緑の館のマギー

嬉しい事も悲しい事も、
緑の館の落ちこぼれ妖精、
マギーのきらきら愛千パーセントの日々を綴ります。

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夏の準備

2014-05-30 04:20:22 | 日記
檜の入院、手術、仕事再開。
我が家の慌ただしかった5月が終わろうとしています。
真夏を匂わせる日もちらほら。
マギーはキャミのボディブリーファで寝ています。
今からこれで、真夏の夜はどうしましょう。

治療室の寝具類を新しく追加購入した序でに、
自分達にも新しいガーゼの掛布を2枚買いました。
布団も毛布もタオルケットも、
これまでは1枚を2人で一緒に使っていたのに。
引っ張り合いしなくて良いだろうって檜は言うけれど。
何となく淋しいですね。

出る杭

2014-05-21 04:20:35 | 日記
マギーの持ち時間数と欅の事業所のヘルパー数が少ない中、
それでも檜の入院と手術、退院日にマギーも立ち会える様、
欅と梅崎は努力してくれました。
超過分は当然マギーの全額負担になりましたが、
大都会に住んでいないから較差の影響は致し方ありません。
ただ、あなたに少しでも解っていて欲しいんです。
交通アクセスなど不便な地域に住む者ほど移動時間も必要なのに、
自立支援時間数は便利な都会の障害者に多く与えられています。
車だけが移動手段なのに、タクシーの割引制度さえない地方もあります。
それなら条件の良い大都会に日本中の障害者で移住しましょうか(笑)。
法律は非当事者が言葉遊びして出来上がります。
その言葉の解釈次第で当事者への待遇が良くも悪くもなります。
皮肉って言えば、ずる賢い者だけがぬくぬくと暮らせるのが制度や法律です。
ここまでにして置きましょう。
出る杭は打たれる。
マギーだけが不利な立場に追いやられます。
正義はお人好ししか作りません。

帯と襷の制度?

2014-05-19 05:06:50 | 日記
檜の入院中のマギーの独り暮らしの心配を檜はしていました。
檜の名前で受けているホームヘルパーは当然マギー独りだけの家には来ません。
それが制度ですから。
普段でも、料理がまるで駄目なマギーの代わりにヘルパーさんが台所に立つのではなく、
食事はコンビニやネットを利用しているので、周りの懸念ほどの不具合は最初からありませんでした。
それじゃ、我が家のホームヘルパーの仕事は?
ま、それは緑の館に来て下さってるあなたにはもうお解りでしょうけど。
マギー自身の心配は檜を遠い病院へ自由に見舞いに行けない事でした。
GWは障害者は誰でもガイドヘルパーが必要でしょう。
そんな時だから、まずヘルパーさんが確保できません。
それより先に、マギーに制度上与えられているガイドヘルパー利用時間がないのです。
時間が確保できる別の外出援助に切り替えるなら、
増えた時間の代わりにその時に手伝って貰える事柄に制限が掛かります。
今更言及するまでもなく、「帯に短し襷に長し」って奴ですよね。
あ、マギーは不服や不満の為にこれを書いているんじゃありません。
欅の事業所が檜とマギーの為にいかに奮闘してくれたか、次に記したい為の序章です。
そして、仕事がない人が多くいるのをSkypeなどで実感するのに、ヘルパーの数は少ない。
そんな人達がヘルパーに向いているとも限らないし、彼らに合った仕事が見つからないんでしょうけれど、
それにしてもそんな人が多いし、働かなくても食べて行ける人達を養えるほど日本はそんなに豊かなんですか?

初めてのおしっこ

2014-05-15 21:26:11 | 日記
【ラジオを聴いている間も、頬の痛みと、尿道の鈍い痛みと、何となく尿が出ているのかもと言う感覚が定期的に感じられた。
一時猛烈に尿意を感じたが上から頭を押さえつけられた感じで止められ、一定間隔で少しずつ出ている感覚は続いた。

やっと3時間、あと3時間我慢すれば尿道の管も外され、自由になる。
あ、あと1時間だ。
と、そればかり考えていた。

「尿道の管をはずしますね。」
若い看護師ではあったが私ももうおやじなので恥ずかしくはない。

どんな風に入っていたのか、怖くて確認する気にならなかったので、どうなっていたか全く判らない。
止めてあったテープを外し、抜き始めた。
微妙な尿道の痛みと、快感とまでは行かないけど、そんなに悪くない感覚とが混じってして抜けた。

その直後、猛烈に尿意を感じたので、看護しにトイレに行きたい、けど間に合いそうにないので溲瓶を下さいと言うと、
「溲瓶を取りに行くよりもトイレに行った方が早いと思いますけど」
そっか、それもそうかもと思い、連れて行ってもらった。

便座に座り、ゆっくり力を入れてみた。
「痛い!」
思わず声が出た。
「暫く痛いかも知れないですね」
と看護師。
いくらおやじでもずっと見てられるのは恥ずかしい。
出たら言いますのでと言って、呼び出しボタンの位置を教えてもらって離れてもらった。
暫く頑張ったが出ない。
それどころかあまり尿意を感じなくなったので、看護師を呼んだ。
「400ccくらい出てますから大丈夫だと思いますよ。」
と看護師。
そのまま病室に戻り、とりあえずほっとひといきついた。】

酸素はいつ取れますか?尿道の管は?

