今日から天気は下り坂で、しばらくは雲が広がり、雨模様の天候が続きそうだ。
梅雨時が一年で一番過ごしにくい季節だ。 気温が高く、湿度が高い状態は汗が乾かないし、体温調整が出来にくく、熱中症になりやすい。
さらに、洗濯物が乾かないし、車もいつも汚れている状態になるし、エアコンが無いと家に居られないような状態になる。
しかし、梅雨が無いと水不足の心配もあるし、この時期に雨がないとやはり心配にもなる。
最近は豪雨などもあるけど、必要な場所には意外と雨が降らない事も多いのである。
今日はいつも通りにウイスキー、ビール、天然水を買うために出かける事にしているけど、雨の日に車を走らせるのはちょっと憂鬱である。 雨で視界が悪いとか、雨に濡れるとか以上に、車が汚れる事が嫌なのである。
さて、話は変わるけど、 先日も少し書いたけど、プロレスラーの木村花さんが「テラハウス」の番組内で共同生活している男性に対する姿勢に対して、SNSでの誹謗、中傷などを受けて、自ら死を選択してしまったことに、TVは勿論、国会でも取り上げられるほどに、SNS上での誹謗、中傷などをした人物の特定を容易にする法制度なども議論するようになった。
SNSでの誹謗、中傷に関して、精神的なダメージを受けるのはほとんどが若い世代だろう。 ネット依存症とも言える若い人達は、現実世界とネットとの線引きが出来ない精神的な幼児さを持っている。 幼児さと言うと、異論があるだろうけど、社会的な経験が浅い人や、常にSNSなどのネットと繋がっている状態の精神性は、こうした誰も知らないような人間からの誹謗、中傷でもダメージを受けてしまうのだ。
さらに、リアリティー番組であっても、番組である以上は制作側の都合、設定、視聴率を得るためにそもそも、番組自体が完全なリアルであることは不可能なのである。
出演者も同じように、その設定などを考えれば、リアルではないことは承知の上だろう。 誹謗、中傷は無くならない。 それは、どんなメディアでも同じだろう。 この番組だけではなく、ドラマやバラエティーでも同じだろう。
人にはそれぞれ違う価値観や観念、思想、育った環境、持っている物、現状の生活レベル、社会的な立場などなど、同じ人は存在しない。
だから、他人の行動や価値観に対する賛同もあれば、当然だけど、反対意見もある。その反対意見の中には悪態、誹謗、中傷、いわれのない情報、嘘、名誉棄損などの発信をする人間を無くすのは出来ないだろう。 これが人間の浅はかさであり、幼児化なのである。
特に若い時期にはどうしても自分の事に関しても、他人の行動や言動に対しても直線的な視野になる傾向が強い。私も若い頃にはいろんな人生の悩みや苦悩を抱えていた。 死にたいとさえ思った時期もある。
本などを読んでも何も解決しない精神的な苦悩はある。 人からどのように思われているかなども過敏に反応することもあるだろう。
しかし、それは一過性の人間が熟成する過程であって、そうした精神的な成長期にはどうしても物事に対して、或いは人生に対しての未来や現状を小さな精神的な世界だけで思考することになる。 そうした中で、今は全く知らない他人からの誹謗、中傷をSNS上で当たり前に受ける環境になっている。 でも、もう少し視野を広げることで、ネットとの距離を置くことが出来れば、現実社会に立ち戻り、人々達との直接的な関係を築くことが出来れば、本当の人生を見ることが出来るはずだ。
自殺の動機はいろいろとあるだろう。 しかし、自ら命を絶つ選択と言う選択肢を人生から捨てる事が出来るかだろう。 どんなに辛い人生でも、最後まで生き抜くと言う精神を持つことが出来るかどうかだ。
例えば、遭難した場合や絶対絶命の状態になった場合でも、最後まで生に執着する意思があるかどうかだ。 どんな状況になっても、最後は自分をどこまで愛する心があるかどうかだろう。 私も若い頃には自殺を考えるほどに悩んだ時期もある。 しかし、そうできなかったのは、やはり最後は自分を愛し、自分一人でも生き抜く意思があったのだろうと思い返すのである。
誰とも話をしなくても、誰とも繋がっていなくても、社会との接触を断絶しても、自分を最後まで愛することが出来る自分だったのだろう。 だから、全てを断絶しても、自分を消滅させる選択は無い。
今では世間的な普通の爺になっているけど、人間はそうした時期があるから、人に対する愛や優しさを育むことが出来るのだろうと思う。
誹謗、中傷をする人達も同じように悩み、苦しむ時期だろうし、そうした時期だからこそ、逆に誹謗、中傷を何も考える事もなく投稿したりするのだ。
自分を確立する過程では、常に心が揺れ動いている。 昨日までの考えと、今日の考えが違うことは当たり前だろう。 ましてや、1週間、1か月後、1年先、10年先の事を考えるような余裕もない。 木村花さんも出来れば、10年先ぐらいの自分を想像して欲しかった。 少なくとも、現状から逃避して、1年先を見て欲しかった。 それが出来れば、自殺と言う選択肢を選ぶ必要は無かったはずだ。