バフェットの「日本企業礼賛」は日銀総裁の仕事を困難にする
3/7(木) 10:00配信
Forbes JAPAN
ウォーレン・バフェットの「お墨付き」が、日経平均株価の上げ相場にさらなる勢いを与えている。しかし、いま日本で起きている株価の急上昇は、同国の経済の実態を反映したものとは言えない。
昨今、ワシントンD.C.から北京までの中央銀行トップたちは、ストレスに疲れた自分の顔を鏡で眺めながら、少なくともある1点について、慰めを見いだすことができるだろう。それは自分たちが、日本銀行を率いる植田和男総裁の立場にはないという点だ。
日本の株式市場と経済の実態は、他国とあまりにかけ離れている。各国の政策立案者の中で、日銀総裁を務める植田氏に突きつけられた課題をうらやむ者は、ほぼいないはずだ。
とはいっても、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長や、中国人民銀行の潘功勝(Pan Gongsheng)総裁が、2024年に入ってからの60日強の間、気楽な日々を送ってきたというわけではない。パウエル議長も潘総裁も、日増しに強まる利下げ圧力にさらされている。
これに対して、植田総裁が直面しているのはまったく逆の課題だ。日本では実に23年もの間、量的緩和が続けられており、世界の市場は植田総裁が率いる金融当局に対し、同国の金利政策を正常化するよう焚きつけている。確かに日本銀行も、新しい年を迎えた時点では、その方向に進む計画だった。だが、それ以降の現実の動きが、植田総裁の意思決定プロセスを複雑なものにしている。
第1に、日本は再び景気後退に向かっている。第2に、中国における経済減速の深刻度や持続期間が不透明な状況だ。第3に、日本の株式市場が、空前の上げ相場を迎えている。
このうち最初の2つについては、金融緩和にブレーキをかけることに植田総裁が慎重になっている理由と考えていいだろう。GDPが低下を示している状況においては、日本銀行の「テーパリング(量的緩和策の縮小)」は、適切には見えない。
2024年2月になって発表された2023年の10-12月期のGDP統計(1次速報値)は、前期比年率マイナス0.4%と下振れしており、さらにその前の四半期である7-9月期には、前期比年率でマイナス3.3%と大幅に縮小していたことが判明した。
世界のアセットマネジャーが日本を再発見したもっともな理由
2024年に入ってからのデータも、現状を見る限りは期待が持てない。日本の鉱工業生産は1月に「急落した」と、Moody’s Analytics(ムーディーズ・アナリティックス)のエコノミスト、シュテファン・アングリックは述べる。同氏が指摘するように、2024年1月の鉱工業生産は、前月比でマイナス7.5%と「驚くほど」低下した。これは、コロナ禍の影響で世界経済がシャットダウン状態に陥りつつあった2020年5月以来、最も大きな下落幅だ。
だが、日銀がいまだに、宴を盛り上げるためのパンチボウル(パーティーなどで供されるボウルに入った酒。ここでは量的緩和を指す)を片付けずにいることが、日本の実体経済の状況とかけ離れた日経平均株価の上昇を煽っている。
一方で、世界のアセットマネジャーたちが日本を再発見していることには、もっともな理由がある。具体的には、この10年間のコーポレートガバナンス強化の取り組みや、不安定な世界情勢を受けて、日本がマネーの投資先として一種の安全な避難場所になっていること、そして、ゼロ金利政策などが挙げられる。
さらに2024年2月に入り、東京市場はウォーレン・バフェットから大きな後押しを得た。世界で最も有名なバリュー株投資家であるバフェットは2020年夏「オールドエコノミー」を象徴する存在とされ、忘れ去られたかに見えていた日本の総合商社株に投資し、世の注目を集めた。この時、同氏が率いるBerkshire Hathaway(バークシャー・ハサウェイ)は、初の日本株投資として、伊藤忠商事、丸紅、三菱商事、三井物産、住友商事の株式を購入したことが明らかになった。
バフェットは2023年、これら5大商社の株式を買い増しし、その持ち株比率は平均で8.5%強に達した。同氏が日経平均の急上昇を牽引し、より多くの仲間を引き入れている様子を見れば、バフェット氏が持つ別名に、新たに「東京の賢人」が加わってもおかしくはないだろう。
さらにバフェットは2024年2月24日、自身が買い増ししている5大商社の株主還元や役員報酬に関する姿勢は、米国企業と比べても「優れている」と称賛し、日本のエスタブリッシュメントを喜ばせた。
バフェット氏のさらなるお墨付きは、この1年で約45%も上昇している日経平均の上げ相場を、さらに勢いづかせている。
バフェットの後押しが植田総裁の仕事を一層困難にする