2014-05-15 05:53:13 | 日記
【そこには家の者とヘルパーさんがいた。
僕は喉がいがらっぽくて声が出しにくい。
二人は僕の手術の状態を説明してもらっていた。】

医師の説明をマギーと一緒に聴いた浜茄子に寄ると、
檜の腫瘍はピンポン玉くらいの大きさでした。
ピンク色で、ぶつぶつがあちこちから出ていました。
これから検体に回すとの事でした。

【その後、家のものが頼んで、ヘルパーさんに何本かペットボトルのお茶を追加してもらい、冷蔵庫に入れてもらった。
お茶を買いに行ってもらっている間に家の者に、
「今何時?」
と聞いたら、
「2時少し前」
と帰ってきた。
「そっか、予定通りじゃん。」
と僕は思った。

二人はその後帰った。

口には酸素の機械が付けられていた。
そしていつからか判らないが、頬の痛みと下半身の違和感と痛みを感じた。
いつなのか、たぶん部屋に戻った時のように思うが、
寝間着を着せられ下着は付けてないことを確認した。
何度か人が様子を見に来ていた。
僕は人が来る度に、
「酸素はいつ取れますか?
尿道の管はいつ取れますか?」
と訊いた。
そのたびにみんな同じ返事。
「酸素は3時間後、管は6時間後です。」

1時間はじっとしていた。
しかし、痛いながらも少し気持ちに余裕ができたのか、
ラジオを聴きたいと思い、来た看護師にiPhoneと携帯電話をとってもらった。】

あっと言う間の2時間

2014-05-15 05:02:08 | 日記
檜の耳下腺腫瘍摘出手術の続きです。
話しは4月30日に戻ります。

【次に点滴の針を左前腕にしたが。
え?、ちょっと下すぎない?
かなり痛いしと思っていたら、
「少しずれたのでやり直しますね、すみません」
と言われたので、
「少し下すぎるんじゃないですか?」
と言ってしまった。
「あまり上だと肘が曲げられないので」
と帰ってきた。
それにしては下すぎるんじゃないの?
と言いたかったが止めた。
結局少し上にさし直し成功した。
次に右腕に血圧計の腕帯を巻いた。
そして口の上にクッションみたいなものを乗せた。
そこからはなんだか甘いいい匂いが出ていた。
だんだん体が火照ってきたような気分と、なんか胃がむかむかするような気分が何となくしてきたが眠くない。
その間に血液型等を医師に知らせていたようだった。

いったいいつ眠くなるの?
僕は麻酔が効きにくい?
と思ったら、
「緑川さん、終わりましたよ。」
と声が聞こえた。
口から何かはずされたような気がしたがよく判らなかった。

寝起きは最高!
こんな気持ちよく目覚められることは滅多にない。
痛みも全くないし、なにをしてくれたの?
あれよあれよと言う間に寝台は移動し、
あっという間に病室に着いた。】

いよいよ、まな板の鯉

2014-05-13 05:14:49 | 日記
耳下腺腫瘍の摘出手術から2週間。
今日、檜が術後初めての診察を受けに行きます。
仕事は7日からしています。

4月30日の手術の事を檜はこんな風に書いています。

【手術が始まるのは午後12時、終了は午後2時の予定だ。
11時を何分過ぎただろうか。
「そろそろトイレに行って準備して下さい。」
と看護師に言われたのでトイレに行き待った。
しかしその後なかなか呼ばれないのでまたトイレに行った。

まだかまだかと待っていると、看護師が呼びに来た。
僕は歩いて行くものだとばかり思っていたら、
「車いすで行きますね。」
と言われ、え?と思った。
たぶんそれが顔にも出たのだろう。
「結構距離がありますから。」
距離があっても別に歩けるのにと思ったが、
あちらの都合も有るだろうと思い、車いすに座った。

車いすを押してもらってると、なるほど。
確かに少し距離があるなあと思った。

手術室は入り口が二つになっており、一つ目の入り口を入ったところで車いすから降りていすに座り医師を待った。

医師はまだ若そうで、ここだけの話し、頼りない感じの声だ。
医師に手を引かれ、手術台の前に来た。
かなり高さが有ったので(僕の身長は約160cmのお腹の高さくらいかな。)、
下げてくれるのかなと思ったら、
「少し左に代が有るので代に乗って寝て下さい。」
と言うようなことを言われたかどうか覚えていないがそのようにして寝台に仰向けに寝た。

指示通りパジャマの上を脱ぎ、機械のドーシって言うのかなを体の数カ所に付け、バスタオルがかけられた。】

腹減った!

