コロナ後遺症、人生壊す 日常生活に支障、治療法もなく 1100人診療、クリニック院長の平畑光一さん
毎日新聞2021年2月16日 東京夕刊
新型コロナウイルス感染の後遺症に苦しむ人が増えている。その症状は、倦怠(けんたい)感や頭痛、嗅覚・味覚障害、脱毛などさまざまだが、明確な治療法はないのが現状だ。後遺症に苦しむ多くの患者を診療してきた「ヒラハタクリニック」(東京都渋谷区)の院長、平畑光一さん(42)に現状を尋ねた。
「コロナに感染しても、日本では死に至ることが少ないのは事実ですが、重い後遺症の症状が出ると一生続く可能性があり、その後の人生が破壊されてしまう恐れがあります。それがコロナの怖いところなんです」。平畑さんは、こう訴えた。
平畑さんが、これまで診療したコロナの後遺症とみられる症状の患者は約1100人。2020年春以降、こうした症状の患者を診ていた。同年10月、テレビ番組で同クリニックのことが報じられて以降、問い合わせが急増。同年11月から21年1月18日までの約2カ月半に診療した患者は653人に上る。オンライン診療も含め1日で90人に上った日もあった。
その653人の内訳をみると、女性が男性の約1・4倍。男女の年代別でみると、最も多いのは40代の女性で18・7%(122人)。次いで30代女性が13・3%(87人)、40代男性13・2%(86人)となった。全体の年代別では、40代が31・9%(208人)で最多となり、30代が23・7%(155人)、20代が18・1%(118人)と続く。
患者が訴える症状(複数回答)で最も多いのは、「倦怠感」が95%。以下、「気分の落ち込み」87%▽「思考力の低下」83%▽「頭痛」78%――と続く。平畑さんは「一つしか症状がない人はほとんどいない。五つ、六つの症状を複合的に抱えている人が多い」と説明する。
コロナ後遺症の主な症状
特に深刻なのが、強い倦怠感に苦しむ人だ。平畑さんが診療する患者の中には、週の半分近く起き上がることさえ困難な状態になった人が少なくないという。こうした症状が続き、会社を解雇された人が10人以上、休職を余儀なくされた人が100人以上もいる。日常生活にも大きな支障をきたしている。歯磨きやドライヤーで髪を乾かすことができなくなってしまった40代の女性や、高校の運動部で活躍していたのに運動ができなくなってしまった10代女性もいる。
現時点では確たる治療法はない。コロナウイルスとこうした症状との因果関係が解明されていないためだ。平畑さんは、漢方を中心に処方している。「自分に合う漢方などが見つかれば症状は軽くなるし、嗅覚障害や脱毛なら治る患者もいます。ですが、寝たきりの状態になってしまうと、基本的にはすぐには治らない。4~5年かけて治療していくしかありません」。厳しい現実を明かした。
平畑さんが最初にコロナの後遺症を疑わせる症状の患者を診療したのは20年3月のことだ。
別の病気で通院していた30~40代の男女2人が、同時期に微熱や倦怠感、体の痛みなどを訴えた。当時はPCR検査を受けるのにも条件があり、2人とも検査を受けておらず、コロナ感染による症状かどうかも不明だった。漢方処方などさまざまな治療を試みたが、一向に治らない。次第に平畑さんは「コロナの後遺症ではないか」と考えるようになった。その後、同じような症状を訴える患者が増えていき、クリニックに「コロナ後遺症外来」を開設した。
平畑さんには忘れられない患者がいる。同年9月に診療した関東地方に住む50代の女性だ。
女性は同年3月ごろから、強い倦怠感などの症状があり、平畑さんの元にたどり着く前の約半年間、30カ所以上の医療機関を回っていた。だが、この女性もPCR検査を受けられず、コロナと診断されていなかった。
「精神科の領域だ」「うちでは診られない」。あちこちの医療機関にかかっても取り合ってもらえなかったといい、精神的にボロボロの状態だったという。
平畑さんが診療したが、症状はなかなか改善しなかった。数週間後、警察から平畑さんに電話が入った。「女性が自殺した」。ショックで言葉を失った。
この女性のように、後遺症と診断されず、多くの病院を受診しながらも病気と認められず、苦しんできた患者が平畑さんの元に駆け込んでくる。「統計がないのでわかりませんが、後遺症に悩んで自殺した人が多いのではないかと懸念しています。いつ治るか、どうやったら治るかわからない症状と向き合うのは精神的に非常に苦しいですから」。平畑さんが最初に診療した2人の患者も1年近くたった今でも後遺症の症状があり、このうち1人は、週の半分は起き上がるのさえままならない状態だという。「後遺症患者の精神的なケアは重要な課題の一つです」と強調する。
「気持ちの問題じゃない」
政府は後遺症について「調査中」とのスタンスで、積極的な対策を講じているとは言いがたい。厚生労働省は同年8月から後遺症についての調査を始めたが、結果はまだ公表されていない。加藤勝信官房長官は1月25日の記者会見で、「(後遺症の症状とコロナとの)関連の有無が明らかになっていない点も多く、まずは実態を明らかにしていくことが重要だ」と説明したにとどまる。
後遺症を巡っては、国立国際医療研究センターが元患者を対象に後遺症の有無などの追跡調査を行っているが、その対象者数は63人と、平畑さんの調査(653人)の10分の1しかいない。後遺症に関するデータが圧倒的に不足しているのが実情だ。平畑さんは「政府は調査中とはいえ、少なくともコロナ感染後に後遺症の症状が出る可能性があるということをもっと周知すべきだ」と訴える。
平畑さんは今、自らが培った後遺症治療のノウハウを他の医療機関などに伝える活動に力を入れている。平畑さんが把握している限りで、後遺症を診療している病院は大学病院レベルで2カ所、民間病院レベルでは5カ所しかないという。「後遺症患者が倦怠感を訴えると、医者が『気持ちの問題だ』『リハビリしなさい』などと言うことがあるようですが、それは間違っている。気持ちでどうこうなる症状じゃないし、なるべく体を動かさないようにすることが大事。そういったことを伝えたい」
平畑さんのクリニックは、渋谷の繁華街近くにある。今もマスクをせずに大声で話している若者をよく目にし、「若者のコロナ慣れ」を実感する日々だという。「まさに背筋が凍る思いがします。若いから、コロナに感染してもどうせ死なないと思っているのかもしれませんが、後遺症で寝たきりに近い状態になっている若者は実際にいます。後遺症のリスクを考えながら、油断せずに行動してほしい」。その言葉にハッとした。私自身どこかでコロナ慣れしてしまっていたからだ。今一度気を引き締めて暮らしていこう、と強く思った。【浜中慎哉】
■人物略歴
平畑光一(ひらはた・こういち)さん
1978年生まれ。山形大医学部卒。東邦大学大橋病院消化器内科で大腸カメラ挿入時の疾病などを研究し、胃腸疾患など消化器全般の診療に携わった。2008年7月より現職。