しかし一方で、バフェット氏の後押しによって、植田総裁の仕事は一層困難になるかもしれない。1990年代初頭から2000年年代半ばまでの経緯があるだけに、歴代の日銀総裁は「東京株式市場の上げ相場に冷水を浴びせた」と非難されることを警戒している。植田総裁も、自身の略歴の最初の行に「アジア第2の経済大国である日本を再発見した巨額のグローバルマネーを拒絶し、2024年に日経平均株価を大暴落に追い込んだ張本人」と書かれることは望まないはずだ。
日本経済が1989年から1990年の時期にたどった経緯は、改めて注目されている。1989年12月29日、日経平均の終値は3万8915円87銭の史上最高値をつけたが、これは、34年2カ月後の2024年2月22日、3万9098円68銭というさらなる高値がつくまで破られなかった。
1989年当時、日銀が公定歩合を引き上げた4日後に株価がピークに達し、その後1990年に入ると大幅に下落したのは偶然ではない。その後、1990年代の不良債権問題、金融危機、デフレを経て、近年の日銀は日本経済にダイナミズムを取り戻そうと取り組んできた。
1989年12月に始まり「バブル経済」を実質的に終わらせた日銀の金融引き締めサイクルの余波は、今でも東京市場に残っている。植田総裁が現在検討している施策を、日銀が直近で実行に移した(利上げに踏み切った)2006年と2007年には、日本は景気後退に転落している。ゆえに日銀のトップたちは、金利上昇が株式市場に大打撃を与えた場合に、自身があらゆる関係者から責められることを痛切に自覚しているのだ。
金融引き締めと、株式市場の活況の維持という、この2つの要素のバランスを取るのは、どうみても不可能に思える。だからと言って、ワシントンD.C.に居を構える、パウエル議長率いるFRBのチームが、米国のインフレの状況を読むのに苦労していないと言いたいわけではない。さらに、潘総裁が率いる中国人民銀行は、実に多様な課題に直面しており、そのどれをとっても、喜んで受け入れる中央銀行は皆無のはずだ。具体的には、大規模な不動産危機、デフレ圧力、そして「人民元高への誘導、維持」を掲げる中国共産党の強固な方針が含まれる。
それでも植田総裁は、不振を極める実体経済と、超楽観主義によって上昇する株式市場を抱える日本経済の分裂した状況に対処しなければならない。2024年は、日銀にとって手強い年になるだろう。
William Pesek
3/7(木) 10:00配信
Forbes JAPAN
ウォーレン・バフェットの「お墨付き」が、日経平均株価の上げ相場にさらなる勢いを与えている。しかし、いま日本で起きている株価の急上昇は、同国の経済の実態を反映したものとは言えない。
昨今、ワシントンD.C.から北京までの中央銀行トップたちは、ストレスに疲れた自分の顔を鏡で眺めながら、少なくともある1点について、慰めを見いだすことができるだろう。それは自分たちが、日本銀行を率いる植田和男総裁の立場にはないという点だ。
日本の株式市場と経済の実態は、他国とあまりにかけ離れている。各国の政策立案者の中で、日銀総裁を務める植田氏に突きつけられた課題をうらやむ者は、ほぼいないはずだ。
とはいっても、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長や、中国人民銀行の潘功勝(Pan Gongsheng)総裁が、2024年に入ってからの60日強の間、気楽な日々を送ってきたというわけではない。パウエル議長も潘総裁も、日増しに強まる利下げ圧力にさらされている。
これに対して、植田総裁が直面しているのはまったく逆の課題だ。日本では実に23年もの間、量的緩和が続けられており、世界の市場は植田総裁が率いる金融当局に対し、同国の金利政策を正常化するよう焚きつけている。確かに日本銀行も、新しい年を迎えた時点では、その方向に進む計画だった。だが、それ以降の現実の動きが、植田総裁の意思決定プロセスを複雑なものにしている。
第1に、日本は再び景気後退に向かっている。第2に、中国における経済減速の深刻度や持続期間が不透明な状況だ。第3に、日本の株式市場が、空前の上げ相場を迎えている。
このうち最初の2つについては、金融緩和にブレーキをかけることに植田総裁が慎重になっている理由と考えていいだろう。GDPが低下を示している状況においては、日本銀行の「テーパリング(量的緩和策の縮小)」は、適切には見えない。
2024年2月になって発表された2023年の10-12月期のGDP統計(1次速報値)は、前期比年率マイナス0.4%と下振れしており、さらにその前の四半期である7-9月期には、前期比年率でマイナス3.3%と大幅に縮小していたことが判明した。
世界のアセットマネジャーが日本を再発見したもっともな理由