2014-05-05 19:45:04 | 日記
入院患者の檜もその家族のマギーも全盲。
二人にガイドヘルパーが独りずつ就いて、物々しく院内マーチング。
檜が梅崎に病室の中を説明して貰いながら片付けしてる間に、
院内のコンビニや自販機でマギーは檜の希望の品々を花梨と買い揃えました。
以下は、檜自身が書いた物です。

【4月28日、いよいよ入院。
手術は4月30日なので、快適な2日間を過ごした。
快適な理由は個室であることと、電気は使い放題、
携帯電話も部屋で使い放題(料金は個人負担)だからだ。
でも部屋代は有料である。
大部屋ではこうはいかない。
が、大部屋は無料である。

そんな快適な時間も終わろうとする最後の食事(夕食)。
「24時までなら食べていいですが、それ以降は食べないで下さい。
理由は胃に食べ物があると逆流するからです。」
と説明を受けた。
それなら食後も少しお腹が空いたら間食できるかなと思っていたが、
食後寝てしまい、目が覚めたのは午前3時。
ああ、もう食べられないや。
食べられないと思うとよけいにお腹が空く。
「飲み物は8時までで止めて下さい。」
と説明を受けていたので、とりあえず飲み物で気を紛らすほか無いと思い、
お茶を飲んでやろうと飲んだがそう飲めるものではない。
結局7時30分には飲むのを止めた。
その後はラジオを聴いたり、家の者に電話し、腹減った、腹減ったと連呼していた。】

災難続きの一昨年

2014-05-05 18:40:28 | 日記
この前の冬から、大学病院に何度か通い、
またしても組織検査を、今度は諦めの境地で受け、
心臓と血圧で係っている個人病院の内科医とも薬などの調整を綿密にして、
GWにいよいよ入院、手術とあいなりました。

耳下腺腫瘍に気付いた年は、檜には災難続きでした。
いつもの健康診断で高コレステロールを指摘され、
大好きな烏賊や蟹、ラーメン、白ご飯を控える様注意されました。
おまけに、胸にステントを入れる事になり、一泊入院。
大部屋だったので、全盲の檜は苦労しました。
檜は周りに気を遣うタイプなんです。
だから、今回は独り部屋を自ら選びました。

そうそう、その年、檜が偉かった事は、禁煙に成功した事です。
命と煙草とどちらを選ぶかと医師に脅されたらしいですけど。
あれから2年、まだ続いています。

母が亡くなった病院じゃ嫌!

2014-05-05 15:46:09 | 日記
腫瘍はゆっくりながら確かに成長し続けて行きました。
周りの健常者から、心配してそれを指摘される様になり、
檜自身、ヘッドセッツを使うのに瘤が邪魔に感じる様になり、
腫瘍の成長を認めざるを得ないと観念しました。
でも、先に書いた総合病院では手術したくありません。
そこは彼の母が亡くなった所なんです。

檜はネットで病院探しを始めました。
耳下腺腫瘍の手術を受けた人の体験ブログも読み漁りました。
そして二つの病院を選びました。
彼が生まれた市の整形外科を受診。
経験豊富なそこの老医師にこれまでの経緯と彼の思いを打ち明け、
彼が手術を決めた大学病院への紹介状を書いて貰いました。
そう、マギーも胃カメラ検査を受けた大学病院です。

檜の選択

2014-05-05 15:07:01 | 日記
手術は無事成功!
今日、退院しました。
もう皆に打ち明けても良いと檜からの封印が解けたので、
我が家のGWについてお話します。

右頬の耳寄りに小さな出来物を見つけたのはほぼ2年前。
総合病院の皮膚科に受信。
組織検査をしたものの、解った事はおそらく耳下腺腫瘍だろうって事。
耳鼻科に回され、またしても組織検査。
これだけで檜は疲れ、その病院への信頼を失い掛けている所へ、
切って見なければ良性か悪性か分からないとか、
手術で神経をも損傷する可能性大なので、
摘出後には顔が変形するし、食事も困難にと言われました。
檜は腫瘍を放置する方を選びました。