軽く(人を殴ってませんから「軽く」です)暴れます。

で、帰社しても怒りの収まらない金ちゃんが吐いた言葉が、今日の名言。
あったま来たあ―――っ
サラリーマンなんかやめた―――っ!!
本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 (15)」頁 ヤングジャンプ・コミックス
はよ辞めればいいのに………。

サラリーマンの鉄則 その十五。
「維持でも辞めない」


サラリーマン金太郎 (15)

集英社

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村上龍「半島を出よ (上)」

2005-05-19 08:49:36 | 書評
村上龍は、日本をいじめたいサディストなのか、それとも日本がいじめられることで快感を覚えるマゾヒストなのか?


「村上龍は、流行の三歩後を歩く」と評したのは、あの、いつも偉そうにしている(ように見えてしまう)貫禄たっぷりの方でしょうか?

確かに、インターネットが普及し始めると「共生虫」で、引きこもりやドメスティックバイオレンスで「最後の家族」、援助交際で「ラブ&ポップ」、フリーターやニートで「13歳のハローワーク」、失われた十年の不況で「希望の国のエクソダス」、サッカーブームで「悪魔のパス 天使のゴール」、猟奇殺人の多発で「イン ザ・ミソスープ」等々。(「希望の国のエクソダス」では、アルカイダをあつかって、「流行の三歩前を歩く」ことに成功しましたけどね)

その節操のなさを揶揄したくなるのは分からないでもありませんが、業界を蛸壺に陥らせないように異質なテーマに食らいついていく姿勢は評価してもよろしいのでは?
それに、作品全てがある一定のレベルに達しているのは、事実ですし。


で、来ました「半島を出よ」。ズバリ、北朝鮮。


しかし、今回は、どうも…………。
村上龍の山師的なところは嫌いじゃないんですけどね。気合ばかりが先行しすぎた感じ。狙いすぎかな?


別に今回の限ったことではありませんが、村上龍はアメリカ嫌いです。でも、日本も好きではありません。だからと言って、コスモポリタニズムのような左翼的理想論(朝日新聞的理想論でも、いいかな?)もない。
基本は嫌米で、それに唯々諾々として従っている日本に苛立っているが、その批判をするのに既存の思想・組織・体制などは利用したくないし、利用されたくない、ということなんでしょう。

そんなわけで、「五分後の世界」や続編「ヒュウガ・ウイルス」では、アメリカに降伏しなかった日本という村上龍印のパラレルワールドをつくっております。
その世界では、村上龍の理想を託された地下に生きる日本人が、いまだにアメリカと戦っています。
彼らの言動を知ることで、読者は物語を楽しんでいるうちに現状の日本の問題点が自然と分かる、という仕組みになっております。

この仕組みは「希望の国のエクソダス」でも共通しておりまして、そこでは地下に生きる日本人の代わりに、自由な発想をする中学生に、村上龍の理想やら希望が詰めこまれていました。で、今作「半島を出よ」では「北朝鮮兵士」になっています。

北朝鮮兵士かぁ………。いくらアメリカが嫌いでも、「どうも、ついていけないなぁ」というのが個人的な印象。


昨日対面した司令官と若い将校は日本にはいないタイプの人間だった。肉体も人格も鋭利なナイフを思わせた。鋭利なナイフはものを切断するのに便利だが、人のからだに向けると恐ろしい凶器になる。ナイフが人殺しの道具だと思っている人はいないが、ナイフを便えばいつでも人を殺せる。あの司令官と将校は、書類を作ったり記者会見で発言したりするのと同じ意識と感覚で人の喉を刺すように訓練されている。日本のような民主主義の先進国で教育を受け教養を身につけると、他人を殺したり傷つけたりするのがいやになる。自分が苦しむのもいやで、他人が傷ついたり苦しんだり死んだりするのも見たくないし許せない、それが民主主義が機能している国民の感覚だ。あの司令官や将校は社会主義国のエリートとして高い教育を受けているが、命の価値が異常に低い社会でいつも死を意識しながら生きてきた。
村上龍「半島を出よ (上)」336頁 幻冬舎
司令官と将校というのは北朝鮮兵士のことです。
理由や原因、背景などは考慮せず、目的のためならためらいなく行動できる人間というのは村上龍が、いかにも好みそうな人間です。でも、その理想像を北朝鮮兵士に投影しようとするのは、いくらなんでもなぁ。

「まぁまぁ物語なんだから」とは、自分でも思うんですけどね。


そもそも村上龍が抱いている危機感が、ちょっと行き過ぎな感じがします。
ヤマダやモリや、イシハラのもとに集まる他の仲間たちは、小さいころからずっと今の福岡ドームの観客のような扱いを受けてきたからだ。支配が剥き出しになっている状況で生きてきたから、それに慣れているのだ。物心ついたときからいつも周囲に圧力をかけられ、指示に従わなければ罰を与えると脅され、お前は無力なのだと、恐怖と痛みとともに刷り込まれてきた。この世のすべての人はもともと暴力的な何かの人質なのだが、ほとんどの人はそれに気づかない。根本的にはすべての人間が暴力で支配されているのだが、そのことがわからない。だから野球場で武装ゲリラに襲われ、支配される側に分類されて真実の世界に向かい合うと混乱して、考えるのをやめてしまう。その結果、拡声器で拳銃に対抗したり、そのあとは罪人のようにうなだれるだけになってしまう。
村上龍「半島を出よ (上)」213頁 幻冬舎
この場面は、北朝鮮兵士が福岡ドームを占拠した際の情景。
911以降のアメリカの横暴に対する作者の憂慮が、「根本的にはすべての人間が暴力で支配されている」という言葉となっているのでしょう。(昔から、こういう傾向はありましたし、これが、このまま100%村上龍の考えというわけでは、ないでしょうが)

根幹が暴力に握られているような世界では、主義主張など必要なく、「ただ目的だけをスリムに身につけた人間こそが最適だ」ということになるのでしょうが、さて。
そこまで、世界情勢が悪化するのだろうか?(≒そこまでアメリカが日本を見捨てるのだろうか?)

で、そんな世界でも生きている理想の人間像を北朝鮮兵士に背負わせているのですが、それを際立たせる為に日本人は、ひどくまぬけに描かれております。物語を面白くするためなのでしょうが、もう少し手強い敵も用意してあげた方が、もりあがるんじゃないかなぁ…………。

まぁ下巻に期待してみます。


半島を出よ (上)

幻冬舎

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