2024年に入ってからのデータも、現状を見る限りは期待が持てない。日本の鉱工業生産は1月に「急落した」と、Moody’s Analytics(ムーディーズ・アナリティックス)のエコノミスト、シュテファン・アングリックは述べる。同氏が指摘するように、2024年1月の鉱工業生産は、前月比でマイナス7.5%と「驚くほど」低下した。これは、コロナ禍の影響で世界経済がシャットダウン状態に陥りつつあった2020年5月以来、最も大きな下落幅だ。
だが、日銀がいまだに、宴を盛り上げるためのパンチボウル(パーティーなどで供されるボウルに入った酒。ここでは量的緩和を指す)を片付けずにいることが、日本の実体経済の状況とかけ離れた日経平均株価の上昇を煽っている。
一方で、世界のアセットマネジャーたちが日本を再発見していることには、もっともな理由がある。具体的には、この10年間のコーポレートガバナンス強化の取り組みや、不安定な世界情勢を受けて、日本がマネーの投資先として一種の安全な避難場所になっていること、そして、ゼロ金利政策などが挙げられる。
さらに2024年2月に入り、東京市場はウォーレン・バフェットから大きな後押しを得た。世界で最も有名なバリュー株投資家であるバフェットは2020年夏「オールドエコノミー」を象徴する存在とされ、忘れ去られたかに見えていた日本の総合商社株に投資し、世の注目を集めた。この時、同氏が率いるBerkshire Hathaway(バークシャー・ハサウェイ)は、初の日本株投資として、伊藤忠商事、丸紅、三菱商事、三井物産、住友商事の株式を購入したことが明らかになった。
バフェットは2023年、これら5大商社の株式を買い増しし、その持ち株比率は平均で8.5%強に達した。同氏が日経平均の急上昇を牽引し、より多くの仲間を引き入れている様子を見れば、バフェット氏が持つ別名に、新たに「東京の賢人」が加わってもおかしくはないだろう。
さらにバフェットは2024年2月24日、自身が買い増ししている5大商社の株主還元や役員報酬に関する姿勢は、米国企業と比べても「優れている」と称賛し、日本のエスタブリッシュメントを喜ばせた。
バフェット氏のさらなるお墨付きは、この1年で約45%も上昇している日経平均の上げ相場を、さらに勢いづかせている。
バフェットの後押しが植田総裁の仕事を一層困難にする
しかし一方で、バフェット氏の後押しによって、植田総裁の仕事は一層困難になるかもしれない。1990年代初頭から2000年年代半ばまでの経緯があるだけに、歴代の日銀総裁は「東京株式市場の上げ相場に冷水を浴びせた」と非難されることを警戒している。植田総裁も、自身の略歴の最初の行に「アジア第2の経済大国である日本を再発見した巨額のグローバルマネーを拒絶し、2024年に日経平均株価を大暴落に追い込んだ張本人」と書かれることは望まないはずだ。
日本経済が1989年から1990年の時期にたどった経緯は、改めて注目されている。1989年12月29日、日経平均の終値は3万8915円87銭の史上最高値をつけたが、これは、34年2カ月後の2024年2月22日、3万9098円68銭というさらなる高値がつくまで破られなかった。
1989年当時、日銀が公定歩合を引き上げた4日後に株価がピークに達し、その後1990年に入ると大幅に下落したのは偶然ではない。その後、1990年代の不良債権問題、金融危機、デフレを経て、近年の日銀は日本経済にダイナミズムを取り戻そうと取り組んできた。
1989年12月に始まり「バブル経済」を実質的に終わらせた日銀の金融引き締めサイクルの余波は、今でも東京市場に残っている。植田総裁が現在検討している施策を、日銀が直近で実行に移した(利上げに踏み切った)2006年と2007年には、日本は景気後退に転落している。ゆえに日銀のトップたちは、金利上昇が株式市場に大打撃を与えた場合に、自身があらゆる関係者から責められることを痛切に自覚しているのだ。
金融引き締めと、株式市場の活況の維持という、この2つの要素のバランスを取るのは、どうみても不可能に思える。だからと言って、ワシントンD.C.に居を構える、パウエル議長率いるFRBのチームが、米国のインフレの状況を読むのに苦労していないと言いたいわけではない。さらに、潘総裁が率いる中国人民銀行は、実に多様な課題に直面しており、そのどれをとっても、喜んで受け入れる中央銀行は皆無のはずだ。具体的には、大規模な不動産危機、デフレ圧力、そして「人民元高への誘導、維持」を掲げる中国共産党の強固な方針が含まれる。
それでも植田総裁は、不振を極める実体経済と、超楽観主義によって上昇する株式市場を抱える日本経済の分裂した状況に対処しなければならない。2024年は、日銀にとって手強い年になるだろう。
William Pesek